第二幕 第三場
いまわたしたちは、町並みの一画にある教会へと向かって歩いていた。そこへ向かった明白な理由などはなく、ただきまぐれに道を選んだにすぎない。
だんだんと教会が近づき、その尖塔の姿がおぼろげに見えてくるころ、行く先の道の真ん中で人らしき人影が倒れているのを見てとった。どうやらわたしと同じで、足を滑らせて頭を打ち、気絶していると思われる。
「蝶野さん、だれか倒れています」
「ああ、らしいな」
わたしたちは急ぎ足になると、その人物のもとへと進む。そしてそこへたどり着いたとき、わたしは思わず足をすくませた。
「……嘘でしょう?」
わたしはそうことばを漏らすと、それを見おろした。その人物は四十代ぐらいと思われる中年男性で、その印象的な丸刈りの頭から察するに、ビデオカメラの映像で見たお笑い芸人のクレイジー石原だと思われる。石原とおぼしき男は目を見開き、顔を横にしてうつぶせに倒れている……自身が流したとも思われる血だまりに浸かりながら。そのため着ているシャツが真っ赤に染まっていた。
ぞっとするような眼前の光景に、思わず吐き気がこみあげる。わたしは口元を手で押さえると、視線をそらした。これ以上は見てられない。視線をそらした先に、ビデオカメラが落ちていた。おそらくは石原が使用していた物と思われる。
不意にわたしの肩から蝶野の腕がはずされた。すると蝶野は死体に近づきかがむと、その肩をつかんで仰向けにする。そしてまじまじと死体を観察しはじめた。その表情はいたって平静で、みじんも恐れや不安はない。
「のどを鋭利な刃物で切り裂かれている」蝶野は抑揚のない口調で告げる。「それに胸や腹にも刺し傷がある。ズボンのポケットに携帯電話がはいっていたが、ロックされており、暗証番号がわからないので使用できない。そのほかの所持品は——」
蝶野はたんたんと死体の状況を伝える。その様子にわたしは寒気を覚えた。なぜこんなにも冷静でいられるんだ、この男は?
「こいつはまちがいなく芸人のクレイジー石原だ」蝶野の表情が少しばかりさみしげになる。「子供のころ、妹といっしょにテレビでこいつを観て、よく爆笑したよ。それがいま、こうして殺されるなんて残念だ」
わたしはおずおずと訊く。「……殺されたんですか?」
「ああ、まちがいなく、石原は殺された。この場所で」
見開かれた死体の目を、蝶野は手でそっと閉じると、ゆっくりと立ちあがる。そしてこちらに向き直ったとき、その視線はわたしを超えて、その先へと向けられた。それに呼応するかのように、懐中電灯の明かりが、わたしの背後へと向けられる。
「……そいつはビデオカメラか?」蝶野が訊いてきた。
わたしは懐中電灯の明かりの先にある、照らされたビデオカメラに目を向けた。「はい、おそらくはこの芸人さんの物だと……」
「佐藤さん、そいつを拾ってくれ。中身をたしかめたい」
「これを観るんですか?」わたしは顔をしかめた。「人が殺されているんです。そんなことしている場合じゃないですよ」
「落ち着いて佐藤さん」蝶野はさとすような口調で言う。「冷静に考えるんだ。いま現在おれたちは、このグリム王国に閉じ込められており、人の助けを必要としている。しかしながらそのグリム王国で殺人が起きた。犯人がだれなのか特定しないかぎりは、うかつに人に助けを求めることができない。もしそいつが犯人だったら、大変なことになるからね。だから少しでも犯人を特定する情報がほしい。だからそのビデオカメラを観る。この理屈わかるね?」
「……はい」わたしはしぶしぶうなずくと、ビデオカメラを拾う。
「ありがとう。つぎはどこか身を隠せるような場所を探さないと」
懐中電灯の光芒があたりに走る。やがてその光は教会の扉の前で止まった。よく見ると扉と扉のあいだに隙間があり、施錠されていないようだ。
「とにかくいまはあそこに隠れよう」蝶野はそう言うと歩き出す。
わたしは仕方なしに、そのあとにつづいた。
わたしたちが教会の中にはいると、蝶野が懐中電灯であたりを探る。教会の中はこじんまりとしており、二列の会衆席が祭壇へとつづいている。そこから上へと目を向けると、天井付近にあるスタンドグラスが月明かりの光を受けて、淡い虹色の光を漏らしていた。教会の中は静まり返っており、だれか人がいる様子はない。
「佐藤さん、こっちだ」
そう言って蝶野が、壁側にあるクローゼットのような形をした懺悔室へと導くと、わたしをそこに押し込み、そのあとに自分もつづいた。狭苦しい場所でわたしたちはぎゅうぎゅう詰めとなる。
「佐藤さん、その持っている石原のビデオカメラで、いちばん最後に撮影された動画ファイルを再生してくれ」
「わかりました……いちばん最後に撮影したやつですね」
わたしはビデオカメラを操作する。どうやら動画ファイルは先頭から撮影された順、つまりは日付順とは逆に一列に並んでいる。
「それじゃあ、再生します」




