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聖女ですが神獣が「このお方を怒らせたら国が滅びます」と泣くので、婚約破棄は遠慮なく受けますね

作者: 夢見叶
掲載日:2026/04/18

「――聖女(笑)、だと?」


  私は、聞き返してしまった。


  いや、さすがに聞き違いだと思ったのだ。


  だって目の前にいるのは、この国の第二王子ルイス・ハーグレイブ殿下である。私の婚約者(現時点)。夜会の中央。シャンデリアの下。貴族全員が見ている。


  そういう場で、人間は普通「聖女(笑)」という発音はしない。


「なにを驚いている、リリア・ヴァン・メイエン。お前は聖女と呼ばれているが、その実態は動物と戯れるだけの変わり者だ。本物の聖女はここにいるエレナ嬢だ」


  ルイス殿下の隣で、金髪のエレナ侯爵令嬢がしおらしく目を伏せた。白いドレスの裾に、小さな白い蝶を一匹とまらせている。


  一瞬で聖女オーラを演出する小技としては、なるほど悪くない。


  ――問題は、あの蝶が「げー、マジかー、こいつまた私こき使う気かよー」と言っていることだ。


 《聞こえてます? リリア様》


  頭の中に、呆れ果てた声が響く。


  私の肩にとまっている小さな青い鳥、炎鳥ユルグ(推定年齢800歳)。口調は軽く、口は悪い。神獣の中では一番若い部類である。


 《あの女、蝶にまで契約魔法かけてるぞ。聖女じゃない、調教師だ》


  私は小さく頷きたいのを堪えた。この場で頷いたら、私はただのうなずく不審者になってしまう。


「――殿下」


  私は、できるだけ平坦な声で言った。


「つまり、婚約を破棄なさると」


「察しがいいな。そうだ。お前のような地味で気味の悪い女は、王家にふさわしくない」


  気味が悪い、は少々心外である。


  私はただ、神獣の声が聞こえるだけの聖女なので。


  そう内心で反論した瞬間だった。


 《主》


  低い、低い声が、夜会の床から響いた。


  空気が、凍った。


  何人かの貴族が、わけもわからず震え始めた。シャンデリアの蝋燭が、一斉に青く揺れた。


 《あのガキ王子の魂、視ました》


  銀の霧が床を這った。ずるりと、ずるりと、私の足元に寄ってくる。


 《薄すぎます。向こう側が透けて見えます。正直、掴んで振ったら音もせずに崩れます》


  銀竜フェンリス。神獣の長老格。見た目は霧、本質は竜。そして性格は――容赦がない。


 《ついでに、隣のお嬢さん。魂に契約紐が28本巻き付いてます。小動物が可哀想なので、我々一同、本日この国を出ます》


  28本、と、私は心の中で復唱した。


  28本。ちょっと多くないか。


 《で、主、この国出たら次どこ行くんだ?》


  ユルグが肩の上で足をかえる。


 《俺、南の海見たい。あとあれ、人間が作った揚げ物、唐揚げって言ったか。あれが食いたい》


  ――ねえ、この場、まだ婚約破棄の最中なんだけど。


  私は、困った。


  ルイス殿下が、顔を赤くして私を怒鳴った。


「黙って聞いていろ、リリア! 返事はどうした! 『はい、お別れします』と言え!」


「……はい」


「なんだと」


「はい、お別れします、殿下。どうぞ末永くお健やかに」


  私は、膝を折り、深く礼をした。


  絹のドレスが滑らかに音を立てた。その音に紛れて、神獣たちがそれぞれ囁いた。


 《よし出るぞ》

 《嫁入り道具は整えておりますゆえ》

 《唐揚げ》


  ――嫁入り道具?


