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2 主治医と精霊の木の実

 

「おはようさん」


 その日は朝から見知った顔が訪ねてきた。大きなメガネをかけていて、ボサボサの白髪頭で、目つきも危なくて、禁忌とされている学問の研究なんかもしているという噂もあるヤバいおじいちゃん。見た目はかなり個性的だけど、中身はちゃんとしたお医者さんだ。


「おはようございます。いつも遠い所をありがとうございます」


 僕は深々と頭を下げておじいちゃん先生にお礼を言った。


「気にすんな。週に一度、遊びに来てるようなもんだ。ノト坊は元気にしてっか? 早く会わせろぉ」


 先生の下手くそな照れ隠しには毎度笑わされる。僕は彼を家へと招き入れた。



 バハティエの村には先生の他に国から派遣されてきたお医者さんもいる。けれど、そっちの人の病院は高圧的な態度のスケベなオジサンが集まりがちで、働く人たちは美人ばかりなのになぜだか雰囲気が悪かった。なんでかしら。僕、女だけどわからない。

 そういうこともあって、その病院もお医者さんのことも全く信用できないと思った僕は、勇者様の主治医としてこっちのおじいちゃん先生を選んだ。

 二者択一でマシな方を選んだという言い方に聞こえるかもしれなけど、それは大間違い。実際は比べるまでもなかった。

 おじいちゃん先生の病院は子供どころか、赤子からお年寄りまで幅広い年齢層の患者さんがいて、いつも混雑している。それなのに働いている人たちが皆柔らかい話し方で感じが良くて、待合室で不安に待っていた僕の目から見て、誰も不快な事をしなかった。そういう人たちを採用して病院を回しているこの先生になら、大切な勇者様のお体を任せても安心安全だと心の底から思えて、勇者様の主治医として彼を選ばせてもらった。



「ほぉ~……だ~いぶ良くなった。包帯とってもいいな、こらぁ」


 寝室に入ると、先生は隙のない動きで丁寧に勇者様の診察をしてくれた。生粋のバハティエっ子でもある先生は、昔の人だからなのか勇者様よりも訛りが強い。下手したら『包帯』じゃなくて『砲台』って言ってたかもしれない。ちなみにこの場合の『こらぁ』というのは、誰かを叱る時の『コラァ』という意味じゃなくて『これは』という意味だ。なんにせよ、勇者様の経過は順調とのことらしい。


 先生は手際よく勇者様の包帯を外すと、今度は車椅子のメンテナンスを始めた。


「こっちは……ダミだな。ちゃんとアブラ指してるぅ?」


 『ダミ』というのは『ダメ』という意味。つまり先生はズボラな僕を叱った。先生が貸してくれている車椅子はとても便利なものだけど、定期的にアブラを指さないと車輪がガタガタになってしまう繊細なものだった。


「すいません……他の事をやっていると、つい忘れちゃって」


 僕は黙って過ちを認めることができない女。それは勇者様が笑ってなんでも許してくれたから。甘えが抜けきらない僕は自分でもわかっている悪い癖を存分に発揮した。


「気をつけなきゃダミだよぉ? 何かあったら、怪我じゃ済まなくなっちゃうから」

「ごめんなさい……」


 僕に呆れたのか、先生は車椅子の話題についてはその場では触れなくなった。


「マッサージは? 足の」

「それはもう、毎日」


 それだけは絶対に忘れない。僕が胸を張って答えると先生は満足そうに頷いた。


「他に何か気になることはある?」

「実は昨日、手を握ってくれたんです。だからそろそろ」


 先生は驚いた顔で僕の言葉を遮ってきた。


「手を握った? ノト坊が?」

「あ……はい。でも、赤ちゃんよりも弱々しい力でしたけど」


 僕が昨日あったことを簡単に説明をすると、先生は口元に手を当てて何かを考えこみ始めた。


「試しに……今やってみてくれる?」

「わかりました」


 先生に言われるまま、僕はベッドで穏やかな表情を浮かべている勇者様の手を握った。


「……あ」


 今日の勇者様は小さくセクシーな声を出して僕の手を握り返してくれた。包帯もとれて、久しぶりに感じる生の感触は僕の情熱を滾らせてくれた。


「ほらぁ。すごいでしょう?」

「ああ……こりゃあ……」


 先生は興味深そうに僕と勇者様を交互に見た。


「アリーちゃん……ノト坊に毎日何食べさせてるって、言ってたっけ?」

「精霊の木の実を粉にしてお粥にしたものです」


 精霊の木の実は僕と勇者様の思い出の味だ。味といっていいのかな。ほとんど土みたいな味のする美味しくはない木の実。ただし栄養だけは満点。一粒飲めば子供が100人できるなんていう言い伝えもあるほどなんだと、かつて勇者様も言っていた。


「ほーん……それって、挽く前の状態のものは持ってる?」

「ええ、ありますよ」

「それ、一粒だけ貰ってもいいかな?」

「いいですけど……美味しくはないですよ?」

「構わねえ」


 木の実はハンスという知り合いの冒険者に月に1度届けてもらっている。粉は毎日挽かないと、すぐに劣化しちゃうから当然挽く前の木の実は常に置いてあった。僕は台所にある袋から木の実を一粒取り出してきて先生に渡した。先生は指先ほどの大きさの木の実をつまんで、しげしげと眺めた。


「もしかしたら……これ、アリーちゃんも食べた方がいいかもね?」

「えぇ!? それ、めちゃくちゃマズいんですよぉ!?」


 僕は木の実の率直な味を叫んだ。


「そんなにマズいものをノト坊にだけ食わせて、自分は食わないっていうのはちょっとズルくない?」

「あっはっは!! それはそうですけど」


 やりやがったな、ジジイ。まるで僕の根性が曲がっているみたいな言い方をして。まぁ腐っても元盗人だから、それは正しいけど。


「……あり?」


 僕の汚い笑い声を聞いて勇者様が喜びの声をあげてくれた。すぐに彼を抱きしめたくなったけれど、先生がいるから仕方なく我慢した。


「……冗談抜きに、な? ノト坊もアリーちゃんに、これを食べてほしいみたいだ」

「はぁ……頑張ります」

「それとアブラ。忘れないでね?」

「はいっ」


 その日から僕も木の実のお粥を食べるようにした。鼻に抜ける土の香りは、何とも言えない思い出を呼び覚ますものだった。

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