両親との別れ
「何で!? お母さん、お母さん!」
マヤは女性のリングに近づき、モニターに向かって泣きながら叫んだ。
娘に母親は微笑みを向けるが、唇の端からは血が滲み、頬は腫れ、腕には内出血の跡が残っていた。
明らかに何らかの暴力を受けたと見られる。
父親も動揺を隠せない。
怒りで歯に力が入り、赤い目でモニターを睨み、右手で拳を作っていた。
「お前、っ……!」
「あなた……」
母親はマヤや博士達と離れ、一人森の木の枝に設置してある巣箱の様子を見に行っていた。
せっかくの自然の中の環境なのだから、子供達に動物との触れ合いを体験させてあげようというみんなの意見から巣箱が設置され、日替わりでたまたまこの日餌入れ担当だった母親が外に出ていたのだ。
そして市販の鳥用米粒を入れていた時、アジトの騒ぎが聞こえ戻ったら、そこでハッキングされた先生ロボットと鉢合わせし、捕まって縛られたと話してくれた。
「そんな……」
マヤの瞳から涙がこぼれ落ちる。
母親は笑って言った。
「大丈夫よマヤ。泣かないで」
泣かないで、と言われても。
ロボットに殴られたのなら、痛かっただろう。
いや、実は安全性を考慮して、アジトで作られたアンドロイドは全て、人口皮膚が施してある。
それでも、痛いのは痛かったはず。
「ぐすん」
父親は娘の肩を抱き、妻である女性を見つめた。
医療用ロボットに付けられた傷は、仲間によって包帯が巻かれ、治療されていた。
唐突に言う。
「その爆弾、タイマーか?」
母親は頷いた。
「ええ。予定ではあと30分といった所ね」
「なっ、30分だと?」
博士が青ざめた顔をする。
30分以内にマヤの母親を助け出さないといけない。
もしもの事を考えて、子供達もアジトから脱出させた方がいいだろう。
時間が迫る。
腕の中の、自分の助手だった女性を見た。
毒薬が身体に回るのが早すぎたか。
彼女はもう事切れていた。
モニター画面に映された映像に驚いている間に。
責任を感じて、逃げたなんて辛すぎる。
本音を言えば、最後まで戦って欲しかった。
スパイだったとしても構わないから。
一時的にでも、一緒に過ごせた事が嬉しかった。
彼女は、敵がアジトに爆弾を仕掛ける事を知っていたのか。
知っていたとしても、知らなくても、彼女を責める事はしない。
彼女もこの戦いに翻弄された被害者なんだから。
コトッ。
博士は女性の身体を床に寝かせる。
目頭を拭き、立ち上がって言った。
「急いで爆弾を解除し、マヤの母親を救い出さなくてはならない。子供達は先にアジトの外へ。マヤ、君も外へ行きなさい」
「嫌!」
マヤは激しく首を振った。
「私もお父さんと一緒に、お母さんの所へ行く。一人で逃げるなんて嫌だ!」
「マヤ」
父親が彼女の前で膝を折り、ゆっくりと諭した。
「良く聞きなさい。これは始まりに過ぎない。これから世界は、大きな渦に包まれる。その渦の中で、もっとたくさんの、悲しみを背負う人が出て来るかもしれない。その人達を救うのは、お前達の役目だ」
「でも、私は、お母さんと……!」
「お父さん達は死なない。お前の中で生き続ける」
「……っ!」
「犠牲になんてならない。お父さん達も、お前も」
「お父、さん」
「さあ、外で待っていなさい。みんなと共に」
「……うん」
八才の娘に話すには、その内容は辛すぎる。
しかしあえて厳しい事を言い、送り出すしかなかった。
「よし、では彼女の為にも、早くお母さんを助けてやろう」
その博士の言葉に手を上げたのは、ベッドで寝ていたお兄さんだった。
「博士、俺も行きます」
「駄目だ」
頭に怪我をした人間を、わざわざまた危険な目に合わせる訳にはいかない。
博士は申し出を断った。
「君を連れて行く訳にはいかない。子供達や女性達と一緒に、外に出ていなさい」
「しかし博士、俺も役に立ちたいんです」
「君は子供達を守る為に怪我をした。そんな傷を負ってしまった君が、役に立っていないとはとても言えない。それに、君がやるべき事はまだある」
「博士……」
「今は怪我を治す事だけ考えなさい。全てはそれからだ」
「……はい」
爆弾に向かうのは、少数精鋭でいい。
博士とマヤの父親、それに数人の男性達。
他の者達は皆、外に避難した。
さあ急ごう。
時間が迫っているはずだ。
さっきのモニターの映像から、何処の部屋かっていうのは把握している。
あれは研究室。
博士達の間でラボと呼んでいた部屋だ。
まさか敵がラボを狙って来るとは。
確かに、アジトの重要地点とも言える。
なるほど、研究データごと消し去るつもりか。
ピッ。
博士の顔認証で扉が開く。
このラボ、アジトに居る者なら比較的誰でも入れる。
リングのデータを通信で送って登録するだけだ。
住所が新しくここに変更になったから、その旨がリングにも上書きされてる。
これで顔認証もパス出来るって訳。
ただしアジトの部屋の中で、顔認証で入る部屋というのはこのラボだけだ。
敵が狙うのも分かる気がする。
どれだけ意義のある研究をしているのか。
実際、医療用ロボットや先生ロボットも、このラボから生まれた。
「あなた……」
マヤの母親が夫を見る。
父親はすぐ妻の下へ駆け付けた。
博士達が爆弾の解体作業をしている間、ロープを切ろうとする。
残り時間10分。
ロープにナイフを入れる。
だが、
ガリッ。
硬い。
ロープの表面に切り込みを入れて確かめて見ると、中に鎖が仕込まれていた。
なんて事。
ロープにカモフラージュしてあった。
幸いラボには、鉄が切れるハサミがある。
ちょっと拝借して、妻を傷つけない様に、慎重にハサミを入れる。
若い男性も手伝ってくれた。
解体作業の方も順調だ。
間に合う、か。
汗が床にポタッと落ちた。




