表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕だけの勇者様  作者: ふるみ あまた


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/64

12 【勇者にしか出来ないこと】

 

「海ですね、ノト君」

「うん。海だねぇ、アリー」


 波がうねる水面からは穏やかに満ち引きする潮の音が聞こえた。温かい日差しとたまに吹く強い春風に晒されながら、僕たちは何度も何度も同じようなやり取りを繰り返していた。


 遠くの方に岬が見えるその波打ち際にたどり着いたのは、勇者様と出会って3か月は経っていた頃だった。この頃になると僕の服やフレディ君を入れるためのカバンといった、基本的な旅の装備もきっちり揃ってきていて、外套をめくれば裸同然の恰好をした危ない女が常に勇者様の隣にいるなんてことはなくなっていた。服もカバンも道中でお世話になった教会の年配の修道女の方にいただいたもので、どちらも丈夫なフラックス生地で作られていたため、今でも大切に保管させてもらっている。


 僕は相変わらず痩せてはいたけれど、以前よりも少しは肉もついて髪も伸びて、女としてちょっとは見られるようにはなっていたんじゃないかな。それでも教会に泊めてもらう時には、フードを被って男の振りを貫き通していた。理由は単純なもので勇者様と同じ部屋で寝たかったからだ。


 勇者様は僕が寝ている時に魔物の襲撃に備えていたため、普段は同じタイミングで横に並んで寝るということがなかった。ところが教会に泊まらせてもらえる日だけは2人仲良く並んで寝るという、夫婦同然の体験ができた。僕はその度に勇者様の寝顔をじーっと見つめながら『あなたが生涯愛するのはアリーだけですよ』と、冗談抜きに1000回以上は彼に聞かせていた。懐かしい。もちろん、この頃の僕は純情だったから彼の体には指一本触れていない。


「あっ……」


 2人で並んで海を見ていると、唐突に僕のお腹が鳴った。ムードをぶち壊した気まずさと乙女としての恥ずかしさで僕が顔を熱くさせると、隣にいた勇者様のお腹がもっと大きな音で鳴った。


「あはは。気が合うねぇ?」


 これです。恥ずかしがる女の子の為に自在にお腹を鳴らせる男がこの世にどれだけいますか。勇者様しかいません。自在じゃなかったとして、そっちの方がむしろすごい。お腹の鳴るタイミングが自然に合うなんていうのは、もう完全に僕というしょうもない人間に愛を与えるために生まれてきてくれたという証になるんだから。たまたまなんていう言葉は聞きたくない。というか、この世にたまたまなんていう概念も言葉も存在しない。物事というのは、いついかなる時も理由があって起こるようになっているんだという説を僕はここに提唱したいと思う。だからこの場合は僕たちの愛の絆が必然的に勇者様のお腹を鳴らしたというわけ。


「……はい。僕たちって、やっぱり運命で結ばれてますね?」


 僕が好意を直接伝えると勇者様は顔を赤くして黙るという、完全に脈ありでしかありえない反応を示してくれた。傷口チューチュー事件があってから色々と試したんだけれど、鈍感な彼にはこのやり方が一番効果的だった。ただ、言っている僕も恥ずかしくてたまらなくなるという大きな弱点があった。この作戦にまだ慣れていなかった当時の僕は毎回勇者様と同じくらい顔を赤らめていたと思う。


「……座って、エグミでも食べようか? フレディ君もお腹減ったんじゃないかなぁ」


『エグミ』というのはその名のとおり、少しだけエグみのある甘酸っぱい果実のことだ。実の大きさは小石よりも小さくて、濃い赤色をしている。種も小さくて柔らかいためそのまま食べられる。少し前に森で自生していたエグミの木を発見した僕たちは、熟した果実をたっぷりと収穫して袋に詰め込んでいた。


