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第14話「巨人の谷の奇跡 -巨人の谷・3-」

 大鳥(ガルーア)の巣の上空で、大鳥(ガルーア)除けの薬を撒いたカノア。しかし混乱に巻き込まれ、乗っていたガルーアの背から真っ逆さまに落下してしまった――。


*

「危ない!!」

 上空から真っ逆さまに落ちるカノアを、ノエルとヴァイスが咄嗟に魔法で支え、落下の速度を和らげた。

 ふわっとカノアの体は空中で浮き、ふわ、ふわ、と少しずつ下に降りて来た。


『風の精霊よ 我が子カノアを守れ

 幼き子を支えよ 風を抱け 身を包め 体を・・・浮かせて・・・』


 ノエルは必死に全神経を集中させて呪文を唱えていたが、ついに持久力が限界を迎え始めた。

 「離れた場所の物体を風の魔法で支える」というのは、ノエルが思った以上に難易度が高かった。ノエルはもともと瞬発的に大量の魔力を放出するのは得意だが、その魔力を維持するのは苦手なのだ。ノエルは自分の力不足を痛感していた。


 カノアはまだノエル達の頭上、巨大な木々の遥か上空にいる。いくら身軽な獣人猫族(ケットシー)といえど、あの高さから落ちれば無事では済まなはずだ。

 だがノエルの風魔法の威力が落ちてきた今、ヴァイスの白魔法だけではカノアの体を支えきれない。


(間に合わない――!!)


 誰もがそう思った瞬間、黒い疾風が脇を駆け抜けた。


*

「カノア! 無事か!!」

 どさり、とカノアが落下した地点に、ノエル達は駆け付けた。


「ふにゃーーー。目が回ったけど、大丈夫ニャ」

 カノアは弱々しく応えた。

 そして、力強く自分を抱きしめる褐色の細い腕の主を見上げた。


「レイアが受け止めてくれたから、痛くなかったニャ」


 木々の間から落ちてきたカノアを地上で受け止めたのは、レイアだった。


 カノアの小さな体がガルーアから落下するのを見た瞬間、レイアは目にも止まらぬ速さで乗っていた馬を飛び降り、木々の間を疾風のように駆け抜けてカノアの体を受け止めていた。

 それは、レイア自身の身体能力の限界すら超えた速さに見えた。


「カノア……無事で良かった」

 レイアがカノアをきつく抱きしめる。その姿はまるで子を抱く母親のようだった。


 ノエルには、レイアがどれほどカノアを大事に想っていたかがわかった。暗き森でノエル達と最初に出会った時のレイアは、誰のことも信じず、誰にも心を許さない冷たい眼をしていた。

 だが、カノアに会ってから彼女は変わった。少しずつ笑顔を見せるようになり、自分の意見もはっきりと主張するようになった。カノアといるときのレイアは本当に優しい目をしていて、二人は本当の姉妹のように仲が良かった。


 カノアは、人質になったレイアを救うためにガルーアに乗ることを申し出た。自信があるように見せていたが、本当はカノアだって怖かったはずだ。だが一度も弱音を吐かなかった。

 そして今度はレイアがカノアを助けた。落ちるカノアを見て、レイアは風よりも速く駆け、カノアの元に辿り着いた。カノアを助けたい――レイアのその強い心が起こした奇跡だった。


