1-2 国王との会談
「いや、先程は尊大な態度で済まなかったな。異界の勇者殿達を迎い入れるときはこのようにせよ、というしきたりがあってな……」
そう言って白髪交じりの金髪の頭を搔いて見せる国王。
此処は『謁見の間』。
そこでは今、異世界より転移してきたと勇者たちと国王の会談が行われていた。
謁見の間には厳かな雰囲気を纏う国王、シュバルツ=クラウス=ノイド。
神官風の男、もとい神官である赤髪の老人、ルシフル=マジェスタ。
周囲には護衛とみられる騎士が数人。
そして、この『異世界ザナン』に転生した勇者である朝日達がいた。
「なるほど、な。つまるところオレ達がどんな存在であるかは検討がついてるわけだ」
「うむ、如何にも。そなたらが本当に伝承にある通りの勇者であるならな」
「そうか。念の為、ここに来るに至った経緯も話しておいた方がいいか?」
「ああ、そうしてもらえると有難い」
「ああ、実は――――」
そして、朝日は国王に自分がここに来た経緯を説明し始めた。
込み入った話、特に自分達が元居た世界の話は大幅に省いてだが。
「ふむ、成程な。こちらに来た経緯については了解した」
朝日達の説明に小さく頷く国王。
その表情には、なにかを確信したような笑みが浮かんでいた。
「なぁ、こちらからも質問させてもらっていいか?」
「む?構わんぞ。ああ、わしの体重の事は質問せんでくれよ?最近体の衰えが酷くての……」
そう言って冗談っぽく笑って見せる国王。
そんな国王の飄々とした態度に、朝日は何処か親近感をおぼえつつ質問を投げかけた。
「簡潔に教えてくれ。………この世界は今、どんな状態に立たされているんだ」
ハッキリ言って朝日達はこの世界の現状をほとんど知らない。
いや、もっと言うなれば朝日達はこの世界そのものがどんな世界なのか、それすらもわかっていないのだ。
女神からはただ、『世界が崩壊の危機に瀕しているので助けてほしい』ということ以外は何も知らされていないし聞かされていない。
致し方なかったとはいえ、詳しく知らなければ自分たちがこれからどう動けばいいのかが全く見えてこないのだ。
まっとうな質問といえよう。
「うむ……どんな状況、か」
そんな質問を一国の王相手でも一切動じずに投げかける朝日。
対して国王は若干困ったような顔だ。
「簡潔に、と言われたがこればかりは順を追って説明せねばならないな。少々時間を貰ってもよいか?」
「ああ、構わない。寧ろ此方から頼みたいくらいだ」
「僕も、大丈夫です」
「私も」
勇者一行が自身の申し入れに賛同したのを見た国王は淡々と語りだした。
この世界が陥っている危機について。
「そうだな……まず話は神話と呼ばれた時代まで遡るのだが―――――」
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今よりおよそ数千年前。
世界は大きな一つの大陸だった。
その大陸には『人族』『獣人族』『妖精族』と呼ばれる三つの種族がいた。
その三種族は時に争い、時に助け合ったりしながら、互いに干渉し、それぞれの文明を築いていた。
一度、三種族間で大きな戦争が起きた。
当時に資料が残っていないために理由は推測することは出来ないが、とにかくその時代に大きな戦争があった。
今から九百年程前のことだ。
戦時中真っただ中の大陸の中心に昏く輝く雷が降り注いだのは。
誰もがその雷に目を奪われた。
視界を覆い尽くす黒とも黄金とも言えない光が消え去ったとき、彼らが目にしたのは驚きの光景だった。
それは四つに割れた大陸だった。
大陸が四つに分断されたことで戦争は終結した。
終結をやむを得ない状態となった。
四つに分かれた大陸のうちの三つは三種族の主な生息区域を中心として分断された。
残った一つの大陸はかつて、大陸が一つだった時から恐ろしい魔物が棲みつき『魔の森』として畏怖されていた禁忌の土地だった。
彼等は後のこの土地を『魔の大陸』と呼んだ。
それから大体百年ほど後のこと。
それぞれの大陸が国として発展し、外交の積み重ねにより三つの大陸に平和が訪れた時。
『魔の大陸』に一匹の邪竜が棲みついた。
その邪竜は度々海を渡っては、それぞれの大陸の住民や家畜、魔物を食い散らかしていた。
