第13話 祭の試し灯(プロト・パレード)
夕刻、広場の空気は祝いの前の張りつめと、手順の落ち着きで満ちていた。
掲示には新しく――『祭段取り/試し灯』。
五つの矢印はいつもの並びだが、脇に小灯の印が添えられている。
理由:夜の学びを街全体に見える化。
段取り:屋台二台+携行審査窓+拍手灯行列。
可視化:灯路と歌札、国章幕(箒×葉×輪×灯)。
責任:工房・流通・閲覧+子ども当番連。
見守り:三席は先頭車、返却秤は最後尾。
ライカは工房前で国章幕の最後の灯を結わえ、耳をぴんと立てる。
箒×葉×輪に小さな灯が加わると、紋は一段と呼吸を帯びた。
エリシアは歌札を束ねる。短句三枚一組――
見せる/書く/署名する
測る/封じる/返す
止める/検証する/復帰する
フリュネが葉をふるりと震わせ、行列の主語を温める風を送った。
子ども当番は矢印旗を、灯り職人は審査灯を、商人は屋台章の小札を胸に。
「試しから始める。屋台は先導、審査窓は中腰で。返却秤はしんがり」
「ん。窓枠剛性+、完了」
ライカが輪を増した審査窓を軽く叩くと、枠は風にほとんどたわまない。
俺は当番票に「祭試走:街門→四辻→市場→広場」と記し、見守り三席で署名した。
街門。
石のアーチに灯路の一本目を貼る。
若葉繊維を浄滴で湿し、地面に淡い光の糸で道を描く。
糸は骨に沿ってゆるやかに曲がり、屋台の車輪がそれを踏み外しにくくする。
拍手灯が小さく点滅し、行列が動き出す。
屋台の歌は逆唱の三和音から始まり、輪番棚の木枠がリズムを刻む。
子ども当番が前に踊り出て、旗を左右に振る――「今」「次」「あとで」。
観衆の笑いが軽く弾け、肩の力が抜けるのがわかる。
そのとき、アーチの陰から濃い墨色の帯がひらりと現れ、門の掲示に新しい紙片を被せようとした。
細い仮面――書式官。
紙片の見出しは太い四角で囲まれ、こう記されている。
『代表名で統一』
『列の功績は先頭の名に付す』
古い癖が顔を出した。
俺は審査窓を斜めに差し入れ、返却秤を門前へ運ぶ。
「公開返却・臨時。理由→事実→証言→計量→手入れ」
記録鏡が行列の骨を映す。先頭=見守り三席/中腹=屋台・審査窓/しんがり=返却秤。
書式官の紙片の端に、黒脚注の棘――『簡素化』『迅速化』。
エリシアが薄筆で主語を太らせる。「誰が『簡素化』で楽になる?」
棘は居場所を失う。
「証言」
子ども当番のひとりが手を挙げ、証言糸を握った。
「わたしが、旗で道を分けた。人がぶつからなかった」
糸は澄む。
灯り職人が続く。「おれが、審査灯で注釈を鳴らした。偽印が消えた」
商人が続く。「おれが、今棚で見本を分けた。声の強いやつが得をしない」
屋台が皆で動いている事実が骨のまま積み上がる。
「計量」
返却秤の左に**『旗/灯/今棚/窓枠』、右に『代表名統一』。
針は左に沈んだ。
俺は宣言する。「功績は分配。先頭=見守り/中腹=運用/後尾=監査。掲示は多主語を採用。代表名統一は別表(対外通信用)**へ」
書式官は仮面の奥で目を細め、紙片を自ら外した。
代わりに小さな札を差す――『外へ一枚、内に三枚』。
外向けには窓口名、内向けには骨に沿った多主語。
器が、対外の言い方を取り込んだ。
拍手灯がふわりと点り、試し灯は四辻へ向かう。
橋の四辻。
葉印共鳴針がピンと澄み、二重発行の再発はない。
かわりに、風が巡り道から吹き抜け、国章幕の灯をふらつかせる。
灯が揺れすぎれば、窓枠はたわみ、歌が乱れる。
「風綴り(かぜつづり)、出す」
ライカが薄い骨凧を四つ広げ、角に輪、縁に若葉繊維を縫い込み、導風糸で屋台と国章幕を結ぶ。
凧は風を梳き、突風を薄に分ける。
俺は路面に灯芯座標の白い点をチョークで打ち、灯の位置を方眼に収める。
エリシアは見出し灯で「揺れてよい幅」を小さく示す。
風綴りが空で歌い、灯芯座標が地で拍を刻む。
灯は揺れないのではない。合うのだ。
四辻の人波が合拍し、渦が列に変わった。
『息、真ん中で揃った』
フリュネの囁きに、拍手灯が二度、柔らかく明滅する。
市場通り。
