第一幕 第十場
二番目の動画ファイルを再生した。画面にはひとつ前に観た動画と同じ構図が再現されている。白い壁を背景にプロジェクターのスクリーンが映し出され、その横には女の全身が映っている。
「みなさんはじめまして」女は朗らかに笑った。「わたしは自由が丘大学の生徒で、佐藤アカネと申します」
女は自己紹介がすむと軽く頭を下げた。
「わたしは自由が丘大学にある、とあるサークルに所属しています。そのサークルの名前は」そこで長々と間を置いた。「ミステリー愛好会です。わたしたちミステリー愛好会の活動はさまざまありますが、おもな活動内容は、日本で起きたミステリアスな未解決事件の謎に迫ることです」
女はそこでことばを切ると、声の調子を落としてしゃべりはじめる。
「そしてわれわれミステリー愛好会は、とある未解決事件のドキュメンタリー映画を撮影することになりました。これはいままでのミステリー愛好会の活動の歴史のなかで、初の試みとなります。そのためもしかすると視聴者にとって、お見苦しいところがあるかもしれませんが、なにぶんはじめてのドキュメンタリー映画作製ですので、あらかじめご了承ください」
女は深々と頭をさげた。
「では長々と前口上失礼しました。それでは本題に移りましょう。われわれミステリー愛好会の初となるドキュメンタリー映画のテーマは、ずばり『シンデレラ事件』です!」
画面が中央へとズームアップされる。それと同時に画面が徐々に薄暗くなっていく。どうやら部屋の照明の明るさを落としているようだ。そして突然明るくなったかと思うと、プロジェクタの光がスクリーンを明るく照らしている。だが照らしているだけで、スクリーンに何かが映し出されているわけではない。
ゆっくりと画面が横へとスライドする。すると画面の構図はスクリーンを全面に捉え、女は画面端にその上半身が映り込む程度になった。
「シンデレラ事件、それは七年前に『グリム王国』で起きた未解決事件です」女は説明をはじめた。「事件当時、世間をにぎわせたこの事件ですが、それから七年も経ったいま、もしかすると視聴者のみなさんには知らないかたや、記憶が風化してしまった人たちもいるかもしれません。ですのでシンデレラ事件の謎を語る前に、軽く事件についておさらいしてみましょう」
スクリーンに映像が映し出された。何やら中世ヨーロッパの町並みが映し出されたかと思うと、観覧車やメリーゴーランドの遊具がつぎつぎと登場する。そのほかにもお城のような場所で、人々が楽しげに過ごす映像などが流れた。そして最後に『おいでよ、グリム王国へ』の文字が大写しにされると、ふたたびまた同じ映像が繰り返される。
「ご存知のかたは知っているかもしれませんが、これはテーマパークであるグリム王国のコマーシャル映像です」
女は手でスクリーンを指し示した。
「シンデレラ事件の舞台となった、グリム王国について簡単な説明をしましょう。グリム王国とは日本経済がバブル期のころに建設された、中世ドイツをイメージしたテーマパークのことです。その建設には本場ドイツから職人をわざわざ呼んで中世ドイツの町並みを再現したり、その敷地内にミニ遊園地を造ってしまうなどの豪華っぷり。その建設費用は数百億と言われており、いかに当時の日本経済が好景気だったのかがうかがい知れます」
スクリーンにグリム王国のパンフレットが映し出された。
「グリム王国は都心で働く人々のために、自然に囲まれた場所で最高のやすらぎと喜びをテーマに、都市郊外に造られたテーマパークで、開園当時はその再現度の高い町並みのクオリティが評判んとなり繁盛していました。だがしかしバブル崩壊が起きてしまい日本経済は悪化、さらには自然に囲まれたテーマパークを意識するあまり都心からの交通の便も悪く、客足は遠のいていきます」
スクリーンが切り替わり、グリム王国の経営についての支出などを表すいつくかのグラフが映し出された。
「経営も年々悪化し、ついには赤字に転落。七年前のシンデレラ事件が話題となり、一時的に売り上げが好調になるも、やはり経営難には勝てず、事件が起きたその年に閉園となってしまいました」
スクリーンが切り替わり、閉園後のグリム王国が映し出された。