広がり続ける邪竜の被害に、当時の三国の王達は頭を悩ませていた。
このままではいずれ、近いうちに国がその体制を保てなくなる、と。
それまでに幾度となく邪竜討伐隊を称した軍隊を『魔の大陸』に送り出してきた。
が、それらはすべて邪竜の腹にのみ込まれてしまった。
今彼らの手元には、国防に回せるだけの軍力すらも残されていなかった。
しかし、奇跡は起きた。
黙って滅びの時を待ちわびる三種族。
彼等に文字通り希望の光が差しこんだ。
それは百年前に大陸に落ちた雷と同じに見える光だった。
異なる点を挙げるとするなら、その光が降りたのが四つに割れた大陸の一つ、『人族』の国だったということ。
そして、その光の色が黒や黄金ではなく、白い光だったということだ。
突如、天から差し込めた光。
そして、光とともに現れたのは一人の年若い『神の使者』を名乗る少年だった。
青年は人のいい笑みを浮かべ、邪竜を討伐して見せると高らかに宣言した。
それから、数年後。
『魔の大陸』に渡った青年は宣言通り、見事に邪竜を討伐して見せた。
そして、邪竜討伐から十数年後。
かつて少年だった『神の使者』は立派な青年の『勇者』へと変貌を遂げた。
彼は、邪竜が討伐されたことにより、世界が平和を取り戻したのを見届けると表舞台から姿を消した。
三国の重鎮たちは血眼になって彼を探したが、結局彼の姿は世界中どこを探しても見つけることは出来なかった。
さらに数十年後。
『勇者』の失跡から約十年後。
突如、魔の大陸から四人の従者を引き連れた、自身を『魔王』と名乗る存在が現れた。
そして、三国の王達は彼の者の、或はその従者の口から信じられない言葉の数々を告げられた。
曰く、『魔王』である自分は神に匹敵する力を持っていると。
曰く、その力を使えば自分は世界を簡単に滅ぼす事が可能だと。
曰く、かつて世界を救った『勇者』は既に自身の力を前にこの世界から消滅したと。
曰く、自分達はこれから世界を滅ぼそうとしていること。
その全ては真がどうかも疑わしいものだった。
『魔王』が出現した当初は三国が互いに協力し、なけなしの戦力で魔王討伐を目的とした連合軍を形成し、『魔王』に反発しようと行動した。
しかし、彼等の必死の抵抗は連合軍の全滅というカタチで終わりを告げた。
邪竜が世界に出現した時とまるで同じ展開だった。
しかし、どうやら当時と同じだったのは、それだけではなかった。
世界に再び『神の使途』が舞い降りたのだ。
しかも、今度は四人。
滅びを迎えようとしていた世界に希望が見えた瞬間だった。
新たな『神の使途』たる『勇者』の出現から数百年。
今もなお『魔王』との戦いは続けられている。
千年近く続く『魔王』との戦いの歴史にピリオドは打たれておらず、未だ人類に黒星はない。
『魔王』と『勇者』。
互いに傷つき傷つけあう歴史の中。
『魔王』は『勇者』に与えられた傷を回復するために、数十年単位で眠りにつく。
『勇者』は先の代の『勇者』が現れてから約百年の周期で新たな『勇者』が現れている。
人類は百年に一度現れる『勇者』の与えた打撃によって、『魔王』の活動が鎮静化される数十年を糧に生きてきた。
幾度も幾度もそれを繰り返してきた。
終わりのない戦いの歴史の真っただ中。
それが今の世界の現状だった。
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「……なるほどな。首の皮一枚で繋がっている状況なわけか」
国王の話を聞いた朝日は神妙な顔で頷く。
見れば勇二と未希も真剣な表情で今聞いた出来事を頭の中で自分なりに整理している最中だった。
「首の皮一枚……あぁ、確かにその表現は的を射ていると言えよう」
「で、世界の現状は分かったとして、オレ達はこれからどうすればいい?話の流れからするに『魔王』ってのを倒しに行けばいいんだろうが――――」
「――――情報と実力が圧倒的に足りない」
朝日の言葉を聞いた国王はその言葉に同意するように一度頷くと難しい顔をして語り始めた。
「情報に実力、か。……はっきり言って、世界に破滅をもたらさんとしている彼の『魔王』。その存在については、ほとんどが謎に包まれている状態だ」
