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4 フォリアさん

 

 乾燥した精霊の木の実は硬い。僕みたいな、か弱い女の子なんかだと適当な袋に入れて叩き、ある程度細かくしてから臼で挽かないと粉にはできない。勇者様は乳鉢と乳棒だけで粉にしていた。ふふっ、さすがは精霊様に祝福された男。普段は虫も殺さない顔をしている癖に、なかなかの怪力をお持ちだったようで。


 僕と勇者様の出会いの味は土の風味豊かな木の実のお粥だった。何とも言えない気持ちにさせてくる朝食を終えた僕は、乾燥する季節の対策としてお手製の美容オイルを勇者様のお顔に塗ってあげることにした。


「どうですか? 気持ちいいですか?」


 僕が話しかけると、勇者様はいつものように嬉しそうな顔をしてくれた。このオイルを毎日塗れば唇もプルプルになるし、いい匂いもするし、スキンケアはバッチリだ。しっかり塗り込んで、揉み込んで、ツヤツヤのスベスベになった彼の顔を見た僕はなんだかとっても吸いつきたくなってきた。


「あ、そうだ!!」


 自分の顔にもオイルを塗ろうとした僕は勇者様に塗ってもらうという、今の今まで考えつきもしなかった最高の火遊びを閃いて、すぐにそれを実行しようとした。だけど包帯の取れた勇者様の指先が乾燥ですっかり硬くなっていたことに気がついて、まずはそっちのケアを優先することにした。


 触れあう指と指。見つめ合う目と目。勇者様のケアが終わったら、いよいよ本番。僕は彼の手のひらにオイルを垂らして、それをゆっくりと指でかき混ぜた。彼のもう一方の手を取って人差し指を立たせる形を作った僕は、その先を人肌に温まったオイルにつけて自分の頬をなぞらせた。


「あぁ、これ……ちょっと、すごすぎるかも」


 僕は彼の温かい手のひらに頬ずりをした。こんなスキンシップをしちゃったら、もう。まだ朝だというのに、僕は完全にそういう気持ちになってしまった。僕と勇者様の関係は、あの時のように肩透かしをくらうこともなくなった間柄になっているわけだし、邪魔するものは何もない。2人で暮らすにしては家は広すぎて暖がとりづらい。愛する2人は体を密着させて朝の寒さを耐え忍ぶ。メイク、ラブ。


「アリー、起きてるぅ?」


 お邪魔虫が湧いて豪快に玄関をノックしてきた。フォリアさんの声だった。


「……はぁ~い」


 僕はご馳走をダイニングに残して仕方なく玄関へと向かった。


「おはよう……って、どうしたの? 顔が赤いよ?」


 顔を会わせるなり、フォリアさんは僕の体調を心配してきた。短く切りそろえた赤毛が彼女の性格を表しているようでそうでもない、相変わらず優しくてとてもセクシーな人だ。彼女は僕よりもメチャクチャ年上だけど、とにかく見た目が若い。薬草栽培をしている人でもあるから、もしかしたら薬草ってそういう効果もあるのかもしれない。ホクロの多い人で首や口元や腕の他にも、何かをするたびにブルンブルンに揺れる大きな胸のちょっと上のところにもホクロがある。もちろん、男たちはその豊かな胸を目当てにホイホイ寄ってくる。だけど勇者様が生まれた年に流行した病で年上の旦那さんをなくして以来、ずっと未亡人を貫き通している。フォリアさんていうのはそういう、愛のある女だ。


「いやぁ……今朝は冷えますし、ね?」


 僕は変態だけど世間体は気になるタイプの変態だ。だから笑顔で誤魔化した。


「ふ~ん……ブレンダは少し遅れるってさ」

「あ、わかりました」


 ブレンダさんの名前を聞いた僕は、今日が週の終わりの日であることを思い出した。朝一番に先生がやって来て、そのあとにフォリアさんとブレンダさんの両方がやってくるのは、1週間のうちでこの日だけだ。


「もうすぐ冬だねぇ。そろそろ上がってもいい?」

「あぁ……ど、どうぞぉ?」


 何回繰り返したって僕のうっかりは直らない。だから僕は僕が好きな人たちにはニコニコしておく。たとえ、家の中が人を招き入れるような状態じゃなかったとしても。





「まったく……アンタって子は……」


 予想通り、部屋に入ったフォリアさんは色んなものを出しっぱなしにしたままのテーブルを見て、ため息をついた。だけど彼女の場合は小言はあんまり言わない。そういうのはこの後遅れてやってくるブレンダさんの仕事だから。


 フォリアさんは手荷物をテーブルの空いたスペースに置くと、すぐに勇者様に顔を近づけて人が変わったように甘く優しい声を出した。


「ノト~、お姉ちゃん来たよ~?」


 ここは勇者様の生まれ故郷。当たり前だけど、この村に住むほとんどの人は勇者様とは古くから交流がある。それはもちろんフォリアさんも同じで、彼女は勇者様にとって姉のような存在でもある人だった。


「ふふっ……他の子たちと比べちゃ悪いけど、アンタが1番かわいい子だった。お姉ちゃんは今でもそう思ってるよ?」


 フォリアさんはいつもと同じことを言うと僕の方を向いて笑顔を見せた。


「さっき、じいさん先生と道ですれ違って聞いたよ。かなり元気になってきてるんだって?」

「そうなんですよ。包帯がとれて、握る力も少しだけ戻ってきたみたいで」


 村社会特有の情報共有は、うっかりが多くてめんどくさがり屋の僕には大変ありがたいものだった。例えば僕が何かを忘れていたりいても、しっかり者のフォリアさんやブレンダさんが全部覚えていて僕に教え直してくれるからだ。その他にも、こうやって話の種にもなったりして話題には事欠かない。


「ふ~ん……ノト~、おっぱい触る?」

「ちょ、ちょっとぉ!? そそそそ、そんな!! ダダ、ダメですよ!?」


 勇者様の手を握ったフォリアさんは、おもむろにその手を自分の胸にあてようとした。僕はたまらず2人の体を引き離した。


「あはははは!! こんなオバさんでもダメなの?」

「ダメダメ!! 僕のノト君なんですから!!」

「嫉妬深いんだねぇ。でも、この子、案外ムッツリだったでしょ?」

「それは……そうですけどぉ!!」

「ははははは!! さて!! それじゃあ、まずは片付けからしようかな? アリー、アンタまだ香嚢(こうのう)取ってきてないでしょ? ここは私がやっておくから、ブレンダが来る前に済ませてきちゃいな」

「……はぁ~い」


 突飛な動きを見せることもあるけど、フォリアさんは勇者様の下の世話もスムーズにできる希少な女。僕は勇者様のほっぺと首元にマーキングをして、しぶしぶ一人でホエウサギの飼育小屋へと向かった。

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