聖女ですが神獣が「このお方を怒らせたら国が滅びます」と泣くので、婚約破棄は遠慮なく受けますね
「――聖女(笑)、だと?」
私は、聞き返してしまった。
いや、さすがに聞き違いだと思ったのだ。
だって目の前にいるのは、この国の第二王子ルイス・ハーグレイブ殿下である。私の婚約者(現時点)。夜会の中央。シャンデリアの下。貴族全員が見ている。
そういう場で、人間は普通「聖女(笑)」という発音はしない。
「なにを驚いている、リリア・ヴァン・メイエン。お前は聖女と呼ばれているが、その実態は動物と戯れるだけの変わり者だ。本物の聖女はここにいるエレナ嬢だ」
ルイス殿下の隣で、金髪のエレナ侯爵令嬢がしおらしく目を伏せた。白いドレスの裾に、小さな白い蝶を一匹とまらせている。
一瞬で聖女オーラを演出する小技としては、なるほど悪くない。
――問題は、あの蝶が「げー、マジかー、こいつまた私こき使う気かよー」と言っていることだ。
《聞こえてます? リリア様》
頭の中に、呆れ果てた声が響く。
私の肩にとまっている小さな青い鳥、炎鳥ユルグ(推定年齢800歳)。口調は軽く、口は悪い。神獣の中では一番若い部類である。
《あの女、蝶にまで契約魔法かけてるぞ。聖女じゃない、調教師だ》
私は小さく頷きたいのを堪えた。この場で頷いたら、私はただのうなずく不審者になってしまう。
「――殿下」
私は、できるだけ平坦な声で言った。
「つまり、婚約を破棄なさると」
「察しがいいな。そうだ。お前のような地味で気味の悪い女は、王家にふさわしくない」
気味が悪い、は少々心外である。
私はただ、神獣の声が聞こえるだけの聖女なので。
そう内心で反論した瞬間だった。
《主》
低い、低い声が、夜会の床から響いた。
空気が、凍った。
何人かの貴族が、わけもわからず震え始めた。シャンデリアの蝋燭が、一斉に青く揺れた。
《あのガキ王子の魂、視ました》
銀の霧が床を這った。ずるりと、ずるりと、私の足元に寄ってくる。
《薄すぎます。向こう側が透けて見えます。正直、掴んで振ったら音もせずに崩れます》
銀竜フェンリス。神獣の長老格。見た目は霧、本質は竜。そして性格は――容赦がない。
《ついでに、隣のお嬢さん。魂に契約紐が28本巻き付いてます。小動物が可哀想なので、我々一同、本日この国を出ます》
28本、と、私は心の中で復唱した。
28本。ちょっと多くないか。
《で、主、この国出たら次どこ行くんだ?》
ユルグが肩の上で足をかえる。
《俺、南の海見たい。あとあれ、人間が作った揚げ物、唐揚げって言ったか。あれが食いたい》
――ねえ、この場、まだ婚約破棄の最中なんだけど。
私は、困った。
ルイス殿下が、顔を赤くして私を怒鳴った。
「黙って聞いていろ、リリア! 返事はどうした! 『はい、お別れします』と言え!」
「……はい」
「なんだと」
「はい、お別れします、殿下。どうぞ末永くお健やかに」
私は、膝を折り、深く礼をした。
絹のドレスが滑らかに音を立てた。その音に紛れて、神獣たちがそれぞれ囁いた。
《よし出るぞ》
《嫁入り道具は整えておりますゆえ》
《唐揚げ》
――嫁入り道具?
