第17話「闘技会にて、無双(?)する」☆
大陸をはるばる縦断してきたノエル達一同は、もうすぐ南の港町、という一歩手前の街を訪れていた。
ここは、南部地方の中でも比較的栄えた街である。
石畳が敷かれた街並みでは、沢山の荷物を乗せた馬車や荷車が盛んに行き交い、東西南北から集まった冒険者や旅行者達が、買い物や情報収集に精を出していた。
*
「さて……皆、わかってると思うが」
カッツェが、皆の顔を見渡しながら重々しく口を開いた。
ごくり、とノエル達は固唾をのんで次の言葉を待つ。
どんっ、と重い音をさせて、カッツェが何かの袋を机の上に置いた。
一体何事かと四人の視線が注がれる。
じゃららっ、と音を立ててカッツェが袋の中身を出した。
「……?」
四人が見つめた先には、銅貨の小さい山があった。
「見ての通り。金が……ない!」
カッツェの目は真剣そのものだ。
「!!!」
四人は思わず目をぱちくりさせて、カッツェの顔を見た。
*
「まずノエル!」
「えっ僕?!」
びしっと指で差されてノエルは驚く。
「お前、毎回毎回、炭酸買い込み過ぎだろ! あとお菓子も!」
「だ、だってソーダで割らないと魔力回復薬飲めないんだもん!」
カッツェの指摘に、ノエルは魔導士として精一杯抗議する。
「少しは大人になれ! あとお菓子は要らんだろ!」
「は、はい……」
しゅん、とノエルは反省した。
確かにお菓子はただの嗜好品だ。バレないと思ってこっそり買いだめしていたのが、バレてしまったようだ。
「それからカノア!」
「ニャニャっ?!」
「お前は単純に食い過ぎ! いくら食費がかかってると思ってるんだ!」
「ニャ、ニャァ……」
しょぼんと耳を垂らすカノア。
「ま、まぁ二人とも育ち盛りですし、そこは大目に見て……」
擁護するヴァイスを、カッツェはきっと睨む。
「ヴァイスお前、この間こっそり高い魔導書買っただろう! 俺の目は誤魔化せんぞ」
「うっ……南の地の珍しい魔術が載っていたので、つい……」
珍しく、ヴァイスまでもがカッツェに叱られた。
「それからレイアは……」
「?」
レイアが真っすぐな目でカッツェを見つめる。
「……特に無いな」
無駄遣いとは無縁のレイアが、こくり、と無言で頷いた。
*
「さて、金が無いので稼がねばならん。このままでは、港町についても船を出せん」
「カッツェだって、毎晩酒場で飲んでるくせに……」
カッツェが皆を見渡しながら言うが、ノエルは小声で反抗した。
「なにっ、あれは立派な情報取集だぞ」
「まぁまぁ……それでどうしましょう? また私とカノアが治療をして、お礼を貰ってきましょうか?」
今にも始まりそうな諍いを収めながら、ヴァイスが建設的な意見を述べる。
「ふむ、そこで俺に考えがある」
待ってましたとばかりに、カッツェがニヤリと不敵な笑みを見せた。
*
――翌日。
「……闘技場?」
頑丈そうな石造りの大きな建物を見上げながら、ノエルは看板の文字を読み上げた。
「そうだ。今からこれを、お前らに託す」
朝から入念に武器の手入れをしていたカッツェが、全所持金の入った袋をノエルに手渡した。
「そして……全額、俺に賭けろ!」
「えぇっ?!」
驚くノエル達に、カッツェが説明する。
「いいか、この闘技場で俺が優勝すれば、俺の優勝金と、お前らが俺に賭けた掛金、二重取りでがっぽがっぽだ!」
「がっぽがっぽニャ?!」
