第11話「カノアと獣人村」☆
南の地へと急ぐカッツェ、ノエル、ヴァイス、レイアの四人だが、一度森を抜けて最寄りの村に向かうことにした。森で見つけた迷子の獣人猫族カノアを村まで送り届けるためだ。
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「ニャっ! 師匠~~!!」
村に着くなり、カノアが獣人猫族ケットシーの老師を見つけ、全速力で駆け出した。
老師は真っ白な耳に真っ白な尻尾、身長はカノアと同じくらいの小ささで、白いあご髭が地面につきそうなほど長く垂れていた。
「カノア! お主、何日もどこをほっつき歩いておったのじゃ! 魔物に喰われたかと皆心配しておったのじゃぞ!」
「ごめんにゃさいニャ。実は、かくかくしかじかで……」
ぼすっ、と突っ込むカノアをよろめきながら受け止め、老師がほっとした様子で頭を撫でる。
カノアは森で助けられた経緯を老師に話した。
「ニャんと! 旅のお方、それは何とお礼を申してよいのやら。ぜひお礼をさせてくだされ。すぐに宿も用意しますゆえ」
老師が、カノアにも促して深々と頭を下げる。
「いや、礼には及ばん。それに俺たちは先を急いでいて……」
「なんでっ、少しくらいいいじゃん! もう遅いし今日はこの村に泊めてもらおうよ! こんなに早くカノアとお別れなんて、寂しいよ」
カッツェが言い終える前に、ノエルは懇願した。わずか数日の間に、ノエルとカノアはすっかり意気投合していた。
ノエルにとって、カノアは一緒にはしゃぎまわれる貴重な友人だった。
「お前なぁ……」
「いいんじゃないか。ほんの数刻急いたところで、変わるものでもないだろう」
珍しくレノアが自分の意見を言ったことに、カッツェとヴァイスが少し驚いた顔をする。
「仕方ないな……」
「では、ご老師、ご厚意有り難く受けさせていただきます」
ヴァイスが胸に手を当て、律儀にエルフ流のお辞儀をした。
*
宴は盛大に催された。
森にほど近く、標高の高い場所にあるこの村は、住人のほとんどが獣人だった。
獣人猫族が多いが、獣人狐族や獣人狸族、獣人狼族もいる。
村民達は森の獲物を狩って肉や皮を加工したり、伝統工芸品を作って麓の村と交易して生計を立てているそうだ。
踊りの好きな獣人猫族、狐族、狸族が中心となり、村の中央の大きな篝火の前で歓迎の踊りを踊ってくれた。獣人狼族の美女が大人たちに酒を注いでまわる。カノアも大人に混ざって手伝っていた。
「ぷはー!うまい! この酒も料理も、最高だな!」
カッツェが顔より大きい盃で酒を煽り、これまた顔と同じくらいの大きさの骨付き肉にがぶりと食らいつく。カッツェは大食いかつ大酒呑みだった。
ダークエルフのレイアはほんの少しの肉と野菜を食べながら、ゆったりとくつろいだ表情で歌と炎を静かに見つめていた。
ヴァイスに聞いたところ、ダークエルフはホワイトエルフと同様、ほとんど食べ物を食べなくても活動できるらしい。
「僕もそれ、飲んでみたいな~」
「ダメです。これはお酒です」
ノエルが隣からヴァイスの盃に手を伸ばすと、ヴァイスはそれを取り上げて飲み干してしまった。
「……ひっく」
たちまち赤くなったヴァイスは、ぼーっとした表情で木の実や果物をつまんでいる。ヴァイスはお酒に弱いのだ。北の村でも、ほとんどお酒を飲んでいるところは見たことがなかった。
というか、そもそもホワイトエルフであるヴァイスはほとんど食事を摂る必要がない。肉や魚といった動物性のタンパク質を摂らないヴァイスは、レイア以上に普段から何も食べずに活動していた。
エルフ族は、精霊達のように自然のエネルギーそのものを体内に取り込めるのだそうだ。
「けちーー」
ノエルはというと、たくさんの団子や大福を目の前に並べてもらい、果実の生絞りジュースを飲んでいた。ノエルは甘いものが大好物だ。旅の途中ではなかなか甘い物にありつけないので、この食事は本当に贅沢だった。