聞き返す前に、私の足元から銀の霧が立ちのぼり、夜会の床に、直径3メートルほどの魔法陣が描かれた。
貴族たちが悲鳴を上げた。
エレナ嬢の白蝶が、契約紐を引きちぎって逃げていった。
「な、なんだ! 何をしている!」
ルイス殿下が叫ぶ。その声に、私の肩から白い狐が、ぴょんと飛び降りた。
白狐ナナシロ。推定1200歳、神獣の中の良識派。説教が長い以外は穏やかである。
《殿下、と呼ぶべきでございましょうな。恐れながら申し上げますが、リリア様を「聖女(笑)」とお呼びになったこと、我ら三柱、承服しかねまする》
貴族たちが、ざわめいた。
白狐が喋ったからだ。しかも敬語で。
《よって、本日をもちまして、我ら神獣、本国の結界の維持、風の巡り、雨の予知、果樹の受粉、魚の遡上、全ての加護を停止させていただきます。お気を確かに》
「ま、待て! 神獣だと! お前たちはただの使い魔ではなかったのか!」
《使い魔だったら敬語で喋りませぬ》
ごもっとも、と、私は思った。
「――陛下、まずは落ち着いて」
ルイス殿下の後ろから、誰かが穏やかな声を差し出した。
年の頃は二十代半ば。銀の髪。目は、金。どう見ても人間ではない。夜会に招かれたはずの貴族の中に、こんな男はいなかった。
「失礼、初めまして。シオン・ラミア・アグリオンと申します。古竜の末、一応、神獣の方の王やっています」
神獣の、方の、王。
言い方がだいぶ軽い。
ルイス殿下が、固まった。エレナ嬢も固まった。貴族たちは息を詰めた。
ただし、私の周りの神獣たちは、全員盛大に姿勢を正した。
《主ですぞ主ですぞ。リリア様、しっかり》
ナナシロが焦った声で尻尾で私の膝を叩く。
《主、早っ。来るの早っ》
ユルグが羽を震わせる。
《主》
フェンリスが霧で敬礼のような形を作った。
――なるほど、この人、本物の、偉い神獣の、偉い人、ということでいいのか。
私は、困った。
だって、私、その偉い方とは、初対面のはずなのだ。
シオンと名乗った男は、私に向かって軽く頭を下げた。そしてなんの躊躇もなく、古い古い、それはそれは古い響きで、言った。
『――ラ・ティ・アレン・シーナ』
……え。
『その者、我らの星の下の、言葉の解ける者。言の葉の、橋の、通う者』
……いや、ちょっと待って。
私は、思わず、口元に手を当てた。
古竜の、南方系、方言。
文献でしか読んだことがない、消滅したはずの、古い、古い、言葉。
私は、一度深呼吸をして、精一杯の、たどたどしい発音で、返した。
『よ、よろしく、お願いします。言の葉、通じて、光栄でございます』
――シオン様の、目が、笑った。
それは、とても静かな、笑い方だった。
「……本当に、通じた」
彼は小さく呟いた。
「すごいな。三百年、待った甲斐があった」
……三百年?
「あ、気にしないでください。独り言です」
気にする。気にするよ、三百年は。
《主、口がすべっています》
ナナシロが小さく突っ込んだ。
《こらえてください主、こらえて》
フェンリスまで突っ込んでいる。
《主、先走りすぎだぞ》
ユルグが容赦なかった。
シオン様は、少しだけ頬を染めて、咳払いをした。
そして、ルイス殿下の方を、ちらりと見た。
「――さて、陛下」
彼は、敬語のまま、まったく丁寧ではない声で、言った。
「そちらのお嬢さんを、私がお引き取りしてもよろしいでしょうか」
「な、何を言って――」
「神獣を全て連れて出ますので、この国の結界、本日深夜零時をもって停止します。冬越えの備えはお済みでしょうか」
ルイス殿下が、絶句した。
エレナ嬢は、自分の周りの白蝶がいない、と遅ればせながら気付いて、床を這い始めた。
私は、困った。
まだ何にも、承諾していないのに、物事が、全部、勝手に、進んでいく。
「リリア嬢」
シオン様が、私に向き直った。
「事後承諾になって申し訳ないのですが、まずは国を出ましょう。この国、本日を越えた瞬間、神獣の加護が切れて、色々と面白いことになるので」
「……面白いこと」
「はい」
「……例えば」
「果樹全滅、井戸から塩水、夜に雪、昼に雷、王城の結界石にヒビ、くらいは」
私の後ろで、ルイス殿下が椅子にぶつかる音がした。
私は、とりあえず、深く礼をした。
「……かしこまりました」
神獣たちが、一斉に歓声を上げた。
《唐揚げ!》
《図書館! 千年蔵書の!》
《温泉! 古竜の温泉!》
……え、嫁入り道具の話、嘘じゃなかったの?
