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7 苦手なもの

 

 ホエウサギの小屋は南側の日当たりと風通しの良い場所にある。けれど僕たちと旅を共にしたフレディ君の住む小屋は、そことは少し離れた玄関のすぐ近くに設置してある。


「おはよう、フレディ君」

「ファブ」

「あはは、今日も元気みたいだね」


 年中発情期のホエウサギは繁殖力がとても強くて世界中のどこにでも生息している。旅から帰ってきて、まとまったお金が必要になった僕はホエウサギからとれる毛と香嚢(こうのう)をお金に換えて貯め込んでいる真っ最中にある。フレディ君は種ウサギとしてとても優秀で、バハティエ周辺に生息する野生のホエウサギたちを相手に頑張ってくれた。


 現在、小屋で飼育しているホエウサギの数は30羽。隔離しているフレディ君を入れて全部で31羽にまで増えた。旺盛すぎる性欲を持ったフレディ君は、最終的にオスにまで興味を持っちゃって種ウサギとしては早くも引退。今は群れから離れたこの場所で訪問客を出迎える癒しの存在として、静かに余生を過ごしている。


 フレディ君に挨拶を済ませた僕は、緩やかな傾斜の下に広がるバハティエの村の景観を眺めながら乾燥させたホエウサギの香嚢(こうのう)を取りに納屋へと向かった。



 僕はこの村でというか、たぶんこの国で唯一、ホエウサギを殺さずに香嚢をかき出す方法を知っている存在だ。獣使いとして育てられた僕の持っていた知識と技術は、この国ではとても珍しいものだった。その自覚がまったくなかった僕は以前、持ち前の愛嬌の良さでうっかりと、そのやり方を他の人に喋りそうになった時があった。けれどその場にたまたま同席していた、専門家という意味では同じカテゴリにいるフォリアさんに力づくで口を塞がれて、そのあとものすごい剣幕で叱られた。お前ほど愚かな女はいない、と。本当に愛する男とずっと一緒にいたいのであれば、たとえ自分の子供であったとしても自分の持っている知識と技術を教えるかは悩め、と。


 人格否定から入られて最初はちょと不貞腐れた態度をとったりもしたけど、そんな僕でも時間が経つとフォリアさんの言っていたことの意味が理解できるようになった。彼女が僕に言いたかったことは、人の役に立つ知識や技術というのは強い力になるということ。例えば結婚。世界中のどこにいっても、たとえ未亡人であったとしても、女は結婚して子供を産まなくてはならないという逃れようのない強力な圧力がかけられる。だけどフォリアさんは再婚をせずに、亡くなった旦那さんに対する愛を貫く未亡人ライフを送れている。それは彼女が薬草に関する知識と技術という、生活をするうえでは欠かせない大いなる力を握っているからだ。彼女の調合する薬がなければ、この村の人たちも家畜もやっていけない。彼女は自ら培った力によって逆に圧力をかける側の人間に回れているのだ。


 この世は愛だけでは生きていけない。ほろ苦い現実をフォリアさんの背中から学んだ僕は、獣使いとして生を受けたことに今では感謝するようになり、あの時親身になって叱ってくれた彼女を信頼するようにもなった。



 秋の収穫も終わって冬に自分たちが食べる野菜だけが植えられた田畑を見て、僕は季節の移ろいを感じながらも、本格的な冬が来る前に寝室の窓を直さないと死んじゃう事を思い出した。その件についてはフォリアさんはもちろん、これから訪ねてくる予定のブレンダさんにも頼み込んで何とか今日中に解決しようと思った。


 母屋の裏にある納屋には勝手口から出た方がもっと早くたどり着けた。今日も元気に愛嬌のあるミスを犯した僕は、納屋の中にまとめて放り込んである香嚢をその辺の壁にかけておいた空の袋に詰め込んだ。香嚢を袋に入れるだけの簡単な作業を終わらせた僕は納屋から出て、勝手口へと足を向けた。


「アリーしゃま」


 まだしっかりと喋れない小さな女の子の声が僕の名前を呼んだ。振り返るとそこにはマーちゃんがいた。彼女はブドウ農家の8番目の子供だ。生まれた時に羊が『マー』と鳴いたからその名を授けられたおチビさんは、長男以外は放任主義の家庭の警備を突破して、その小さな足で近所でもないこの家までたった一人でやってきたようだった。


「お、おはよう、マーちゃん……寒くない?」


 あとをつけられてたのか。玄関で呼びかけずに、ここまで回ってきたということはそういうことで間違いなさそうだ。僕は誰もいない勝手口の方を見てから、もう一度マーちゃんを見た。


「うん! あのね、マーはね、ノトしゃまにあいにきたの」

「え~っと……」


 この世で一番困るお客様だった。子供だけはどうにも苦手なままだった。

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