マヤ誕生の思い出
今から十六年前。
マヤ誕生の瞬間。
その日、父親は仕事に向かう為に、自動操縦機能の付いた車に乗り、街路樹に挟まれた真っ直ぐな道を走っている最中であった。
母親は三時間前に陣痛が始まり、人間とロボットが共同で経営していた国指定の病院にて、出産の準備をしていた。
その頃はまだ戦争も無く、天気も穏やかで風が心地良い爽やかな日だった。
病室から見える山はその巨大な体で人々の目に強い印象を与え、その頂に立った者は将来、強くて逞しい勇士になると評判になっていた。
川はその澄んだ水で人々の心に潤いを与え、また飲み水としても利用され、生活になくてはならない存在であった。
そんな平和な時代に、彼女は生まれた。
マヤ。
体重もほぼ標準で、痛みも少ない安産であった。
「ウアアアアン」
知らせを聞いた父親が急ぎ駆け付けた時、病院の廊下に彼女のその元気な第一声が響いた。
「生まれた……」
安堵の表情で母親の待つ病室に入る。
娘は母親の腕に抱かれていた。
「おお」
初めて生まれたての我が子を抱っこする。
母親は汗ばんだ顔でその光景を微笑みながら見ていた。
「良く、生んでくれた……」
頑張った妻を労う。
肩を抱いた。
ベッドに足を伸ばして座る母親の膝の上、両親に見つめられたマヤはキャッキャと笑う。
「見て。この子、あなたにそっくりよ」
「そ、そうか?」
「ええ。この大きな瞳。何処を見てるのかしら。わたし達?」
もしかしたら、母親は予感していたのかもしれない。
この子は将来、何か大きなものを成し遂げると。
そして、マヤは両親の愛情に包まれ、すくすくと育っていった。
たいした病気も無く、いつも明るい素直な子で、友達も多く、人気者だった。
だがーー、
そんな幸せも、長くは続かなかった。
マヤ七才の頃。
その日は両親と海に行こうと約束していた。
以前連れて行ってもらった海で母親と一緒に泳いだ事が忘れられなかった。
その日は砂浜で貝も拾ったんだっけ。
ね。今年はお父さんも一緒に泳ごうね、とマヤは夕べから興奮して楽しみにしていた。
ところが、あんな事になるなんて。
キイイイイ。
ブレーキ音とともに、車が家の前に停まる。
その車をリビングの窓から見た父親は、表情を一変させた。
シルバーの国の車だ。
数日前にニュースで見た。
国を批判した人々の家が燃やされたと。
半年前にはもう、例のマッドサイエンティストが国の制圧に成功していた。
両親も二日前にその行為を批判する声明をリングによって彼らに送ったばかりだった。
「……意外と、早かったな」
その父親の残念そうな呟きと視線で、母親も気づく。
マヤが元気良く起きて来た。
「おはよう。お父さん、お母さん!」
「おはようマヤ。支度をして外に出るわよ。それから、残念だけど海は今日、行けないわ」
「えっ? 何で?」
「……お客さんが来たから」
短く説明は切られた。
バタンと強くドアを開けて、国の〈お客さん〉が入って来たからだ。
「だ、誰?」
「お嬢ちゃん、いきなりで悪いね。ちょっと聞きたい事があってね。そこに居るのはお父さんかい? じゃあお父さんに質問だ。あんた、力で国を乗っ取るのを批判したそうだな。本当かい?」
「本当だ。あなた方のやり方は目に余る。科学は確かに生きて行く為の助けになるが、自然があってこその我々の生活だ。あなた方もそれは分かっているはずだろう?」
「自然? この科学の時代に? 生活はもっと進化して素晴らしいものになる。自然など必要無い。博士はそう言っていたぞ」
「だから、その博士は……」
父親とお客さんの押し問答が続いている間、母親は持って逃げれるだけの支度を済ませ、マヤを先に外に出し、次に自分が荷物を持って出た。
「……はあ? 博士がマッドサイエンティスト? ハハハ。知ってるってそんな事前から。あんたに言われなくても。オレらはその人について行こうちゅう犯罪者や。んじゃ、話は分かったからこの家、燃やさせてもらうぜ」
車からさらに二人の男が降りて来た。
父親とお客さんも家の中から出て来る。
「そうそう。大人しく見ていてな。命までは取らないから。家だけや」
男達が爆弾を投げた。
一気に家が炎に巻かれる。
「……!!」
マヤは生まれ育った家が炎で焼かれていくのを見て、絶句して涙を流した。
両親も肩を震わせて泣いている。
「じゃあな、お嬢ちゃん」
国からの男達は去って行く。
何で、何でこんな事。
ちなみに、のちにその男達は成長したマヤとメドゥーによって倒される事になるのだが。
母親が娘の肩を抱く。
「ごめん、ごめんね、マヤ」
家族三人、家の前で泣いた。