銀の霧が、ざわっと、動いた。
《主》
フェンリスが、私の横で、胸を張る、というか霧を膨らませた。
《嫁入り道具は揃えてあります》
「……ちょっと待って、フェンリス、誰の嫁入り?」
《主の》
「どっちの主?」
《両方》
……なるほど。
話が、早い。
夜会の床から、ずずず、と何かが出てきた。
金塊。
塊である。三畳分くらいの塊である。
続いて古い聖剣、古代の結界石、ドラゴンの抜け殻(状態良好)、翻訳魔導書、神獣語辞典(初版)、小型の古代遺跡(持ち運び可)、それから、なぜか、揚げ物用の鉄鍋。
《唐揚げ用》
ユルグが鉄鍋の縁に止まって、誇らしそうに胸を張った。
私は、目を覆った。
「神獣は誇り高い、という、私が子供の頃に読んだ本、なんだったんでしょうか」
《嘘です》
《嘘です》
《嘘だ》
三柱一斉に返事が揃った。
団結力だけは本物である。
シオン様が、隣で、小さく、笑いをこらえていた。
「……リリア嬢、神獣というのは、基本、我欲のかたまりですので」
「初耳です」
「あと、嫁という概念が非常に強いので、一度気に入った相手からは、離れません」
「今、私、誰かに気に入られましたか」
「私と、三柱と、あと多分、ここから出たあと合計で十三柱くらいに」
「十三柱」
「はい」
「……それ、もう一国ですね?」
「もう、一国です」
シオン様が、深く、ふかく、頷いた。
ルイス殿下が、半ば這うようにして、私の方に手を伸ばしかけた。
「ま、待てリリア! お前、神獣と話せるなら! なぜ今まで黙っていた! 話せるなら話せると最初に――」
「殿下」
私は、膝を折ったまま、少しだけ顔を上げた。
「私、三度、殿下に申し上げました。神獣の声が、聞こえます、と」
「そ、そんなことは」
「殿下は三度とも、『また動物ごっこか』と仰いました」
殿下が、真っ白になった。
《しかも殿下、そのとき鼻で笑ってらっしゃいましたね》
《しかも指でテーブルを二回叩いて『興味ない』って合図してたぞ》
《しかも、それ、神獣の耳にも聞こえていましたよ》
三柱による三段追撃。
容赦がない。
貴族の誰かが、小さく、「ひっ」と声を上げた。
シオン様が、そっと私に手を差し伸べた。
「リリア嬢。立てますか」
「はい」
差し出された手は、大きく、冷たく、体温の代わりに何か別の暖かさがあった。
古いものに触れたときの、感触だった。
私は、その手に、指を置いた。
その瞬間、足元の魔法陣が、光った。
《主、お迎えに上がりました》
霧が、広がる。
銀の霧が、夜会のホールを、ひとたび、全て、飲み込んだ。
視界が、開く。
私たちは、もう、夜会の床にいなかった。
高い高い、塔のような場所の、テラスだった。見下ろせば眼下に、雲。遠くに、海。夜風が髪を撫でた。
シオン様の後ろに、静かな声で、誰かが待っていた。
「お帰りなさいませ、我が王」
黒い礼服の、細身の女性。目は金。表情はない。
「こちら、側近のイーリス・ラミア・アグリオン。神獣王国の宰相補佐官、兼、渉外、兼、書類担当、兼、我が王のおむつ係です」
「三百年前の話を蒸し返さないでいただけますか」
イーリスさんが、眉ひとつ動かさず、返した。
私は、敬礼した。
敬礼しないと、礼儀がわからない、と、思ったからだ。
「はじめまして、リリア・ヴァン・メイエンです」
「存じ上げております。あなた様の論文、全作、拝読しております」
「論文」
「『古竜語の終止形における例外用法に関する考察』、『神獣語と古代呪文体系の交差点』、『聖女認定制度が取りこぼすもの』」
「……あ、はい、私の、趣味で書いた、物です」
「物ではございません、学術的財産でございます」
イーリスさんは、表情を変えないまま、淡々と言った。
「特に『聖女認定制度が取りこぼすもの』は、当国においても内部資料として回覧されております」
「えっ」
シオン様が、少しだけ、気まずそうに目を逸らした。
「……それを、読んで、私、あなたのことを、ずっと」
「ずっと?」
「……いえ、なんでもないです」