 レイアに抱きしめられたままのカノアの頬に、ぽたり、とレイアの涙が落ちた。


*

「レイア、何か熱いニャ」

「――?」

 カノアが変化に気付いた。

 その視線の先に目をやると、レイアの左腕の紋様が白く輝いていた。


「これは……」

 ヴァイスが近付き紋様に触れようとするが、


()っ!」

 ひときわ強く紋様が輝いた後に、すっと光が消えた。

 ようやく暗闇に目が慣れてくると、今度はノエルが変化に気付いた。


「――紋様が、消えてる!」


*

「レイア、ちょっとここに立ってみてください」

 ヴァイスがレイアに告げると、レイアはそっと腕の中のカノアを離して立ち上がった。


「――何か、感じませんか?」

「熱い――、それからここも……」

 ヴァイスはレイアの眉間やや上あたりに、二本の指を当てがっていた。

 レイアは少しぼんやりとした様子で、自分の胸の辺りに手をかざす。そして、はっとした様子で周りを見渡した。


「これは――?」

 驚いた様子で周囲を見ていたレイアの目から、ふいに涙が溢れ出した。


 ノエルの目には、ヴァイスの手が触れた瞬間にレイアの体が強く光輝いたように見えた。

 これは――《魔力の発現》だ。ヴァイスがどのように行ったのかわからないが、レイアの体に今まで見えなかった魔力が流れているのがわかる。ということは、今のレイアにはノエル達と同じように精霊の姿が見えているはずだ。


「見えますか? これがあなたに備わった本来の力――エルフが持つ精霊の加護です」

 ヴァイスが手を放すと、レイアの体を包む光が少し弱まった。だがレイア自身の体から発せられる魔力エネルギーは微かに光っている。

 封印されていたはずのレイアの魔力が蘇っている――ノエルにも一体何が起きたのかわからなかった。


「……どういうことだ?」

 レイアは瞳に溜まった涙を拭うと、少しだけ落ち着きを取り戻してヴァイスに尋ねた。


*

貴女(あなた)がかつてエルフの老師に言われた言葉――『あなたが本当に悔い改め、今までの罪を償えば、呪いは解け、精霊達の声が聴こえるようになる』その言葉の通りです。あなたがカノアを想い、助けたその心。それこそがあなたの能力(ちから)の封印を解き、真の力を甦らせたのです」

「精霊達が、私を(ゆる)してくれたのか……?」

「そうです。今のあなたには大地の精霊の声が聴こえるはずです……精霊の囁きに耳を傾けてみてください」


 レイアが目を(つむ)り、静かに神経を研ぎ澄ませた。

 ぴくり、と褐色の耳がわずかに動く。


「感じる――声が……」

 レイアが飴色(あめいろ)の瞳を見開き、ヴァイスを見つめた。


 精霊達の囁きは、言語化された声ではない。柔らかな音楽のような、風の揺らめきのような、荘厳な響きのような……ただ胸の中に、様々な感覚が拡がっていくのだ。

 その感覚を言葉で表すのは難しい。レイアがもどかしそうに唇を噛むのを見て、ノエルにはレイアの気持ちがよくわかった。ノエル自身は物心ついた時から精霊達を視てきたが、今まで視えなかったものが突然視えるようになれば動揺するのも当然だ。


 レイアの体から流れ続ける魔力は、ノエルやヴァイスほどの大きさではないが力強い。それはまるで大地に脈々と流れる自然の力のような悠大さを感じさせた。


 これが、本来備わっていたレイアの能力(ちから)――。

 エルフ族は皆生まれつき魔力の才能に恵まれていると聞いたことがあるが、これほどの力が突然発現したことに、ノエルも驚いていた。

 ある日突然に大きな魔力と精霊の加護を手にした者は、その力をうまく制御できるのだろうか? 魔力の制御は失敗すると自分にも周囲にも危険を及ぼしてしまう――


「大丈夫、焦る必要はありません。心に浮かんだ言葉を発してみてください――あなたなら、できます」

 静かに、しかし明瞭な声でヴァイスがレイアにそう告げた。


*

 レイアは頷き、静かに地面にひざまずいた。大地に手を置き、意識を集中する。

 ヴァイスがそっと支えるようにレイアの背中に手を添えた。


『――遥かなる大地の精霊よ 我が言葉を聞け

 我が名はレイア 我と契約せよ 我に汝の力を貸せ

 地の底に眠る生命(いのち)の種よ 我が前に芽吹け

 清き水よ 湧き上がれ

 曇りなき風よ 吹き渡れ

 不浄なる地を清めよ 穢れを(はら)え給え

 汝 我が精霊よ 我が名の前にその力を示せ』


 ゆっくりと、レイアが言葉を紡いだ。

 レイアは魔術を習ったことはないはずだ。にも関わらず、彼女はいまはっきりと正式な呪文(スペル)を唱えた。これはレイアの周りの精霊達が、レイアに今ここで言うべき言葉を伝えてくれているのだ。

