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第2話「ギルド戦にて、一網打尽」

「ノエル様ヴァイス様、東のギルドからの宣戦布告です! 東側の領地を賭け、明後日、夜明けとともに総攻撃を開始すると!」


 ノエルとヴァイスがいるギルド本部に、血相を変えた兵士が飛び込んできた。


「は~、確かにそろそろ来る頃かと思ってたけど。僕、戦闘嫌いなのになぁ。平和主義だから」

「よく言いますね……」


 ノエルが大袈裟に溜息をつくと、ヴァイスがやれやれといった様子で苦笑した。

 東のギルドとノエル達のギルドは、この半年に渡って激しい領地争いを繰り広げていた。ノエルとしては別に領地が減っても増えても構わないのだが、売られた喧嘩は買うのがポリシーだし、買うからにはもちろん負けるつもりはない。ノエル達のギルドが驚異的なスピードで領地を拡大してきたのは、ひとえに〝売られた喧嘩を買って勝ち続けてきたから〟である。


「……??」


 もう一人、部屋には所在なさげに腰掛ける男がいた。

 昨日ノエルと出会ってこの村に来たばかりのカッツェだ。彼はまだこのギルドの一員ではない。まさにその彼のギルド加入許可を巡って、ノエルとヴァイスが昼間から口論していたところだった。


 ギルドの最高意思決定者はノエルであり、もともと加入メンバーの選定はノエルが決めて良い取り決めだったのだが、最近は〝ギルドメンバーが増えすぎたから〟という理由でなかなかノエルの意見を通してもらえなくなっていた。


*

「そうだ、あなたは武術に自信があるとおっしゃっていましたね?

 ……どうでしょう、明後日のギルド戦での彼の働きを見て、加入を決めるというのは」


 ヴァイスは少し目を細めてカッツェの力を測るように見やったあと、ギルドマスターのノエルに提案した。

 ノエルはヴァイスの意図を見抜き、即座に返答した。


「わかった! じゃあ、カッツェは僕の護衛役ね!」

「「えっ?」」


 ノエルの言葉に、カッツェだけでなくヴァイスも驚きの声を上げた。


「遠くにいたら、カッツェの働き見えないでしょ?」


 ノエルはにこりとヴァイスに笑いかける。

 おそらくヴァイスはまだ部外者のカッツェをノエルから離して最前線に置き、あとで理由を付けて加入を拒否するつもりだったのだろう。もちろんそれは嫌がらせでしているのではなく、ノエルの身の安全を思ってのことだ。


 だが、ノエルはもう直感でカッツェの加入を決めていた。ノエルは自分の第六感に絶対の信頼を置いていて、ヴァイスが何と言おうと譲るつもりはない。カッツェの働きを見ればきっとヴァイスも納得してくれるはずだ。

 自信満々なノエルに対してヴァイスがついに折れ、仕方ないといった表情でノエルの言葉に従った。


「……わかりました、では作戦会議に移りましょう」


*

 二日後。まだ薄闇が広がる東の大平原には、両ギルド軍が互いに千人を超えるギルドメンバーを配置して攻撃に備えていた。

 東の空が薄紫(うすむらさき)から薄紅(うすくれない)、そして(だいだい)色へと徐々に移り変わる。やがて、白く鋭利な山々の影を切り裂くように朝陽が一筋の光となって差し込んだ。


「「うぉおおおおおお!!」」


 夜明けとともに轟音を上げて両軍が突撃を開始した。先頭に立つのは高い盾を掲げた鎧兵。その後ろに長槍部隊と騎馬部隊。さらに後方から弓兵と魔導士たちの攻撃が飛んでいく。すぐに前線では敵も味方も入り乱れ、切り合いが始まった。


「うわっ、思ったより敵の数が多いな」


 ノエルは自陣後方の高台から戦況を眺めながら、思わず声を上げた。

 カッツェもノエルの近くで戦況を見下ろしながら厳しい顔をしている。カッツェは、いつ何時遠くから攻撃が飛んできても対処できるよう油断なく周りを伺っている、それがノエルにはわかった。カッツェはかなり大規模な戦闘にも慣れているようで、戦場においてもノエルよりよほど落ち着いている。


(やっぱりカッツェがいてくれて良かった)