ナナシロが、隣で、小さく咳払いをした。
《主は三百年前から、リリア様の『いつかの先祖』のお知り合いでございまして》
《それで、リリア様の魂が生まれ変わるたびに、どこかで無事に育っているか、確認しに行っておられまして》
《でも今回は、さすがに、『聖女(笑)』と呼ばれていた、と報告が入りましたので》
《おむかえに》
私は、息を詰めた。
古竜方言。
あれは、私が、十二歳の頃、誰にも読んでもらえないと知りつつ、独りで、夜明けまで、発音練習した、消滅言語である。
誰も、見ていない、はずだった。
「――ずっと、一人で、神獣語を覚えていた夜のことを」
シオン様が、ゆっくりと、言った。
金色の目が、私を見た。
「私は、覚えている」
私は、一瞬、息が止まって、それから、なんだかよくわからないまま、
膝から力が抜けた。
「…………え」
シオン様が、すっと、私を支えた。
「あ、すみません。いきなり重い話をしました。気にしないでください」
「気にします。気にしますよ、シオン様」
「独り言です」
「独り言ではありません」
私の周りで、三柱が、一斉に笑いをこらえた。
《主、慣れてないな》
《照れていらっしゃいますね主、照れて》
《我が王は、千年生きて、恋愛だけ三百年先送りでございまして》
「黙ってくださいナナシロ」
イーリスさんが、表情を変えないまま、私に向き直った。
「さて、リリア様。事務連絡に移ってよろしいでしょうか」
「は、はい」
「まず、先ほどの王国から、緊急の面会要請が37件来ております」
「はやっ」
「次に、結界停止まであと2時間。王都中心部の大気圧が下がり始めております」
「……結界、って、本当に止まるんですね」
「止まります。止めます」
イーリスさんが、涼しい顔で、続けた。
「ただし、王国側は、リリア様のお戻りを懇願しております。条件として、金貨3万枚、公爵位、王太子妃の座、謝罪使節団の派遣、を提示してきております」
「……王太子妃」
「ルイス殿下の兄君、王太子殿下の方です」
「……それ、あの、ルイス殿下の上の人、が、つまり、私を、もう一度、婚約者に、と?」
「左様でございます。国を救うため、なりふり構わぬご様子で」
《魂、ちょっと違うだけで全部同じだな、あの王家》
ユルグが、羽の下で呟いた。
イーリスさんが、にこり、と、しなかった。
「もちろん、謹んでお断りする前提で、私が返書を作成いたしました。朗読してもよろしいでしょうか」
「……お、お願いします」
イーリスさんが、手元に書類を出した。
いつの間に。
「拝啓、貴国の突然の懇請、誠に恐縮の至りに存じます。
しかしながら、リリア・ヴァン・メイエン様は、当神獣王国の庇護下に正式に入られましたので、貴国への再嫁の件、一切お受けできかねます。
また、貴国の王太子殿下のご要請につきましては、その魂の格が、現行の契約魔法水準に達しておらず、神獣側の誰とも婚儀を結ぶ資格がございませんことを、念のためお伝えいたします。
なお、結界停止に伴う災害につきましては、貴国の国内問題でございますため、神獣王国としましては介入を控えさせていただきます。
つきましては、陛下」
イーリスさんが、一拍、置いた。
「先に国を滅ぼしてから、謝罪の順番で並んでいただけますでしょうか」
夜の、冷たい、テラスで、私は、思わず、笑ってしまった。
笑ってしまったら、止まらなくなった。
シオン様が、隣で、肩を揺らして、笑っていた。
《めちゃくちゃ良い文章だな》
《流麗でございますな》
《さすがイーリス殿》
神獣たちも、揃って感心していた。
イーリスさんは、表情を変えずに、言った。
「お気に召したようで、光栄です」
私は、息を整えて、顔を上げた。
海が、光っていた。
遠い、小さな光が、波の上を、走っていた。
古竜の、塔。
遠い、異国。
知らない、はずの、場所。
――なのに、どこかで、ずっと、知っていたような気がした。
「シオン様」
「はい」
「私、古竜の方言、独りで覚えたって、言いましたよね」
「はい」
