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第6話 広場の公開手順(オープン・ハンドブック)

 石段を駆け上がると、朝の光が一段白く強く、広場の中央に渦ができていた。

 渦の芯には荷車が三台。樽を積みすぎて車軸が悲鳴を上げ、外套の男たちが監視線の外で声を張り上げている。


「直送だ! 街路が詰まってる。規格も当番票も後だ。命が先だろう!」


 “後だ”という言葉が、空気に薄い注釈を生む。

 バルサは線の内側で両手を広げ、低い声で返した。


「順番は命のために先なんだ。線を越えるな。葉印なしは不可だ」


 ライカは工房の前で槌を止め、耳を立ててこっちを見る。

 鈴糸が肩で鳴り、フリュネの葉が祠の入口でそわそわ揺れた。


「ユウ」


「やる」


 俺は当番票の脇の空白に大きく書いた。

 ――『公開手順オープン・ハンドブック

 理由→段取り→可視化→責任→見守り。五つの矢印を引く。

 線看板の隣に新しい板を描き、誰の目にも入る高さに手順を貼る。


理由の公開:なぜ直送が必要か。誰が、どこへ、いつまでに。


段取りの公開:規格のどこを通すか。誰が何分で何樽を持ち出すか。


可視化:樽には葉印+行先札。発車順は順番石に刻む。


責任:担当者の名を当番票に記載。点の出入りは見える化。


見守り:見守り係(二名以上)が随伴。注釈が付いたらその場で剥がす。


 書き終えるのとほぼ同時に、外套のひとりが踏み出した。短髪、眉間に深い皺。声は荒いが、震えている。


「理由? 今はそんな……!」


「言えないなら直送は不可だ」


 俺は静かに言う。骨が細い場所に“後で”が溜まる。今、骨を太くするのは言葉だ。

 男は歯を噛み、唇を結んで吐き出した。


「東の下水路が瘴気で詰まった。小児院の飲み水が濁ってる。黄の鐘が鳴った。陽が落ちるまでにAを十、Sを五。勇者隊第七分隊の名で要請する」


 矢印が一本、光った。

 俺はうなずき、板にそのまま書き移す。


「理由の公開、完了。次、段取りだ」


 ロートが列の後ろから出てきて、外套の男の肩に手を置いた。


「規格に従え。俺が見守りにつく。……俺たちは一度詰まらせた」


 男はロートを見る。迷いが薄くなり、呼吸が整う。

 ミリエが走ってきて、子どもの列に目をやり、頷いた。


「資源水Sはここから。葉印を押して、行先札に『東水路・小児院』。順番石は……?」


「ここだ」


 俺は地面に四角い窪みを描き、掌に落ちていた葉類の薄片を一枚ずつ押し込んでいく。薄片には小さな番号と行先を刻む。

 順番石は、誰が見ても順がわかり、戻せない。葉印と噛み合う。


「段取りの公開、完了。次は可視化」


 ライカが工房から印刷板を抱えて出てきた。粉類に滴類を練り合わせた耐水紙に、行先札の図を刷る。

 『出発→水路→小児院→葉印確認→戻る』の四コマ。

 字が読めない者にも、道筋が見える。


「可視化、完了。次は責任」


 俺は当番票に、分隊の名と運び手の名を書かせた。外套の男は噛むように「責任」を読み上げ、筆圧は強かった。

 点の出入りも書く。受け取り所から第七分隊へ点貸、戻りで点返却。数字は大きく、黒で。


「最後、見守り」


 見守り係は二名。ロートと、灯り職人の年配が手を挙げる。

 注釈はがし係の腕章(線で描いた若葉の腕布)を渡す。

 腕章は印だ。印は注釈を寄せつけにくい。


「以上、五手順。線を越える」


 俺が手を下ろすと、外套たちは監視線をまたいだ。

 空気はざわめいたが、渦はほどけ、流れに戻る。

 バルサが秤を叩き、ミリエが樽の封に薄ワックスを塗る。ライカが栓金を打ち、葉印を焼く。

 出発の列が順番石に沿って動き出し、子どもが指で数を数える。

 遠巻きの人々の目から、焦りの注釈が少しずつ蒸発した。


 そのとき――。

 渦の端から、別の声が飛んだ。

 昨日の行商だ。笑顔は昨日より薄く、言葉の端に小さな棘。


「管理人殿。直送が通るなら、私にも緊急割当を。街の貴族街で良い値がつきますぜ。点は後払いで――」


 言い終わらぬうちに、俺は若葉ブラシを軽く振った。

 空気に浮いていた細い注釈が見える。『緊急』『良い値』『後払い』。

 ブラシの毛先で根を撫で、索引糸を一筋、男の言葉の外周に張る。


「理由は?」


「え?」


「誰が、どこへ、いつまでに。命か? 水路か? 晒せ」


 行商は口をパクパクさせ、やがて肩をすくめて笑った。


