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僕だけの勇者様  作者: ふるみ あまた


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11/64

11 ハンスさん

 

 完成させた一期一会のごった煮スープの味は、いつもよりさらに濃厚に仕上がった。さすがに勇者様にお出しするものはもっと薄味にして精霊の木の実を粉にしたものを混ぜさせてもらった。


 皆がテーブルに集まる中、僕は木製の小さなスプーンを使って出来上がったスープを勇者様に食べさせた。


「どうですか? 美味しいですか?」

「……ん」


 弱々しいけれど勇者様の目と声には確かな意志を感じた。もう一度口元へスプーンを寄せると、彼は今度もしっかりとスープを口の中に入れてくれた。毎週思っていることだけど、食事の席が賑やかになると、いつもよりも勇者様の食いが良い気がする。嬉しいことなのに、なんだかちょっと悔しくなるのはなぜなんだろうか。あと、食べさせるだけでどんどん彼のことを好きになっていくのは何なんだろうか。このところ、彼が可愛すぎるったらありゃしない。


「本当に、元気になってくれたんだね?」


 ブレンダさんは目に涙を溜めて喜んでくれた。この村に来たばかりの頃の勇者様の体調といえば、それはもう酷いもので、僕の口移しじゃないと何も食べてくれないほどだった。毎日毎日、愛を込めて口移しをしていた僕は食事どころじゃいられなくなる衝動を押さえつけるのが大変だった。勇者様が食べる力を取り戻してくれた今となっては、おかげさまで好き勝手やらせてもらっている。


「あ、皆さんもどうぞ食べてください。スープだけじゃなくて、パンもチーズもお代わりがありますからね」


 パンはブレンダさんが持ってきてくれた大きなものを1週間かけて食べる。日が経つにつれてどんどん硬くなる前に、というか、そもそもパンがあまり好きじゃない僕にとっては、なるべく早く消費してくれた方がありがたかったりする。切るのも大変なチーズはこうやって誰かが来てくれたりしないと、めんどくさくてあまり食べないからたくさん余っている。僕は本心から全員に食事を勧めた。


「うん、美味しい!! 今日はミルクを入れたんだね!?」

「はい、少しだけ」


 ブレンダさんに褒められたということは他の人の舌にも合うということだ。僕は安心して勇者様の食事の介助を続けた。


「贅沢な味だなぁ……チーズのスープみてぇだ」

「おかげで午後も頑張れそうだよ。アリー、アンタ本当に天才だね」

「ありがとうございます」


 今日はバードさんもいるから普段よりも多く褒められた。とても気分のいい時間は、僕がさっき爆発させた鍋をブレンダさんに発見されるまでの間続いた。怒られるのが嫌すぎた僕はそれを新しいデザートだと言い張った。最初は皆その味に首をかしげていたけれど、苦し紛れにハチミツをかけると大化けして本当にそれっぽい味になった。人生、時には悪あがきも大切だということを再確認した出来事だった。





 午後になってもバハティエの人たちはよく働く。バードさんは薪割りを、フォリアさんとブレンダさんは家の中で冬用の寝具や服の仕立て作業をしている。そんな中、僕は愛する勇者様と外に出て今日も日向ぼっこを楽しませてもらっていた。


 家から目と鼻の先にあるこの場所は村の人たちの家や畑はもちろん、教会や町へと続く街道、豊かに広がる森や川まで、バハティエのすべてを一望できる僕と勇者様のお気に入りの場所だ。


 バハティエという村はとてつもなく広い。森の中にまで果樹園や畑があるぐらいだ。一人当たりが使える土地の規模が普通の村とは全然違っていて、全員が複数の農作物を当たり前のように育てている。畑とは別に、ほとんどの家で養蜂もやっていて甘いものには事欠かないし、勇者様が言っていた通り本当に何でも作っている村だ。あえて足りないものがあるとすれば、布が貴重なものであることくらいだけど、それは世界中でそうだったし、ここが豊かな農村であることに変わりはない。バハティエは僕が過去に想像したものよりもずっと楽園のような場所だった。


 日が出ていれば午後は家の中よりも外の方が暖かい。1日最低30分以上は勇者様にお日様の光を浴びさせるようにおじいちゃん先生に言われている。主治医公認のサボりの時間は僕が1日の中で2番目に好きな時間だった。


「……あり?」

「はい、なんでしょう?」


 さすがは勇者様。昨日まで僕の名前を呼ぶこともできなかったのに、もうここまで回復している。そうなると愛する夫が何を求めているのか、察してやらなければならない。お昼ごはんもトイレもさっき済ませたばかりだ。そうなると、残された選択肢は……。


「……あん」

「わかりました。チューですね?」


 こんな可愛い顔して『あん』なんて言われたらそれ以外ないと思った。僕は勇者様に唇を重ねて存分に舌を絡ませた。


「あり……あん……」

「もう、ノト君ったら……僕も同じこと思ってましたよ?」


 勇者様が欲するがままに離した唇をもう一度くっつけると、彼の舌は僕の口の中でさっきよりも元気に動きまわって求めてきた。もう、我慢できない。


「アリーちゃん……続ける気かい? 一応、人前だけど?」

「あん……」

「ハンスさん!? いや、これはその~……勇者様も気づいてたならもっと早く言ってくださいよ!! 恥ずかしい!!」


 僕たちの前に現れたのは冒険者のハンスさんだった。彼は勇者様と旅をしていた時に知り合った男の人で年齢は知らない。たぶんバードさんと同じぐらいで勇者様よりも少しだけ年上なんだと思う。上等な外套の下に鎧を着込んだ、いかにも戦士といった風貌の彼の顔は自信ありげというか、ナルシストというか、確かにハンサムだしいい人なんだけど、最初に会った時から僕がちょっと苦手としている部類の人でもある。


「ノト……お前、もう喋れるようになったのか?」

「あん……」

「……『ハンス君』って言ってたんだ」


 ハンスさんが来たことに気が付いた勇者様は、さっきからずっと僕にそのことを知らせてくれていた。という事は……。


「ハンスさん、どこから見てました?」

「ん? まあ、いいじゃないか。ちょっと早いけど、また木の実を届けに来た。年越しがあるから、ふた月分。それと今回は珍しいものも持ってきた」

「あ、でも今は……あぁ……」


 家の中は来客中であり、お仕事中でもあったことを思い出して慌てふためく僕を見て、ハンスさんは軽くため息をついてからニヒルに笑った。


「長旅で疲れたから、今日は教会に泊めてもらって明日また来るさ。詳しい話はその時に。荷物だけでも受け取ってくれるかな?」

「あ、はい。わかりました。あれ? これって……」


 ハンスさんが持ってきた荷物は精霊の木の実がぎっしり入った大袋2つと見慣れない小袋だった。僕は受け取った小袋を顔の高さにまで上げてよく観察した。小袋の口からは小さな枝木のようなものが出ていた。


「苗木だよ。精霊の木の。この村には植物に詳しい人がいるんだろう? その人に見せてやるといい」


 それだけ言うとハンスさんは背中を向けて村へと続く坂道を下っていった。


「あの、ハンスさん!! せっかく来ていただいたのに、追い返すみたいな真似して、すみませんでしたぁ~!! また明日、お待ちしてますね~!!」


 僕の遅い謝罪の言葉に、ハンスさんは背中を向けたまま手を挙げて応えるだけだった。

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