第9話「獣人猫族の少女と出会う」☆
魔獣や獣を倒しながら森の中を進む一行は、既に南北に拡がる大陸の中部地方にまで達しているようだった。
カッツェが磁石や太陽の位置で自分達の位置を確認しながら、ノエル達にそう教えてくれた。
*
最初に異変に気付いたのはエルフ族のレイアとヴァイスの二人だった。始めにレイアが、少し遅れてヴァイスが気配を感じた方向へと耳を傾けた。
「どうかしたか?」
カッツェが二人の様子に気付き、歩みを止めて訊ねた。
ヴァイスはレイアに鋭い目線で目配せをし、口を開く。
「……レイア、様子を見て来てもらえ――」
ヴァイスの言葉が終わるか終わらないかのうちに、レイアは全てを察したように目線で頷くと、すっと音も無く消えていた。
「んっ、何だ今の? お前らいつの間にそんな関係に?!」
「……そういうものではありません。エルフは人間よりも勘が鋭いのです。だから、エルフ同士はテレパシーのようにお互いの意思が何となく伝わる時があるのです」
見ていたカッツェがすっとんきょうな声を上げて驚く。が、ヴァイスは苦笑しながら生真面目に答えて否定した。
「それって、やっぱり仲が良いってことじゃん」
ノエルも茶化すと、ヴァイスは困って、はは、とその場を流すように笑った。
*
ほどなくして、ざっという音とともにレイアが戻った。
「どうでした?」
「危険は無い、だが――」
銀髪のダークエルフは、少し困惑したような表情を浮かべていた。
「――猫が」
*
レイアが案内した場所に到着した一行は、予想外のものを見た。
それは、大きな木にぶら下がった網の中でジタバタと暴れる巨大な猫――ではなく、半人半獣の『獣人』の子供だった。
「ニャーー! 旅人さん、良いところに来たニャ! ここからボクを下ろしてくれニャ!」
網の中の子供が涙ながらに訴える。その声はまだ幼なかった。
「可哀想だし下ろしてあげようよ! 敵じゃないよね?」
ノエルは自分より幼い子供が網に掛かっている姿を見て、すぐに同情して懇願した。獣人の子供からは危険な殺気は感じられない。きっと迷子なのだ。
ノエルの言葉に、カッツェ、ヴァイス、レイアの大人三人は顔を見合わせて頷いた。
*
「ふにゃっ!」
レイアが木の上に上って縄を切り、カッツェが下で子供を受け止めて地面に降ろした。
網から出た獣人の子供は猫のようにぶるぶると一瞬体を震わせて、自由の身になれたことを喜んだ。
「いてて……ありがとニャ、助かったニャ! ボクは、カノアっていうニャ!」
ぴょこんと立ち上がったその姿は、小柄なノエルのさらに胸あたりまでの身長しかなかった。
見た目は人間の七~八歳程度。黄色の毛皮でできた、短い服を着ている。
ピンと立った三角の耳、ゆらゆらと揺れるしっぽ、拳を握りしめたときに指先から飛び出る爪は、正に猫のものだった。
「獣人猫族……僕初めて会ったよ!」
ノエルは少し興奮してはしゃいだ。
獣人猫族は獣人族の一種で、人族と獣族の中間のような性質をもっている種族だ。猫族以外にも多くの種族が存在するが、大抵は深い森の中など自然の多い場所に住むことが多く、あまり人里には顔を出さない。
特に獣人猫族は寒さが苦手なので、ノエルの住んでいた北の地ではほとんど見かけなかった。
「あなたが掛かっていたコレ、猪か鹿用の罠ワナですよね……何故こんなところに獣人猫族の子供が?」
「ニャ~、ボクは道に迷って罠に掛かってしまったニャ。もう三日三晩、何も食べていなくて……お腹が空いて死んじゃうかと思ったニャ」
話しながら、ぐーーとカノアのお腹が鳴る。
