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6 【ホエウサギのフレディ君】

 

 いよいよ始まった僕と勇者様の2人旅。その始まりはのんびりとしたものだった。というのも、僕が飢えで弱りすぎて満足に歩けないっていう演技を続けていたからだ。


 勇者様と出会ってからここまでずっと、僕は自分の足で一切歩いていない。旅が始まっても僕は仮病を使い続け、移動中もずっと勇者様に抱っこしてもらっていた。僕を抱えて一日中歩いても、息ひとつ切らさない勇者様の逞しいお姿たるや、僕をさもしい雌の本能で満たすには十分すぎるものがあった。


「まだ歩けないかな?」

「はいっ!!」


 これだけでその日はずっと勇者様とくっついていられる。彼ってば、疑うということを知らない人だった。それまで盗人として生きてきた人間を相手にしても、純粋な彼は信じ続けてくれた。でもさすがの僕も3日目4日目ぐらいになってくると、誠実な男に嘘をつくという行為に罪悪感を抱くようになっていた。だから僕は心を入れ替えて、次の日からはちゃんと自分の足で歩く決意を固めた。


「今日もダメかな?」

「……ダメですぅ」


 僕の決意なんていうのは勇者様の優しさの前では塵も同然。僕はそのままズルズルと好きな男に対する裏切り行為を続けてしまった。本当にごめんなさい。飢えていたんです。お腹だけじゃなくて、人の温もりにも。


 因果を喰らったのは6日目くらいのことだったかな。僕は自分の体が本当に歩けなくなりかけてることに気が付いた。歩行をサボった足は、まるで自分の足じゃないような不気味な感覚になっていた。


「どしたの?」

「いや、その……」

「……今日は、大人しくしてよっか」


 勇者様はその日は移動をせず、横になった僕にずっと付き添ってくれた。もちろん僕はその時間を心ゆくまで楽しんだ。


 勇者様は勘違いしたんだと思う。綺麗な外套に着替えるまで僕がずっと胸に巻いていたボロを洗って乾かしておいてくれたみたいで、彼は黙ってそれを僕に渡してくれた。普通だったらそういう状態になった女は血の匂いで魔物が近寄ってくるから置いていかれる。それがたとえ見知らぬ森の中であったとしても。僕は受け取ったボロを何事もない股にあてがいながら、今度こそ本当の本当に心を入れ替えた。


 次の日から僕は自分の足で大地を踏みしめた。勇者様は突然の快復に驚いていたけど、あさましい根性が残っていた僕は本当の事が言えなくて、ただただ心が張り裂けそうになった。


 自分の足で歩くようになると、目がいくようになったのは勇者様のファッションだった。剣なんか持っていない。手にはいつも、鍋やら木の実なんかが入っている大きめの袋を大事そうに持っていて、ナイフと斧とランタンを腰に装着しているだけ。騎士や冒険者のように鎧を着込んでもいない。身を守りそうなものといえば革製の手袋とブーツぐらいで、服は修道兵のようなフード付きのものを身につけていた。フードの中は勇者様が歩くたびにキラキラと銀色に輝いていて、見たこともないその輝きの正体がとても気になった僕は彼に聞いてみることにした。


「その光ってるのって、何ですか?」

「これは妖精銀の糸で編まれた、帷子(かたびら)っちゅうやつだね。結構重いんだ、これが」


 知らない素材だった。勇者様ともなると金とか銀じゃなくて、妖精銀の使われた防具を纏うらしい。それだけでどこから魔物が飛び出してくるかもわからない危険な森の中を1人で歩けるということだ。それって、とってもカッコいい事なんじゃないだろうか。


「それだけで装備は大丈夫なんですか?」


 僕は彼から痺れる言葉が返ってくるのを期待して質問した。


「う~ん……本当は鎧でも着ればもっと安全なんだろうけど、あんま着込んじゃうと重たすぎて動けなくなっちゃうんだよねぇ」


 勇者様は照れくさそうに笑って答えた。可愛い。それもまた良し。というか変に格好つけられるより、そっちの方が僕は好きかも。


「まぁもっとも、妖精銀には魔除けの効果もあるから鎧は必要ないんだ。これだけ歩いてても、魔物が全然出てこないでしょう?」

「あえ~」


 驚くやら感動するやら、僕は間抜けな声をあげて妖精銀の性質を学んだ。言われてみれば、もう1週間ほど森の中にいるのに魔物には1度も遭遇していなかった。


「村が見えて来たね」


 彼の視線を辿ると藁ぶき屋根の家々が建てられた小さな集落が目に入った。その集落からは人々のどよめく声が聞こえてきた。


「何かあったみたいだね。行ってみようか。アリー、ボクから離れないで」


 はい、一生離れません。僕は目をハートにさせながら勇者様について行った。あなたがこの時言ったことを僕は今でも守り続けています。後でご褒美ください。





 村は畑の他にも家畜の姿やハチの巣箱もいくつかあって、食べるには困っていなさそうだった。人家は木造の物が高くなった所や低い所にもちらほらと。村の中心にある石造りの教会のすぐそばには広場と井戸が。


