追いかけても
吉田君は、「風邪を治す薬」を作り上げたらしい。
新聞に載っていた。
多分これからいろんな凄い賞をとったりするんだろう。
吉田君は凄いな、とため息をついてお茶をすすった。
今日は土曜日で、チラシが新聞よりもぶ厚くなってはさまっていた。
それを見ると、少し新聞を読む気がなくなってしまう。
開かずそのままにしておいた方が、こうぶ厚い場合は片付けやすい。
でも、大きな見出しで吉田君のことが書かれていたので、
つい開いてしまった。
吉田君はどんどん私をおいていってしまう。
2年前までは隣で一緒に頑張っていたのに。
と、新聞を読みふけっていると、ふいに電話がなった。
「はい、平瀬です」
「あ、平瀬さんお久しぶりです。吉田です」
吉田君だった。
吉田君は相変わらず宙に浮いているような、
地にどっしりと根を張っているような声で喋る。
「新聞見たよ、吉田君は相変わらず凄いね」
「平瀬さんのおかげだよ。今日、今から空いてるかな?会ってお礼が言いたくて」
吉田君が呼び出すなんて、珍しい。
やっぱり吉田君はどんどん変わっているな、と思いながら
慌てて仕度をして、昔よく待ち合わせた喫茶店へ向かった。
途中、吉田君が凄いのは私のおかげなんかじゃないのに、と何度も思った。
喫茶店に着いた。
吉田君はいつもの席で、いつもの通りコーヒーをすすっていた。
「久しぶり」
「久しぶり。……お礼って、私何もしてないよ」
「ああ、いやね、僕、風邪の薬を開発したじゃない。あれ、4年前の君の言葉のおかげなんだよ」
「え?」
「君はね、『いつか、好きなときに、自由に風になれる様になりたい』って言ったんだ。
で、僕はそれを思い出して、『風』になれる薬の研究を始めて、
その過程で偶然に『風邪』が治る薬が出来たんだ。いや、ダジャレじゃなくてね」
吉田君は真面目に話すので、私は少しおかしかった。
「……ありがとう」
「いや、こちらこそ、ありがとう、平瀬さん」
「私まだ、風になれるかもしれないのね」
私達はそれから、互いの近況や最近のニュースの話題など、
他愛もない話を繰り返した。
その間、2年以上前のいつもの通り、私はホットミルクティーを頼んで、
いつもの通りのウエイターが運んでくる。
そしていつもの通り吉田君はアイスクリームを追加注文する。
まるであの頃に戻ったような、そんな感じがした。
でも、吉田君には、私は追いつけない気がした。
そしていつもの通り、吉田君の頷きの合図で店を出て、
近くの公園を歩く。
「君は変わらないね。僕はまだ全然追いつけない」
「そうかな?私には吉田君が追いつけない存在だけど」
「違うよ。君はいくら追いかけても、追いつけない」
「それは吉田君だよ」
私は、「追いかけても、追いつけない」と言った吉田君の言葉に乗って
どこへでも飛んでいけそうだった。
もう少し頑張れば、私は風になれるのかもしれない。
そう思ったけれど、それは吉田君には黙っておいた。