「こうして閉園となってしまったグリム王国ですが、その撤去には膨大な費用がかかるため、いまだ手つかずのまま廃墟としてそこに存在しています。これは俗に言われているバブルの遺産です」
スクリーンで種々様々な廃墟のスライドショーがはじまる。
「バブル期に日本の各地につぎつぎと建設された大型ホテル、テーマパークやレジャー施設などなど。それらはバブル崩壊後、その高額な撤去費用が問題となり、そのままに残され廃墟となってしまいました。日本各地に多数存在するその廃墟はバブルの遺産と呼ばれ、かつての日本経済の好景気を象徴するなごりとなり、一部の廃墟マニアには親しまれることになりました。グリム王国もそんなバブルの遺産のひとつです」
スクリーンでは、廃墟化した夜のグリム王国が明るくライトアップされている映像が映し出された。
「グリム王国の経営者であるフェアリーリゾート社は、閉園したグリム王国をどうにか再利用できないかと考えていました。そしてその解決策を昨今の廃墟ブームに見いだします。廃墟化したグリム王国の見学ツアーを思いついたのです」
スクリーンが切り替わり、グリム王国見学ツアーのチラシが映っている。
「グリム王国は高い壁に囲われているため、ほかの廃墟とはちがいそこへ侵入することはできず、廃墟マニアたちからは幻の秘境として呼ばれていました」
スクリーンがふたたび切り替わり、今度はグリム王国を舞台セットにした、音楽バンドのプロモーション映像が流れはじめる。
「そんな幻の秘境と化したグリム王国にはいることができたのは、映画やミュージックビデオのプロモーション撮影でやって来た選ばれし人々。一般人には到底無理な話でした。グリム王国見学ツアーが開かれるまでは」
スクリーンでは、廃墟化したグリム王国の写真のスライドショーがはじめる。
「この見学会ツアーに廃墟マニアが殺到。その評判が一般人にも広まり、恋人たちのデートスポットとして人気を博し、さらにはコスプレを愛するレイヤーさんたちの撮影場所としても親しまれるようになりました。いま現在、グリム王国はかつての全盛期にはほど遠いですが、それでも人々に必要とされる存在として愛されているのです」女はそこで余韻を残すかのように、しばし間を置く。「これでグリム王国についての簡単な説明は終わりたいと思います」
女が話題を変えるべく咳払いすると、スクリーンには新聞記事が映し出された。見出しにはシンデレラ事件と書かれている。
「それではいよいよシンデレラ事件について話したいと思います。シンデレラ事件、それはグリム王国で起きた遺失物騒動のことです。それは七年前、閉園時間が迫ったグリム王国で起きました。場所はグリム王国の北側にある『グリュック城』です。そこで何者かにより、骨壺が遺棄されたのです」
スクリーンに小さな骨壺が映し出された。
「当時の従業員に話によると、何者かがグリュック城の前に箱を置いて立ち去ろうとしたのを目撃。声をかけるとその人物は走り去った。その際にその人物は自身が履いていた靴の片方が脱げてしまうも、それをその場に残して逃走。その人物は暗がりにいたので、どんな容姿をしていたのかよくわからなかったと証言。そして不審に思った従業員が箱をあけると中には骨壺がはいっていたとのこと」
スクリーンが切り替わり、指輪と血の付いたハンカチを映し出す。
「箱の中には骨壺のほかに、指輪と三滴の血が染み付いたハンカチがはいっていました。何らかの事件性があると判断したフェアリーリゾート社は警察に通報。警察がこの遺失物について調査に乗り出すと、ある驚くべき事実が発覚したのです」
女は注意を引くように間をあける。
「この箱にはいっていた指輪は当時のファアリーリゾート社の社長である、『長谷川ヒロユキ』の亡くなった奥さまである『長谷川エリナ』の結婚指輪だと判明。さらにはDNA鑑定の結果、ハンカチに付着していた三滴の血は、それぞれ別人の者であるとわかったのです」
スクリーンでは血の付いたハンカチが大写しになった。
「ひとつは長谷川社長と親子関係があるもの、つまりは当時失踪中だった長谷川社長の娘である『長谷川ユキナ』と判明。もうひとつはそのユキナさんと親子関係がある女性の血であり、長谷川社長の孫娘だと判明。残りのひとつは長谷川社長とは血縁関係はないものの、長谷川社長の孫娘との親子関係があり、その父親だということがわかったのです」
