悪夢から抜け出せ
どのくらい泣いていたのか分からない。
気づくと大切な生活の場だった家は、爆弾の力で吹き飛び、崩れ落ちていた。
もうもうと上がっていた黒い煙さえ見えない。
「マヤちゃん……」
近所のお婆さんだ。
両親が、お騒がせして申し訳ないと謝っていた。
「いや。いいんじゃよ。今の政治が気に入らないのはわしだって同じじゃ。直接異は唱えなかったがの。あのお優しい王様を殺すなんぞ、奴らは悪魔じゃ」
「お婆ちゃん……」
「マヤちゃん。科学に溺れてはいかんぞ。科学は必要な物じゃが、正しく使わないと凶器になる。人の心もじゃ。優しく、強く生きなされ」
「はい」
「フホホ。まだ分からんかもしれんな。じゃが、いずれ分かる様になる。家を失ったのは悲しい事じゃが、負けちゃいかんぞ。これ、食べなされ」
そう笑ってお婆さんが渡してくれたのは、家族三人分のサンドイッチだった。
「え? これ……」
「食べなされ。食べれば元気が出る。お前さん達は若い。若ければまだ、出来る事がある」
「まあ、ありがとうございます」
母親がお礼を伝えながら会釈した。
「よいよい。んじゃ、これでな」
お婆さんは帰る。
自分達は、帰る家が無い。
「マヤ、行こうか」
「え?」
両親が両脇に立ち、荷物を背負ってマヤの手をつないでくれる。
「これから、新しい家を探しに行くんだ」
「新しい、家?」
「そう。みんなで住める様な、大きな家を」
「うん!」
マヤ達は歩き出す。
それから数日後、フィールズ博士の元にたどり着き、レジスタンスのアジトに住まわせてもらえる事になった。
同じように家を失った他の家族達との出会い。
同年代のお友達。
約束だった海にも、みんなで出かけた。
(そうだ)
お父さんも、お母さんも優しかった。
決して理不尽に暴力を振るう事なんてしない。
この世界が……。
この世界が間違っている。
マヤの心は現実に戻って来た。
死の世界の入り口で、人が変わった様な父と母を見上げる。
いや、変わった様なじゃない。
とうに変わっていたのだ。
その事はさっきのビンタと、両親の思い出を振り返る事で証明された。
もうあの時の優しい両親は居ない。
ここに居るのは、両親の姿を借りた悪夢の人影だけだ。
「どうするんだ? マヤ」
まだ立ち上がらないマヤに苛立ちを隠せなくなったか、父親の姿を借りた影が強く言った。
「ほら、早くしなさい」
〈歩け、歩け〉
〈早くしろ〉
〈さあ、こっちへ〉
母親の影とゾンビ達まで騒ぎ出す。
雑音の中、マヤは一つ、深いため息をつく。
そして前を見て立った。
凛とした表情。
言葉が発せられる。
「私、行かない」
ガヤガヤガヤ。
その一言で、また周囲が騒がしくなった。
「ほっ、本当かマヤ」
「う、嘘よね?」
「嘘じゃない!」
父と母の影の説得も、しっかりと自分の意志でピシッと跳ね返した。
「私決めたの。お父さん、お母さん。いいえ、二人の皮を被った悪魔!」
「……ううっ」
「私は記憶の中で覚えてる。お父さんとお母さんは、もっと優しかった。少なくとも、あんな風に、強く殴ったりする事なんて、絶対に無かった!」
「……うううっ」
マヤの責めに対し、両親の影もゾンビ達も、誰も言葉を返す事は出来なかった。
「私がこの世界に来たのは、きっとDEXの策略のおかげよ。DEXは、私を電流で苦しめたと同時に、精神の方にも攻撃を仕掛けようと思った。その夢に出て来たのがあなた達よ。多分DEXは、私の両親の幻を作り出し安心させて、深い闇の世界へ私を誘おうとしたんだわ。あなた達ゾンビ達は、両親の幻が失敗しようとしたから、私が逃げるのを止める為出て来たんだと思う。そして、上手く引き込まれた私の精神は死んだと同じ状態になる。あわよくば、DEXに操られるなんて事態にも。ね、そうでしょ?」
話し終えた彼女は肩で息をしていたが、その瞳の凛とした輝きは消える事無く、目の前の〈敵〉を見つめていた。
ゾンビ達の顔はこわばっている。
心理を突かれた。
さっきまでの騒がしさは何処へやら、シーンと静まり返っていた。
〈……〉
ただそんな沈黙も長く続く訳じゃない。
上ずった様な声で、父親の影が言う。
「そうだ」
表情は固い。
が、影はさらに続けた。
「だが、お前に勝機はあるのか?」
「え?」
「勝機も無しにそんな理屈ばかりを述べても、結局お前はわたし、いや我々には勝つ事は出来ないと言ったのだ」
「……いえ、あるわ」
「何!?」
マヤのその不適な笑みは、自分の信念に絶対の自信を持っている、という表情だった。
対する父親の影は、少し焦りが見えたが、ふんどうせデマだろうとたかを括っていた。
「ふん。あると言うのなら、答えてもらおう。ただし、もしデマだったら、お前は本当に、ここで死ぬ事になる」
「ええ」
「本気なんだろうな」
「本気よ。自信があるから言うの。最初、お父さん、いえあなたは私に言ったよね。『そんな大きな声を出しちゃいけないよ』って。大きな声って、どうしてって思ってたの。別に大きな声を出して騒いでも、支障が無い様な場所なのに。実際、ゾンビ達私の周りでかなり騒いでいたわよね。なのに、私だけ大きな声を出すなっておかしくない? それで気づいたの。私が大きな声を出せば、この世界に何らかの影響が出ると」
「ふん。出来るかな? 悲鳴でも駄目なんだぞ」
「その言い方。私の推測は当たっていた様ね。それに私、やってもみないうちから諦めるの、好きじゃないの」
「ふん、そうか。ならば我々も力ずくでお前の心を奪うぞ」
「う、奪う……?」
それはマヤの意表を突いた言葉だった。
彼女は、自分の心は壊されると予測していたのだ。
それが、奪うって、一体?
「驚いている様だな」
「え、ええ」
「まあ無理もない。我々も一つ言い忘れていたが、お前の心は破壊しようとしたのではない。支配しようとしたのだ」
「な……」
「お前の考え、半分くらいは合っていた。だが惜しかったな。DEX様は我々をお前の両親そっくりの姿で生み出され、何も知らずこの世界に来たお前を安心させ、川向こうの世界、つまり死んだ魂が新しく生まれ変わって完全にDEX様の支配下に置かれる場所に連れて行こうとなされたのだ。最も、お前が途中で不信感を募らせ、群れから離れようとしたのは、失敗だったがな」
「じゃ、じゃあ本当のお父さん達の魂は……」
「安心しろ。お前の両親や戦争で死んだレジスタンスの連中の魂はここには居ない。みんな本当の死の国に行ったんだろうさ。我々はみんなもともとは、DEX様を作った科学者や戦争して来た者の魂。が、お前もすぐに仲間入りだ」
「い、嫌よ」
「フッ。が、お前にはまだ肉体がある。肉体の無い我々とは違うかもな」
「どういう事?」
「知りたければ教えてやろう。支配されたお前の魂は、水晶の中の肉体に戻り、そして、惑星イリアに残るレジスタンスの連中と、戦う事になるのだ。ああ忘れてた。地球から来たという〈選ばれし者〉達ともか」
「な、何ですって!?」
マヤにとってそれは衝撃の言葉だった。




