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青い稲妻  作者: 北村美琴
第1部地球編
13/131

隣町へ

 翌日。

 昨夜から降り続いた雨はまだ止まず、圭一は傘を差して家を出た。

 彼の行き先は隣の町。

 駅からバスに乗り、五つ目のバス停で降りる。


 プップ~。


 バスが去った後、圭一は人混みの中を歩き始めた。


(この町に、彼女が……)


 マヤが居るはずの場所と同じ所に立っている。

 その思いが、今の彼を動かしていた。


(早く、早く会いたい)


 通りに出ると、人の波はますます混みあって来る。

 圭一は信号を渡り、目の前の交番に寄った。

 若い婦人警官が居る。


「あの……」


 圭一は少し恥ずかしくなり、喋り声が小さくなる。

 警官がこっちを見た。


「何です? どうかしましたか?」

「あ、あの……。近くに森みたいな公園は、あり……、ますか?」

「森林公園って事ですか? それとも小さいけど木のある公園?」

「あ、どちらでも……」

「少し待って下さいね。今探しますから」


 警官の眼鏡の奥の瞳が、優しく笑った。

 パソコンで調べてくれている。

 圭一は、家を出る前に考えていた。

 マヤが圭一の住む町で家を建てたのは、公園の奥の、誰も来ないであろう森の中。だったら、この町で彼女が居そうな場所は、やっぱり人目の付かない隠れられる場所じゃないだろうか。

 姿を消した理由は分からないけど、何となくそんな風に感じた。


「この町に森林公園は、無いですね。小さい公園はあるけれど、木の数はと言うとだいたい二、三本で、あなたの言う森というほどでは……」

「そうですか。済みません」

「謝らなくていいんですよ。事情は分かりませんが、気になる事があるのでしょう? 失礼ですが、あなたは中学生くらい? そんな子がわざわざ交番を訪ねて来る。よっぽど大切な何かをお探しの様ですね」

「は、はい」


 この婦人警官、鋭い。

 そして丁寧。

 圭一の様な年頃の子にも、敬語で話してくれる。


「もしかして、彼女とお約束か何かですか?」

「は、はい。似た様なものです」

「まあ。彼女は自然がお好きなんですね。フフッ。森林公園とかは見当たりませんが、丘がありますね。その丘に林が」

「本当ですか?」

「ええ、こちらに。歩いて5、6分ですかね。それにしても」

「え?」

「彼女、ミステリー好きなんですか? 彼氏に謎解きをさせるなんて」


 そうか。この人は、そういう風に捉えちゃったのか。

 まあそういう風に思ってしまうのも仕方ない。

 理由を知らない人にとっては、そういう風に捉えてしまう事もあるかも。

 圭一は婦人警官にお礼を言って交番を出た。

 警官は手を振っている。


「たまたまわたし一人しか居なくて、案内出来なくてごめんなさいね」


 って。

 そんな事。

 こっちが時間を取らせたのに。

 それにその丘にマヤが居るかどうかもはっきりしていないのに。

 最後まで、お優しい人だ。


 タッ。


 教えてもらった通りに、交番を出てすぐ左折し、歩道を直進。

 歩道橋が見えたらそれを渡る。

 ビルとビルの間の細い道を抜け、開けた道路に。

 今度は右折。

 車の通りが少ない。

 緩いカーブの坂道になっている。

 そのカーブを過ぎると、右に枝分かれした砂利道。

 砂利道を登れば、目的の丘だ。


(ここが……)


 丘の上に立つ。

 思ったより高いという感じはしないが、見晴らしはいい。

 林の中に入ると、たくさんの木々が雨を遮ってくれて、圭一は傘を閉じた。

 静かだ。

 誰も、居ないみたい。

 雨のせいか、鳥のさえずりも、人の気配も無い。

 あるのはただ、緑の木だけ。

 圭一は、無我夢中で歩いていた。


(早く、彼女に会いたい) 


 心の中はマヤの事で精一杯。

 他の事を考えている余裕が無い。

 恋は盲目。

 今の彼に、これほどぴったりな言葉はないだろう。

 それほど、圭一のマヤへの思いは、燃え上がっていた。

 この数日間。

 彼女が居なくなってからというもの。

 彼の心は一日も休まる事は無かった。

 毎日、不安に押し潰され、胸が痛かった。

 切なく、悲しく、どうしようもない苦しみ。


(何処へ行ってしまったんだろう)


 とか、


(まさか、事故じゃ)


 という思いが、頭から離れなかった。

 時には、自分は嫌われてしまったんだろうかという自己嫌悪まで陥った。

 だから、彼女が見つかったあの日、圭一は胸の中に光が満ちる様に嬉しかった。

 愛しさで、心が一杯になった。

 離ればなれになって、より強い思いが生まれたのだ。

 目の前に、小屋が見えて来る。

 もう昔からそこにあるかの様な、小さく、古びた小屋だ。

 切り株が置いてあり、薪もある。

 よく見ると、出入口と思われる扉の所に、斧が二本立て掛けられている。


(木こりか誰かが使う小屋なのかな?)


 と、圭一は一瞬思った。

 だが、誰も住んで居る気配の無いこの丘。

 この小屋を利用していた人も、もう居ない。

 のかもしれない。

 そんな事を考えながら、道なりに進む。

 いつの間にか止んだ雨が、太陽を呼び、周りの木々が輝き出す。

 雨は風に運ばれ、青い空が顔を出した。

 綺麗だ。

 圭一は本能的に叫んでいた。


「絶対に、絶対にマヤに会うんだ!」


 木々の隙間からこぼれる光に、彼女の笑顔が重なる。

 明るく、優しく、誰よりも輝いて見えた。

 会いたい。

 今、ここで。

 会って、話がしたい。

 全ての事を知りたい。

 彼女の事。

 彼女の星の事。

 そして、彼女が居なくなった訳。

 運命がどんなに急ごうが、時間が二人を裂こうが、そんな事関係無かった。


(僕が、彼女を守る)


 それだけだった。


 ダッ。


 走り出す。

 林を抜けたその先に、きっと。


「あ……」


 その広場での風景に、圭一は思わず立ち止まる。

 記憶が、彼の脳裏に蘇って来た。

 ドーム型の家。

 風の音。

 間違いない。

 あれはマヤの、マヤの家だ。

 違っているのは、大地が雨に濡れているという事。


 かタッ。


 家の扉が開く。

 圭一は少し離れた所から見守った。

 茶色の長い髪が、風に揺れる。

 少女はまだ気付かない。

 ここに、彼が居る事を。

 圭一は、少女の名を呼んだ。

 忘れるはずが無い。

 あんなに夢中に、あんなに好きになった少女の事を。

 生まれて初めての、初恋の思い出を。


「マヤ」


 少女は声のする方を見た。

 そして動きが止まる。


「圭一……」


 びっくりした様に、手を口元に当てたまま。
















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