第11話 屋台が走る街角(ナイト・シェア)
朝の空気は、昨夜よりも軽かった。
広場に置いた審査屋台の車輪に、夜露が丸い粒を作っている。
当番票は朝版に切り替わり、最上段に太字で“屋台二台化”、その下に“審査灯の作り方・公開講習”、さらに“B3水脈層の準備”と並ぶ。
「まず、屋台をもう一台」
ライカが槌の柄で地面を軽く打ち、耳をぴくりと立てた。
工房の奥から引き出した梁材に、昨夜の屋台章(台車刻印)を入れる。箒×葉×輪+台。
粉類と滴類で練った耐水紙に、配線図を墨で刷る。
エリシアが薄筆で**“子ども当番の読み方”**を欄外に添える――図を追うだけで「ここを押す/ここを結ぶ」がわかるように。
『風、通す』
フリュネが葉を震わせると、梁の合わせ目の注釈がするりと剥がれた。
清澄ゼリーが蝶番の微小なくぼみを満たし、ライカが爪金で止め、輪を一つ増やして審査窓の枠を強化する。
「剛性+。風でたわまない」
「よし、講習に移ろう。灯り職人、商人、子ども当番――前へ」
広場の半分を講習場に変え、審査灯の材料を机に並べる。
滴類、粉類、若葉繊維。
大人たちが円になり、子どもたちが最前列で背伸びをする。
「審査灯は、言葉を骨と注釈に分けて、注釈に触れると鈴を鳴らす。芯は若葉繊維。粉類を少し足すと警告音がはっきりする。――作ってみよう」
俺は見本をゆっくり作り、工程ごとに見出し灯で「①芯」「②皿」「③鈴」を照らす。
灯り職人たちは指を器用に動かし、商人は驚くほど静かに聞き、子どもたちは目を丸くして芯を通す。
最初の火が灯った瞬間、鈴がひと鳴り。
列の後ろで、小さな注釈が空気に立ったのだ――『子どもがやるには難しい』。
俺は若葉ブラシでスッと撫で、索引糸を“難しい/手伝う/分ける”の境に渡す。
「難しいの骨は分ける。皿は大人、芯は子ども。鈴は一緒」
鈴が二度鳴り、偏見は粉になって落ちた。
子ども当番の小さな手が、誇らしげに芯を持ち上げる。
「じゃあ、走らせよう」
屋台二台が広場を出た。
一台は市場通りへ、もう一台は橋の四辻へ。
夜矢印の代わりに朝矢印を路面に引き、順番石の小片を道端の桟に挟む。
行商が帽子を押さえ、職人が腕まくりをし、子ども当番が腕章を結ぶ。
市場通り。
屋台の審査窓を開くやいなや、商人二人が同時に声を上げた。
「見本の先出しを!」「いや、予約が先だ!」
空気に注釈が立つ――『早い者勝ち』『声の大きい者が得』。
鈴が鳴り、審査灯が淡く光る。
俺は公開手順の可視化欄に、新しい図を貼った。
『輪番棚』――黒板を書架に見立て、時間を棚として見せる。
「今」の棚には少量見本、「次」の棚には予約名、「あとで」の棚には当番票の番号。
早い者勝ちは**「今」棚だけ。他は順番**で動く。
バルサが呼び上げる。「今棚:五つ! 次棚:番号呼び!」
商人の眉が一瞬吊り上がり、すぐに落ちた。見えると、声の力は弱まる。
行先札に四コマで棚の流れを刷り、桟に挟む。
渦が列に変わった。
『市場、息した』
フリュネの囁きに、拍手灯が小さく明滅する。
橋の四辻。
ここは人と荷と情報が交わる、詰まりが生まれやすい場所だ。
屋台を据えると、すぐに葉印を真似た偽印の札が持ち込まれた。
鈴が甲高く鳴り、子ども当番が手を上げる。
「印が薄い!」
ライカが前に出る。
彼女は粉類と滴類を練り、爪金と共鳴針を取り出した。
「葉印共鳴針。本物の葉印に針を触れると、輪で同じ音が返る。偽印は音が濁る」
針を偽印に当てる。ざらり。
本物に当てる。ピン。
音は骨だ。
商人は肩をすくめ、偽印を破り捨て、本物の葉印を押して出直すと約束した。
「屋台の下に、**流れ保険**も置く」
俺は返却秤に小皿を増やし、“遅延/取消/詰まり由来の損失”を、点で補填する小さな仕組みを作る。
点は五手順で回って戻る。誰かが見えるところで支えると、皆が少しずつ軽くなる。
四辻の角に、子ども当番が小さな旗(矢印旗)を立てた。
旗の先で、巡回審査灯が鈴を鳴らすたび、子どもが走る。
「呼び上げ→案内→戻り」を三つの石でゲームにし、点が少し貯まる。
遊びは流れを覚える早道だ。
昼前――屋台が街角に馴染んだと感じたころ、閲覧室から輪の鈴糸がふっと震えた。
B3水脈層の図に薄青の脈が立ち、詰まりの点が三つ点滅している。
「沈んだ井戸」「迷う支流」「眠る渦」――名札が付いた。
「午後は準備に回す。屋台は二台体制で夕方まで。夜版は子ども当番+見守り一人で試す」
バルサが頷き、当番票に割り振る。
灯り職人は審査灯を三つ追加で作り、商人は屋台章の小札を店の前に貼った。
“屋台が来たら、理由を晒せます”――そう書かれた小札の横に、子どもが矢印旗の描き方を教えている。
工房へ戻ると、ライカが机にB3のための器を並べていた。
