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第5話「森の美しき襲撃者」

 南の地を目指す一行は、数日間旅を共にしたトナカイを手放し、徒歩で「暗き森」と呼ばれる深い森へと入った。


 ここ「暗き森」は、西大陸の中央で北部(ノース)地方と南部(サウス)地方を分断するように広がっている。

 トナカイから降りたのは、起伏の激しい森の中では歩いた方が早いと判断したためだ。


 木々の根元に落ちた葉が積み重なり、柔らかな絨毯となって男達の行く手を阻む。

 赤黄橙と色鮮やかに散る葉は、見ている分には美しいが足を踏み入れればずぶりと埋もれてしまい、進むのはなかなかに骨の折れる道だった。


*

「はぁ、もう歩き疲れたよ」

「おい、まだ二時間も歩いてないぞ」

 ノエルが早々に愚痴を言い出すと、前を歩くカッツェがやれやれといった声を出した。


「カッツェとヴァイスは、僕より(リーチ)が長いから! 僕は二人の二倍くらい歩いてる計算になると思うなっ」

 ノエルは伸長差を盾に主張した。

 特に身長が低く、一足歩くごとに膝まで落ち葉に埋まってしまうノエルにとって、森の中の移動は非常に体力を消耗するものだった。


「まぁまぁ……どこか安全な場所を見つけたら、一度休憩しましょう」

「まったく、近頃の若者はなっとらんぞ」

 ヴァイスが間を取り持ってくれたが、カッツェは溜息とともに呆れたようにひとりごちた。


*

 ほどなくして適当な休憩場所を見つけた三人は、岩の上に腰掛けて束の間の休憩を取ることにした。


「どうした、浮かない顔だな」

「いえ……先ほどから誰かに見張られているような気がするのです。でも姿が捉えられない。魔物なら精霊がそう教えてくれるはずなのですが」

 カッツェの何気ない問いかけに、ヴァイスが眉をひそめながら答えた。


「そうか? 俺には何も感じられないが……」

「エルフの耳は(ヒト)族よりも優れています。普通なら、この私の警戒網に引っ掛からない生物などいないのですが。……取り越し苦労だといいんですけどね」

 ヴァイスが少し疲れた様子で警戒を緩め、自らを奮い立たせるように言葉を続けた。


「さぁ、少し休んだら出発しましょう。暗くなる前に少しでも先に進まないと」


*

 だがノエル達はヴァイスの懸念をもっと重視すべきだった。

 異変は全く突然に起きた。


「――動くな」


 低く響いた声に、ノエルは一瞬何が起きたのかわからなかった。

 気が付けば目の前にいるカッツェが何者かに左腕を抑え込まれ、その喉元にぴたりと刃物を押し当てられていた。


(そんな――!)


 あまりの一瞬の出来事に、熟練した戦士であるカッツェですら反応ができていなかった。

 ノエルの隣にいるヴァイスも、信じられないといった様子で息を飲んでいる。人間の五倍以上もの聴覚を持つエルフ族のヴァイスまでもが、全くその賊の接近に気付かなかったのだ。


 突然現れたその何者かは、カッツェを盾にしてノエルとヴァイスに向き合っていた。

 三人のうち最も高い攻撃力と瞬発力を誇るカッツェがこうも容易(たやす)く捉えられてしまっては、非力な魔導士であるノエルとヴァイスでは手も足も出せない。

 ノエルの額に冷たい汗が流れた。


*

 だがカッツェはすぐに冷静さを取り戻し、ゆっくりと右手を開いて頭の高さまで上げた。左手は既に後ろの襲撃者によって抑え込まれているから、右手を挙げたのは降参の証だ。

 ノエルはカッツェの表情を固唾をのんで見守っていた。カッツェはちらりと自分を捕らえる者の腕を確認すると、「慌てるな」という様子でノエル達を真っすぐに見た。その瞳には揺るぎない自信が現れていた。