 僕たちが聞いたどよめきは教会近くの広場に集まる人たちから発せられているものだった。集まっていた村人たちは部外者である僕たちのことを気にも留めず、広場を見下ろすように建てられた他の家よりも少しだけ大きい家の軒先を見上げて、ざわざわというよりはそわそわ、何かを待ちきれないといった感じだった。


「何が始まるんだろうねぇ?」

「さぁ……」


 独特の熱気に包まれる大衆とは反対に、僕たちは肩の力を抜いて広場全体を見渡していた。


「来たァ!!」

「キャアアア!!!」

「フレディ!! 愛してるぅ!!!!」


 登場しただけで大衆を熱狂させたのは1羽のホエウサギだった。ホエウサギにしては小さめの、僕の両手でも収まりそうなくらいの体格。全身は長くて白い毛に覆われていて、鼻の下だけ黒い毛が生えていて、それは人間でいうところの髭のように見えた。


 村人からフレディと呼ばれたそのホエウサギは、広場の上から僕たちひとりひとりに向けて視線を送った。飾らない、生まれ持った毛皮だけのシンプルな出で立ちをしたフレディは全身からスター性のあるオーラを放ち、見ている側に次に何をするのかという期待感を強制的に与えてくる不思議な魅力を持っていた。


 どっしりと構えて時間だけを使って大衆の騒めきを落ち着かせたフレディは、ゆっくりと口を開いてひと鳴きした。


「エェェェオ!!」


 聞いていて気持ちの良い、とてもよく伸びる高音のボイス。これほどまでに美しい鳴き声を奏でるホエウサギには会ったことがなかった。


「エェェェオ!!」


 大衆はすぐさま復唱した。するとフレディはすぐに次の音色を奏で、村人たちもそれにならった。


「エェェェオォ!!?」

「エェェェオォ!!!」

「エェェェェェェオ!!」

「エェェェェェェオ!!」

「エェオ!!」

「エェオ!!」

「エェオ!!」

「エェオ!!」

「エェオ!?」

「エェオ!!」

「エェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェオ!!」

「エェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェオ!!」

「エェオ!!」

「エェオ!!」

「エェオ!?」

「エェオ!!」

「リィィィラリラリラリラリレロッッ!!」

「リィィィラリラリラリラリレロッッ!!」

「エオ!!」

「エオ!!」

「エオ!!」

「エオ!!」

「オーライッ!!」

「ワァァァァァ!!!!!!!」


 なんだこれ。何が起きてるんだ。フレディと村人たちの一体感のある呼応を目の当たりにした僕はフレディが魔物化していることを疑った。けれど、それにしては愛に溢れすぎている光景であり、広場には笑顔の人しかいない。判断に困った僕は勇者様の横顔を覗いた。


「すごいねぇ、あの子。最後、人間みたいにオーライって言ったよぉ?」


 勇者様は腕組みをしながら感心して僕に同意を求めてきた。どうやら深刻な事態ではないらしい。


「そ、そうですね」


 勇者様に同意をするとホエウサギのフレディは突如として舞台から飛び降りて、僕の胸に一直線に飛び込んできた。僕は反射的にそのふわふわな身体を両手で受け止めた。


「あり? 好かれちゃって。さすが獣使いだなぁ?」

「えへへへへへ」


 勇者様に褒められ、僕は照れながらフレディを観察した。普通のホエウサギよりも前歯が多く生えていて、少し小柄なこと以外は至って普通の個体のように見えた。


「はっ!?」

「なんだ!?」

「またフレディの仕業かぁ!?」

「毎日これじゃ、仕事になんねぇべよ~!!」


 魔法が解けたかのようだった。大衆が口々に不満を言い始めると、やがて彼らの注目が僕たちに向けられるようになった。


「あの紋章……あそこにいるの、勇者様じゃねぇか?」

「あれぇ。フレディが勇者様の隣にいる男の子に甘えてらぁ」

「珍しい事もあるもんだなぁ。勇者様、フレディ引き取ってくんねえかなぁ~?」


 その村の人たちは本音を心に秘めるという事を知らなかった。


 ざわめく大衆の中から壮年の男の人が出てきて僕たちに近づいてきた。意外と若く、申し訳なさそうな顔をさせたその人が村長だった。


「ようこそ、いらっしゃいました。勇者様と伴侶様ですね? あの……大切な使命があるのは、重々承知なんですけども、私どもからお願いがありまして……」


 言わずともわかることだった。村の人たちは厄介な特質を持つフレディを僕たちに押し付けたがっていた。


「ど、どうしましょう?」

「ん? ボクはいいよ? 一緒に連れて行っても」


 勇者様はあっさりと村のお願いごとを聞き入れた。それが僕たちの今の生活を支えてくれているフレディ君との出会いだった。それとドサクサに紛れて僕を男の子と言ったジジイ。お前は許されない。せいぜい人から傷つくことを言われる人生を送れ。

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