地球の愛
これからマヤが話す事。
それが圭一とマヤ、二人の運命を近づける事になる。
「圭一。私が遠い宇宙の彼方、惑星イリアから来たって事は、前に話したよね?」
「うん。それで僕らは、あの場所で出会ったんだ」
「そう。そしてここからが肝心な事。私、あなたに初めて会った日に、これからもお世話になるかも、って言ったと思う。あれは、あなたなら、惑星イリアの危機を救ってくれるかもしれないと思ったからなの」
「どういう事だい? マヤちゃん」
「はい、おじさま。実は私の故郷惑星イリアは今、滅びの道を歩んでいるのです。イリアは科学が発達した星でした。しかし、その為に人々は科学の力に頼る様になってしまい、いつの間にか優しさを忘れ、愛を忘れ、争いの星と化してしまいました。戦争の兵器の力で、美しかったイリアの自然も失い、私の家族や、友人達も命を奪われました。両親は戦争を止める為レジスタンスを結成したのですが、敵の手に落ち、残酷な仕打ちを受けて……」
マヤは昔の事を思い出したかの様に、一筋の涙を流す。
あまりの切ない話に、圭一達はみな、呆然としていた。
「けれど、私達は諦めませんでした。両親の意志を継ぎ、私は仲間達と共に、戦争を止める事を誓ったのです。その為にはどうすればいいのか。地球に行って、本当の愛や、強さを探して来る事。そして私は使者として選ばれ、地球に降りて来たのです」
「……そうか。マヤちゃん。君がそんな辛い事を経験していたとは、想像も付かなかったよ。よく頑張ったね。それで、何故戦争を止める為に、地球が選ばれたのかな?」
「青い色というのは、私達にとって希望の色なのです。ここには、希望がたくさんあります。青い空に青い海。何より、人々の心が綺麗です。優しくて、温かくて。私は、愛を探す為に、地球に来たのです」
「そういう事だったのか……。それで、この丘で僕達に襲いかかったあのロボットは、敵の刺客だった、という訳だね」
「はい」
これで、マヤが地球を訪れた意味が分かった。
少女は強い。
選ばれたとはいえ、イリアの命運を背負って、たった一人で。
圭一の母親も、中島も、もらい泣きしていた。
「みなさん、教えて下さい」
絞り出す様な声で、マヤが問いかける。
「地球の愛って、どんな物ですか?」
「地球の愛、ね」
圭一、両親、中島が顔を見合せる。
答えを絞れずに、迷っている様だ。
圭一がふと、手を上げた。
「父さん、母さん、中島。これはあくまで僕としての考えだけど、聞いてもらっていいかな?」
三人は一瞬、ん? となったけど、
「圭一。お前がそう決めたのなら、その意見はマヤちゃん本人に聞いてもらうといい」
「母さんも、あなたの気持ちを尊重するわ」
「俺も……、それでいい」
と、最終的に言ってくれた。
マヤが圭一の顔を見ている。
答えをくれるのを、待っているかの様だ。
圭一はフッと優しい顔になり、囁く様に言った。
「マヤ、外の鳥の鳴き声が聞こえる?」
「え?」
先ほどまでロボットと格闘していた時には気づかなかった。
だが確かに、外から鳥の声がする。
「朝の雨が止んで、晴れ間が広がってきたから、林の木に鳥が止まりに来たんだよ。ロボットが居た時にはうるさかったんで逃げていたけど、今なら静かになったから」
「そう、なのね」
「そう。こんな風に、ここには色んな生き物が居る。その一つ一つの命が、共存してるんだ」
「共存……」
「お互い助け合って過ごしてる。雨が降れば川になり、森が生まれる。その森を求めて、動物達が集まる。そして、それと同じように素晴らしいのは、自然の姿だよ」
「自然の、姿?」
「うん。二人で虹を見たでしょ? あの時君は、綺麗だって言った。僕もそう思う。どんなメカだって、自然の織り成す美しい彩には、敵わないと思うよ」
「……」
圭一の囁く声に、マヤは無言で、ただ聞き入っていた。
彼の言っている事が、合っているのかもしれない。
私達は、今まで、過ちを繰り返して来た。
人間は、自分の才能を、ただ自分だけの力だと思い込んじゃいけない。
人は、何かと助け合って生きて来た。
決して一人じゃなく、大切な何かと一緒に、季節を越えて来た。
(圭一……)
彼がイリアを救う勇者かもしれないという思いに、今はっきり確信を持った。
それほど、彼の言う事には真実味がある。
いつの間にか、私達も敵を倒す事に囚われ、大事な事を忘れていたのかも。
「マヤ……」
圭一が真剣な眼差しを向ける。
マヤの胸が高鳴る。
「け、圭一……」
「マヤ。僕が初めて君を見た時、何を思ったか分かる? 怯えた目の君を見て、僕が守らなきゃ、助けなきゃって思ったんだよ。初めはこの感情が何だか分からなかった。胸がドキドキするのにモヤモヤして、苦しくなるくらい。けど、君と過ごすうちに気づいた。これが人を好きになる事なんだって。まだ恋なのか愛なのか分からないけど、とにかく」
「……」
「受け入れる事だと思う。そして好きになる事だと思う。これが僕の出した答え」
「圭一……!」
マヤは感激した様な、尊敬した様な目で見つめる。
「ありがとう圭一。探していた物が見つかった気がする」
「いやあ、そんな」
「じゃあ、ちょっとエネルギーを」
「え?」
マヤが寝室から持って来たのは、小型の水晶玉。
「この玉にね、地球のエネルギー、みんなの生命力をね、ちょっとづつ分けてもらうの」
「そのエネルギーで、惑星イリアが?」
「ええ。イリアの自然が再生するかも、って聞いてる。私の思いに思いに共感してくれる優しいみんな。イリアが再生するには、優しさが無いと駄目なの。みんなのエネルギーを、ほんの僅かでもいいから分けて!」
マヤが玉を掲げる。
窓の外の木々達から、空を飛んでいる鳥達から、ドームの下の大地から、半透明のオーブみたいな物がフワフワ集まって来て、玉の中に消えた。
もちろん圭一達の体からも。
玉は白い光に包まれる。
「ありがとうみんな。でも、まだ足りないわ。もっと何処かで集めなきゃ」
「それなら、僕が今度の休みに、君を海に連れて行ってあげるよ。海にも生物がたくさん居るし、人も集まるだろうから」
「おじさま、本当ですか?」
「ほんとほんと。それにその頃なら、中島君の傷も治るだろうから」
と言って中島の方を振り向く。
「そう。マヤちゃんにもらった薬で、ほら、ほぼ治って来たし。俺も絶対行くから」
中島本人の言葉通り、彼の腕の傷は腫れがすっかり引いて、色も黒から元の肌色に戻っていた。
「良かった」
マヤはホッとする。
「じゃあ、海で佐登子さん自慢の水着を見せてあげるわ。マヤちゃんも泳ぐでしょ?」
「は、はい!」
「え~、母さんの水着~?」
「何よ圭一その顔は? まだまだイケてるのよ」
ま、イケてるかどうかは、実際に見てみないと。
「それじゃ」
圭一が手を差し出す。
「帰ろ、マヤ。僕達の町に」
「うん」
マヤは笑って、圭一の手を握った。