デート
圭一がマヤと出会ってから丁度一週間後の、日曜日の朝。
圭一は中島からの電話を受けていた。
彼らはまだ携帯電話を所持していない。
ただ、クラスの生徒達の中には、親に買ってもらって持っている者もちらほら見受けられる。
圭一と中島も、頼んでみた事はあった。
しかし中島の場合、「早すぎる」と言われ、圭一の場合は、「高校生になってから」と親に断られた。
ま、こういうのはそれぞれの家庭の事情があるから仕方がない。
という訳で、圭一と中島は互いの家の固定電話で話をしていた。
「圭一、なんか最近急いで帰るなあって、みんなが話してんぞ」
「そ、そう? それは……」
「まあ、俺は分かってんだけどな。マヤちゃんとこだろ? 順調そうじゃん」
「ま、まあね」
「そのうちみんなも気付くだろ。お前に『彼女』が出来たってな」
「か、彼女って……」
「違うのか? お前の話を聞いてると、そう感じるんだけどな。だってお前、楽しそうじゃん」
「え?」
「まあいいや。また話、聞かせろよな」
中島は自分自身も楽しんでいるかの様に、電話を切った。
彼女?
そうなのか?
好きという自覚はある。
ただ友達という感情なのか、恋愛という感情なのかまだ分からない。
宙ぶらりんで、綱の真ん中に乗っているかの様。
「何ぼうっとしてるの圭一。そんな所で。あなた今日、出かけるんじゃないの?」
「あ、うん」
「だったらご飯食べちゃいなさい。遅れるわよ」
受話器を置いたまま呆然としていた圭一に、元気な母親が声をかける。
「分かったよ」
食卓に着くと、会社が休みな父親が先に食べていた。
「おはよう、父さん」
「おはよう」
マヤの事は、初日に圭一が彼女を送っている間に、母親が父親に伝えてくれたらしい。
会えなくて残念だったけど、それでも喜んでいたと、後から母親がこっそり話してくれた。
だけど圭一の方は、肝心な事、
〈マヤが宇宙人だって事〉
を、なかなか言い出せずにいた。
どんな顔をされるだろう。
気味悪がられるかな。
もう会うなと言われてしまうかな。
圭一にはそれが怖かった。
両親に嫌われてしまう。
それ以上に、マヤに会えなくなる可能性の方が怖かった。
しかし昨日、勇気を持って打ち明けた。
「……??」
驚いている様な、戸惑っている様な複雑な顔。
言葉には出さない。
その時間が、圭一には長く恐ろしく感じた。
「あ、あの……、ごめん」
「圭一」
堪らなくなってペコッと頭を下げる圭一。
母親が声をかける。
「何で謝るの圭一? 怒ってなんていないわよ」
「え?」
顔を上げた圭一の目に飛び込んで来たのは、大笑いする母親の姿だった。
「面白い冗談を言うわね圭一。母さん、びっくりしたわよ」
「え? そうじゃなくてさ。僕も最初マヤに打ち明けられた時に冗談だと思ったけど、どうやら本当みたいなんだ」
「そう? あなたがそう言うならそうなのね。悪い子じゃないと思ったのよ。挨拶もしっかりしてるし、礼儀正しいしね。食事の後の洗い物を手伝ってくれた時には感動したわ。慣れていない様だったけど。きっと科学の発達した世界で、やった事無かったのね」
「母さん…」
「面白いじゃないか圭一。宇宙人の娘なんて。父さん会いたくてワクワクしてるぞ」
「父さん……」
そうだった。
二人ともオカルト好きだったって忘れてた。
確か高校の先輩後輩で、趣味が同じで交際に発展したんだっけ。
心配して損した。
圭一は椅子に座る。
今朝の朝ごはんは、母親が得意な玉子焼き。
それに野菜サラダ。ワカメの味噌汁。
デザートにはバナナのヨーグルトかけ。
「いただきます」
ふわふわな玉子焼きを口に運ぶ。
「美味しい」
「そう。ありがとう。今日は何時に約束?」
母親が聞く。
圭一は答えた。
「駅に9時で。マヤ、駅の場所覚えたから」
「そう。デート頑張って来なさいよ。応援してるわ」
「で、デートって」
圭一はうろたえた。
「違うよ。マヤがもっと地球のいろんな場所を見てみたいって言うから。今まで公園近くしか行かなかったし」
「でも二人で出かけるんでしょ? それをデートって言うんじゃない?」
「そ、そうなのかな?」
デート?
そう言われれば、これはデートって言えるかも。
「で、でも、僕達はまだ……」
「圭一」
笑顔で対応していた母親が真面目な顔になる。
「別の星から来た人種だからって、あなたはそれを否定するの? 違うよね。マヤちゃんが宇宙人とか地球人とか関係無く、あなたは彼女自身を好きになったんでしょ? だったらその気持ちに正直にならなきゃ」
「母さん……」
「まだ気にしてるなら、一言言えばいいの。ドンとね」
「一言、ね」
圭一は父親の顔を見る。
父親は何も言葉をかけてくれない代わりに、こくりと頷いた。
「分かった。何とかやってみる」
「こら、何とかじゃないでしょ。何とかじゃ」
母親が背中を叩く。
その衝撃で、圭一は箸で掴んでいた玉子焼きを落としそうになった。
「か、母さん!」
「ごめん。でも、何事も勝負よ」
母親の笑い声が響いた。