ぴょん、と両手を上げてカノアが喜ぶ。カノアはノエル以上にいつも無邪気だ。
「ちょ、ちょっとそれはリスクが高すぎませんか? もしあなたが途中で負けたら両方ともパーですよ」
「なにっお前は俺の強さを見くびっているのか? まぁ任せておけ」
賭け事などしたことのないヴァイスが慌てて口を挟む。が、カッツェは、どん、と拳で胸を叩き、自信満々で選手受付へと向かって行った。
「ど、どうしよヴァイス……」
「うーん、困りましたね」
取り残されて不安なノエルは、隣のヴァイスを見上げた。
だがヴァイスも心配そうな面持でカッツェの背中を見送っている。
「……」「ニャ?」
レイアは一人、無言で壁の看板を見つめていた。
*
『さぁ~今月も始まりました、当街名物の闘技会! 今月は一体どんな熱いバトルが繰り広げられるのでしょうか?!』
「「うぉおおおおおお!! いいぞーーー!!」」
熱狂的な会場のボルテージを、司会がさらに盛り上げる。
「うぅ南部地方の人って熱狂的だね。カッツェ大丈夫かなぁ……」
「あれだけの豪語をしていたのですから、大丈夫でしょう……たぶん」
静かな田舎の北の村出身のノエルは、会場の熱気に気圧されながら不安な声を上げた。
ヴァイスは隣の客に押されながら、いてて、と眼鏡をずり上げている。
『最初のエントリーは……東の野獣・サンダーボルト選手VS炎の戦士・カッツェ選手です!!』
*
「ふふふ……どこからでもかかってこい」
自慢の戦斧を下段に構えたカッツェは、わざと隙を作って相手を挑発した。
対戦相手は、大柄なカッツェのさらに一回りは大きい大男だった。
「ぐぉおおおおお!!」
対戦相手が巨大な棍棒を振り上げて、恐ろしい速さの一撃を繰り出す。重さと遠心力が加わったその一撃は、当たればどんな生き物でも一瞬でぺしゃんこにできるほどのエネルギーを秘めていた。
「ふっ……甘いな!!」
スピードのあるその一撃を、カッツェは左回転しながら難なく躱した。同時に回転で生じた遠心力を利用して、相手の背中に斧を振り下ろす。
「うごぉっ?!」
一瞬で背後を取られた相手が、意表を突かれてバランスを崩した。
その僅かな瞬間を見逃さず、カッツェは背中から強烈な蹴りで追い打ちをかける。
ずざっと地面に突っ伏した相手にカッツェが乗り上がり、すばやく錘鎖で相手の喉元を締め上げた。
「どうだ、ん? まだやるか?」
自分より大柄な男を相手に完全にマウントポジションを取ったカッツェは、勝利を確信して相手の耳元で囁いた。
「……っ!!」
息ができず顔を真っ赤にした対戦相手が、ばんばんと地面を叩いて降参の合図をする。
*
「「うぉおおおーー、いいぞーー! もっとやれーー!!」」
「「なにやってんだーー! ひっこめーー!!」」
一瞬の決着に、歓喜と悲鳴が怒号のように飛び交った。
「うわっカッツェって結構強いんだね。相手の人、大丈夫かなぁ」
「うーん、どうでしょう……」
初めてカッツェが対人戦で戦っているところを目の当たりにしたノエルは、称賛というよりも相手の身を案じていた。
ヴァイスが顎に手をやりながら、曖昧な返事を返す。
「あれ、そういえばレイアとカノアは?」
ここでノエルはようやく女子二人の不在に気付いた。
*
『さぁ盛り上がって参りました! ここまで圧倒的無敗のカッツェ選手! 見事、一般男性部門を勝ち抜いて参りました!
