涙のありがとう
チッ、チッ、チッ。
緊張した時間だけが過ぎて行く。
誰もが無言だ。
汗を拭き、それでも手を止めない。
みんながみんなを信じてる。
この局面を乗り切らなきゃ。
何とか、外で待っている仲間達の為にも。
残り時間5分。
子供達は心配そうに祈っていた。
包帯を頭に巻いたお兄さんも。
子供達の真ん中に座らせてもらって、なるべく頭部を動かない様に。
マヤも手を合わせていた。
「お父さん、お母さん、博士……」
誰か死ぬのは嫌だ。
あの博士の助手だった女性だって、マヤ達子供には優しかった。
〈敵〉が送り込んだスパイだなんてとても思えずに。
ただ情報を探れと言われただけなのに、何故あんな無残な死に方をしなくちゃならないの。
みんな幸せに暮らせれば、それでいいのに。
(お願い、早く戻って来て……)
お父さんやお母さんと離れるなんて嫌だ。
遊びに行きたい。
買い物もしたい。
勉強も見て欲しい。
ここからじゃ、アジトの中の様子が見えない。
ちょうど研究室が死角になっている。
リングに連絡が来ない事も、彼女の不安を煽っていた。
「マヤちゃん!」
後ろから友達に腕を掴まれる。
アジトに戻って、ラボの様子を見て来たい気持ちが、無意識のうちに体を動かしていたか。
「駄目だよマヤちゃん。今学校の中に戻ったら。おばさん達が心配なのは分かるけど、マヤちゃんだって危ないよ」
「だって……」
「待っていようマヤちゃん。おじさん言ってたじゃん」
「……うん」
犠牲になんてならない。
父親と離れる時に言われた言葉が、頭の中で繰り返す。
はっきり言って、良く分かってない。
ただずっしりと重く、悲しい感じがした。
だからこそ、会いたい。
「ううっ」
マヤは立てた膝に突っ伏して泣く。
後ろから、友達が背中をさすりながら励ましてくれた。
「博士!」
「うむ、もう少しだ」
爆弾解体中の博士と数人の男性。
あと一本、黒いコードを切れば終わる。
マヤの母親の方は?
気になるが、今はこの作業を終わらせる方が先。
プツン。
コードを切った。
タイマーは?
残り2分37秒。
止まった。
間に合った。
男性達の間から歓喜の声が漏れる。
「やりましたね、博士!」
「ああ、やったぞ」
「こちらもです」
マヤの父親だ。
鎖の束から解放され椅子から立ったマヤの母親が、博士達に一礼した。
「よし、早くマヤの下に戻って安心させてやろう」
「はい、博士!」
と、みんなが喜び勇んで走り出そうとした時。
絶望が襲った。
男性の一人が爆弾のタイマーを眺める。
「なっ」
確かに止まったはずのタイマーが、再び動き始めていた。
慌てて博士に伝える。
「博士、タイマーが……」
「何っ!?」
導火線は全て切り終えた。
一本も残っていないはず。
という事は、外部から爆弾を操作されたか。
更に悲劇な事に、
ガチャン。
ラボの扉の鍵が閉められた。
中からじゃ開ける事が出来ない。
完全に逃げ道を失った。
残り時間は二分を切っている。
「むむ」
「博士……」
「駄目だ。残念ながら、時間が無い」
もう少し時間が残っていれば……。
このラボのコンピューターでハッキングをブロックし、鍵を開けて脱出する事も可能だったかもしれない。
けれど今は。
みんな諦めモードになっていた。
せめて、外に居る仲間だけでも。
バリッ。
その瞬間、ラボの天井に穴が空いた。
そこから顔を出したのは……。
「博士」
「き、君達は……」
それは医療用ロボットと先生ロボットだった。
二体は話す。
「一度機能ガ停止シタオカゲデ、ハッキングカラ逃レラレマシタ。今ノ私タチ二出来ル事ハ、皆サンヲ助ケル事デス」
「そ、そうか。ありがとう」
「サ、博士、私タチノ手二」
博士は引き上げられて行った。
「サ、皆サンモ」
「いや」
差し出された先生ロボットの手を、マヤの父親は拒否した。
「時間がありません。全員は無理です。せめて、博士と彼だけでも」
と言って穴の真下に移動させたのは、若い男性だった。
子供達を助けて頭に怪我を負ったお兄さんと、同じくらいの年齢。
「だ、駄目です。僕は……」
「そうだ。何を言っているんだ? 君達も一緒に逃げるんだ」
「いいえ博士。わたし達はいいのです。外で待っている仲間達には、導く者が必要です。博士達が、導いて行ってあげて下さい。彼も、若い命を、散らす必要はありません」
「マヤが……、娘さんが待っているのだぞ!」
「マヤには、済まないと伝えて下さい。そして、ありがとうって」
ロボットが若者を引き上げる。
マヤの父親、母親、残ったおじさん二人が頷く。
ロボット二体は一瞬ためらったが、博士と若者を連れて脱出して行った。
最後に若者の、「駄目だ駄目だ~!」という声を残しながら。
「さて」
父親はおじさん二人を見た。
「わたしの勝手な判断で、あなた方に残ってもらって済まなかったね」
「気にするな。我々も60後半だ。ここで大人しく、その時を待とうではないか」
爆弾解体について行くと決めた時から、ある程度は覚悟していたのだろう。
おじさん二人は豪快に笑った。
マヤの母親がリングを握る。
「あなた。最後に、マヤとお話していいかしら?」
「ああ」
母親はリングに向かって話しかけた。