  聞き返す前に、私の足元から銀の霧が立ちのぼり、夜会の床に、直径3メートルほどの魔法陣が描かれた。


  貴族たちが悲鳴を上げた。


  エレナ嬢の白蝶が、契約紐を引きちぎって逃げていった。


「な、なんだ! 何をしている!」


  ルイス殿下が叫ぶ。その声に、私の肩から白い狐が、ぴょんと飛び降りた。


  白狐ナナシロ。推定1200歳、神獣の中の良識派。説教が長い以外は穏やかである。


 《殿下、と呼ぶべきでございましょうな。恐れながら申し上げますが、リリア様を「聖女(笑)」とお呼びになったこと、我ら三柱、承服しかねまする》


  貴族たちが、ざわめいた。


  白狐が喋ったからだ。しかも敬語で。


 《よって、本日をもちまして、我ら神獣、本国の結界の維持、風の巡り、雨の予知、果樹の受粉、魚の遡上、全ての加護を停止させていただきます。お気を確かに》


「ま、待て! 神獣だと! お前たちはただの使い魔ではなかったのか!」


 《使い魔だったら敬語で喋りませぬ》


  ごもっとも、と、私は思った。


「――陛下、まずは落ち着いて」


  ルイス殿下の後ろから、誰かが穏やかな声を差し出した。


  年の頃は二十代半ば。銀の髪。目は、金。どう見ても人間ではない。夜会に招かれたはずの貴族の中に、こんな男はいなかった。


「失礼、初めまして。シオン・ラミア・アグリオンと申します。古竜の末、一応、神獣の方の王やっています」


  神獣の、方の、王。


  言い方がだいぶ軽い。


  ルイス殿下が、固まった。エレナ嬢も固まった。貴族たちは息を詰めた。


  ただし、私の周りの神獣たちは、全員盛大に姿勢を正した。


 《主ですぞ主ですぞ。リリア様、しっかり》


  ナナシロが焦った声で尻尾で私の膝を叩く。


 《主、早っ。来るの早っ》


  ユルグが羽を震わせる。


 《主》


  フェンリスが霧で敬礼のような形を作った。


  ――なるほど、この人、本物の、偉い神獣の、偉い人、ということでいいのか。


  私は、困った。


  だって、私、その偉い方とは、初対面のはずなのだ。


  シオンと名乗った男は、私に向かって軽く頭を下げた。そしてなんの躊躇もなく、古い古い、それはそれは古い響きで、言った。


『――ラ・ティ・アレン・シーナ』


  ……え。


『その者、我らの星の下の、言葉の解ける者。言の葉の、橋の、通う者』


  ……いや、ちょっと待って。


  私は、思わず、口元に手を当てた。


  古竜の、南方系、方言。


  文献でしか読んだことがない、消滅したはずの、古い、古い、言葉。


  私は、一度深呼吸をして、精一杯の、たどたどしい発音で、返した。


『よ、よろしく、お願いします。言の葉、通じて、光栄でございます』


  ――シオン様の、目が、笑った。


  それは、とても静かな、笑い方だった。


「……本当に、通じた」


  彼は小さく呟いた。


「すごいな。三百年、待った甲斐があった」


  ……三百年?


「あ、気にしないでください。独り言です」


  気にする。気にするよ、三百年は。


 《主、口がすべっています》


  ナナシロが小さく突っ込んだ。


 《こらえてください主、こらえて》


  フェンリスまで突っ込んでいる。


 《主、先走りすぎだぞ》


  ユルグが容赦なかった。


  シオン様は、少しだけ頬を染めて、咳払いをした。


  そして、ルイス殿下の方を、ちらりと見た。


「――さて、陛下」


  彼は、敬語のまま、まったく丁寧ではない声で、言った。


「そちらのお嬢さんを、私がお引き取りしてもよろしいでしょうか」


「な、何を言って――」


「神獣を全て連れて出ますので、この国の結界、本日深夜零時をもって停止します。冬越えの備えはお済みでしょうか」


  ルイス殿下が、絶句した。


  エレナ嬢は、自分の周りの白蝶がいない、と遅ればせながら気付いて、床を這い始めた。


  私は、困った。


  まだ何にも、承諾していないのに、物事が、全部、勝手に、進んでいく。


「リリア嬢」


  シオン様が、私に向き直った。


「事後承諾になって申し訳ないのですが、まずは国を出ましょう。この国、本日を越えた瞬間、神獣の加護が切れて、色々と面白いことになるので」


「……面白いこと」


「はい」


「……例えば」


「果樹全滅、井戸から塩水、夜に雪、昼に雷、王城の結界石にヒビ、くらいは」


  私の後ろで、ルイス殿下が椅子にぶつかる音がした。


  私は、とりあえず、深く礼をした。


「……かしこまりました」


  神獣たちが、一斉に歓声を上げた。


 《唐揚げ!》

 《図書館! 千年蔵書の!》

 《温泉! 古竜の温泉!》


  ……え、嫁入り道具の話、嘘じゃなかったの?