スクリーンに遺骨が映し出された。
「残念ながら遺骨は火葬されており、DNA鑑定をすることができませんでしたが、これらの事実と、骨壺にはいっていた遺骨が三十代女性だと特定されたことにより、この遺骨は失踪していた長谷川社長の娘ユキナさんである可能性が高いとされました」
スクリーンに若い女性の写真が映し出される。その下には長谷川ユキナ(二十)と書かれていた。
「長谷川社長の娘はシンデレラ事件からさらにさかのぼること十四年前、長谷川社長の妻エリナさんが病気で亡くなると、ほどなくして失踪。当時ユキナさんは二十歳。その後の行方はわからず、シンデレラ事件が起きるまで、なんの手かがりもない状態でした」
スクリーンに新聞の切り抜きが映し出される。そこには記者会見を行う年配の男の写真が掲載されており、長谷川ヒロユキ氏と明記されていた。
「娘の死と孫娘の存在を知った長谷川社長は記者会見をおこない、娘であるユキナさんの子供ではないかと思う人は名乗り出てほしいと訴え、自身の財産の半分を譲ると約束したのです。それと同時に遺骨のはいった箱を置いて逃げ去った人物に対しても名乗り出て情報提供してほしいと訴え、一億という高額の懸賞金を約束したのです。その結果、マスコミは遺骨を遺棄した人物の性別が不明にもかかわらず、残された靴とグリム王国という舞台から、その謎の人物をシンデレラと呼び、この事件をシンデレラ事件と呼称しました」
スクリーンにシンデレラ事件の記事が映し出された。
「シンデレラ事件は一躍有名になり、懸賞金目当てに多くの人々がシンデレラとして名乗り出ました。むろんそうなることは長谷川社長も想定済みで、あえて残された靴の情報を公開せず、その特徴を語らせることでその真偽を見極めようとしたのです。だがしかし、運が悪いことにグリム王国の従業員のひとりが、この情報をマスコミにリークしてしまいました」
スクリーンが切り替わり、片方だけの靴を映し出す。それは白を基調にしたローカットのスニーカーで、アクセントにピンク色が使われており、そのためレディース物だと思われる。
「これがシンデレラが残した靴です。サイズは二十一センチ。その見た目からおそらくはレディース物と予測され、そのためシンデレラの性別も女性だと考えられました。この情報がリークされるやいなや、サイズ二十一センチの足をもつ多くの女性がシンデレラとして名乗り出てしまう事態になったのです」
スクリーンにシェパード犬が映し出された。その隣りには警官が立っている。
「この事態を受けて長谷川社長は警察に協力を依頼。シンデレラの判別に警察犬の嗅覚を利用して判別をおこないました。その結果、名乗り出たシンデレラのなかに、本物のシンデレラはいませんでした。全員が懸賞金目当ての詐欺師だったのです。そしてシンデレラの判別方法に警察犬が使われたことにより、だますことができないと知られると、シンデレラとして名乗り出る者はいなくなり、やがて事件は風化していったのです」
スクリーンに投射されていたプロジェクターの光が消えると同時に、部屋が徐々に明るくなっていく。すると画面はスライドし、女の全身をとらえた。
「以上が、シンデレラ事件についてのあらましです。いま現在もシンデレラに対しての懸賞金は有効のままですが、もはやだれも名乗り出る者はいません。そして長谷川社長の……いえ訂正します、いま現在は長谷川元社長でした」女は気を取り直すかのように咳払いする。「長谷川元社長の孫娘として名乗り出る人物もいません。はたして彼女はいまどこで何をしているのか? そしてシンデレラは何者で、なんのために遺骨のはいった箱をあそこに置いたのか、その謎は依然として解明されていません」
画面がズームアップすると、女は得意げな表情を作る。
「その謎にわれわれミステリー愛好会が挑みたいと思います。どこまで真相に迫れるかはわかりませんが、できるだけのことはやり通すつもりです。ご期待ください」
女が深々と頭をさげると、そこで動画は終了した。




