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第二幕 第四場

 いちばん最初の動画ファイル、つまりはこのビデオカメラで最後に録画された映像が再生された。ビデオカメラの液晶ディスプレイの画面には、クレイジー石原のその顔が大写しとなった。どうやら暗視撮影モードを利用して撮影しているらしく、その顔は淡い緑色をしている。画面が小刻みにぶれていることから、自分で自分の顔を撮影しているようだ。


「どうもみなさんこんばんは。クレイジー石原です」


 石原が困り顔であいさつする。丸坊主の頭に愛嬌のあるその人懐っこい顔は、とても親しみやすそうな雰囲気を醸し出す。


「こんな顔色ですみません。とはいっても、べつに体調が悪いわけではありませんよ。みなさんこれを見てください」


 画面の映像が大きくまわりだすと、グリム王国の町並みを映し出した。だがそこにある野外照明がついている様子はなく、暗い緑色をしていた。


「わかりますかね?」石原が問いかける。「実はいまわたくしは、真っ暗闇に包まれたグリム王国にひとりでいます。いやー、もうびっくりですよ。撮影を開始しようとしたら急に停電しちゃって。おかげではじめて赤外線モードっていうか暗視モード? まあどっちでもいいや。それを使って撮影しています」


 画面が動き出した。どうやら石原が歩き出しているようだ。


「復旧はまだなんでしょうかね。これじゃあまるで、きもだめしですよ」石原はそこで間をあける。「あれれ、もしかするとこれって、どっきりだったりするのかな?」


 石原のうれしそうな笑い声が聞こえてくる。


「あのね、昔はよくどっきり企画とかにはめられたんですけど、これとよく似たシチュエーションがあったんですよ。突然の停電、そして登場する化け物。それを見て逃げ惑うわたし」


 ふたたび笑い声が聞こえる。


「もしここで化け物に出会ったら、びっくりして驚くどころか、逆にうれしくてテンションあがってしまいそうですね。やったー、ひさびさのテレビ企画だ、テレビに出れるってね」


 画面がだんだんとまがり角へと近づいていく。


「昔はあんなに引っ張りだこだったのに、いまでは月一でテレビ局に呼ばれる程度ですからね。舞台や劇場のない日はこうやってひとりさみしくロケ撮影して、それを自分で編集してネットに投稿する、いつの日か再ブレイクするために。だからみなさん、わたしの動画どんどん再生してくださいよ」


 まがり角にさしかかり、そしてその先を映した瞬間、画面が大きく揺れ動いた。そのため何が起きているのか、画面からではわからない。石原の押し殺した笑い声が漏れ聞こえたかと思うと、画面はその顔を大写しにする。


「みなさん、いま見ましたか?」石原がうれしそうに言う。「これやっぱりどっきりですよ。だっていたんだもん。変なマスクをかぶった怪しい人間が」


 画面の映像がまわりだした。すると画面は建物の陰に隠れるようにして、道の向こう側をのぞき見るような構図になっている。だが道は画面端にわずかに映る程度で、その先に何があるのかよくわからない。


「ではみなさん、お見せしたいと思います」石原が声をひそめて言った。「今回のどっきりの化け物を」


 画面がゆっくりとスライドし、道の先を映し出す。画面には民家の町並みに加え、画面の中央奥に風車小屋が映っており、その独特な風車のシュルエットが目立っていた。そしてその風車小屋に向かって、こちらに背を向けて歩く人影らしきものが見えた。だが遠すぎてその姿がよくわからない。


「あの風車小屋に向かって歩いている人が見えますか?」石原が言った。「ちょっとズームアップしてみましょう」


 画面が怪しい人影の姿に近づいていく。そしてその姿がかろうじて見てとれるところで、ズームアップは止まった。その人物は黒いレインコートを着ているらしく、それについているフードをかぶっている。そしてその手には何やら刃物らしき物が握られていた。それ以上の情報は画面からは読み取れない。


「これ以上のズームは限界です」石原がさも残念そうに言う。「ですのでちょっと近づいてみようと思います」


 画面が動き出そうとしたそのとき、風車小屋の方角からだれかがやってくる。そのため画面は動くのをやめた。


「どうやらだれかが来ますね。ちょっと様子を見てみましょう」


 男性と思われる人物が怪しい人影に近づくと、何やら話しかけている。画面からでは遠すぎて顔がぼやけてしまっているため、だれなのかわからない。


「もしかしてADかな?」石原が言った。「何をしゃべっているんでしょうかね。どっきりの打ち合わせかな。だとしたら残念。もうわたしにばれて——」


 つぎの瞬間、怪しい人物が持っていた刃物が男ののどを切り裂いた。男は手でのどを押さえ、よろめきながら後ろに数歩さがると、そのままのけぞるようにして倒れた。怪しい人物は追い討ちをかけるように、倒れた男の体に刃物を突き立てた。


 それを見て衝撃を受けたのか、石原は大きな悲鳴をあげていた。それが聞こえたらしく、怪しい人物はこちらに振り返る。その顔には何やら顔全体を覆うマスクらしきものが着用されており、あきらかに人じゃない顔をしていた。だが距離があるせいで、それがなんなのか判別がつかない。


 だしぬけに怪しい人物がこちらに向かって走り出した。すると画面が大きく揺れ動き出す。そこから先の映像はぶれが激しく何が起きているのかわからない。だが石原の悲痛な叫び声から、怪しい人物から必死に逃走していることがわかる。


 しばらくして何やらドアを開く音が響いた。どうやら教会に逃げ込んだらしく、隠れる場所を探すように画面は慌ただしく動いている。やがて意を決したかのように画面が前に進みだすと、会衆席の下に潜り込む。いま画面は、会衆席の隙間から教会の扉を隠し撮りするような構図になっている。


 しばしのあいだ、石原の息苦しく喘ぐ声が聞こえていたが、教会の扉が開いた瞬間、その声は押し殺された。


 黒いレインコートを着た怪しい人物が教会に足を踏み入れた。すると画面はその人物にズームアップされる。その顔には剥製のようにリアルな狼のマスクが着用されていた。そいつは獲物を探すかのようにあたりを見まわしている。


 やがてそいつはゆっくりと前に歩き出した。だんだんとこちらに近づいてくる。そしてその距離がもうあとわずかというところで、急に方向転換した。そいつは壁際にある懺悔室へと近づくと、そのドアを荒々しく開いた。そしてそこにだれもいないとわかると、反対側のドアも開く。しかしだれもいない。


 そいつは首をかしげると、静かに教会から出て行った。それと同時に石原の喘ぐ声が聞こえだした。


「なんなんだよあいつは……、なんだよこれ……」


 石原の荒い息づかいがおさまると、画面がゆっくりと動き出し、会衆席の下から出てくる。そして教会の扉に近づくと、それを静かに開いて前に進み出る。ズームアップ機能を駆使して、先ほどの怪しい人物がいないかどうか、あたりを探りはじめているようだ。


 すると突然、扉が閉まる音が鳴り響いた。石原が驚きの声を漏らすと、画面は後ろを振り返る。するとそこには扉のそばの壁に張り付くようにして立つ、狼マスクの姿があった。そいつはすぐさまこちらに突進すると、画面がめまぐるしくまわりだした。


 揺れがおさまると、画面は地面から教会を見上げるような構図になっており、そこでは石原がのどを引き裂かれよろめく姿が。石原は鋭利な刃物で腹を刺されると、画面に向かって落ちてくる。そしてぶつかると同時に、映像はそこで終了した。

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