8 がんばれ、バード
僕はやりきれない思いを抱えたまま黙って現場を見ていた。
「良かったね、マーちゃん。大好きなノト様に抱っこされて」
「うん!!」
勇者様に跨るマーちゃんは心底嬉しそうにフォリアさんに答えた。フォリアさんはさりげなく車椅子からマーちゃんが落ちないようにサポートしていた。頭が良くて何でも知ってるし、家事だって僕よりずっと手際がいいし、子供の扱いだってお手の物。本当に彼女が居てくれてよかった。
僕が選んだ手段は保育放棄だった。マーちゃんの事をフォリアさんに丸投げした僕に不満を言う権利はないのはわかってる。けど、僕だけの特等席に座るのはちょっと違うんじゃないだろうか。
「……かわいい」
マーちゃんが勇者様の顔をベタベタと触ってその感想を口にした。
ふざけんなよ。4歳か5歳か知らないけど、その程度の人生しか歩んでいない女に彼の可愛さがわかってたまるか。と思うのと同時に、こういう状態であっても子供に好かれる力を持つ彼に惚れ直す僕ってば、何なんだろう。やりきれない。とても、やりきれない。
ゴツゴツとパワーのあるノック音がした。僕は辛い現実から目を背けるために素早くそれに反応した。
「はぁ~い」
「私だよ!! 悪いけど開けてくれる!? 荷物が多くてドアが開けられないんだ!!」
今度の訪問客はブレンダさんだった。僕はすぐに玄関まで行ってドアを開いた。
「遅れてごめん!! バード!! 荷物は全部ここに置いといて!! あとで私が入れ直しておくから!!」
「はいはい……」
開いたドアの先には両手に大きなカゴを抱えたブレンダさんと、荷車を引く彼女の3番目の息子さんであるバードさんの姿があった。体格のいいブレンダさんから生まれたとは思えない細身で顔色の悪いこの青年は、最近になって村の若い女性たちからの人気が上がってきている。その理由は文句を言わずになんでも言うことを聞いてくれるから。今日はどうやら母親に言われるがまま運搬を手伝ってくれたらしい。
「お久しぶりです、バードさん。すいませんね、いつもいつもお母様の手を煩わせちゃって」
「あ、だいじょぶス……」
僕が挨拶をしてもバードさんはこのように素っ気ない返事しか返さない。けれど仕事はちゃんとする。でも目は死んでいる。
あっという間に玄関先に木箱を積み重ねていったバードさんは、その仕事を終えるともじもじしながら僕に話しかけてきた。
「あの、ノト……様は?」
「中にいますよ。会っていきます? それと昔の呼び方で大丈夫ですよ?」
「あ……あざます」
村の人たちには楽に暮らしくほしくて、昔から勇者様を知っている人たちには以前と同じように彼と接してもらうようにしている。子供たちは教会で甘いものなんかが振舞われた時に、そこで修道女たちと接しているうちに自然と様付けが定着してしまったようだから、それについてはキリがないからあきらめている。ちなみに我が家は教会関係者の訪問だけは一切禁止にさせてもらっている。それもキリがないからだ。
「なに!? アンタ、中に入るの!? だったら荷物入れて!! 洗濯物なんかは中で、食べ物は全部裏の納屋に入れておいて!!」
「あ、あぁん?」
「わかった!?」
「……はい」
「大丈夫ですよ、バードさん。納屋に入れるのは僕が適当にやっておきますから」
「適当!? アンタまさか、またいい加減に納屋を使ってるんじゃないだろうね!?」
バードさんを助けたのが災いした。ブレンダさんの止まらない口先が僕に向けられてしまった。
「いい機会だ!! もう冬ごもりの季節になるし、バード!! アンタがアリーでも使いやすいように納屋を直してやりな!!」
「お、おぉん?」
「アリー、ついでに何か直してほしいものはある!?」
「あ、え~と……寝室の窓がガタついてて」
「だって!! わかった!? 私たちは中で仕事してるから!! その間に終わらせといて!!」
「……道具、とってくる」
災いはなんとか福に変えることができたけれど、それによってバードさんの労働を増やしてしまった。晩秋を背負うバードさんの後ろ姿には物悲しいものを感じさせられた。
「ちょっと待って!! バード君!! 一旦帰るなら、この子をブドウ園までお願い!!」
マーちゃんを抱いたフォリアさんが急いだ様子で出てきてバードさんに仕事を追加した。彼の負担が目の前で増えると不思議と僕の罪悪感は軽くなった。バードさんは力なく笑っていた。