 勇者様の隣に座ると、カバンの中からフレディ君が顔を覗かせた。勇者様はエグミを手のひらに数粒乗せてフレディ君に食べさせながら、果実の入った袋を持った手を僕の方に伸ばしてきた。僕は勧められるままに小さくて赤い果実を一粒つまんで口の中に放り込んだ。ムチムチとした食感の実を噛み潰すと、爽やかな酸味とほのかな甘みを含んだ果汁がじんわりと口の中に広がった。


「美味しい?」

「はい、思ったよりも濃厚な味で……勇者様も食べますか?」


 好きな男に隙を見つけた僕は、もうひと粒エグミをつまんでスタンバイを完了させた。


「うん。でも、フレディ君がまだ食べてるから」


 僕は有無を言わさず、つまんだエグミを勇者様の唇に押し当てた。唇が僕の指に触れないように遠慮がちに食べる彼の姿は、この世のどんなものよりも可愛らしかった。僕はもうひとつ、今度は自分の唇にエグミを挟んだまま彼のつぶらな瞳を見つめた。


「……随分と可愛らしい恋人が出来たんだな、ノト」


 いきなり知らない男が現れた。そうか、思い出した。だから僕はハンスさんが苦手なんだ。初めて会ったこの時もだけど、この人、いっつもいっつも僕が勇者様と甘い時間を過ごしている時に狙いすましたかのように登場するからだ。


 ハンスさんは槍を手に持っていた。鎧と外套も。あと整った顔。そんな事より、この人が来なかったら絶対この時、勇者様とチューできてたと思うんだよね。やってたと思う。やった。この時の僕なら。各地でこの人と遭遇するせいで僕と勇者様は手も繋がずに冬までこの関係性が続く。最低だ。早く来い、冬。


「あれぇ? ハンス君? 久しぶりだねぇ?」


 勇者様の穏やかな言葉に僕の心はトロントロンにさせられた。だって恋人と言われても否定しなかったから。同時にこの場に現れたハンスさんとかいう人が鬱陶しくて仕方がなかった。僕は唇に挟んでいたエグミをクチャクチャと音を立てて咀嚼してから乱暴に飲み込んだ。


「どうでもいいけど、ここ、海じゃなくて湖だぞ?」


 ハンスさんのこういう所が好きじゃない。空気を読まずに正論を言ってくるというか。だってそんなこと言われたって、何も変わらないじゃん。勇者様は絶対そういうことを言わない。僕が認識を間違えてても、何の影響もない時はいちいち正したりしてこない。だから僕は一生ノト派。永遠に大好きです。


「ハンス君も食べるぅ? エグミ。甘くて美味しいよぉ?」

「ふん……呑気に女と2人旅か。何を考えてるんだ、お前は」


 勇者様に対して高圧的だし、エグミを貰ってもお礼ひとつ言わないし、時々いやらしい目つきで僕のことを見てくるし、ハンスさんに関しては第一印象で好きになれる部分がなかった。もっとも、この時のハンスさんの言動の意味は後々になって理解ができるようになってしまう。でもエグミについては『ありがとう』ぐらいは言えたと思うんだよね。


「……この子、アリーって言うんだ。どうにも放っておけなくて。アリー、この人はハンス君。15の時から世界を回ってる冒険者で、僕よりも全然強い人」


 そんなわけない。勇者様は熊と殴り合ったって圧勝する男。こんな優男なんか彼のくしゃみひとつで全身の骨がバラバラになるはず。心の中ではそう思っていた僕だけど、つつましく控えめな勇者様にならってそれなりの態度で挨拶をさせてもらった。生まれて初めて冷たい鉄のガントレットと握手をした。


「船で湖を渡るつもりなら、勇者としての力が必要になるぞ?」

「……やっぱり、そうだったんだね。村の人たちや教会は無事かな?」

「ああ。だが、急いだ方がいい。雑魚は俺が片付けてやる。お前はお前にしかできない事をしろ」

「うん……わかった」


 なにがなんだかわからなかった。勇者様とハンスさんは2人だけで話を進めていった。世界が平和を取り戻すために、なぜ勇者という存在が必要なのかをその時の僕はまだ知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