  銀の霧が、ざわっと、動いた。


 《主》


  フェンリスが、私の横で、胸を張る、というか霧を膨らませた。


 《嫁入り道具は揃えてあります》


「……ちょっと待って、フェンリス、誰の嫁入り?」


 《主の》


「どっちの主?」


 《両方》


  ……なるほど。


  話が、早い。


  夜会の床から、ずずず、と何かが出てきた。


  金塊。


  塊である。三畳分くらいの塊である。


  続いて古い聖剣、古代の結界石、ドラゴンの抜け殻(状態良好)、翻訳魔導書、神獣語辞典(初版)、小型の古代遺跡(持ち運び可)、それから、なぜか、揚げ物用の鉄鍋。


 《唐揚げ用》


  ユルグが鉄鍋の縁に止まって、誇らしそうに胸を張った。


  私は、目を覆った。


「神獣は誇り高い、という、私が子供の頃に読んだ本、なんだったんでしょうか」


 《嘘です》

 《嘘です》

 《嘘だ》


  三柱一斉に返事が揃った。


  団結力だけは本物である。


  シオン様が、隣で、小さく、笑いをこらえていた。


「……リリア嬢、神獣というのは、基本、我欲のかたまりですので」


「初耳です」


「あと、嫁という概念が非常に強いので、一度気に入った相手からは、離れません」


「今、私、誰かに気に入られましたか」


「私と、三柱と、あと多分、ここから出たあと合計で十三柱くらいに」


「十三柱」


「はい」


「……それ、もう一国ですね?」


「もう、一国です」


  シオン様が、深く、ふかく、頷いた。


  ルイス殿下が、半ば這うようにして、私の方に手を伸ばしかけた。


「ま、待てリリア! お前、神獣と話せるなら! なぜ今まで黙っていた! 話せるなら話せると最初に――」


「殿下」


  私は、膝を折ったまま、少しだけ顔を上げた。


「私、三度、殿下に申し上げました。神獣の声が、聞こえます、と」


「そ、そんなことは」


「殿下は三度とも、『また動物ごっこか』と仰いました」


  殿下が、真っ白になった。


 《しかも殿下、そのとき鼻で笑ってらっしゃいましたね》

 《しかも指でテーブルを二回叩いて『興味ない』って合図してたぞ》

 《しかも、それ、神獣の耳にも聞こえていましたよ》


  三柱による三段追撃。


  容赦がない。


  貴族の誰かが、小さく、「ひっ」と声を上げた。


  シオン様が、そっと私に手を差し伸べた。


「リリア嬢。立てますか」


「はい」


  差し出された手は、大きく、冷たく、体温の代わりに何か別の暖かさがあった。


  古いものに触れたときの、感触だった。


  私は、その手に、指を置いた。


  その瞬間、足元の魔法陣が、光った。


 《主、お迎えに上がりました》


  霧が、広がる。


  銀の霧が、夜会のホールを、ひとたび、全て、飲み込んだ。


  視界が、開く。


  私たちは、もう、夜会の床にいなかった。


  高い高い、塔のような場所の、テラスだった。見下ろせば眼下に、雲。遠くに、海。夜風が髪を撫でた。


  シオン様の後ろに、静かな声で、誰かが待っていた。


「お帰りなさいませ、我が王」


  黒い礼服の、細身の女性。目は金。表情はない。


「こちら、側近のイーリス・ラミア・アグリオン。神獣王国の宰相補佐官、兼、渉外、兼、書類担当、兼、我が王のおむつ係です」


「三百年前の話を蒸し返さないでいただけますか」


  イーリスさんが、眉ひとつ動かさず、返した。


  私は、敬礼した。


  敬礼しないと、礼儀がわからない、と、思ったからだ。


「はじめまして、リリア・ヴァン・メイエンです」


「存じ上げております。あなた様の論文、全作、拝読しております」


「論文」


