谷底にて
ウィィィン。
その車はかなりのスピードを出してズェ-地区への道を飛ばしていた。
真っ直ぐ前を見据えている。
そこしか見えていないという感じ。
そんなに急いで。
脇目も振らず。
邪魔なんてしたら怒られそうだ。
ただ本部の博士の命令ではない。
では敵か?
違う。
ズェ-支部で休ませてもらっていたメドゥーとジンがその連絡を受けたのは、朝8時頃の事だった。
用意してもらった朝食を頂いていた頃。
食堂は避難して来た人々で混雑しているからと、わざわざ部屋まで食事を届けてくれた。
食器も後でロボットが取りに来るから、片付けなくていいよ、とも。
ここまでして下さるんだ。
同じレジスタンスの仲間だし、まだ疲れが残っているでしょうと支部長は言ってくれた。
本部も支部もない。
感謝。
リングを通じて話をしているのは、クローンだった。
寝起きのフィールズ博士も、側に居るらしい。
お互いにまだ少し寝たりないが。
「んで、フワア。クローンも休んだんだべ?」
『エエ。私モオ休ミサセテ頂キマシタ。ジンサン。眠イノデスカ? アクビヲシマシタヨネ』
「まあ、少し。んでもそんな事言ってられないべ。マグが勝手にアジトから出て行ったって、ほんとだべか?」
『エエ、本当デス。マグサンニハ黙ッテイルツモリデシタガ、朝ミンナガ話シテイタ事ヲ、チラリト聞イテシマッタノデショウ。マヤサン達ガ谷底ニ転落シタト知ッタ途端、車デ行ッテシマイマシタ。本来ナラマダ、医務室デ休ンデイナケレバナラナイオ身体デスノニ……』
「……」
『メドゥー、サン。デスカ?』
「……ああ。まったく、あいつは……。後先考えない所があるからな。分かった、俺達もすぐ向かおう。支度を、ジン」
『待つんだメド、ジン。実は、わたし達もマグの後を追いかけて、今車の中なんだ。一旦君達の所に寄るから、それから谷底に救出に行こう。大丈夫。マグだって、そう無茶はしないだろう』
「博士……」
『信じてるんだろう? 弟を』
「……はい」
『なら、決まりだ』
通信が切れたリングを見つめながら、メドゥーは少し唇を噛んだ。
「メド……」
ジンが心配そうに顔を覗く。
「ああ、ジン。済まないな。少し考え事をしていたんだ」
「謝る必要なんてないべ。マグの事が気がかりなんだべ? おいらだってそうさ」
「……悪い。博士達が来る前に支度を終わらせよう」
ジンはわずかに微笑んで頷き、メドゥーはベッドの脇に掛けてあった上着を手にした。
武器を確認して荷物を持つ。
外に車が止まった音がした。
「メドゥーさん、ジンさん。ただいま本部のフィールズ博士達がお迎えに上がったみたいですよ」
女性支部長が伝えに来てくれた。
(よし)
メドゥーとジンは顔を見合せる。
ベッド回りを綺麗にして、部屋を後にした。
キイイイ。
急ブレーキで崖の上に停止した車。
この下か、彼らが落とされたという谷底は。
バリーの手首のリングの位置情報を探り、ここまで来た。
車から降りたマグは崖っぷちに立ち下を眺める。
高い。
クラクラする様な高さ。
日が登って明るい時にこれだから、闇夜で落とされた彼らはよっぽどの恐怖を感じただろう。
川に、壊れた車が落ちているのが見える。
(マヤちゃん……)
早く助けに行ってあげたい。
が、人力でこの距離を降りるのは無理があるというもの。
車の翼を広げて、ゆっくりと降下するか。
運転席に戻ろうとドアに手を伸ばした時、リングが光っているのに気付いた。
「もしもし」
『マグか?』
「……!!」
兄さん……。
黙って本部を出て来た事が、バレてしまったんだ。
リングを前に何も言えないマグに、メドゥーは語りかける。
『マグ。お前が勝手にアジトを飛び出して行った事はクローンから聞いた。その理由も分かる』
「……ごめん」
『怒ってはいない。圭一君達、いやお前の場合は特にマヤの事が気になったんだろう。俺達も彼女達の事が心配だ。だが俺は、お前の事も心配だ。まだ寝ていなくちゃならない身体だからな』
「……問題無いよ兄さん。自分は」
『お前自身がそう言っても、まだ傷は痛むだろう。俺達がそこに行くまで、谷底には降りるな』
メドゥーが話し終える前に通信は切られるだろう。
プツン。
ほら、やっぱり。
焦る気持ちがマグを走らせた。
「メド。スピードを上げるか?」
「……お願いします」
運転しているのはフィールズ博士。
博士とクローン、ジンとメドゥーの四人が乗っている。
メドゥー達が真夜中に運転していた車は、支部に置きっぱなし、ではなくてペンライトで小さくして座席の隅に置かれていた。
一応、帰って来た時にアジトで点検する為に。
目的地、と思われる崖の上に着いた。
マグの車は見当たらない。
降下している途中か。
クローンが覗く。
だが、谷底に確認出来るのは、バリー達が使用していた車だけだった。
「メドゥーサン。マグサンノ車ガアリマセン」
「何だって? そんなはずは……。まさか、場所を間違えたか……」
「いや。待つんだべメド。マグのリングの位置情報は……」
崖の反対側を示している。
木と草に隠れているその場所から、一発の銃声が轟いた。
「マグ!」
メドゥーが草を掻き分けその場所に入る。
荒れ地になっていた。
車の側でマグが膝をついている。
メドゥーが駆け寄った。
「兄さん……」
「マグ! 大丈夫か? 何があった?」
メドゥーに支えられ、マグは車のドアに寄り掛かる。
「……平気だよ。マヤちゃん達を助けようと谷底に降りようとした時、何かに車ごと引っ張られてこの場所に……。そしたら、ロボットが襲って来たんで、応戦してたんだ」
「そうか……。何かって、急に掴まれたのか?」
「うん。一瞬だったんで、良く分からなかったんだ。あっという間にここに引きずり込まれた、って感じで……」
「う~ん」
「メドゥーサン。何カアリマシタカ? ア、マグサン」
メドゥーが腕を組み頭を悩ませると、クローン達も荒れ地に入って来た。
「マグサン! 無事ダッタノデスネ。良カッタデス。モウ、心配シタノデスヨ」
「ごめん、クローン。博士達にもご迷惑をかけました。何者かに、車ごと引っ張られて……」
がさがさ。
ロボットが四体。
「メド、これは……」
「ああ。おびき出されたって感じだな。博士、クローン、先に圭一君達の救出をお願いします!」
「メド、君はどうするんだ!」
「俺はここでロボット達を食い止めます。博士達が救出しているのを邪魔されないように」
「なら、おいらも残るべ」
「自分は……」
「マグ。お前は自分で決めろ」
「……済まない兄さん。自分はやっぱりマヤちゃんの所へ行く! 博士、お願いします」
「……うむ」
博士は一瞬躊躇したが、バリー達が待っていると考え直し、マグとクローンを引き連れ、車の所へ戻って行った。




