待ちの一週間
その日は怪我をしている中島の体調を考慮して、暗くなる前に早めに丘を下り、圭一の父親が運転する車で、元の町へと帰って来た。
マヤは地球の車自体に乗るのが初めてだった。
ならこの隣町にはどうやって訪れたかというと、歩いたりバスを利用したりして来たらしい。
バスなら、圭一とも以前乗った事があるから。
とはいえ、
(知らない土地に行くのは、不安だったでしょうに……)
と、圭一の母親は車の中で、当時のマヤの心情を思いやった。
一人暗い道をとぼとぼ歩いていたのだろうか。
悲しい顔をしてバスに揺られていたのだろうか。
とにかく、無事に見つかって良かった。
(事情を知った以上、わたし達が守ってあげなければ)
圭一は一人息子だが、娘がもし居たら、きっとこんな気持ちになっていただろうな。
それほど、愛しく思うようになっていた。
今日のあの出来事で。
あの、泣きそうな顔で全てを話す姿を見てから。
子供達は後ろの席に三人仲良く座っている。
車はワゴンタイプだから、足が伸ばせて席にも余裕がある。
左肩に怪我をしている中島の事を考えてか、彼には一番左に座ってもらっていた。
少しでも彼の肩に触れて痛がらせる事がない様に、という配慮だろう。
最も、マヤが彼に飲ませてくれた薬によって、彼の傷は痛みが少し残っている程度まで治まっている。
それでも、痛い事は痛いのだ。
その事は中島の隣、席の真ん中に座っているマヤにも分かっていた。
中島君に怪我をさせてしまった。
隣に居る中島の顔を見るたび、沈んだ気持ちになる。
中島は笑った。
「マヤちゃん、君がくれた飲み薬って凄いね。ほら、俺の腕、ここまで回復したよ」
元気さをアピールする。
彼は彼なりに、心配させまいと気を使っているのだろう。
「最初はあ~!! って思ったんだけどさ。熱いし痛いし、ヒリヒリするし。けど薬飲んだら治った。さすがマヤちゃん」
「中島君……」
「頭が熱で、何飲んでるか分かんなかったし」
「お前、苦いって言ってたよ」
「ちょっと圭一、それ言いっこ無し!」
「クスッ」
やっと、マヤが笑った。
「ありがとう二人とも。何だか、元気が出た」
「そう。君が笑ってくれて嬉しいよ」
「そうそう。マヤちゃんの笑顔最高だもん」
「……っと楽しんでいるところ悪いが、中島君、君の家じゃないのかな?」
運転席の圭一の父親が、バックミラーを見ながら伝える。
「あ、ほんとですね。おじさん、送って頂きありがとうございました」
「うん。ゆっくり休むんだよ中島君。お大事に」
「はい」
中島の家の塀の前に車を停める。
彼は車を降りた。
途中トイレ休憩にコンビニに寄ったりしたが、思ったより到着するのが早かった。
車の外から、中島が手を振ってくれる。
「じゃあな圭一。マヤちゃんもまたね」
「うん。中島君、本当にありがとね」
「中島、早く休んで」
窓を開けて応じる。
車はまた出発した。
圭一の家。
バックで駐車スペースに入って行く。
玄関の鍵を開けた。
「じゃあ圭一。母さん達は先に家に入ってるわ。あなたはマヤちゃんを送って来なさい」
「うん。母さん、父さん。今日はありがと」
「おじさま、おばさま。お世話になりました」
「また来なさいねマヤちゃん。海に行くまでに水着を買いに行きましょ。わたしが選んであげる」
「はい。楽しみです」
「じゃ、じゃあ母さん。行って来るね」
「ええ、気をつけるのよ」
カチャ。
後ろ手で玄関のドアを閉めて、圭一はマヤと歩き出す。
いつもならマヤは圭一の隣を歩くのに、今日は後ろをついて来ていた。
「マヤ?」
「圭一……。改めて今日は、ごめん」
目を反らす様に、恥ずかしがっているのが分かる。
圭一はわざと、彼女の目の前に顔を近づけた。
「キャッ」
「何? 何で謝ってるのマヤ。僕の気持ち分かるよね?」
「う、うん」
顔が近い。
唇がくっつきそう。
恥ずかしくて、頬が赤くなる。
「確かに君が突然居なくなったのは辛かった。でも、君だって辛い目にあっていたんだからおあいこだよ」
「圭一……」
「それに僕は、君を守るって決めたから」
「あ……」
ますます唇が近づく。
まさか……、
「な~んて」
圭一が離れた。
「お楽しみは取っておくよ。次の機会まで」
え?
マヤは少々びっくりしていたが、
「もう。圭一、からかったのね」
と、プクッと頬を膨らませた。
「ははは、行こう」
圭一が走り出す。
「待ってよ、意地悪」
マヤも後に続いて手を伸ばす。
そんな事があったけど、それからの一週間は、彼女にとって待ち遠しい日々だった。
約束通り圭一の母親と水着を選びに行ったり、カフェでお茶を頂いたり。
圭一と一緒に中島の見舞いに行ったり。
彼の父親に、また絵のモデルになってくれるの? なんて言われてしまったりしたけど。
そんなこんなで、結構楽しかった。
そして、海に行く当日。
「よし」
ドーム型の家を畳む。
圭一と出会った時と同じ、白いワンピース姿だった。