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第一幕 第十七場

 つぎの動画ファイルを再生する。画面には女と、そのとなりに立つツアーガイドの女性が映し出された。


「どうも佐藤アカネです」女が言った。「いまわたしはシンデレラ事件の現場となったグリュック城の前にやってきました。見てくださいこのたたずまいを」


 女は背後にある建物を手で示した。そこにあるのは一般人が西洋のお城と言われ連想するような建物ではなく、どちらかと言うと洋館の形に近い建物だった。グリュック城の外観は、東京駅の壁をアイボリー色に塗り上げた姿に似ており、同じような位置に時計もついていた。


「グリュック城の名前であるグリュックとは、ドイツ語で幸せを意味することばで、グリュック城を日本語に訳するならば幸福城といったところでしょう」女が説明する。「そんなグリュック城の前に、どうしてシンデレラは骨壺のはいった箱を置いていったのでしょうか。その謎が気になります」そこで間を置く。「それではその謎を追求するにあたって、ツアーガイドさんからお話を聞かせてもらえることになりました」


 女がそう言うと、ツアーガイドの女性は画面に向かってお辞儀する。その女性は二十代前半と思われるぽっちゃりとした体形の若者で、柔和そうな顔立ちに眼鏡をかけており、長い茶髪の髪を三つ編みにしていた。その服装はドイツの民族衣装を模した格好をしており、胸元があいた白い長袖のフリルブラウスの上に、丈の長い色あでやかなワンピースを着ている。そのためそのぽっちゃりとした体形と相まって、ふくよかな胸の谷間が強調されていた。


「どうもこんにちは」拡声器を通さず聞く女性の声は意外と低く聞こえた。「わたしは今回グリム王国のツアーガイドを任されております『小森ミク』と申します。よろしくお願いします」


「こちらこそよろしくお願いします。それにしても小森さん、すてきなお召し物ですね」


「これですか」小森は照れくさそうにしながら、胸の前で両手を組んだ。「この衣装はグリム王国で働く女性スタッフの制服だったんですよ。それをいまではツアーガイドの制服として再利用しているんです」


「なるほどそうだったんですか。とてもお似合いですよ」


「ありがとうございます」


「さて小森さん、さっそく質問してもよろしいでしょうか?」


「かまいませんよ」


「シンデレラ事件についてですが、いままさにこの場所で骨壺のはいった箱が遺棄されるという、奇妙な事件が起こったんですよね」


「わたしは当時学生で、まだファアリーリゾート社の一員ではなかったので、直接見たわけではありませんが、事件を知る会社の上司からは、この場所だと聞いております」


「なるほど。やはりこの場所でまちがいないということですね」


「はい」小森はうなずいた。


「では小森さん、骨壺のはいっていた箱についてですが、骨壺以外にも長谷川元社長の亡くなった奥さんの結婚指輪がはいっていたそうですが、それはまちがいないですか?」


「ええ、まちがいないです」


「だとしたら、どうしてその指輪が骨壺とともに箱にはいっていたのでしょうか?」


「さすがにわたしには、その理由まではわかりません」小森は首をかしげた。「けれど話によりますと、その指輪は長谷川元社長の前妻であるエリナさまが自分の死期を悟り、娘さんであるユキナさまへと形見として譲った物だと聞いております」


「エリナさんは自分の結婚指輪を娘に譲ったということですね?」


「はい、そうです」


「ということはエリナさんが亡くなり、娘であるユキナさんはその指輪を持って失踪。そしてユキナさんの死後、シンデレラによって骨壺ともにここへ遺棄された」女はそこで思案気な表情になると、あごをなでる。「つまりはシンデレラはその指輪がユキナさんの母の形見だと、その価値を知っていたから、遺骨とともに遺棄したと思われますね」


「たぶんそうでしょうね」小森は同意のうなずきを返す。「故人が生前に大切にしていた遺品などを骨壺にいれたりする、なんて話はよく聞きますからね。それと同じ事をしようとしたんじゃないでしょうか」


「やはりそう考えられますか」女はあごから手を離した。「では、指輪とともにはいっていた血の付いたハンカチ。これがはいっていたことはまちがいないですか?」


「はい、まちがいないです。実際にわたしもそのハンカチを見せてもらったことがあります。三滴の血が染み付いた純白のハンカチでした。長谷川元社長の娘であるユキナさま、ユキナさまの娘、そしてその父親のだと判明しています」


「これって奇妙ですよね。なぜハンカチに血を付着させたのか。そしてまた、それを遺骨とともに遺棄するなんてなんの意味があるのでしょうか」


「『血守り』らしいですよ」


「ちまもり?」女がおうむ返しする。


「血を守ると書いて血守りです」小森が指で宙に字を書く。「前妻のエリナさまの出身地である、近畿地方の一部地域に伝わる古い風習だそうです。わたしもくわしくは知りませんが、なんでも大事な人や愛する人の血を布にしみ込ませ、それをお守り代わりにするみたいです。また逆に自分の血をしみ込ませ、それを大切な人に渡していたりもしていたそうです」


「だとするとシンデレラはお守りとして、ユキナさん一家の血がついたハンカチを骨壺ともに遺棄したことになりますね」


「はたしてほんとうにそうでしょうか?」小森が眼鏡をくいっと持ちあげる。「わたしはシンデレラ事件の話を知ったとき、はじめに思ったことは、この三滴の血はお守りというよりも、家族の絆を示すためにわざと置いたように思えます。そうすることで警察にDNA鑑定するように仕向け、長谷川元社長に孫娘がいることをシンデレラは示したかった。そう思うんですよね」


「なるほど」女は感心した様子だ。「そう考えますか」


「それに奇妙な話があるんですよ。実はあの血の付いたハンカチは、長谷川元社長の前妻が生前愛用していた物で、指輪とともに娘さんであるユキナさまに形見として譲られたそうです。そしてそのときにはすでに一滴の血が付着していたらしいですよ」


「えっ!」女が驚きの声をあげた。「ちょっと待ってください。もしそれが事実ならおかしい。母から娘に血守りとして送られたとしたなら、その血はエリナさんのものであるはずだ。けどエリナさんの血はあのハンカチから検出されていない。だったらそれはいったいだれの血だ?」そこで間が空く。「送られたのだからユキナさんの血であるはずがないし、ましてやその娘は生まれていない。だとすると……父親? そんなばかな!」


「ねえ、奇妙でしょう」小森がにやりとほくそ笑む。「だからわたし思うんですよ。ユキナさまは母親の死後、失踪したのではなく、その男と駆け落ちしたんだ、と。おそらくは長谷川元社長にその交際、もしくは結婚を強く反対されていたんでしょうね。だから長谷川元社長は娘がいなくなっても、ろくに探そうともしなかったのは、それが理由にちがいないですよ」


 言い終えると、小森はくすくすと不気味な笑い声を漏らしだす。だがすぐにはっとし、真顔になった。


「申し訳ございません。わたしも個人的にシンデレラ事件に興味があったもので、つい夢中に……」小森はそこで頭をさげる。「わたしが語れることは、これぐらいです。もう仕事にもどりますね」


「あ、あの……ありがとうございました」

 女が少しうろたえた様子で小森に礼を言うと、動画は終了した。

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