第一幕 第二十場
最後の動画ファイルを再生した。画面には民家の壁に寄りかかるようにして、女が腕を組んで立っている姿が映し出された。その表情は気難しく、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
「ねえアカネ」それは久保田の声だった。「神谷のやつトイレ長いと思わない」
「……たしかに遅いわね」女が腕時計に視線を落とした。「もう八時十分になるわよ」
「あいつだいじょうかな。もしかして道に迷っているとか」
「それはないと思う」女は視線をあげた。「けどちょっと心配だわ。様子を——」
つぎの瞬間、あたりは一瞬で真っ暗闇へと変貌した。
「えっ、何これ?」久保田のおびえるような声が聞こえる。「なんにも見えないんだけど、これって停電?」
画面に長方形の光源が不意に発生したかと思うと、それがこちらに向かってくる。近づくにつれ、女がスマートフォンの画面の明かりを頼りにし、こちらにやってきているのだとわかった。
「久保田、カメラを貸して」
「えっ、ちょっとやめて——」
女は久保田の抗議の声を無視し、その手を画面いっぱいに映り込ませる。すると画面は激しく揺れ動き出す。そして数秒後、画面から闇は消え去り、緑色の世界が広がった。どうやら暗視撮影に切り替えたようだ。いま画面には困惑した様子の久保田が映っている。
「わたしは様子を見てくる」女は鬼気迫った口調で言う。「あんたは神谷と合流して」
「おいアカネ、待ってくれ——」
画面から久保田の姿が消えた。どうやら久保田の引き止める声は女の耳には届いていないらしく、画面は激しく揺れ動きながら道を進みだした。かなりの速さで移動している。
やがて女の荒い息づかいが聞こえるようになると、画面には遊園地エリアが見えてきた。画面では遊具を縫うようにして突き進む様子が映し出されていた。だが突如として女の悲鳴が聞こえたかと思うと画面が大きく傾ぐ。そして何やら鈍い音が聞こえると、画面は地面へと向かい、そこにぶつかったところで動画は終了した。
動画を見終え、おれは困惑のていで、となりにすわる女を見つめる。その表情から、女も心底困惑しているのが簡単に見てとれた。
しばしのあいだ、お互いに無言で呆然となってしまう。