「……実は、あれ、夢で、教えてもらっていたんです」
シオン様が、息を止めた。
「十二歳の夏、熱を出した夜、夢の中で、銀色の、とても大きな生き物が、ゆっくりと、一音ずつ、教えてくれました」
私は、自分の胸に、手を置いた。
「私、ずっと、あれは、子供の頃の妄想だと、思ってました」
シオン様は、少し長い間、黙っていた。
それから、静かに、言った。
「妄想では、ないです」
「はい」
「ちゃんと、覚えてますか」
「はい」
「……よかった」
彼は、それだけ、言った。
『よかった』のあとに続く言葉を、彼は、飲み込んだ。
飲み込んだけれど、金色の目の奥で、光が、揺れていた。
三百年前の、約束。
十二歳の、夢の夜。
夜会の、『聖女(笑)』。
一本の線に、繋がった。
「――リリア嬢」
シオン様が、私の前に、片膝をついた。
神獣王が、一人の人間の少女の前で、片膝をつく。
イーリスさんが、瞬きを、した。
瞬きを、した、ということは、彼女もまた、少し、驚いたのだと思う。
「改めて、お願いします」
金色の目が、私を見上げた。
「私のところに、来てください」
声は、低く、静かだった。
それは、熱い告白ではなかった。派手でも、劇的でもなかった。
ただ、三百年待っていた人が、三百年分の静けさで、一つのことを、一度だけ、口にしたのだった。
私は、少しだけ、笑った。
なんだかよくわからないけれど、笑った。
「シオン様」
「はい」
「『聖女(笑)』と呼ばれて、婚約破棄されて、ちょっと疲れた女に、いきなり三百年のお話は、重いです」
「あ、はい」
「だから、まず、唐揚げを作ってください」
「……唐揚げ?」
「ユルグが欲しがっているので」
《主~~~!!!》
私の肩の上で、炎鳥ユルグが、翼をパタパタさせた。
「それで、ゆっくり、お話を、聞きます」
「……はい」
「ずっと、見ていてくれて、ありがとうございました」
シオン様が、目を伏せた。
金色の睫毛が、震えた。
それから、一度、深く、頭を下げた。
――神獣王が、頭を、下げた。
イーリスさんが、小さく、息を吐いた。
「よろしゅうございました。では、婚姻の手続きに移ります」
「え、ちょっと待って、まだ唐揚げの前」
「唐揚げの後でも、書類は先に作ります」
「合理的!」
《主、諦めろ》
《イーリス殿、仕事が早いでしょ》
《イーリスさん、ちょっと怖いな》
三柱が、それぞれに嘆いた。
――その夜、遠い、ハーグレイブ王国の、王城では、結界石が、ぴしり、と、音を立てて、割れた。
冬越えの、始まりだった。
私は、知らないふりをして、古竜の、塔の、テラスで、差し出された紅茶の湯気を、両手で受け取った。
カップの中に、星が、一つ、ちいさく、映っていた。
――翌朝、旧王国の王城前庭では、神獣王国から派遣された使節団の前で、57名の王族・貴族が、一列に並んで、土下座をしていた。
イーリスさんの書いた、「謝罪の順番表」の、通りに。
私は、その光景の報告を、古竜の塔のテラスで、2杯目の紅茶を飲みながら、聞いた。
「リリア様」
「はい」
「旧王国側から、ルイス殿下の再婚約のお申し出が、入っておりますが」
「イーリスさん」
「はい」
「……もう一度、あの文章、朗読してくれますか」
「喜んで」
私の肩で、ユルグが、小さく笑った。
《主、良い性格になってきたな》
《おなりあそばされましたね》
《主、ついに染まった》
「染まってません。染まってません。私は聖女です」
《(笑)》
《(笑)》
《(笑だぞ)》
神獣たちが、三柱揃って、括弧付きで笑った。
シオン様が、私の隣で、こらえきれずに、肩を揺らした。
私は、紅茶を、飲んだ。
温かかった。
――この温かさに、たどり着くまで、三百年と、十七年、かかった。
少し長かったけれど、まあ、悪くない、と、思った。
【作者から読者様へお願いがあります】
少しでも、
「面白い!」
「続きが気になる!」
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