「仕方ない。こんな場所に置いてはおけんし、どこか安全な場所まで連れて行こう」
「ニャー! 恩に切るニャ!」
カッツェが持ち前の正義感を発揮した。
カノアは喜んで、ぴょこぴょこと一行に同行することになった。
*
「……おい、いくら三日間何も食べて無かったとは言え、食べ過ぎだろう」
「ふにゃ?」
カッツェがカノアを眺めながら呆れた声を発する。
もぐもぐと肉を頬張りながら、何のことかと言わんばかりにカノアがカッツェを見上げた。
カノアの横には、食べ終えた肉の骨、木の実の皮が山積みになっている。
なんとカノアは、その小さな体でパーティー全員の三日分の食料をあっという間に平らげてしまっていた。
「ニャっ?! これで全部だったニャ? それは申し訳ないことをしたニャ……」
カノアがしょぼんと耳と尻尾を垂らし、小さくなって反省する。
「だ、大丈夫です。私はエルフなのでほとんど食べなくても歩けますし、動物性の食糧なら、またカッツェ達が獲ってくれます……ですよね?」
「はー、俺もあの干し肉、楽しみに取っておいたのに……まぁいい、子供に当たっても始まらんしな」
ヴァイスが引きつった笑顔でカッツェを見やると、カッツェは残念そうな溜息をつきながら、やれやれといった様子でレイアとともに夜行性の動物を狩りに向かった。
*
「ふにゃ……助けてもらった上に、ご飯を全部食べてしまっては申し訳ないニャ。ボクも何か手伝うニャ!」
残された魔導士二人とカノアが焚き火を起こしていると、カノアが何かを決意したように立ち上がった。
「危ないですよ! ここは結界を張っています、二人の帰りを待っていてください」
「大丈夫ニャ! ボクは鼻がいいんだニャ!」
ヴィアスが慌てて止めたが、カノアはその制止も聞かずにぴょんぴょんとどこかに姿を消してしまった。
*
「ふー、まぁこんなもんかな……あれ、あの小さいのはどこ行った?」
カッツェが自分の身長と同じくらいの巨大な猪を肩に担ぎ、レイアがそれより小柄な猪を紐で縛って引きずりながら戻ってきた。
すぐにカッツェがカノアの不在に気付く。
「それが……」
「だたいまニャーー♪」
ヴァイスが蒼ざめた顔で説明しようとした時、機嫌の良い声を上げながらカノアがどこかから戻ってきた。その背には、大量の何かを背負っている。
「カノア! 急にいなくなるから心配したよ! ……これ何?」
ノエルは戻ってきたカノアの姿にほっとしながら、カノアの背負う荷物について訊ねた。
「じゃじゃーーん♪」
「……これ薬草だ!」
カノアが背負っていた毛皮の風呂敷を広げると、中から大量の植物の葉や根っこ、茸、木の実が出て来た。
ノエルはいくつかを手に取り、匂いを嗅いでそれが何かに気付く。
「薬になる草と、食べられる茸も取って来たニャ! ボクは薬師の修行をしてるニャ! 薬の調合なら任せてニャ!」
「なるほど、鼻が利く、とはそういうことですか……」
自慢気に胸を張るカノア。
ヴァイスはカノアの無事に安堵しつつも、何とも自由奔放な性格に溜息をついていた。
「へーー、凄いね! これは何に使う草?」
ノエルは好奇心の方が勝り、早速カノアに色々と聞き始める。
ノエルも北の村で様々なオリジナル薬を調合するのが趣味だったのだが、カノアは幼いながらノエルよりも豊富な知識を持っているようだった。今までノエルがただの雑草だと思っていた草にも、様々な効果効能があるらしい。趣味の合う二人は、たちまち意気投合した。
「『カノア(自由)』――まさに名前の通りですね」
ヴァイスがカノアとノエルを見ながら苦笑して呟くと、肉を捌くカッツェとレイアの元に向かって行った。