第一幕 第十一場
つぎの動画ファイルを再生した。画面には居間らしき部屋が映し出されており、二脚の椅子が少し角度をつけて斜めに向き合っている。それぞれの椅子には男と女がすわっていた。
ふたりはしばらくの間、黙しながら画面に視線を向けていたが、やがて同時にお互いの顔に向き合う。まるで画面外から合図を送られたかのように。
「はじめまして」女が言った。「わたしは自由が丘大学のミステリー愛好会に所属する佐藤アカネと申します。どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」相手が口を開いた。五十代ぐらいだと思われるひげを生やした恰幅のいい男だ。「わたしは『岡崎』です」
「岡崎さん、きょうはわれわれのドキュメンタリー映画製作のためにインタビューを受けてくださったことに、まず最初にお礼申しあげます」
女が頭をさげようとすると、岡崎と名乗った男は手で制した。
「いいって、いいって。そういう堅苦しくしなくても」岡崎は朗らかに笑う。「こっちも好きでやってるんだからさ、もっと気楽にしてよ。お嬢ちゃん、もしかして緊張している?」
女は苦笑いする。「ええ、多少は。慣れてないもので」
「だったらなおさら普段どおりにしゃべらないと。うまくいくものも、うまくいかないよ。ほら」岡崎は女を指差す。「一度大きく深呼吸しよう。せーの」
女はとまどいながらも、岡崎の指示に従い深呼吸する。ゆっくりと胸を膨らませ、そして大きく息を吐く。
「はい、もう一度」岡崎は指示をつづける。「はい、よくできました。どう落ち着いた」
「ええ、おかげさまで」女は照れくさそうに笑う。
「そうそう、笑顔でしゃべらないと。そうじゃないとこっちもつまらなくなるからね」
岡崎の気づかいが場の空気をなごませている。その明るい性格とポロシャツにジーンズというラフな格好から、陽気なおじさんというイメージをいだかせる。
「それじゃあ岡崎さん、あらためてよろしくおねがいします」
「はい、よろしくね」
「ではまず岡崎さんに質問です。岡崎さんはグリム王国の従業員としてその最初の開園から、そして最後の閉園のときまで一貫としてそこで働いていたと聞きました」
「ああ、そうだよ」岡崎はうなずいた。「だからグリム王国についてはなんでも知っている。だからなんでも聞いてちょうだい。こっちは七年前にマスコミからさんざんインタビューを受けて慣れているから、遠慮なく訊いてもらってもかまわないよ」
「では遠慮なく訊きたいと思います」女の目がきらりと光る。「ずばりシンデレラの正体はなんだと思いますか」
「はい?」岡崎は素っ頓狂な声をあげる。「えっ、シンデレラの正体ですか?」困惑した口調になる。「えーと、その質問は遠慮がないというか、予想外すぎる質問だね。さすがにおれにはシンデレラの正体はわからないよ。だけど……」
「だけど、なんですか」
「順当に考えればシンデレラはユキナちゃんの娘だろうね。あっ、ユキナちゃんってのは長谷川元社長の娘のことで、おれはあの子のことをそう呼んでいた。向こうもおれのことは岡崎おじちゃんって呼んでくれてた。お母さん似のかわいい子だったよ」岡崎はそこではっとした表情になる。「おっと、話が脱線してしまったけど、つまりは長谷川元社長の孫娘がシンデレラだと思うよ」
「どうしてそう思うのか、根拠を聞かせてくれませんか」
「あの遺骨の置かれた場所さ。ユキナちゃんはグリュック城が大好きで、あの子が子供のころからよく来ていた場所なんだよ。たぶんそのことをユキナちゃんの娘も知っていた。だから娘は亡くなった母が、生前に大好きだった場所に骨壺を置いたんじゃないかな。まあ憶測だけどね」
「それではシンデレラが長谷川元社長の孫娘だと仮定します。だとしたらどうしてシンデレラは名乗り出ないのでしょうか? 孫娘なのだからその資産の半分を譲ると約束されているのに」
「うーん、どうしてだろう?」岡崎はひげをなではじめる。「名乗り出たくない理由があるんじゃないかな。だってほら、長谷川元社長の奥さんのエリナさんが病気で亡くなって、すぐにユキナちゃんは家を飛び出して失踪したんだよ。ふつうなら心配するじゃない、母をなくしたばかりの娘が失踪したら。もしかするとそのショックで自殺してしまうかもって思うでしょう」
女は同意のうなずきを返す。「たしかにそうですね」
「けど長谷川元社長は失踪した娘を捜そうともしなかった。きっと何か確執があったにちがいないよ。そうじゃないと母親が亡くなってすぐに娘が家を飛び出した。けどその父親は娘をほうっておくなんて異常事態は起きないさ。きっとユキナちゃんの娘もそれを知っているからこそ、名乗り出ないんじゃないかな。金に誘惑されない強い理由があるのかも知れない」
「なるほど」
「けどまあ、この考えはあくまでもシンデレラが長谷川元社長の孫娘だった場合の話だ。もしシンデレラと孫娘が別人だとしたら、孫娘のほうは自分が長谷川元社長の孫娘だと知らないかも」
「もしそうなら彼女はかわいそうですね。せっかく財産の半分が譲ってもらえるというのに。だとするとシンデレラはどういう意図があってあの骨壺をあそこに置いたのでしょうか」女はそこで首をかしげる。「こちらも一億という懸賞金に名乗り出ず、沈黙していますし、金では動かない何か特別な理由がありそうですね」
岡崎の口元に意味深な笑みが漂う。「でもそのおかげで喜んでいる人もいるんじゃないかな」
「と言いますと?」
「長谷川元社長の再婚相手さ。元アイドルの『早乙女モモコ』って知っているだろ」
女は気まずそうな表情になる。「あんまりよく知らないですね」
岡崎は肩をすくめる。「そっか、いまの若い子にはわからないか。おじさんたちが若い頃はトップアイドルだったんだけどな。しかも人気絶頂期に結婚と妊娠を発表。子育てに専念すると宣言して芸能界を引退。長い間ご無沙汰なかったけど、旦那を病気で亡くすと、芸能界に復帰したんだよ。そのときの初仕事がグリム王国をロケ地とした映画の撮影。そこで長谷川元社長と知り合い、お互いに結婚相手を病気で亡くしている共通点から同情し、互いに引かれ合い再婚に至ったていう話さ」そこで間を置く。「表向きはね」
女は眉をひそめる。「表向き?」
「金目当ての結婚って言われているんだよ。その証拠に実はモモコには元ダンナが残した多額の借金があった。だから元ダンナの死後、その借金を返すために芸能復帰して稼がざるを得なかった。けど大金持ちの長谷川元社長と結婚したとたん芸能界をあっさり引退。マスコミは金目当てだの遺産狙いだの、さんざん叩いていたよ」
「そんなことがあったんですか」
「そんなモモコのことだ。シンデレラ事件のときも、長谷川元社長が孫娘に対して財産の半分を譲ると言ったときは、いい顔はしなかっただろうさ。内心願っていたんじゃないのかな、このまま見つかりませんようにってね」岡崎はそこで声を落とす。「もしかすると、先に見つけ出して殺したのかも。だから見つからないんだ」
そのことばに女の顔がこわばる。「……あの岡崎さん?」
「なんて冗談だよ」岡崎は大仰に笑う。「もうびっくりさせないでよ。その顔本気で信じてそうで驚いたよ」そこで一息つく。「でもまあ、このくらいかな。事件についておれが語れることは」
「……わかりました。岡崎さん、本日はありがとうございました」
女がぎこちなく礼を言うと、そこで動画は終了した。