「殆どってことは、解っていることもあるということか?」
「ああ。今わかっているのは『魔王』が『魔の大陸』を根城にしていること。それぞれ『大剣』『強弓』『大盾』『長杖』をもった従者を従えていること。そして、その存在を傷つけることができるのは『神の使途』である『勇者』だけであることだ」
「『神の使途』……なるほどな。女神が言っていたのはソレか」
この世界に転生する前の白い空間での会話を思い出す一同。
「恐らくだが、この世界に転生するときに貰った『ギフト』の他にも、もしかしたら特別な何かがあるのかもな」
「おお。チートかな?」
「流石にそれは短絡的すぎるよ、勇二」
「うわ!未希に言われるなんて!」
「ちょっとそれどういう意味!?」
「……チートかどうかは置いといて、『魔王』やらその従者やらに特化した力がありそうだな」
長い昔話の後、国王は王座に座り、目の前で思い思いに騒いでいるに三人の少年達を静かに見下ろす。
彼らを見下ろすその瞳はどこか優しげに細められており、どこか遠い場所を見ているようにも見えた。
「盛り上がっているところ、申し訳ない。少しいいか?」
そう言って王座から立ち上がり朝日達に近づいていく国王。
「私も一つだけ気になることがある。話を聞く限り、君たちは元の世界ではただの学生だったようだな」
「ええ。その通りです」
国王の問いに頷きを返す勇二。
朝日と未希は「え?勇二が只の学生?」という思考を浮かべたが、辛うじて口に出すことはなかった。
「……これから先、君たちを待ち受けているのは、とてもつらく厳しい道だ。もしかしたら、君たちの誰かが死んでしまうこともあるかもしれない」
「それは……」
「もしかしたら、何らかの理由で人を殺したり、仲間同士で殺し合うことになるかもしれない……」
国王はそこまで言うと一度区切り瞑目し、更に言葉を紡いだ。
「そんな道を歩むことになっても、君たちは本当に魔王を倒すつもりでいるのか?」
国王の口から紡がれた言葉に黙りこくる三人。
一国の王の口から発せられた言葉からはとてつもない『重み』が感じられた。
到底、只の学生風情が背負うことのできないほどの『重み』だ。
「天から遣わされた君たちには、確かに『魔王』を倒すことのできる力がある。けれど、力には覚悟が伴うものだ。それについて、君たちはどう考える」
続けさまにかけられたその言葉に朝日達は沈黙を重ねる。
「今は、まだわかりません」
そこに口を開いたのは勇二だった。
「まだ、というのは?」
「僕達はまだこの世界に来たばかりで本当の意味での戦いを知りません」
「ああ。知っているよ。文献によるところ其方達の世界は随分と平和なようだからな。君たちの眼を見れば簡単にわかる。人ひとり殺したこともないのだろう」
三人の瞳をのぞき込み頷く国王。
「ええ。確かに、僕達は人を殺したことも、まして動物すら殺したことこそありません。だけど……」
そこまで言って、勇二は一度口を閉ざし、朝日達の方に振り返る。
そして、再び国王の方へ向き直ると、晴れやかな笑顔で続きの言葉を口にした。
「――――誰かを助けるためなら、世界を救うためなら、僕は魔王を倒します」
真っ直ぐな瞳でハッキリと国王の目の前でそう宣言した勇二。
その後姿を見た朝日は思わず目を細めた。
朝日の瞳には目の前の少年が大層まぶしく見えたのだ。
どんな時でも、目標のためならまっすぐ突き進む、一切揺らぐことのない信念。
それこそが、目の前の少年が杉崎勇二たる所以だと改めて認識させられた瞬間だった。
「ククッ……ハハハハハ!成程な!貴殿はなかなかに大物のようだ!気に入ったぞ!」
そんな朝日を他所に、国王は満足げに大きな声を出して笑う。
どうやら先の問いかけに対する勇二の回答がお気に召したようだ。
国王は腰かけていた王座から立ち上がると勇二の方に歩き出し勇二の前まで来て、手を差し出した。
「試すようなことを言って悪かったな。どうか、この手を握ってはくれまいか?是非ともこれから世界を救う英雄となる『勇者』と握手がしたい」
目の前に差し出された一国の王の右腕に勇二は少し戸惑った顔をした。
が、すぐに満面の笑みを浮かべるとその手を強く握り返した。
to be continued...