悪夢の中
二人は真っ直ぐマヤの方を見て微笑んでいる。
「お父さん、お母さん……!」
信じられない事にマヤの目の前には、すでに亡くなっているはずの両親の姿があったのだ。
「おいで、マヤ」
母親が彼女を呼ぶ。
父親も同じように彼女を呼びながら、少しずつ歩き始めている。
「待って! お父さん、お母さん!」
マヤは二人に追い付こうと後を追う。
「早くおいで、マヤ」
「早くしないと置いて行っちゃうわよ」
「さあ、ここだよ」
「ほら、急いで」
「さあ、マヤ」
「待ってよー!」
マヤの絶叫が響いた。
途端、両親の顔つきが変わる。
今までは優しい笑顔だったのに、今はまるで獲物を狙う蛇の様な、ギロッとした怒った様な目でマヤを見ている。
「そんな大きな声を出すなマヤ。お前はわたし達を驚かすつもりか?」
「お、お父さん」
「そうよマヤ。さあ、何もしないでわたし達と一緒に来なさい」
「お母さん……。どうしちゃったの? 二人とも」
母親が差し出した手を、マヤは握る事が出来なかった。
何だか、今は特に、二人が怖い。
何故だか分からないけど、とにかく怖い。
DEXとは違う恐怖に、マヤは我慢出来なくなり、両親に背中を向けてその場から逃げ出した。
「こら、待ちなさいマヤ!」
「逃げるんじゃない」
後ろからは両親が猛スピードで追いかけて来る。
異常だ。
でも彼女は止まれなかった。
止まったら最後、何処かとんでもない所に連れて行かれてしまう。
そう思った。
けれども可哀想な事に、彼女の前には行けども行けども同じ景色が広がり、出口らしき物は何処にも見当たらなかった。
入って来たはずのトンネルさえ無い。
さらに足がもつれ言う事を聞かず、彼女はついに転んで動けなくなってしまった。
そこに両親が近づく。
「さあ、捕まえたぞマヤ」
「もう離さないわ」
「い、嫌あ! 離してえ!」
しかし父親はマヤの体をしっかりと抱きかかえ、母親は彼女がまた逃げないようにしっかりと脇でガードしていた。
これでは逃げ出そうと思っても逃げられない。
いくら足をバタつかせても無駄だった。
そうこうしているうちに、マヤは川のほとりまで連れられて来た。
先が見えないくらいの長い川。
その川のほとりの砂場には、幾つもの石が何段にも積み重ねられている小さな塔が、所々に置かれていた。
「この川の向こう岸まで渡ると、お父さんの魂も、お母さんの魂も、お前の魂も別の次元に行くんだ」
父親がマヤの体を砂場に下ろすと言った。
「別の、次元……?」
「そうよ、マヤ」
今度は母親だ。
「わたし達は、その別の次元で二人仲良く一緒に居たわ。いいえ、わたし達だけじゃない。あの戦争で失われた沢山の命も一緒よ。ねえマヤ、あなたもわたし達と一緒に行くでしょ?」
「え?」
「行くよな? マヤ」
「お母さん達、淋しいわ」
両親は言葉巧みにマヤを引きずり込もうとする。
だけどマヤはおぼろげながら分かっていた。
この世界、なんだかおかしい。
それにこのまま両親と行ったら、アジトにいる博士達やせっかくイリアまで来てくれた圭一達とも、もう会えなくなってしまう。
「で、でも……」
「さあ、マヤ」
強制する様な両親の声。
マヤは迷っていた。
両親と会えた事は嬉しい。
でも、圭一達とも別れたくない。
(どうしよう)
父親がため息混じりに言った。
「惑星イリアなんて、もうどうでもいいじゃないかマヤ」
「えっ!?」
思いがけない言葉を聞いてびっくりするマヤ。
まさか、お父さんがそんな事を言うなんて。
信じられない眼差しで父親を見つめる。
「お、お父さん……」
「マヤ。確かにお父さん達はこの星の為に戦った。けれど、死んでこの場所へ来て分かったんだ。いくら戦っても、それは決してイリアの為にならないんだとね」
「どういう事?」
「いいか? 確かに一度、イリアは愛の力で浄化され綺麗で住み良い星になった。だが、時が経てば別だ。人々はやがて忘れるだろう。自分達が愛の為に戦ったという事実を。そしていつの日か、争いは繰り返される」
「そんな……」
「今だってそうだ。三年前お前が命懸けで地球から持って来た愛でイリアの環境が再生されたとしても、まだ戦いは終わっていない。DEXまで復活して、また同じ事を繰り返す」
「止めて。そんな話聞きたくない!」
「いや、聞くんだマヤ。結局人間という生き物は正義を振りかざしていても、心の奥は野獣そのものだ。正しい事をやっているフリをして、皆に合わせているだけ。本当に正しい事をしている奴など、この世に一人たりとも存在しないのだ!」
「違う!!」
マヤが我慢出来ず叫んだ。
「お父さん、お母さん、それは違うよ。人間は、イリアの人々は、もっと可能性を持ってる」
大粒の涙がポトポト落ちる。
こんな気持ち辛い。
それでも、マヤは必死に、両親を説得しようとした。
「お父さんもお母さんも間違ってる。人は、そんなに悪くないよ。私、信じてる。この世界を、惑星イリアのみんなを、信じてる」
「ほう? 何を信じてる?」
意地悪そうに父親が問いかける。
あんなに立派だったのに、変わってしまったの?
でも、マヤは負けなかった。
自分の中にある全てのもの。
自分の、みんなの思いを抱きしめ、戦おうと決めた。
「愛の、力」
「愛?」
「そう。この力がある限り、私は生きられる」
「フッ。そんな物は無駄だど、さっき言ったはずだ。みんな、時の砂の中に、埋められてしまうのだとな」
「圭一が、教えてくれた。人はみんな自然と共存してるって。守りたいなら、自分に負けちゃ駄目だって。みんなと幸せになりたいのなら、立ち上がらなくちゃ駄目だって……。お父さん、思い出してよ。私が挫けた時、泣きそうな時、いつも優しく励ましてくれたのはお父さんだった。あの優しさがどんなに嬉しかったか、お父さん分かる? あの笑顔が沈んでた私の心を、照らしてくれていたんだよ」
「マヤ、お前……」
「お父さん、そしてお母さんも信じて。人が人でいられる限り、愛の力は無限の可能性を秘めている。私は、そう信じてる!」
「本当に、信じているか?」
「うん!」
迷いのない目で、マヤは言い切った。
それでも、両親は疑っているよう。
「本当に、本当なのねマヤ」
「うんお母さん。私が今この星に居られるのは、たった一人の力じゃなくみんなのおかげ。愛だって同じよ。一人一人の力は弱くても、集まれば羽ばたく事だって出来る。嘘だって、思う人もいるかもしれない。未来だって、否定されちゃうかもしれない。そりゃあ、一人一人違うし、悪い人だって居るわ。でも、やってみなくちゃ分からない事だってあるのよ。私、後悔したくないの。自分の未来は、自分で決める」
「そう」
娘の強い決心。
これで理解してくれたと思った瞬間。
それは起こった。
マヤ達の居る砂場から川を隔てた向こう岸。
人が一気に集まり出した。
あっちからもこっちからも。
何処からこんなに湧いて出て来るのだろうと思うほど。
その数ざっと百人あまり。
もっと居るかもしれない。
たくさん居すぎて数えられない。
じっとこちらを見つめている。
そして、
「な……」
一斉に、川を渡り始めた。