 全く隙のないカッツェの姿勢に感心しながら、ノエルは再び戦場に視線を戻した。


*

「ノエル様、右手側の陣営が押され気味です。敵も今回は相当の戦力を準備してきたようです」


 ヴァイスが早口でノエルに報告してきた。

 ヴァイスはこのギルドにおける副ギルドマスターであり、参謀も兼ねている。戦場では常に全体への作戦指示を出しながら、味方全体に回復魔法と補助魔法を掛けてくれていた。

 ノエルは自慢ではないが戦術についての知識は全く無いので、作戦指示は全てヴァイスに任せていた。

 戦場におけるノエルの仕事は、ただ一つだけだ。


「右陣営だね、おっけー」


 ノエルは一言答えると、ぴょんぴょんと岩場から飛び降りた。

 危なっかしいノエルの足取りに、カッツェが不安げな顔をしながら護衛についてくる。


*

「わー、あっちはかなりの数の巨人族(オーク)小人族(ドワーフ)を動員してる。これは固そうだね……」


 巨人族(オーク)小人族(ドワーフ)は攻撃力・防御力ともに(ヒト)族よりも格段に高い。戦となると厄介な相手だ。敵ギルドは大金を払い、彼らを傭兵として雇ったようだ。

 ノエルは一つ深呼吸して、呪文の詠唱を始めた。


『我が契約せし光の精霊よ 清き光をもって 我が子らを守り給え

 汝 我が精霊よ 我が名の前にその力を示せ』


 ノエルの声が戦場に響くと同時に、その場の空気がぴしりと変わった。昨日はよく眠ったから、魔法の調子は絶好調だ。

 自陣の兵士達の体が白い光に包まれる。


「「おぉ、この守りの光は……ノエル様だ!」」

「そのバリア、ちょっとしかもたないから気を付けてね!」


 ざわめく兵士達に向かってノエルは声を掛けた。

 ノエルが唱えたのは、味方の防御力を上げる白魔法だ。ヴァイスと違ってノエルは白魔法があまり得意ではないので、正式な呪文(スペル)を唱えても効果は少ししか持たない。

 声が届く範囲の味方に保護魔法の効果が十分に行き渡ったのを確認して、ノエルは続けざまに次の呪文を詠唱した。


『我が契約せし光の精霊よ 熱き光にて 我が子らを(まと)

 彼らの身体と武器を支え 熱き心に炎を宿せ

 汝 我が精霊よ 我が名の前にその力を示せ』


「「力が・・・漲みなぎってくる! うぉおおお!!」」

「そっちはもっと短いから気を付けてね。今のうちに敵を引きつけて、時間を稼いでおいて」


 今度の魔法は身体強化で味方の攻撃力を上げる呪文だった。こちらも効果は少ししか持たない。せいぜい十五分といったところだ。

 その間に、ノエルにはやらなければならない仕事がある。


「さてと……疾風(ウインド)飛翔(フライ)!」

 

 風の呪文を唱えつつ、ノエルは高台から勢いよく飛び降りた。自身の体を支えるくらいの魔法なら、詠唱を省略しても問題ない。小さな頃から遊びで良くやっていることだ。


「お前、そんな高度な技どうやって……って待て! 一人で降りたら危ないだろ!」

「ノエル様! お待ちください!」


 後ろでカッツェとヴァイスの慌てる声が聞こえた。しまった、魔法に夢中になって護衛してくれているカッツェ達のことをすっかり忘れていた。でもたぶん彼ならすぐに自力で追いついてくれるだろう。

 風の精霊の力に支えられ、ノエルはそのままふわりと地面に降り立った。


*

「もうちょっと距離を詰めないと、急所に当てられないからさ」


 ノエルは歩き続けながらカッツェ達が追い付いたのを確認して、高台から降りてわざわざ敵陣に近付く理由を説明した。

 ヴァイスも一緒についてきてくれているので、ノエル達にはヴァイスの展開した魔法障壁が掛かっている。だがカッツェは念のため、ノエルの方に向かって飛んでくる矢を(おもり)つきの戦斧(アックス)で全て叩き落してくれていた。実に頼もしい護衛役だ。

 ノエルは安心して、最高難易度の攻撃呪文の詠唱を始める。


『我が契約せし雷の精霊よ 天に轟とどろく光となりて 裁きの矢を降らせよ

 闇を切り裂く光となりて 怒りの刃を下ろせ・・・』


 この魔法はかなりの魔力を消費するから、失敗は許されない。ノエルは歩を緩めることなく、かつ神経を研ぎ澄まして呪文の詠唱に集中した。周りの音が遠のき、精霊達がノエルの近くに集まって来ているのが感じられる。

 精霊は呪文の「響き」に敏感だ。呪文は唄うように、呼吸をするように、滑らかに唱えなくてはいけない。同時に、魔法で発動する事象を寸分の狂い無く明確にイメージすることも重要だ。


 ノエルの集中が高まるにつれ、びりびりと周囲の空気が張り詰めていく。


『・・・雷神召喚!!』


 ノエルが最後の呪文(スペル)を唱え終えた直後、敵陣上空に黒雲が蜷局とぐろを巻き集まり始めた。

 そのまま敵が守りを固める間もなく、轟音(ごうおん)とともに光の柱と見紛(みまご)うほどの大落雷が敵陣を直撃する。


 視界が一瞬真っ白になり、もうもうと砂煙が立ち込めた。

 ゆっくりとそれが晴れると、何百という敵ギルドメンバーの折り重なるように倒れる姿が目の前に現れた。兵士達の下の大地は、小さな村一つ丸々呑み込むほどの範囲で黒く焼け焦げている。

 心配していた難易度の高い魔法の発動自体は成功していた。ただし――


(ちょっとやりすぎたかな……)


