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1 僕だけの勇者様

 

 勇者様の故郷のバハティエは僕の想像よりも、ずっとずっと豊かな農村だった。ここには死ぬほど嫌いな女なんかも住んでいるけれど、基本的には皆いい人たちばかりで、よそ者の僕のことを温かく迎え入れてくれた。村は今日も、勇者様の優しい心とのんびりとした性格をそのまま写したかのような平穏な風景が広がっていた。


「似合ってますか? この服……僕的には、ちょっと勇気がいったんですけど」


 僕のことを見つめる勇者様の瞳は出会った時のままだった。ホエウサギよりも澄んでいて光沢のあるつぶらな瞳。こんなにも綺麗でかわいらしい目をした男の人は見たことがないし、会ったこともない。


 空は見ているだけで気分の良くなる秋晴れ。けれど僕たちのいる地上に吹く風は冬ごもりの季節が近づいていることを知らせてきた。


 履き慣れないスカートは冷たい風を防いでくれなかった。苦痛の時間はチャンスの時間。僕は大好きな勇者様に抱きついて彼の手を握った。僕の手を握り返してきた勇者様の力は信じられないほど弱々しいものだったけど、包帯越しに伝わってくる温もりは今でも僕の心と体を温めてくれる力を持っていた。


「そろそろ戻りましょうか?」


 言い訳じゃないけど誰にも見られていないし、なんたって本人が嫌がらずに受け入れてくれている。勇者様の匂いと、もちもちの肌と、このところ髭剃りをサボっていたからジョリジョリになっちゃった顔と、本当はプリプリなのに季節のせいかガサガサになってきた唇を昼間から存分に堪能させてもらっていた僕は、車いすのハンドルをしっかりと握りしめて母屋へと向かった。大自然の力によって重たくなった扉を閉める直前に聞こえた風の音は誰かの悲鳴のようにも聞こえた。


「よし、やるか」


 まずは勇者様の髭を剃らなきゃ。続きはそれから。僕は部屋に入ってすぐにお湯を沸かし始めた。







「キミは獣使いけ?」


 出会った時から勇者様は訛っていた。どこかのんびりとしていて、ギラギラしたものがない。この人は他の人たちと全然違う。一目見ただけでそれが分かった。


「…………」


 勇者様は僕が獣使いであることをすぐに見抜いてきた。けれど僕は何も言わず、洞穴にこしらえた粗末な寝床に横たわったままでいた。


 魔王の瘴気にあてられた動物たちが魔性を持ち、人々に直接的な危害を加える存在になると、僕たち獣使いは魔物使いと呼ばれ迫害されるようになった。ある日突然すべてを失い、下の下の遥か下の身分に追いやられた僕は流れに流れ、人目につかない場所に隠れ住み食べ物を盗んで日々の命を繋いでいた。


 ようやく悪夢が終わる。目の前に現れた清らかな魂を持った人が僕という卑しい存在を消し去ってくれる。そう思うと彼が精霊様からの使いのように見えた。


「もう大丈夫だ。誰にも、何もさせやしない。よくここまで……頑張った。名前は?」


 勇者様は柔らかい手で僕の体を優しく起こしてくれた。何年ぶりにもなる人間の温もりは僕には毒が過ぎた。勇者様の目にもうっすらと涙が浮かんでいた。その涙を見た僕はもう、なんと言ったらいいんだろう。この人かぁ……って。当然のように彼と一生を添い遂げる未来を直感した。


 勇者様と出会う直前までは生と死だけで埋め尽くされていたはずの僕の頭の中は、思いっきりかわいい声を出して彼という男の気を引きたいという欲望でいっぱいになっていた。邪魔が入って来て、全然うまくいかなかったけど。


「……ア」

「勇者様ァ!! 泥棒は見つかりましたかァ!?」


 僕の恋路を邪魔したのは目を血走らせたオジサンだった。大きな鉈を手にしたそのオジサンはとても殺気立っていて、その姿を見た僕は自分の犯してきた罪と死の恐ろしさを思い出した。だけど勇者様は僕の不安をすぐに拭いとってくれた。


「……どうも人さらいの仕業だったみたいで。 自分だけ逃げて、さらった子供を置いていったんでしょう」


 あの鉈を持ったオッサンは最後まで僕を犯人だと疑っていた、というか完全に僕が犯人だったんだけど、結果としてはそれで事なきを得ることができた。あの時の僕は確かに子供と間違えられても仕方ないぐらいに痩せていたかもしれない。でも当時の僕は17歳。普通の家だったら、いつ嫁に出されてもおかしくない年頃の娘。そんな立派な乙女を子供呼ばわりするとは、ちょっと失礼なんじゃないかな。大体、自分だって子供っぽい所がたくさんあるじゃないですか。そこの所どうなんですか、勇者様。







 建て付けが悪い寝室の窓が風にガタガタと揺らされた。窓の修繕は明日にでも回すとして、僕は勇者様をベッドに寝かせてとびきりかわいい声を作り自分の名前を伝えた。


「アリーです。僕の名前はアリー」

「あ……あ……」

「アリーですよ。ア、リ、イ」

「……あり?」

「あっはっは、そう。ありですよ、あり……大好きですよ、ノト君?」


 かつての訛りを彷彿とさせる勇者様にすっかりやられてしまった僕は、秘めようが言葉にしようが大して変わらない狂おしい思いを口にした。僕が笑うと勇者様も笑ってくれる。瞳だけじゃなく、そこもずっと変わらないところだった。

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