「『古竜語の終止形における例外用法に関する考察』、『神獣語と古代呪文体系の交差点』、『聖女認定制度が取りこぼすもの』」


「……あ、はい、私の、趣味で書いた、物です」


「物ではございません、学術的財産でございます」


  イーリスさんは、表情を変えないまま、淡々と言った。


「特に『聖女認定制度が取りこぼすもの』は、当国においても内部資料として回覧されております」


「えっ」


  シオン様が、少しだけ、気まずそうに目を逸らした。


「……それを、読んで、私、あなたのことを、ずっと」


「ずっと?」


「……いえ、なんでもないです」


  ナナシロが、隣で、小さく咳払いをした。


 《主は三百年前から、リリア様の『いつかの先祖』のお知り合いでございまして》

 《それで、リリア様の魂が生まれ変わるたびに、どこかで無事に育っているか、確認しに行っておられまして》

 《でも今回は、さすがに、『聖女(笑)』と呼ばれていた、と報告が入りましたので》

 《おむかえに》


  私は、息を詰めた。


  古竜方言。


  あれは、私が、十二歳の頃、誰にも読んでもらえないと知りつつ、独りで、夜明けまで、発音練習した、消滅言語である。


  誰も、見ていない、はずだった。


「――ずっと、一人で、神獣語を覚えていた夜のことを」


  シオン様が、ゆっくりと、言った。


  金色の目が、私を見た。


「私は、覚えている」


  私は、一瞬、息が止まって、それから、なんだかよくわからないまま、


  膝から力が抜けた。


「…………え」


  シオン様が、すっと、私を支えた。


「あ、すみません。いきなり重い話をしました。気にしないでください」


「気にします。気にしますよ、シオン様」


「独り言です」


「独り言ではありません」


  私の周りで、三柱が、一斉に笑いをこらえた。


 《主、慣れてないな》

 《照れていらっしゃいますね主、照れて》

 《我が王は、千年生きて、恋愛だけ三百年先送りでございまして》


「黙ってくださいナナシロ」


  イーリスさんが、表情を変えないまま、私に向き直った。


「さて、リリア様。事務連絡に移ってよろしいでしょうか」


「は、はい」


「まず、先ほどの王国から、緊急の面会要請が37件来ております」


「はやっ」


「次に、結界停止まであと2時間。王都中心部の大気圧が下がり始めております」


「……結界、って、本当に止まるんですね」


「止まります。止めます」


  イーリスさんが、涼しい顔で、続けた。


「ただし、王国側は、リリア様のお戻りを懇願しております。条件として、金貨3万枚、公爵位、王太子妃の座、謝罪使節団の派遣、を提示してきております」


「……王太子妃」


「ルイス殿下の兄君、王太子殿下の方です」


「……それ、あの、ルイス殿下の上の人、が、つまり、私を、もう一度、婚約者に、と?」


「左様でございます。国を救うため、なりふり構わぬご様子で」


 《魂、ちょっと違うだけで全部同じだな、あの王家》


  ユルグが、羽の下で呟いた。


  イーリスさんが、にこり、と、しなかった。


「もちろん、謹んでお断りする前提で、私が返書を作成いたしました。朗読してもよろしいでしょうか」


「……お、お願いします」


  イーリスさんが、手元に書類を出した。


  いつの間に。


「拝啓、貴国の突然の懇請、誠に恐縮の至りに存じます。


  しかしながら、リリア・ヴァン・メイエン様は、当神獣王国の庇護下に正式に入られましたので、貴国への再嫁の件、一切お受けできかねます。


  また、貴国の王太子殿下のご要請につきましては、その魂の格が、現行の契約魔法水準に達しておらず、神獣側の誰とも婚儀を結ぶ資格がございませんことを、念のためお伝えいたします。


