幸福になってはならない
私の身体を構成するためのアミノ酸の要素として、精子と卵子を提供した人たちの思想は
「幸運に恵まれれば大きな不幸の揺り戻しに見舞われる」
というものだった。
それは彼らが、「神国日本が全世界を統治し、地上に楽園を創造する」と喧伝され「鬼畜米英を連日撃破、日本快進撃」という乳幼児期を過ごし、そしてその「大きな幸運」が過ぎると、一気にひもじく悲惨な少年期を過ごしたことと関連はあるに違いない。
そんな大きな不幸を招かないように、幸運があってはならない。
ましてや、勝利を得ることなど、言語道断である。
勝利は、つまり、大敗北の前兆なのだから。
少しの不運の中に埋もれながら、少しの苦痛に耐え続けて生きてゆくことが、幸運なのである、という考えは、少し論理的に考えれば、全く奇妙な思考であることが確かにわかるのであるが、その「少し」も考えられないほど、幸運から不運への転落は、そして、「ひもじさ」は、彼らの思考を拘束した。
そのため、彼らのもとに生まれた男児が、「この子は奇妙だ」と言われた時には、かなり安堵した。
そして、その奇妙さを検査した結果、異常な高知能であることが判明した時、彼らは恐怖した。
男児の才能を見抜いた幼稚園長は、検査結果を見て、自分の観察眼が正しかったことを誇り、あろうことか、「名門校」への受験を、彼らに提案した。
彼らの恐怖は絶頂に達した。
一介の農村出身の「金の卵」のもとに、「末は博士か大臣か」という天才児が生まれるという大幸運は、来るべき大不幸を暗示していた。




