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第3話「聖杯伝説と世界危機」

 うっすらと雪が舞う北部(ノース)地方の小さな村。

 煉瓦(レンガ)を丸く状に積み上げたこじんまりとした家の一つが、この地方を治めるノエル達のギルドの本部拠点だった。

 外は氷点下の気温にも関わらず、厚いレンガの壁と燃え盛る暖炉の火のお陰で、家の中は充分に暖かい。


 早朝から始まったギルド戦の後始末を終えたノエルとヴァイスは、真剣な面持ちで座るのカッツェの向かいに腰を落ち着け、その言葉に耳を傾けていた。

 カッツェは、自身がはるばる南方の国から北部(ノース)地方まで旅をしてきた理由について重々しく語り始めた。


*

「南の地に伝わる〈聖杯〉の伝説は、知っているか?」


「〈聖杯伝説〉ですか……遥か昔、創造主である神がこの世界を作り終えたのち、神の力を龍の形の(さかずき)に込め、大地の奥深くに埋めた。その聖杯を手にした者は、神と等しい力を持つことができる。エルフ族にはそのように伝わっています」


 カッツェの言葉に、ヴァイスが古くから伝わるエルフ族の伝承を述べた。

 カッツェは頷くと、先を続けた。


「――そうだ。いま南の地に異変が起きている。魔物が突然強大な力を持ち、人を襲うようになったのだ。魔導学者の中には、魔物族が伝説の〈聖杯の力〉を手に入れたのではないかと懸念している者もいる」


「聖杯の力を魔物が――?! しかしエルフ族最古の長老たちの中でも、〈聖杯〉などという物が本当に実在するのか意見が分かれているものですよ。神の力を宿せるという聖杯がこの世に存在するのだとしても……この世に生きる生命がそんな強大な力を使いこなせるはずがありません。魔物族が伝説の聖杯を手にしたという根拠は、何かあるのですか?」


 ヴァイスは眉間に皺を寄せ、顎に手を当てて思慮している。これは彼が集中して物事を考えるときの癖だった。

 ヴァイスはあまりに突然なカッツェの話に、未だ信じきれないという表情をしている。


「証拠となるものは何も無い――魔物が発生する地へ調査に送った兵団はことごとく全滅し、帰ってきた者はいないからだ。

 だが何もせずに手を(こまね)いていても、南方の村は次々と魔物に襲われてしまう。

 俺の故郷も……魔物にやられた」


 カッツェが硬い表情でそう告げたため、ノエルとヴァイスは掛けるべき言葉を失った。

 カッツェは表情を崩さないように話しているが、恐らくカッツェの故郷にいた家族や村の人々は魔物の襲撃によって帰らぬ人となってしまったのだ。

 それでもカッツェは落ち着いた声で、簡潔に事態の説明を始めた。


*

 故郷を失ったカッツェはしばらくの間、南方諸国の各地で日雇いの傭兵をして生計を立てていた。そんな生活の中で目にしたのは、南方諸国の王族達の目も当てられない醜態だった。


 南方諸国の王たちは、精鋭として送り込んだはずの調査兵団が全滅したことで完全に恐慌(パニック)状態に陥っていた。


 各国が自分の国を守ることしか考えておらず、諸外国をまとめて指揮を執ることのできる権力者が誰一人としていなかったのだ。それどころか自分だけが助かろうと早々に他国へ亡命する王族も出る始末。


 その結果、南方諸国はじりじりと国力を下げつつあった。さらに悪いことに、「国力低下に付け込まれて他国から攻め込まれるのでは」と懸念した王族は、他国への救難(SOS)も出し渋っていた。


 このままでは、いずれ南方諸国だけではなく世界各地が魔物に制圧されてしまう――。カッツェはそう危機感を抱き、各地の魔導士や戦士に協力を仰ぐべく、単独でこの北部地方まで旅を続けて来たのだった。


*

 そこまで話して、カッツェは息をついた。


「すまぬ。事情も知らぬ北国の者に突然こんな話をすること自体、礼儀を欠いているのは重々承知している。しかし俺の勘だが……事態は一刻を要するように思えるのだ」


 カッツェが改めてノエルとヴァイスに向き直り、深々と頭を下げた。


「お前たちの腕を見込んでお願いする。どうか、南方諸国を魔物から守るため力を貸してはくれまいか」


 つまり、数日前にあの岩場でカッツェとノエルが出会ったのは単なる偶然ではなかったのだ。カッツェは始めから、ノエルとヴァイスという二人の強力な魔導士を探すためにこの北の地へと赴いた。北の村のノエル達ギルドの噂を聞きつけて、ここまでやってきたのだろう。