 レイアはその言葉を口にしているだけ……それは高度に精霊を使役できる熟練した魔導士でもなかなかできない所業だった。精霊を信じ、自分の意思をクリアに保って自然のままに身を委ねた状態でなければできない。


「これって……」

 ノエルは、驚いて周りを見回した。

 レイアの言葉に反応して、大地の精霊の光が次々と地面から湧き上がっていた。


「なんだ?!」「ニャニャっ?!」

 精霊の姿が見えないカッツェとカノアも、変わり始めた森の気配に動揺する。

 ごごご、という地鳴りが地の底から聴こえ、地面がわずかに振動し始めた。


「地震っ?!」「ニャっ!!」

 カッツェが驚きの声を上げると、カノアがぴょんぴょんと駆け寄って一番頑丈そうなカッツェの足元にしがみついた。


「――っ!!」

 目をつむって(うつむ)いたままのレイアから、苦しそうな息が漏れた。額には玉のような汗が滲み、ぽたりと地面に落ちる。

 レイアの背中に手をかざすヴァイスが、静かな声で補助の呪文を唱え始めた。


*

 ぱぁああっ、と次第に辺りが淡い光に包まれ始めた。


「木が、草が……光ってるニャ!」


 緑の光に包まれた木々が、まるで生き物のようにしなり始めた。どす黒い緑色をしていた葉が、青々とした色に甦り、枯れていた幹が生命を吹き返す。

 草花が芽吹き、大地が生き生きと盛り上がり始めた。

 どこからか風が吹き、残っていたガルーア達の残香を洗い流す。


 ぽつり、ぽつりと雫が落ちて来たかと思うと、さぁあっと優しい雨が大地に降り注ぎ始めた。


*

「すごい……こんなの僕にもできないよ」

 ノエルは思わず感嘆の声を上げた。


 レイアは先ほど唱えた呪文の冒頭で自分の真名を名乗り、土の精霊と契約していた。つまりレイアが魔法を使うのはこれが生まれて初めてだったはずだ。

 それなのに、レイアとヴァイスの二人で行った所業は通常の魔法の範囲を超えている。まるで山全体が二人のエルフの言葉に反応して動き出したかのようだ。

 エルフ族はもともと魔力が高いと言われているが、こんなにいも凄いポテンシャルを秘めていたのだろうか……?


「おい、あれ見ろ!」

 カッツェが指さす方向を見ると、巨人(オーク)の谷の方に向かって山の麓から一筋の細い(きら)めきが流れていくのが見えた。

 蛇行する白銀の光を追うように、緑の絨毯が谷を覆って拡がっていく。


「川だ!」

 月光に照らされた水流はきらきらと輝きながら、オーク達のいる谷へ、そして遥か向こうの海に向かって勢いを増しながら流れていく。


「……もう大丈夫ですよ」

「あぁ……」

 ヴァイスがずっと跪いて集中していたレイアに声を掛けた。


*

「凄い凄い! やったね!」

 神の御業(みわざ)のような奇跡の光景を目の当たりにして、ノエルは興奮冷めやらぬまま後ろを振り返った。


「……って、何二人でいちゃいちゃしてんの!」

 倒れたレイアをヴァイスがその膝で支え、汗ばむ額を手のひらで覆っていた。


 レイアは全身から汗をかき、苦しそうに息をしている。魔力を使い果たして意識を失ってしまったようだ。

 ノエルも魔力欠乏はよく起こすからその辛さはよくわかる。心配そうにレイアを覗き込むヴァイスの瞳からは、レイアを気遣う愛情が感じられ――


「ちっ、違いますよ!」

 ノエルの言葉をヴァイスが慌てて否定した。良く見るとヴァイスの額にもまたびっしょりと汗がにじんでいた。

 冷静沈着なヴァイスはただ一人、ずっと白魔法と補助魔法を使い続け、この作戦の最初から最後まで集中を途切れさせずにいたのだった。

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