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「ニャ。この村の宴は、気に入ってもらえたかニャ?」
「うん! どの食べ物もすごく美味しいし、歌と踊りも素敵だね!」
配膳を手伝っていたカノアが、ぴょこん、とノエル達の傍に近寄った。
ノエルは満面の笑みで答える。
「それは良かったニャ。実は……」
カノアも笑顔を見せたあと、言いづらそうに切り出した。
「ボクが森で迷子になっていたのは、家出をしようとしたからなのニャ」
「えっ?」
驚くノエル達に、カノアは話し始めた。
「ボクのお父さんとお母さんは、別の町に住んでるニャ。
町には他の兄弟もいて……ボクは八人兄弟の末っ子なのニャ。でも、うちは貧乏だったから……兄弟は色んなところに養子に出されたニャ。
ボクも師匠の元に薬師の修行として、大人になるまで養子に出されているニャ。立派な薬師になったら両親や兄弟の元に帰るのニャ。
ボクはこの村も師匠のことも好きだけど……もっと早くオトナになりたくて、森で一人で生きていこうと思ったニャ」
*
そう話してから、カノアは続けた。
「でも森はけっこう怖いことがわかったニャ。強い魔物もいるし……」
「うん、森は危ないよ。カノアはこの村にいるのが一番だよ」
カノアの言葉に、ノエルは頷いた。
森は、カノアのような幼い子供が歩くには危険すぎる。カノアは猫族特有の爪以外は特別な武器も持っていないし、ノエルのように魔法が使える訳でもないのだ。
「違うニャ! 一人だと危ないけど、みんなと一緒なら怖くないニャ!」
「えっ?」
「だから、ボクもみんなと一緒に行きたいニャ! もう師匠には話したニャ! そうしたら『ちゃんと皆さんに聞いてきなさい』って……」
少し離れたところで聞いていた老師が、カノアに近付いた。
「申し訳ニャい。この子がどうしてもと聞かなくてのぅ……。
私は、ご両親から大事なカノアをお預かりしている身。本来なら行かせるべきではないのじゃが……。
しかし、この子の強い意志も尊重してやりたいのですにゃ。
もちろん無理にとは申しませぬ。ご無理でしたら、どうぞ断ってくだされ」
両手で持った杖に額をつけるように、老師が頭を垂れた。
「……ダメにゃ?」
カノアが両手を合わせ、ウルウルとした眼差しでノエル達を見つめる。
*
「カノアがそこまで言うのなら……僕はいいと思う!」
カノアの生い立ちにすっかり心を打たれたノエルは、他の三人を見た。
一人で家出をして危険な目に合うよりも、ノエル達と一緒にいた方が安心かもしれない。カノアの瞳を見れば、その本気さはわかった。もしノエル達が断れば彼女は酷く落胆するだろう。
それに、ノエル自身もカノアともう少しだけ一緒に旅を続けたいと思っていた。カノアと他愛もない会話をしているのは楽しいし、カノアとノエルはお互いに知らないことを教え合える良い友達になっていた。
「私も賛成だ。森で生きる力ならば、私が教えてやろう」
またしても珍しく、レノアがはっきりとした声で自分の意見を述べた。
幼い頃から養子に出されているカノアの境遇を、両親のいない自分と重ねているのかもしれない。
判断を委ねられたカッツェとヴァイスは、難しい顔で顔を見合わせる。
「……私は、ノエル様の意見に従います」
少し迷った様子を見せたあと、ヴァイスがカッツェに言葉を向けた。二年間ずっとノエルと行動をともにしているヴァイスは、ノエルの直感には素直に従った方が大抵はうまくいく、という一つの行動方針を持っている。
「はーー、わかった。みんなが言うなら仕方ない」
ついにカッツェが折れた。
「ただしカノア、これだけは約束してくれ。勝手に一人でどこかに行かないこと! わかったか?」
自由奔放すぎるカノアに対し、カッツェがパーティーとして行動するための決まりを約束させた。
「わかったニャ! ボクも、もう罠にかかるのはこりごりニャ」
「ぷっ」
ノエルが笑いだすと、一同も笑に包まれた。
こうして、獣人族の村の夜は更けていったのだった。