 カッツェの話を聞いて、ノエルとヴァイスは一瞬だけ顔を見合わせたあと即座に回答した。


「もちろん協力するよ! むしろなんでもっと早く言ってくれなかったのさ!」

「そうです。世界規模の危機に比べたら、ギルド同士の領地争いなど取り止めたものを」


 もともと、ノエルとヴァイスがこのギルドを立ち上げたのは「人助け」のためだった。今までも、北の村周辺に出没する魔物を退治したり、怪我人や病人を治療したり、村人の依頼に応えて様々な仕事を請け負ってきた。

 今では北部(ノース)地方一帯のほとんどの町村の自治自衛もノエル達のギルドか任されている。最近では周辺ギルドから領地抗争を吹っ掛けられることの方が多くなっているが、「魔物退治」ならギルド立ち上げ当初からノエル達の本分なのだ。


 ノエルとヴァイスの勢いにたじろぎながら、カッツェが申し訳なさそうに応じた。


「すまん、正直に言おう。お前たちが俺の力を測っていたように、俺もお前たちの真の実力をこの目で確かめたかったのだ……。

 北の地で二人の最強術師が束ねるギルドがあるという噂はかねがね聞いていた。しかし実際に会ってみて、お前たちがあまりに若く……こんな若者を危険に巻き込んで良いのかと思い、言い出すきっかけを失っていたのだ。


 だが、あのギルド戦をこの目で見て確信した。お前たちは正しい心と力を持つ術師だ。

 俺が南方からこの地に来るまでに協力を仰いだ魔導士や戦士は皆、先に南方諸国へと向かっている。

 俺は噂を頼りに北国最強の魔導士――つまりお前たちを探しにここまで来た。

 俺はこれから南方諸国に戻る。どうか一緒に来てほしい」


 そう話し、カッツェは再度頭を下げた。


*

「事情はわかりました。

 我々だけでなく、最大限の協力も要請しましょう。すぐに準備に取り掛からなければ」


 ヴァイスはすぐに立ち上がり、早速ギルド中枢部隊の招集にかかった。

 ヴァイスは――エルフ族は皆そうなのかもしれないが、非常に義理難く、争いを見過ごしてはおけない。普段は温厚で冷静だが、一度動くと決めればその行動は迅速だった。


「大丈夫、安心して。きっとうまくいくよ」


 ノエルも立ち上がり、精一杯力強くカッツェを励ました。

 年上のカッツェに対して年端もいかないノエルが励ますと言うのもおかしな図かもしれないが、ノエルには他に掛けるべき言葉が見つからなかった。ノエルは自分自身にも言い聞かせるように、その言葉を胸に抱いた。――大丈夫、きっとうまくいく。


 必ず南の地の魔物達を倒す。それは疑似戦争のようなギルド同士の抗争とは違い、人間と魔物との命を賭けた戦いを意味していた。


「本当に何とお礼を言ってよいか……お前たちの助力に感謝する」


 ノエル達の揺るぎない決意に、カッツェが再び深々と頭を下げた。

 こうしてノエル達はカッツェの故郷、南の地の危機を救うための旅に発つことになった。


*

 ヴァイスがテキパキと片付けている古いエルフの書物の一つ。その一(ページ)には、こう記されていた。


--------------------

初めに、神が天と地を創造された。

地は茫漠として何もなかった。

闇が深淵の面にあり、神の御霊(みたま)がその上を柔らかに覆っていた。


神は仰せられた。

「光あれ」

こうして、光があった。神は光を見て、良しとされた。


一日目:暗闇の中、神は光をお創りになり、昼と夜が生まれた

二日目:神は空(天)を創られた

三日目:神は水を分けて、陸と海を創られた。地には草や木が生え、種々の実りが生まれた

四日目:神は太陽と月と星を創って天に置き、昼と夜とを支配された

五日目:神は魚と鳥を創られた

六日目:神はもっと複雑な生物、ありとあらゆる種族をお創りになった

七日目:

 神は地上と空の様々な生物を天上から眺められた。そこには美しい者も醜い者も、神に似た者も似ていない者も、全てが等しく存在していた。神はすべてをご覧になり、自らの子として愛された。すべての仕事を終えた神は、満足して仰った。


「私の望みのほとんどは既に叶った。これ以上求めては、やがて世界を滅ぼすことになるだろう」

 そして、自らの力を龍の形をした(さかずき)に込めて地の底にお埋めになると、安息の地にてお休みになった。


――(いにしえ)のエルフの伝承 『創世の章』

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