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血濡れの花  作者: 葡萄
3/6

第3話 カニバリズム

深夜になり、部屋には静けさだけが漂っていた。カーテンの隙間から差し込む月明かりが、2人の影をぼんやりと浮かび上がらせている。

桃は、ソファに座ったまま、菜沙の話を黙って最後まで聞いていた。

「そうだったんだね・・・」

「うん。でも、もう大丈夫。桃ちゃんが聞いてくれたから、なんだかすごく楽になれたよ。ありがとうね」

菜沙は、そっと手を伸ばして、桃の頭を優しく撫でた。

「私こそ、話してくれてありがとう」

桃がふっと微笑むと、菜沙も穏やかに微笑み返す。

「明日も学校だし、そろそろ寝なきゃね」

その言葉に、桃は首を傾げた。

「え?何言ってるの、菜沙ちゃん?」

「え・・・明日も学校あるから、そろそろ寝ようって・・・」

桃は一瞬きょとんとした顔をしたあと、何かに気づいたように小さく首を傾げた。

「ねえ、菜沙ちゃん。もしかして───『罰』、忘れてない?」

その一言に、菜沙の目がぱちりと大きく開かれた。

二人には、もうひとつの “秘密の約束"があったのだ。


それは───約束を破ったら、何か罰を受けること。


そのルールを思い出した菜沙は、確認するかのように口を開く。

「その罰の内容って、どんなの・・・?」

桃はにんまりと笑い、八重歯をチラリとのぞかせる。

「ヒントは、『歯」だよ」

その一言で、菜沙は小さく口角を上げた。

「あ、明後日大学ないから・・・明後日とかにしない?」

「別にいいけど、"手加減なしコース"にするけどいい?」

「い、今すぐやりましょう桃様!」

菜沙は拒否権がないと分かり、すんなりと認めた。

「りょーかい。それじゃ、ベッド行こっか」

桃は無邪気な笑みを浮かべると、菜沙の手を取り、そのまま寝室へと歩き出した。


桃は寝室に入るなり、ベッドのシーツを吸水シートに取り替えていた。

「どうして変えるの?」と尋ねると、「ベッドが血で汚れるから」と、桃は当然のように答えた。

その一言で、"罰”の内容を察した菜沙は、黙って窓の外へ視線を向けた。

空には、満月がくっきりと浮かんでいた。

「今日は満月か・・・この月の美しさに免じて、今回はなかったことにできない・・・?」

ぽつりと呟いた菜沙に、桃がため息混じりに顔を向ける。

「そんなこと言ったら、明後日までのコースにしちゃうよ」

「一日またぐのはエグいって、桃ちゃん」

苦笑する菜沙の横で、桃は手早くシートの交換を終えると、菜沙のほうを向いた。

「シート交換、終わったよ」

「ありがとう」

「うん!あ、そうだ、お願いがあるんだけど」

そう言って、桃はクローゼットへと歩き、白いワンピースを一着取り出した。

「これ、着てくれない?」

「いいけど・・・サイズ合う?」

「大丈夫!それ、菜沙ちゃんの部屋から持ってきたから」

自慢げに言う桃の額に、菜沙はデコピンをお見舞いした。

「いたっ・・・」

「次からは、一言断ってから入って」

「はーい」

頬をふくらませながら着替え始めた菜沙に、桃の視線が注がれているのを感じた。

(・・・いつも思うけど、なんでそんなに肌白いの。羨ましいな)