ここからは”総合・無差別級マッチ”! その名の通り各ブロックの優勝者が入り乱れ、より白熱した試合が展開されます! もちろん総合優勝の賞金は桁違いです!』
「ふふふ……計算通り。このまま総合優勝してやるぜ!」
カッツェはぶんぶんと斧を振り回して、観客席にアピールした。
「カッツェ~、頑張れ~!」
ようやく会場の雰囲気に慣れて来たノエルも、観客席から手を振ってカッツェを応援する。
『さぁ、炎の戦士・カッツェ選手と次に戦うのは……、黒き疾風・レイア選手!!』
「えっ?!」
『レイア選手は初参戦ながら、併設会場の一般女性部門を驚異のスピードで勝利して参りました! まさに黒き疾風の名の通り! 果たしてカッツェ選手は、レイア選手のスピードを止められるのか?!』
「お、おい、嘘だろ……まさか」
相手ゲートから出て来た選手の姿を見て、カッツェは激しく動揺した。
「レイア! なんでお前がここに!」
「ちょっと、腕試ししてみたくなった」
形の良い唇をにこっと上げ、すっと姿勢を低くしたレイアが戦闘態勢に入る。両の手に持った短刀が、きらりと鋭く光った。
「行くぞっ……!」
「ちょ、待て待て、タイムーーー!!」
呆気に取られて構えることすら忘れていたカッツェは、悲痛な叫び声を上げた。
*
「あ~ぁ、負けちゃった」
「あれだけ、勝てる勝てると豪語しておきながら……」
空の布袋を持って、ノエルは声に残念さを滲ませた。
ヴァイスは眼鏡を持ち上げながら、カッツェに冷たい視線を送っている。
「いやいや……なんでレイアが出てるんだよ! 聞いてないぞ!」
レイアの峰打ちでやられた打撲を冷やしながら、カッツェが不服を申し立てる。
「どうすんだよ、俺の一般部門優勝金だけじゃ、何の足しにもならんぞ……」
「あ、それなら大丈夫です」
手に持った薄っぺらな封筒を眺めながら、カッツェがため息をつく。
が、予想していたようにヴァイスは軽い口調で応じた。
*
「ただいまニャ~~♪」
機嫌の良い声で、カノアが戻ってきた。
「レイアの配当金、こんなに出たニャン♪」
「これ、優勝金だ」
カノアは、じゃん、と金貨のたくさん詰まった布袋を嬉しそうに掲げる。
レイアはカッツェの持つそれより相当分厚い紙袋を差し出した。
「あ、そうか、レイアが優勝すれば問題ない……って、あれ??」
「はい。あなたとレイアに、半分ずつ賭けておきました」
ヴァイスがあっさりとした口調で事実を告げた。
*
「理想は、あなたとレイアが総合優勝・準優勝することだったのですが……。総合第一戦目で当たってしまったのは残念でした。
でもまぁ、必ず二人のどちらかが優勝すると踏んでいましたので。計算通りです」
「お、お前らなぁ、もっと俺を信用して……」
種明かしするヴィアスに、カッツェが反論しようとするが、
「カッツェ、あなた自分の賞金倍率わかってますか?」
「へっ?」
「あなた、先々月にここで優勝したでしょう。歴代チャンピオン一覧に名前が載っていましたよ。そのおかげで、あなたの賞金倍率は1.1倍。つまりあなたが優勝しても掛金自体はほとんど増えません。
対して、レイアは初参戦なので倍率9.0倍。いわゆる大穴です」
「それって、初めからレイア一人に出てもらって、全額賭ければよかったんじゃない?」
「そうです。カッツェが先に登録して、控室に行ってしまうから……」
「うっ、そうかしまった。前回はこの方法で大儲けできたが、倍率とは盲点だったぜ……」
「まったく、単に自分の強さを見せびらかしたかっただけでしょう」
ショックを受けるカッツェに、ヴァイスが呆れ声で溜息をつく。
「でもでも、これでお金が増えて良かったね!」
「そうニャン♪ お金持ちニャン♪」
大人のやりとりをよそに、無邪気な最年少二人組は金貨でいっぱいになった袋を掲げて小躍りして喜ぶのだった。