「よぅ物騒だな。こんな森の中に、嬢ちゃん一人か?」

 カッツェが努めて明るい声を出して後ろの人物に語りかけた。その声からは、ノエルとヴァイスを心配させまいとする意図が感じられた。


 カッツェの言葉でノエルは初めて気付いたが、カッツェを後ろ手に拘束している人物は女性だった。

 カッツェからは女性の姿は見えないはずだが、敵は女性であること、他に仲間はいないことを一瞬の間に読み取り、ノエル達に暗に伝えてくれている。


 女はカッツェの問いかけに応えず、ぐっ、と無言で拘束を強めた。

 カッツェはわずかに眉を動かしただけだが、その喉元に薄っすらと血が滲んだ。


*

「やめてよ! 何するんだ!」

 痛々しいその姿に思わず目を背けそうになりながら、ノエルは上ずった声で叫んだ。


「動くな、と言っている」

 女は、静かだが凄みのある声で答えた。声からしてまだ若い。


「落ち着いてください。私達はあなたに危害を加えるつもりはありません」

 ヴァイスが、動揺するノエルを制して女に語り掛けた。

 カッツェの冷静な立ち振る舞いに、ヴァイスも落ち着きを取り戻していた。慎重に言葉を選びながら、カッツェを盾にしてこちらと対峙する女に話しかけている。

 女は銀色の髪を後ろで束ね、褐色の肌にごく軽装の鎧を身に付けていた。特徴的な尖った耳の形は、ヴァイスのそれとよく似ている。


「……あなたもエルフですね。このような場所で何を?」

「答える義務は無い」

 両手を広げて敵意がないことを示しながらヴァイスが訊ねるが、女の答えは取りつく島もないものだった。


「あーー、わかったわかった。何もしないって。ほら、これでいいだろ」

 カッツェが会話に割って入り、自らの背負う戦斧をベルトごと外した。

 どすっ、と重い音を立ててカッツェの戦斧がその足元に落ちると、ようやく女の手がカッツェから離れた。

 カッツェが武器から数歩離れてヴァイスとノエルの前に立ち、今度は女と相対する。


*

 女の武器は、二本の刀だった。

 左右の手に短めの片刃刀を握っている。間合いは短いはずだが、先ほど音も無くカッツェの背後を取った俊敏さを考えると、相手の懐に入り急所を狙う忍びタイプの戦士のようだ。

 褐色の肌をもつエルフ族――ダークエルフだ。


「俺はカッツェ。こっちの白いエルフがヴァイス。後ろの小さいのはノエルだ」

 カッツェはノエルとヴァイスをその背に庇うように立ちながら、事を穏便に済ませるための交渉を始めた。


 落ち着いたカッツェの態度を見て、ノエルも少し安心する。戦士が間にいてさえくれれば、魔導士は呪文を放って攻撃することができる。

 だがもちろん、無駄な争いは避けるに越したことがない。特に相手が目の前の女性のように美しくも素早いダークエルフの女戦士であるならなおさらだ。


「俺たちは南の地に向かっている。最近出没している強力な魔物を倒すためだ。嬢さんと戦うつもりはない。ここを通してくれないか」

「南の地……魔物……」

 ダークエルフの女が呟いて、何かを考える素振りを見せた。


「もしかして、お前達は『聖杯』の在り()を知っているのか」

 顔を上げると、女はカッツェ達に尋ねた。


「お嬢さん、聖杯の話を知っているのか。なら話が早い。俺たちは場所を知っている訳じゃないが、今まさにそれを探して旅をしているところだ」


 カッツェの言葉を聞いて、女は少し驚いた表情をした。

「――私も、聖杯を探している。同行したい」


 僅かな間を置いて女が発した言葉に、今度はノエル達が驚く番だった。


*

「待ってください。あなたは何故、聖杯を探しているのですか?」

 ヴァイスが少し警戒するように女に問いただした。

 女は無言で自らの左腕を上げ、左肩の甲冑をずらしてみせた。


「この印を、消すためだ」

 女が見せた左上腕には、複雑な紋様の印が刻まれていた。


 紋様――それはノエルの知識にある「魔法陣」と似ていた。

 魔法陣とは、呪文(スペル)の代わりに複雑な術式を図形や記号で描いて精霊の力を発動させるものだ。一定期間効力を発し続ける必要のあるまじないでは、魔法陣が使われる。

 ある部族では、自分の体に紋様を刻んで精霊の加護を強化したり、身に降りかかる災いを予防したりする習慣があるとも聞いたことがある。


 ノエルもいくつかの基本的な魔法陣のパターンならば勉強したので、見ればその意味や効力を解釈することができる。

 だが、女の左腕に刻まれた紋様はノエルが見たこともないパターンを描き出していた。

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