「……理由は、儲けです。晒すほどのものじゃ」


「晒せる理由だけが、直送になる」


 俺は板を指し、五手順の一番上を叩いた。

 周囲の空気が、すこし笑った。

 笑いは嘲りではない。納得の笑いだ。


 行商は舌打ちしかけて、やめた。

 彼は昨日よりも目が澄んでいる。規格を嫌わない商人は、流れの味を知っている。


「……了解。じゃあ、今日は規格で買う。見本を増やしてくれ。印を押すなら、葉印で」


 ライカが頷き、葉印を押す手を緩めない。

 直送の列は、見守りとともに広場を出た。

 祠の鈴糸がかすかに鳴り、フリュネが応援の風を送る。


『いってらっしゃい。矢印、まっすぐに』


 広場に残った人々の肩から、目に見えない圧が抜ける。

 俺は当番票の余白に短く書いた。

 『公開手順:初運用完了。注釈の発生→低下』


 ひと息ついたとき、外縁の陰から見慣れた外套が現れた。

 ――勇者隊長。

 あの日、俺に「床、磨いとけよ」と笑った声の本体。

 隊長は一歩線に近づいて止まり、広場の公開手順の板を長い時間じっと読んだ。

 読んで、うなずきもしないまま、視線だけこちらに寄越す。


「……管理者。手順は、強い」


「手順は弱い手を強くする。順番は弱い者を守る。理由は皆を同じ骨に立たせる」


「……ふん。直送が要る場面は、まだ来る」


「来る。だから晒す。五手順は俺にも効く。俺が間違ったらこれで直す」


 隊長の口元が、かすかに歪む。笑いか、嘲りか、迷いか。

 ロートが戻ってきて、隊長に一礼し、列の最後尾に黙って並ぶ。

 ミリエは当番票の見守り欄に自分の名をそっと追記した。


 空が傾き始める。

 東の道へ走った直送組が順番石どおりに戻り、点返却の印が当番票に黒々と増える。

 子どもが声に出して読む。「いち、に、さん……全部戻った!」

 拍手が起きる。小さな笑いが連鎖し、夜の灯りが一斉に灯った。


 俺は板の一番下に注釈を書いた。

 『公開ざまぁ:予告』

 その下に小さく――『手順を踏まずに奪った功績は、公開で“返却”されます』。


 バルサが肩を揺らして笑い、ライカが槌の柄を軽く地面に打つ。


「ユウ。ざまぁ、すぐ?」


「順番がある。今日は見本だ。広場でやる。皆で見る」


 遠くで、また井戸が光る音がした。

 祠の輪は定速で回り、閲覧室の回転台と細い糸で繋がっている。

 地下でエリシアが見出し灯を整え、フリュネが言葉の主語を温める。

 上では、当番票が黒で埋まり、点が巡り、注釈が剥がれていく。


 夜。

 広場に臨時の掲示板を立てた。

 『オープン・ハンドブック/第1版』

 理由、段取り、可視化、責任、見守り――五矢印に加え、**『返却の章』**の見出し。

 “公開ざまぁ”は、晒すための言葉ではない。返すための手順だ。

 それを読み上げると、誰かが小さく言った。


「……これ、国の決まりみたいだな」


 ライカが隣で耳をぴくりと動かし、低く呟いた。


「国章、ほんとに要る」


「――流れが国章を要求するなら、作ろう」


 俺は工房章のメダルを指で弾き、祠の闇に目を向けた。

 明日はB2の**『管理者の手入れ手順』の第二層**。

 そして、広場では初の公開返却――“ざまぁ”の見本市だ。


本日の清掃ログ


場所:広場受け取り所/祠前工房


詰まり除去:直送要求による人流渦→公開手順で整流/商人の“緊急”注釈→理由公開で無効化/点の出入りの不透明化→可視化で解消


獲得:直送任務(東水路・小児院)完遂×1/点貸→点返却100%/広場トラブル率-72%


連動:B2閲覧室の参照整流が広場の“理由提示”に同期(索引糸)


新規クラフト


公開手順板オープン・ハンドブック:理由→段取り→可視化→責任→見守りの五矢印。誰でも運用可。


順番石:薄片+刻印。行先と番号を不可逆に可視化。取り違え・割り込みを抑止。


行先札(四コマ):非識字者向けの工程図。注釈付着率を低下。


見守り腕章(若葉):注釈はがし権限の印。場の安心度を上げ、注釈の発生を抑える。


返却掲示(公開ざまぁ予告):踏まれた手順の可視化と、逸脱の公開返却フロー。


面白かったらブクマ・★・感想で応援ください!

次回「公開返却のリターン・セレモニー」――“功績の取り違え”を、皆の前で正しい持ち主に返す。初の公開ざまぁ、開幕です。

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