  なお、結界停止に伴う災害につきましては、貴国の国内問題でございますため、神獣王国としましては介入を控えさせていただきます。


  つきましては、陛下」


  イーリスさんが、一拍、置いた。


「先に国を滅ぼしてから、謝罪の順番で並んでいただけますでしょうか」


  夜の、冷たい、テラスで、私は、思わず、笑ってしまった。


  笑ってしまったら、止まらなくなった。


  シオン様が、隣で、肩を揺らして、笑っていた。


 《めちゃくちゃ良い文章だな》

 《流麗でございますな》

 《さすがイーリス殿》


  神獣たちも、揃って感心していた。


  イーリスさんは、表情を変えずに、言った。


「お気に召したようで、光栄です」


  私は、息を整えて、顔を上げた。


  海が、光っていた。


  遠い、小さな光が、波の上を、走っていた。


  古竜の、塔。


  遠い、異国。


  知らない、はずの、場所。


  ――なのに、どこかで、ずっと、知っていたような気がした。


「シオン様」


「はい」


「私、古竜の方言、独りで覚えたって、言いましたよね」


「はい」


「……実は、あれ、夢で、教えてもらっていたんです」


  シオン様が、息を止めた。


「十二歳の夏、熱を出した夜、夢の中で、銀色の、とても大きな生き物が、ゆっくりと、一音ずつ、教えてくれました」


  私は、自分の胸に、手を置いた。


「私、ずっと、あれは、子供の頃の妄想だと、思ってました」


  シオン様は、少し長い間、黙っていた。


  それから、静かに、言った。


「妄想では、ないです」


「はい」


「ちゃんと、覚えてますか」


「はい」


「……よかった」


  彼は、それだけ、言った。


『よかった』のあとに続く言葉を、彼は、飲み込んだ。


  飲み込んだけれど、金色の目の奥で、光が、揺れていた。


  三百年前の、約束。


  十二歳の、夢の夜。


  夜会の、『聖女(笑)』。


  一本の線に、繋がった。


「――リリア嬢」


  シオン様が、私の前に、片膝をついた。


  神獣王が、一人の人間の少女の前で、片膝をつく。


  イーリスさんが、瞬きを、した。


  瞬きを、した、ということは、彼女もまた、少し、驚いたのだと思う。


「改めて、お願いします」


  金色の目が、私を見上げた。


「私のところに、来てください」


  声は、低く、静かだった。


  それは、熱い告白ではなかった。派手でも、劇的でもなかった。


  ただ、三百年待っていた人が、三百年分の静けさで、一つのことを、一度だけ、口にしたのだった。


  私は、少しだけ、笑った。


  なんだかよくわからないけれど、笑った。


「シオン様」


「はい」


「『聖女(笑)』と呼ばれて、婚約破棄されて、ちょっと疲れた女に、いきなり三百年のお話は、重いです」


「あ、はい」


「だから、まず、唐揚げを作ってください」


「……唐揚げ?」


「ユルグが欲しがっているので」


 《主~~~!!!》


  私の肩の上で、炎鳥ユルグが、翼をパタパタさせた。


「それで、ゆっくり、お話を、聞きます」


「……はい」


「ずっと、見ていてくれて、ありがとうございました」


  シオン様が、目を伏せた。


  金色の睫毛が、震えた。


  それから、一度、深く、頭を下げた。


  ――神獣王が、頭を、下げた。


  イーリスさんが、小さく、息を吐いた。


「よろしゅうございました。では、婚姻の手続きに移ります」


「え、ちょっと待って、まだ唐揚げの前」


「唐揚げの後でも、書類は先に作ります」


「合理的!」


 《主、諦めろ》

 《イーリス殿、仕事が早いでしょ》

 《イーリスさん、ちょっと怖いな》


  三柱が、それぞれに嘆いた。


  ――その夜、遠い、ハーグレイブ王国の、王城では、結界石が、ぴしり、と、音を立てて、割れた。


  冬越えの、始まりだった。


  私は、知らないふりをして、古竜の、塔の、テラスで、差し出された紅茶の湯気を、両手で受け取った。


  カップの中に、星が、一つ、ちいさく、映っていた。


  ――翌朝、旧王国の王城前庭では、神獣王国から派遣された使節団の前で、57名の王族・貴族が、一列に並んで、土下座をしていた。


  イーリスさんの書いた、「謝罪の順番表」の、通りに。


  私は、その光景の報告を、古竜の塔のテラスで、2杯目の紅茶を飲みながら、聞いた。


「リリア様」


「はい」


「旧王国側から、ルイス殿下の再婚約のお申し出が、入っておりますが」


「イーリスさん」


「はい」


「……もう一度、あの文章、朗読してくれますか」


「喜んで」


  私の肩で、ユルグが、小さく笑った。


 《主、良い性格になってきたな》

 《おなりあそばされましたね》

 《主、ついに染まった》


「染まってません。染まってません。私は聖女です」


 《(笑)》

 《(笑)》

 《(笑だぞ)》


  神獣たちが、三柱揃って、括弧付きで笑った。


  シオン様が、私の隣で、こらえきれずに、肩を揺らした。


  私は、紅茶を、飲んだ。


  温かかった。


  ――この温かさに、たどり着くまで、三百年と、十七年、かかった。


  少し長かったけれど、まあ、悪くない、と、思った。


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