始まりの記憶その2
「ひっく、ひっく」
お兄さんが引率して一緒に逃げてくれているが、子供達の中には恐怖で泣いている子もいた。
分かりやすく勉強を教えてくれていた先生ロボットが、あんな風に豹変するなんて。
正直、マヤも実際何が起きているのか、半分も理解出来ていなかった。
ハッキングって何?
どうして先生ロボットが変わってしまったの?
落ち着いている様に見えるが、この時彼女も内心パニックに陥っていた。
他の子のように泣いてしまいたい。
〈出来るだけ慌てず、落ち着いて、考えて行動して〉
正義感が強く穏やかだった両親の言葉を、マヤは幼子ながら守っていた。
でも今回の事はいくら考えても分からない。
後ろから、ロボットが追いかけて来る音がする。
怖いので、振り返る事も出来ない。
とにかく逃げればいい。
お兄さんの言う通り。
階段を降りて下に行ったら、お父さんに会える。
お母さんも居るかな。
カッ、カッ、カッ。
足音がだんだん近くなって来た。
もうすぐ階段。
焦る気持ちを押さえ、一歩足を踏み出す。
その時、
「キャッ」
マヤの後ろに居た女の子が腕を掴まれた。
先生ロボットだ。
女の子は引っ張られる。
お兄さんが階段を駆け上がり、ロボットの腕に向かってチョップした。
ロボットの手が外れて女の子は無事逃げるが、代わりにお兄さんの胸ぐらをロボットが掴み、階段の踊り場まで投げられる。
「う……」
お兄さんは倒れ、頭から血を流す。
また子供達の間から悲鳴が上がった。
どうしよう。
ロボットはすぐ近くに居る。
マヤは咄嗟に先生ロボットに体当たりした。
「マヤちゃん!」
友達が心配する中、マヤは言う。
「みんな、逃げて!」
ロボットの指がマヤの首に触れる。
絞められる、と思った刹那、
「マヤ!」
階段下から上って来た父親が、ロボットの頭を棒で叩いた。
バキッ。
ロボットはびっくりした様に目を閉じて動きを止めたが、棒は木で出来ていた為、鈍い音を立てて折れた。
「……お父、さん」
「マヤ、無事で良かった」
父親は娘を抱きしめる。
見ていた子供達からは安堵と称賛の声が上がった。
「凄いよ! マヤのおじさん」
「カッコいい!」
が、踊り場のお兄さんは倒れたまま。
父親はマヤを連れてすぐに様子を確かめに行った。
「お父さん、お兄さんは?」
「先生に投げ飛ばされた勢いで、床に頭をぶつけたみたいだな。血が出ている。このままでは危険だ。すぐドクターに見せた方がいい」
「そんな……」
「マヤ、リングで博士達に連絡出来るな?」
「うん。あ……」
マヤが通信して今の状況を伝える必要は無かった。
子供達が遅いので、大人達が下の階から迎えに来てくれたのだ。
「博士!」
「おお、みんな。怪我は無い様だな。ん? どうしたマヤ」
「お兄さん、が……」
「む」
状況を理解した博士の話によって、お兄さんは大人達により、ゆっくりと安全な場所へ運ばれて行った。
マヤの父親が血を止める為にハンカチを切り裂いて巻いたとはいえ、動かすには危険が伴うからだ。
「良かったあ」
マヤは安心しきって力が抜けたか、ペタンと座り込む。
が、それはまだ早かった。
ギッ。
目を閉じ膝をついていた先生ロボットが動き出していた。
子供達に再び緊張が走る。
博士が閃光弾を投げた。
パン。
爆発し、まぶしい光が広がる。
ロボットが目をくらませている間に、マヤの父親と博士に連れられた子供達は下へと逃げた。
広い部屋。
ドアの鍵を閉める。
さっきのお兄さんも、ここに運ばれていた。
ベッドに寝かされている。
まだ意識は戻っていない。
彼の横には全身が映るだろうという巨大なモニターがあった。
これが〈ドクター〉。
この画面から出る淡い光線にスキャンされる事で、AIが怪我や病気の度合いを判断し、適切な治療法を示してくれる。
治療は人間と医療用ロボットが共同で。
幸いお兄さんの頭の傷は脳に影響が無く、冷やしてしばらく安静にすれば良いという事だった。
そのうち気が付くだろう。
お兄さんに助けられた女の子は、ベッドの側で見守っている。
半分泣き顔になっていた。
博士が肩に手を当てて励ます。
「大丈夫。目を覚ましたらお礼を言ってあげよう」
「うん!」
女の子は笑った。
が、そうも言っていられない様だ。
ガタガタ、ガタガタ。
ドアの向こう。
ドアを無理やりこじ開けようとしている音が聞こえる。
先生ロボットか。
大人達は子供達を部屋の真ん中に集め、自分達が回りを固めた。
マヤの身体が震えている。
(怖い、怖いよ)
すぐ前に立っていた父親が言った。
「マヤ、大丈夫だ。お前達は必ず守る」
バン。
ドアが蹴り破られた。
博士達はじっと先生ロボットと向き合った。




