第16話「ノエルと精霊の継承者」
南部の平野を行くノエル達一行は、巨大な魔物と対峙していた。
*
「カッツェ!レイア! 避けて!!」
呪文を準備し終えたノエルは前方の二人向かって叫んだ。
ばっ、と地を蹴り、前線にいたカッツェとレイアが左右に離れる。
『・・・雷電!!』
どごぉおおおん、という轟音とともに、ノエルの手から水平に放たれた強力な電撃が猪型の魔物に直撃した。
「……ごほっ!!」
カッツェが土煙にむせつつ、魔物の生死を確認する。
ノエルから見て直線状に伸びた焼け跡の先に、真っ黒に焼け焦げた大きな塊が転がっていた。
「お前、やりすぎだ」
「あれっ、そうかな?」
呆れた声を上げながら振り返るカッツェに、ノエルは暢気な調子で答えた。
「俺たちに当たったら死んじまうぞ」
「大丈夫だよ、カッツェ達にはヴァイスの障壁がかかってるし」
「そうは言ってもなぁ……」
鐙に足を掛けて馬に乗り上がりつつ、カッツェがぶつぶつ呟いた。
「でも僕、最近は魔法連打してもあんまり疲れなくなってきたな! なんだか前より成長したみたい!」
ノエルはウキウキと声を弾ませた。
この半月余りの旅の間に、ノエルは自分が一段と成長してきたことを実感していた。魔力の持久力と制御だけではない。一日に何時間も歩いてもヘバらないだけの体力もついてきたし、馬に乗るのもかなり上達した。今までできなかったことができるようになるというのは、それだけで嬉しいものだ。
「まったく、成長期の子供は末恐ろしいぜ……」
「あっ、もうすぐ街のようですね」
恐々として呟くカッツェと対照的に、ノエルの強さに慣れているヴァイスは全く動じず遥か前方を見やっていた。
*
「おぉ……、そこにいらっしゃるのはノエル様! 南の平野を次々と魔物を倒しながら進む魔導士様一行というのは、ノエル様のことでしたか! 大きくなりなさって……」
「あれ、おじさん僕のこと知ってるの?」
街の酒場に着くなり中年の魔導士から声を掛けられ、ノエルは驚いた。
「おぉ、これは失礼いたしました。わたくしは昔、北の地で修行をしていたことのある者です。ノエル様のご両親には大変お世話になり……。老師様はお元気ですかな?」
「お爺ちゃん? 元気だよ! 最近は、腰が痛いって嘆いてた!」
屈託なく笑い、ノエルは答えた。
*
偶然とはいえ、こんな南の地で自分のことを知っている者がいることにノエルは驚いた。
中年魔導士の言った「老師様」というのはノエルの両親の代わりに北の村でノエルを育ててくれた老人のことだ。ノエルは親しみを込めて「お爺ちゃん」と呼んでいるが、血のつながった祖父ではない。老師はノエルの出身である北の村の長老であり、ノエルの両親の魔導師匠でもあった。
ノエルの両親は、ノエルが二歳の時に亡くなってしまった。
その年に北の地で巨人族と人族との大きな争いが起こり、北の村がオーク族に襲撃されたのだ。
ノエルの両親は村と老師を守るために、ノエルを老師に預け、たった二人でオーク族に立ち向かったのだと聞いている。
ノエルの両親は、二人とも強力な魔導士だった。
二人はオークとの闘いで帰らぬ人となってしまったが、亡くなる寸前に自分達のもつ精霊の力を全てノエルへと託していた。
だから、いまノエルが契約している精霊達は全て両親から引き継いだ精霊なのだ。――実は、ノエルの魔力の強さの秘密はそこにあった。
通常、魔導士は幼少期に自分の精霊を選んで契約を結び、その精霊とともに成長していく。術者が強大な消費すると、それが精霊の糧となって精霊はより強く大きく成長するのだ。
だがノエルの場合、最初から両親の成長しきった精霊を受け継いだ。それも、二人分の精霊を一人で受け継いでいる。つまりノエルが本来持っている魔力のキャパシティを超えて、強い精霊が契約してくれているのだ。
ノエルの精霊達はノエルの両親と息子ノエルのことを認識しており、他の精霊に比べてノエルに従順に協力してくれている。だが、やはりうっかりするとノエルの魔力キャパシティを超えてエネルギーを吸い取られてしまう。ノエルが強力な魔法を使える反面、魔力の制御を苦手としているのは、そういった理由があった。
ノエルはそれらの事情を、幸とも不幸とも捉えずにあるがままに受け止めていた。
ノエルは人より強力な魔法が使える、だが両親はいない。その逆も然り。ノエルには両親がいない、だが人より強い魔法が使える。どちらを良い悪いと捉えるかは、ただの考え方次第だ。
ノエルはいずれ、両親から受け継いだ自分の精霊を完璧に使役できるようになるつもりでいるし、両親が残してくれた精霊に感謝もしていた。
精霊達は、時々ノエルに映像を届けてくれることがあった。それは精霊がノエルの両親と一緒にいた時の記憶だ。
記憶はおぼろげで、形も色も音もはっきりとはわからないが、その映像を感じながらノエルはいつもそばに両親の気配を感じることができていた。
(記憶はなくても、お父さんとお母さんは僕と一緒にいてくれる。僕の精霊を通して――)
それがわかっているから、ノエルは不安になることはない。
精霊達が、その向こうの父と母の残した愛情が、ノエルを守ってくれていると信じているからだ。
*
ぼんやりと色々なことを考えながら、中年魔導士とともに北の村の思い出話をしていると、カッツェが声を掛けてきた。
「お~い、子供はもう寝る時間だぞ」
「おぉ、これは失礼いたしました。ノエル様、それではわたくしは、ここで失礼いたします……」
中年魔導士が恐縮して謝る。
どうやらお喋りはここでお開きにしなければならないようだ。
「ちぇ~、カッツェはまだ飲むんでしょ、ずるい! おじさん、楽しかったよ! またね!」
ノエルは魔導士に手を振り、先に宿に帰ることにした。