見られていることに気づいた菜沙は、イタズラっぽく微笑みながら振り返った。

「見惚れちゃった?」

「見惚れるに決まってるよ」

「え、あ、ありがとう......って、ちょっと恥ずかしいから後ろ向いてて」

「ほーい」

桃が素直に背を向けると、菜沙は小さく息を吐いて着替えを再開した。

からかうつもりが、思わず自分の方が照れてしまった。桃の真っ直ぐな言葉が、思った以上に効いている。

ワンピースに袖を通し終えると、菜沙は桃の方をちらりと見た。

さっきのことが頭に残っていて、まともに顔を見られない。

視線を逸らしたまま、ひと言。

「ど、どうかな?」

「可愛いよ。これからずっとワンピース姿でいて

ほしいくらい」

「どんな褒め方それ・・・」

笑いながらも、心が少し温かくなった。

そんな菜沙の目に、桃がリモコンを手に取る姿が映る。

「あれ?電気消すの?」

「うん。この部屋、ちょうど月明かりが入るから。そっちの方がロマンチックでしょ?」

桃がボタンを押すと、照明が落ち、窓から差し込む月の光がゆっくりと部屋を染めた。

光の筋は、ちょうどベッドの上に静かに降りている。

その光景に、菜沙は自然と微笑んだ。

「・・・確かに。ロマンチックだね。まさか桃ちゃんがそんなこと考えるなんて」

「バカにしてる?」

「あ、バレた?」

「も一っ!」

桃は頬を膨らませ、まるで音が聞こえそうな勢いで軽く菜沙をポコポコ叩いた。

けれど、痛みはなかった。

「ごめんって、冗談だよ」

菜沙が笑いながら桃の頭を撫でると、ふくれていた桃の表情がほぐれて、やわらかく微笑んだ。

すると、菜沙の中で何かが決まった。

「それじゃあ桃ちゃん、そろそろやろっか」

「いいけど、もう駄々こねたりしないの?」

「さすがにもうね。これ以上、恥ずかしいとこ見せられないから」

「ふふ、いいよ」

桃がそっと菜沙の手を取る。

二人は静かに、月明かりに照らされたベッドに座った。


二人はベッドに腰掛け、向かい合った。

菜沙には、桃がどんな“罰”を用意しているのか、なんとなくだが察しがついていた。

「ヒントは歯」───あの時、桃がそう言った。

桃のことをよく知る菜沙には、それが何を意味するか、嫌でも想像がついてしまう。

菜沙は心を踊らせながら、桃に一つ質問した。

「ねぇ桃ちゃん。今さらだけど・・・なんでワンピースなの?」

「え?そんなの、似合ってるからに決まってるじゃん」

桃の答えはあまりにも単純で、あっけにとられる。

そうかと思えば、次の瞬間、桃が菜沙の身体を押し倒した。

「えっ・・・」

一瞬、何が起こったのかわからなかったが、桃が自分をベッドに押し倒したのだと、菜沙はすぐに理解した。

桃は菜沙の腰の上にまたがり、じっと彼女の顔を見下ろしていた。

「菜沙ちゃん、そろそろやるね」

その言葉に、菜沙は小さく頷いた。

桃はそっと菜沙の手を取り、その温もりを確かめるように握る。

次の瞬間、桃はその手に顔を寄せ、静かに口を開いた。

迫ってくる桃の顔に、菜沙の身体は反射的に強張る。歯を食いしばったその瞬間───

「んっ!」

桃の歯が菜沙の手首に深く食い込んだ。

一瞬で肩にまで走った激痛は、全身を貫いた。

菜沙は声にならない悲鳴を押し殺し、必死にシーツを握り締める。耐えるしかなかった。逃げることも、拒むこともできなかった。

やがて、桃は菜沙の手首からそっと顔を離す。

その唇の端には、滴るように赤い血がついていた。

そして、桃は静かに咀嚼した。

激痛。

手首に走る焼けつくような痛みが、現実を突きつける。

手首を見ると───リスカした所が桃に食べられていた。

「菜沙ちゃんのお肉、とっても美味しいよ!」

桃は飲み込むと、恍惚とした笑みを浮かべた。


桃はただの人間では無い。

桃は人の肉を食べる食人欲望───カニバリズムを持つ人間である。

桃は生まれつきのカニバリズムではない。

桃が小学生の頃、突然、人肉を食べたいと欲望が芽生えてから定期的に人肉を食べている。

人間が食べる食べ物を食べても拒否反応無く食べれるが、幾ら人肉以外の食べ物を食べても欲望は抑えられない。

その欲望があることは、菜沙は知っている。


「うっ・・・」

菜沙は食べられた手首の痛みを歯を食いしばりながら、必死に声を抑えた。

桃は久々に食べる菜沙の肉に夢中になっている。

菜沙が苦痛に満ちた表情をしているのを気づかないまま、再び菜沙の手首に歯を食い込み、千切り、咀嚼する。

僅かに骨が露出しているというのに、菜沙は呻き声を漏らすだけで、気絶しなかった。

その異常さに、桃は何も思わない。

なぜなら、菜沙の肉を味わっているから。

ただそれだけの理由で、桃は菜沙の顔も、震えた指先も目に入らなかった。

荒くなる呼吸を抑えきれずにいながら、菜沙は目の前の光景に目が入った。

自分の肉を、美味しそうに、幸せそうに咀嚼する桃。

その顔を見ているうちに、菜沙の胸は、奇妙な充足感で満たされていった。

菜沙の肉を嚥下すると、桃はそっと菜沙の白い脚に手を添えた。

撫でるように指先を滑らせながら、ゆっくりと顔を脚に近づける。

そして、ためらうことなく、その脚に舌を這わせた。

「ひゃっ・・・!? も、桃ちゃん!?」

突如感じた、生温かく柔らかな感触に、菜沙は愛らしい声を上げた。

「ん? どうしたの、菜沙ちゃん?」

「い、いや・・・いきなり舐めてくるから・・・」

「だって、菜沙ちゃんの脚があんまり綺麗だから、つい」

桃は無垢な笑みを浮かべながら、次の瞬間、その脚に静かに噛みついた。


それから数十分ー

桃は、無心に菜沙の肉を貪っていた。

手首、脚、腕、肩。

その柔らかな身体のあちこちに、深く歯を立てては、幾度も肉を引き裂いた。

痛々しい噛み跡から、じわじわと血が滲み出し、やがて流れ落ちた。

真紅の液体はベッドのシーツに広がり、菜沙のワンピースにも深く染み込んでいく。

「はあ・・・はあ・・・」

息を荒げながら、出血し続ける菜沙の姿を見つめ、桃は自分の手についた血を舐めた。

その瞳には、陶酔の色が浮かんでいた。

「血まみれの菜沙ちゃん、かわいいね」

「・・・・・あ・・・・・」

菜沙は微かに声を漏らしたが、言葉にならなかった。

菜沙は何かを言おうとした。

けれど、全身を襲う激痛と、止まらぬ出血に意識は霞み、声にはならなかった。

微かに動いた唇を見て、桃は血に濡れた手で菜沙の頭を優しく撫でた。

「お仕置きは終わりだよ、菜沙ちゃん。お疲れさま。もう、寝ていいよ」

その言葉が耳に届いた瞬間、菜沙の瞼まぶたは静かに閉じた。

薄闇に沈むように、彼女はゆっくりと眠りへと落ちていった。


桃は、菜沙が眠ったことを確かめるように、そっと菜沙の頬を指で突いた。

その反応がないことを確認すると、顔を近づけ、菜沙の冷たい頬を撫でた。

そのまま、無言で唇を重ねた。

「おやすみ、菜沙ちゃん」

呟くように言葉を漏らし、桃は菜沙から離れて、静かにベッドを降りた。

机の上に置かれたスマホを手に取り、画面を起動させると、何事もなかったかのように、特定の人物へ連絡を入れた。

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