 敵の命を奪わない程度には手加減したつもりなのだが、思ったよりも範囲が大きくなってしまった。

 やはり魔力の制御は難しい、とノエルは少しぼんやりとした頭で考える。大きな魔法を発動した直後は、酸欠状態のように体から力が抜けてしまうのだ。


*

 敵陣は完全に前後に分断され、後陣は慌てて撤退を始めていった。残された敵前衛も次々と両手を上げて降参していく。

 ノエル達のギルドは先ほどまでの不利な戦況から、あっけないほどの逆転勝利を収めていた。


「ふぅ……」

「おっと、危ねぇ」


 安心すると同時に気が抜けたノエルは、ついに意識を保ち切れなくなって後ろに倒れ込んだ。

 カッツェの声が聞こえて、がっしりとした腕がノエルの背中を支えてくれた。


*

 ノエルが目を覚ますと、そこはギルド本部のベッドの上だった。

 見慣れた天井がぐるぐると回っている。……気分が悪い、最悪だ。


「あー、ふらふらする~。いつものあれ、お願い」

「はい、どうぞ」


 ずきずきと痛む額に手をやりながら、隣にいるヴァイスに向かって(かすれ)た声で頼む。

 ヴァイスが大量の瓶の乗った盆を渡してくれたので、ノエルはベッドに起き上がってその瓶の液体を端からぐびぐびと飲み始めた。オレンジ色の液体に、炭酸の泡が浮かんで消える。


「なんだ、それ?」

魔力回復薬(ソーサリーポーション)の、ソーダ割りです」


 部屋にいたカッツェの問いかけに、ノエルの代わりにヴァイスが答えてくれた。


「ソーダ割り……」

「ノエル様は、ソーダで割らないと飲めないのだそうです」


 そう、魔力回復薬(ソーサリーポーション)は非常に苦い。ノエルは苦い物が苦手で、どうやってもその味に馴染めず、ついに発見した克服方法が「炭酸で割る」という飲み方だった。割り物の分だけ飲む量は多くなってしまうが、炭酸の刺激で苦みが緩和され、ノエルでもなんとか飲むことができるようになるのだ。


 ノエルがせっせと魔力を回復している間、ヴァイスがカッツェに対して色々と説明をしてくれた。


 ノエルは若干十二歳にして圧倒的な魔術の才能を持っている(と周りから言われている)が、魔力の力加減が不得意で、瞬発タイプである。すなわち持久力が全くない。それが最大の弱点なのだ。


 敵にその弱点を知られないためにも、一度ノエルが戦場に降り立ったら一気に片を付けなければいけない。だからノエルはいつも最大火力で敵を撃破していた。

 そんなノエルの圧倒的攻撃魔法を見て、〈戦場の殺戮天使〉――と誰かがノエルのことをそんな風に呼んだこともある。ノエルとしては、そんな物騒な名前は願い下げなのだが。


*

 実はノエルの攻撃魔法とヴァイスの補助魔法が強すぎるので、ノエル達ギルドの他メンバーは実質的にほぼ無力でも問題ないほどだった。

 頭数さえ揃っていれば、ヴァイスの保護魔法で最強無敵の戦士に仕立て上げ、敵を充分に引き付けたところでノエルの攻撃魔法で一網打尽にする。敵はおそらくノエルの攻撃魔法を数人の魔導士による合同魔術だと思っているはずだが、実際はノエル一人で魔導士数人分もの魔法を放っていた。


 さて、そのように不遇の扱いを受けるノエル達のギルドメンバーが不服を唱えたりしないのかということだが……幸いにして、これまで一度も内部の反乱などが起こったことはない。

 ギルドメンバーは、主にノエルの〝信頼できるか否か〟という直観に基づいて加入を許可していた。少しでも心にやましいところがありそうな兵士は雇わない。そして、ノエルの直感は外れたことがないのだ。

 ノエル達のギルドメンバーは皆、ノエルとヴァイスを尊敬して一致団結していた。


 これらの情報を全てカッツェに説明し、ヴァイスは一つ溜息をついた。


「これは、ギルドの中でも一部の中枢メンバーしか知らない事実です。皆の志気に関わりますからね。……私があなたに我がギルドの情報を開示している意味、わかりますね?」


 ヴァイス自身はカッツェをまだ認めたくないようだが、どんな戦況でも〝ノエルを守る〟という役割を冷静に堅守したカッツェに対し、どうやら一応の信頼を置いたようだ。


 カッツェが事の重大さを改めて認識し、姿勢を正して無言で頷いた。

 ヴァイスが右手を上げ、この小さなギルド本部内に響く声で宣言した。


「カッツェ、あなたを正式に我がギルドのメンバーとして迎えます。ギルドマスター、ノエル様の身をお守りするように」

「やった!よろしくね、カッツェ!」


 ノエルは思わず顔を(ほころ)ばせた。

 こうして、頼もしい戦士カッツェがノエル達の仲間となった。この出会いこそが、ノエル達と世界の運命を大きく変えることになったのだ。

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