圭一の家族
(ドキン、ドキン)
これからどうすればいいのか分からない。
勢い余ってマヤを家に連れて来たものの、緊張で言葉を発する事さえためらっていた。
一応何か用意しなくちゃと、ソファーに座ってもらって、テーブルの上にオレンジジュースを置いたけど、そのジュースだってマヤの口に合うかどうか……。
(も、もし本当に彼女が宇宙人だったりしたら……。い、いや。そんな事あり得ない。で、でも……。ああ、僕はどうしたらいいんだ)
彼女を見ていると、いろんな事を想像してしまう。
白いワンピースが良く似合う。
吸い込まれそうな大きな瞳。
何しろ、女の子を家に入れるなんて初めてなのだ。
クラスメートの女子だって、玄関の前で話をした事はあるけど、家に入れた事はない。
(お、女の子と付き合った事すら無いのに……)
何であんな行動を取ってしまったのか。
ただ放っておけなかった。
あのまま彼女を一人にしておけなかった。
そうしなければ後悔する気がする。
それだけだった。
「ねえ、圭一」
何も知らないマヤはジュースを一口飲んで笑う。
「これ、美味しい」
「そ、そう。良かった」
「これ、何ていう飲み物?」
オレンジジュースを知らない。
本当に彼女は……。
圭一はコホンと咳払いをすると、彼女に説明した。
「これはオレンジジュースっていう飲み物なんだよ」
「オレンジ? ジュース?」
「オレンジっていうのは果物の一種で、ジュースは果物の果汁……、つまり絞り出した汁の事だよ」
「果物? 果物なら私の星にもあるわ。でもこんなちょっと酸味があって、粒が入っているのは珍しいかも」
「そ、そうなんだ」
良かった。
口に合ったみたいだ。
嬉しそうな彼女の笑顔を見たら、もっと話が聞きたくなる。
さっさまで緊張してたのを忘れたかの様に、圭一は身を乗り出した。
その時、
「ただいま~! 圭一、遅くなってごめんね。ちょっとみんなとお茶しててさ」
玄関のドアが開き、圭一の母親がリビングに入って来る。
母親は圭一、そしてマヤを見ると、パチパチと何度もまばたきをした。
「あら? 圭一、もしかしてガールフレンド? 嬉しいな。圭一が彼女を連れて来るなんて。初めてでしょ?」
圭一の母親は保育士をしており、明るく活発で元気な母親だ。
名前は佐登子。三十八才。
若い保育士も多い中、子供達にも人気なベテランとして頑張っているらしい。
噂では、園児達の間で、おばちゃん先生と呼ばれているとかいないとか。
ま、それも慕われている証拠だろう。
ちなみに父親はサラリーマンで、真面目で優しい性格の四十才。名前を明という。
服飾関係のデザインを担当する会社に勤めている。
「ち、違うんだ母さん。マヤは……」
取り繕おうとした圭一を、母親は止めた。
「へえ、マヤちゃんっていうの? 可愛い名前じゃない。それに何慌ててんの。母さん、圭一にこんな積極性があるって分かって、嬉しいんだから。でもね、いくら何でも、こんな時間に女の子を家に連れ込むのは駄目よ」
両親は圭一に対して少し放任主義な所があるが、注意すべき所はきちんと注意する。
「つ、連れ込むって……」
「はいはい。お腹空いてるんでしょ? マヤちゃんも食べて行きなさい。出来るまで、二階行ってたら?」
と、母親は圭一とマヤの背中を押した。
まったく、叱るのか叱らないのかどっちなんだ。
「圭一、二階って?」
「ああ。僕の部屋だよ。夕飯出来るまで、行く?」
「うん」
圭一のベッドに寄りかかる様に、マヤは床に腰を下ろす。
圭一もすぐ側に座った。
床はフローリングだ。
「ご、ゴメン。母さん勘違いして」
「でも、優しいお母さんじゃない。元気で。圭一の事大好きなんだなって分かるよ」
「そ、そう?」
「うん。私にもお母さんが居たらな」
「え?」
「……何でもない。初めて会った人が、こんな優しい人で良かった」
「そう? 何か困った事があったら言ってね」
「うん。ありがとう。あなたには、これからも世話になりそうね」
ハハハ、またまた~、なんて圭一が笑うと、下から母親の呼ぶ声がした。
「は~い、今行くよ~」
いい匂いがする。
味噌汁の香りに誘われて、二人は下に降りて行った。
「ねえ、父さんは?」
目の前のクリームコロッケを取りながら、圭一が母親に尋ねる。
いつもなら、もう帰って来ている時間だ。
「ん。今日ちょっと残業で遅くなるみたい。さっき、メールがあってね」
「そう」
「あら。もしかしてマヤちゃんを父さんに紹介したかった?」
「ち、違うよ!」
マヤは地球の美味しい料理に舌鼓を打っている。
暫く、静かな食事風景となった。
「ご馳走さまでした。美味しかったです」
「ちょっと、マヤを送って来るよ」
「気を付けて。マヤちゃん、またいらっしゃいね」
母親が玄関まで見送ってくれる。
「はい、是非」
「ふふ。今度はこの佐登子さん手作りのクッキーをご馳走するわ」
「クッキー? は、はい、頂きます!」
「そ、それじゃ母さん」
月明かりの下、外に出る。
歩きながら、圭一は尋ねた。
「ねえ、マヤ。これからどうするの?」
しかしマヤは黙ったまま。
うつむいたまま、あの公園に向かって歩いている様だ。
沈黙が続く。
「ねえ、マヤ」
「……」
「マヤったら」
怒りの言葉を言いかけて、圭一はハッと息を止めた。
涙。
彼女の大きな瞳から、涙がこぼれ落ちていた。
「ま、マヤ……」
「圭一」
助けて……。
ぼやけてよく聞こえなかったけど、確かに彼女がそう言った気がした。
肩が震えている。
堪らなくなって圭一は、無意識に彼女の体を抱きしめていた。
「圭一……」
「大丈夫。僕が居るよ。僕が居るから」
優しい時が包む。
涙が止まり、マヤは圭一から離れた。
「ありがとう」
「うん。でも、僕に出来る事があるなら言ってね。僕は君の事、まだなんにも知らない。けど、君がそんな悲しい顔をすると、なんだか僕の心も悲しくなる。上手く言えないけど僕、運命の人と巡り会った様な、そんな感じがするんだ」
「え?」
「だ、だから……」
圭一はもじもじし始める。
マヤはフフッと笑った。
「ありがとう。私を慰めてくれてるのね。月明かりを見てたら、ふと不安に感じたの。私この星で上手く目的を果たせるのかなって」
「目的?」
「ごめん。まだ言えないの。それより今夜の宿を見つけなきゃ。あの森に行きたいな」
「えっ、マヤ、待って」
マヤは急に走り出す。
圭一は慌てて後を追いかけた。