第一幕 第九場
動画を見終えたおれは、隣りにすわる女に顔を向けた。その顔を見つめながら言う。「何か思い出すことができた、佐藤さん?」
「えっ!」女が驚愕の表情でこちらに顔を向ける。
「なんでもいいから思い出せた、佐藤アカネさん」
「佐藤アカネ」女はおうむ返しする。「……何を言っているの?」
「きみの名前だよ。いま観た動画のなかで、自分で名乗っていたじゃないか。自由が丘大学のミステリー愛好会の佐藤アカネだと」
「あれがわたし……」女は信じられないといった様子だ。「ほんとうにそうなの?」
「だってまったく同じ顔をしていたじゃないか。それに着ている服も、いまきみがパーカーを羽織っていることさえ除けば、いっしょの格好だよ。まちがいなくあれはきみだ」
おれはビデオカメラでもう一度同じ動画ファイルを再生すると、それを女に手渡した。女はその映像に釘付けになっている。
「どう思い出せた?」おれは問いかけた。
女は画面から目をそらさずに言う。「……ごめんなさい。まだ何も思い出せない」
「そっか」おれはため息をついた。「それじゃあ仕方がない、つづきの動画を観よう」
「あの蝶野さん、このつづきを観るんですか?」女はようやく画面から視線をあげると、こちらを見つめる。「蝶野さんは事故で負傷していて、すぐにでも助けが必要なんですよね。こんなことしている場合ではないのでは?」
「たしかにすぐにでも助けを求めたいよ。でもこの体ではこれ以上の移動はさすがに体力的につらいな」おれはそこで疲れきった笑みを浮かべる。「だから動画のつづきを観ることで、きみの記憶を喚起させ、その記憶を取りもどしてもらう。そしてスマホのロックを解除して助けを呼ぶ。それがいちばんの道だ」
「……すみません」女の表情が曇った。「わたしが記憶喪失のせいで、こんなことに蝶野さんを巻き込んでしまって」
「あやまらなくっていい。それにもとはといえば、事故を起こしたおれ自身が悪いんだ。きみは気にしなくていいよ。それよりいまは自分の記憶を取りもどすことだけに集中して」
「はい、わかりました。そうします」女はうなずくと、おれにビデオカメラを差し出した。「つづきをお願いします、蝶野さん」
おれはビデオカメラを受け取ると、安心させようと微笑んだ。
「それじゃあ、つづきをはじめるよ」




