第一幕 第一場
おれは曲がりくねった山道を車で猛スピードで走っていた。すでに日は落ち夜のため見通しは悪く、あたりはうっそうとした森が広がっているため、明かりは自分が運転する車のヘッドライトと月明かりだけが頼りだ。
そんな状況の中、おれはスマートフォンを片手に電話をかけ続けながら車を運転している。
「おかけになった電話は現在電源を切っているか、電波の届かない場所——」
おれは舌打ちして電話を切る。
まただ! また電話が通じない。
すぐさまリダイヤルする。だが返ってくるのは聞き飽きたことばだけだ。
「おかけになった電話は現在電源を切っているか——」
「なんでつながらないんだよ!」
焦燥をにじませた声でそう叫ぶと、ふたたびリダイヤルする。この一連の作業を先ほどから何度も繰り返している。そのたびに焦りと苛立ちがつのり、車の運転が散漫になる。そのため何度か対向車線に飛び出したりしてしまった。だが最初こそどきっとしたものの、こんな人気のない場所ではこの時間に車を走らせている人間は自分以外おらず、何度が繰り返すうちに気にしなくなっていた。
ふだんの自分ならこんなことはけしてしないだろう。だがいまは話がちがう。もはや冷静ではいられない。それに自分以外の車が走っていないのなら、広い一車線と見なしていいだろう。ガードレールだけさえ気をつければいい。あれにぶつかって崖下へと落ちるという、間抜けなへまさえしなければだいじょうぶだ。自分の運転技術なら問題なく進める。それにもしも対向車線に車がいたとしたら、そのライトですぐに気づけるはずだ。
そう思った矢先のことだった、カーブを曲がったその先で猫を目にしたのは。その刹那、脳裏に妹の顔がよぎった。それと同時に世界がまるでスローモーションのようにゆっくりとなり、これまでの思い出が走馬灯のように駆け抜けていく。
自然と体は猫を避けるべくブレーキを強く踏むと、ハンドルを思いっきりまわす。車はタイヤのきしる甲高い音と白い煙を立てて猫をすれすれで避けると、そのままガードルを突き破る。
車は急な斜面をその車体を弾ませながら、落ちるようにして駆け抜けていく。やがて地面が迫るとそこに生えていた木へと衝突し、その瞬間、自分の意識はそこでぷっつりと途切れた。