「導水線。水の骨を見えるようにする糸。
渦止め楔。回りすぎた流れを一度止める。
深靴。ゼリー膜の二重底。泥を踏まない」
「証言糸は長めに。上と下を同骨で繋ぐ。審査窓は携行枠で」
エリシアは薄筆を走らせながら、見出し灯を三つ、背中合わせに焚いた。
“井戸の骨/支流の骨/渦の骨”。
フリュネは葉脈を深く光らせ、B3の地図に呼吸の印を落とす。
『三つ、順番。井戸→支流→渦。逆は息が途切れる』
「順番は命だ」
俺は当番票にB3の小さな当番欄を作り、見守りの三席に小札を差した。
工房章=ライカ/葉印=バルサ/輪印=エリシア。
管理者は――雑巾袋を肩に、若葉ブラシと導水線の束を腰に差す。
夕暮れが近づき、二台の屋台が戻ってきた。
市場通りの屋台は輪番棚に落書きが増え、四辻の屋台は葉印共鳴針の音が澄んでいる。
流れ保険の小皿には点がすでに少し出入りし、掲示板には**“屋台章協力商人”**の小札が三枚並んだ。
「共有、やろう」
俺は掲示の下に**『屋台手順/外伝①』を貼る。
輪番棚/共鳴針/流れ保険/矢印旗ゲーム。
作り方と失敗談を、図と短文で。
他の街角にも貼って良い**――葉印を押して持ち出し可。
行商の男がにやりと笑い、見本を小箱に詰める。
「理由は晒せる。屋台章の札も目立つ。……夜は四辻で手伝いますぜ」
「頼んだ。夜版は二人+子どもで回す。逆唱糸を三和音で練習しておけ」
子どもたちが胸を張って頷く。
拍手灯がひときわ明るく点滅し、広場の空気がお祭りの前触れみたいに軽くなった。
夜。
屋台二台が別れ、市場通りと四辻でナイト・シェアが始まる。
審査窓は小さく、でも凛として光り、見守り席の三印が順次署名で埋まっていく。
囁きが来れば逆唱糸、偽印が来れば共鳴針、混雑が来れば輪番棚。
器が歌い、札が働き、当番が走る。
俺は祠の前でB3の束をもう一度確かめ、フリュネの葉に手を添えた。
葉は温かく、静かにうなずく。
『したく、完了。明日、井戸から』
「行ってくる。上は屋台で回る」
その時、四辻のほうから鈴が一つ高く跳ね、共鳴針が短く濁った。
子ども当番の旗が左右に振られ、巡回審査灯が黄色を灯す。
偽印ではない。本物の葉印。だが音が二重だ。
エリシアが眉を寄せる。「二重発行……同じ行先で二度押されている」
「返却秤」
秤に二枚の葉印札を置き、記録鏡を重ねる。
今棚の端で、同じ樽に二つの札がぶら下がっていた。
商人の片方が肩をすくめ、もう片方は汗を浮かべる。
「意図か、癖か」
証言糸を伸ばし、主語→動詞→結果の短句で問う。
――俺が/急ぎで/札を重ねた。
糸は濁らない。悪意ではない。焦りだ。
「焦りは詰まりの種。屋台章の小皿から流れ保険で一点貸し、当番票に返却矢印を付ける。理由は晒す」
商人は頭を下げ、札を一枚自ら剥がした。
共鳴針はピンと鳴り、鈴は静かになった。
器は、責めない。返す。
夜の街角が、ふっと息をそろえた。
深夜。
屋台は工房の脇に戻り、共鳴針と審査灯の芯が一本ずつ減っている。
夜版の当番票には、子どもたちの小さな字で**「走った回数」が記され、点がぽつぽつと並ぶ。
バルサが点の算木を弾き、ライカが窓枠の剛性**を一瞥して満足げに頷く。
「二台体制、まわる」
「屋台は骨だ。街が自分で手入れを始めた」
俺は掲示の余白に小さく――『屋台手順/外伝②:二重発行の返却』――を書き足し、B3の地図を畳む。
遠く、井戸が光る音が、今夜は三つも重なって聞こえた。
**“沈んだ井戸/迷う支流/眠る渦”**が、呼んでいる。
「明日、降りる」
フリュネの葉が、静かにうなずいた。
本日の清掃ログ
場所:広場/市場通り/橋の四辻/工房
詰まり除去:
・市場の「早い者勝ち」渦→輪番棚導入で整流
・四辻の偽印→葉印共鳴針で識別/二重発行→返却秤+流れ保険で是正
・夜版運用の人流不安→矢印旗ゲームで子ども当番が補助
成果:屋台二台体制確立/審査灯の公開講習完了(市内配布開始)/屋台章協力商人×3
改善値:待ち時間分散+34%/偽印流通率-91%/“声の強さ優先”発話率-62%
新規クラフト
輪番棚:時間を棚に見立てた可視化ボード。今/次/あとでを分離。
葉印共鳴針:本物の葉印と音で照合。偽印・二重発行の検出に有効。
流れ保険:遅延・取消の点補填小皿。五手順で回収。
矢印旗ゲーム:子ども当番向けの人流誘導ミニゲーム。学習+流れ維持。
導水線:B3用の水流ガイド糸。骨の水路を可視化。
渦止め楔/深靴:B3での一次停止と踏み込み補助。
屋台章(台):屋台協力者の印。共鳴針と相性良好。
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次回「B3・沈んだ井戸」――導水線を張り、渦止め楔を打つ。水の言い回しに、若葉ブラシで筋を通します。