第一幕 第十二場
つぎの動画ファイルを再生した。画面はこれまでの安定した映像とはちがい、ぶれ動いている。どうやら走っている車の後部座席からビデオカメラを手に持ち撮影しているらしく、画面には車の運転席にすわり運転する男と、その隣りの助手席にすわる女の後ろ姿が映し出された。
画面が女に向かってズームアップする。女はスマートフォンに視線を落として、それをいじっていた。やがてこちらに気がついたらしく、後ろを振り返る。
「何しているの?」女がいぶかしげな視線を画面に向ける。
「アカネばっかりに苦労させて悪いって思ってね」撮影者らしき男の声が聞こえた。「だからおれも自由が丘大学のミステリー愛好会のメンバーらしく撮影してみた」
「嘘をつくなよ『久保田』」女はあきれ顔を見せた。「どうせ暇になったから遊んでいるんでしょう」
久保田と呼ばれた男の笑い声が聞こえた。「やっぱりばれてた。でもさあ、アカネばっかり負担かけてすまないなって、ほんとうに思っているんだぜ」
「べつにそれはかまわないわよ。もともとわたしが計画したんだし。そのかわりあんたにはいざってときには、しっかりと働いてもらうから覚悟してよ」
「それはわかってますって」久保田はおどけた口調で言う。「命がけでがんばりますので安心してください」
「ほんとうにわかっているの?」女は相手を非難するような口調になった。「あんたいつもちゃらちゃらしているから、いまいち信用できなくて心配なんだけど」
「ひどいな。ちゃんとやりますって。だから信用してよ」
女は険しい表情を作ると画面をにらみつける。「絶対だよ」
「ああ、まかせてよ」
久保田がそう言うと、画面は後部座席の窓ガラスへと向けられた。窓ガラスの外では日の光を浴びたたくさんの木々が、流れるように過ぎ去っていく。どうやら森林地帯を走っていると思われる。
「ねえ、もう何時間も車を走らせているけど、まだグリム王国には着かないの?」久保田が問いかけた。
「まだよ」女の声が聞こえた。「あと三十分ってところかしら。それに直接車でグリム王国に行くのではなく、フェアリーリゾート社が指定したホテルで、見学ツアー用のバスに乗り換えだって説明したでしょう」
「ああ、そういえばそうだったね。見学ツアーに参加して撮影する予定なんだよね」
画面が動きだし、ふたたび女の姿を映し出す。
「ええ、そうよ」女は言った。
「そのツアーにはどのくらいの人が参加する予定なの?」
「事前の調べでは正確な人数はわからなかった。けどこれまでの傾向から三十人から四十人のあいだぐらいかしら」
「以外と人が多いんだね」久保田は少しとまどった口調だ。「おれたちの邪魔にならないかな。心配だよ」
「それはだいじょうぶ。その程度の人数、グリム王国でばらけてしまえば問題ないわ。それに見学ツアーの昼の部が終わり、夜の部になれば人数は減るはずよ。そうなれば人の目を気にせず、わたしたちも動きやすくなる」
「計画どおりに事が進むね」
「そういうこと」
女がそう言ってうなずくと、画面が横へとスライドする。すると画面には運転手の後ろ姿が映り込む。運転手の男は帽子を目深にかぶり、前を向いて運転しているため、その顔がよくわからない。
「もしもし『神谷』」久保田が運転手の男に向けて、呼びかけているようだ。「さっきから黙っているけど、どうしたの?」
神谷と呼ばれた男は、その問いかけを無視して運転をつづけた。反応するつもりはないように感じられる。
「もしもし、おれの声が聞こえていますか神谷?」久保田がふたたび呼びかけた。「もしや免許取りたてで緊張しているのかな」
神谷はその声に反応を示さない。
「おいおい神谷、もしかしてほんとうに緊張しているのか。そんなガチガチでだいじょうぶかよ。それじゃあ、いざってとき——」
「やめなさいよ!」女の怒声が久保田の声をさえぎる。「神谷の邪魔をするのはやめて。彼はまじめに仕事をこなしているのよ、あんたとちがってね」
画面がスライドし女を映し出す。女はこちらにきびしい視線を向けていた。
「そんなに怒らないでよ」久保田が言った。
「久保田、あんたはもう少し緊張感を持ったら。それともうビデオカメラで遊ぶのはやめて。きょうは遊びに来たんじゃないのよ。それをちゃんと自覚してちょうだい」女はそこで語気を強める。「いい、わかったわね」
久保田の吐息が漏れる音が聞こえた。「……わかったよ。ちゃんとまじめにやるからさ。そうぴりぴりしないでよ」
久保田がそう告げると、動画はそこで終了した。