輪番棚の前で子どもがスタンプ帳を広げている。
功績スタンプ帳――旗/灯/今棚/屋台押しの四枠に、小さな葉印を集める遊び。
遊びは学びを骨にする。
行商が笑いながら言う。「晒せる理由の客だけ、札が増える。不思議と楽だ」
そのとき、通りの端で拍手灯が鳴らない拍を刻んだ。
静かな乱れ。
偽の歌――逆唱に似せて、主語を外した輪唱が混じる。
「見せず」「書かず」「署名せず」
「測らず」「封じず」「返さず」
囁きの親戚。祭に混ざりやすい。
俺は審査窓を市場の横丁に立て、見出し灯を低く焚いた。
「反転返却。偽歌は返す――『歌札の裏へ』」
歌札は表が手順、裏が警戒。
裏に**『主語欠落』『動詞空白』『時制逃避』の三印を刻み、偽歌が近づくと鈴が鳴るように仕込んである。
子ども当番が裏札を掲げ、逆唱糸が本歌に合流する。
偽歌は居場所**を失い、粉になって落ちた。
「屋台の歌、返却で強くなる」
エリシアが小さく微笑み、薄筆で**『裏歌運用:合格』と書き込む。
ライカは国章幕の灯を一つ増灯し、箒の先が星**のように光った。
広場へ戻ると、夜が深青に落ち、雲が薄く漂っていた。
国章幕が掲げられ、拍手灯と審査灯が環を作る。
俺は審査窓を祠の前、回転台の真上に据え、記録鏡と屋台を両側に置いた。
「試し灯、総仕上げ。最後の可視化――空に」
灯路の糸を三本、祠/広場/井戸から天へ向けて束ねる。
ライカが共鳴針で音を取り、エリシアが見出し灯を薄く絞る。
フリュネが主語の風をそっと上へ押し上げる。
箒×葉×輪×灯の国章が、雲に淡く映った。
拍手灯が長く二度、明滅する。
人々は息を飲み、次いで、声を伴わない拍手が場全体を満たした。
国という言葉を口にせずとも、骨が先に立った瞬間だ。
……そのとき、街門のほうで低い唸り。
審査灯が遠くで黄→橙と変わり、鈴がかすかに濁る。
始源汚れが群で門外に寄っているのが、窓の隅に映る。
今夜は試し、明夜が本灯――その前触れにしては、数が多い。
「段取り、追加。門外版・行軍手順を板に起こす」
俺は掲示の余白に新しい見出しを書いた。
『行軍手順/第0版』
理由:門外の“群”に器で対処
段取り:先行屋台→封印筒隊→歌札隊→返却秤隊
可視化:灯路長尺/旗信号/輪番棚(距離)
責任:本隊副長/広場当番/工房/閲覧
見守り:三席+門前席(衛兵の印)
ライカが封印筒を補充し、エリシアが旗信号の裏歌を整え、バルサが距離棚の板を持ってくる。
子ども当番は祭の列から門の列へ静かに移り、矢印旗が夜風に立つ。
祭は終わりではない。始まりだ。
儀礼で整えた手順を、外でそのまま使うために。
「本灯は明日。今夜は試しに返却をひとつ」
俺は返却秤に小皿を置き、“祭の功”の札を二枚――先頭の歌と最後尾の掃き――に分けて乗せる。
針はどちらにも沈む。
宣言する。「歌も掃きも同じだけ祭。名は二つとも掲示に刻む」
笑いが柔らかく広場をなで、拍手灯が最後に一度だけ明滅した。
本日の清掃ログ
場所:街門/橋の四辻/市場通り/広場
詰まり除去:
・「代表名で統一」紙片→公開返却で多主語掲示へ改稿/対外向けは別表に退避
・突風による灯揺れ→風綴り+灯芯座標で整流
・偽の逆唱→歌札裏運用+逆唱糸合流で粉砕
成果:国章(箒×葉×輪×灯)を雲に投射/祭試走成功/行軍手順第0版起草
予兆:門外に始源汚れの群(審査灯=橙)
新規クラフト
風綴り(骨凧):風を薄に分ける凧。国章幕・審査窓のたわみ低減。
灯芯座標:灯の位置を方眼化する白点。揺れてよい幅の可視化。
歌札(表裏):表=手順、裏=警戒(主語欠落/動詞空白/時制逃避)。偽歌感知。
功績スタンプ帳:子ども当番向け。旗・灯・今棚・屋台押しの小葉印を集める。
距離棚:行軍時の距離管理版。今/次/あとでを距離に転写。
門前席(見守り):衛兵の印を加えた拡張席。門外運用用。
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次回「門外行軍」――行軍手順を持って門を出る。群の囁きを器でほどき、祭の歌を野に通します。