安心、から一転
谷底の洞窟の中。
車に積んでいた予備の食料とサプリ、川で見つけた魚の命を頂いて朝食を済ませた圭一達は、崖の上の物音を聞いて外に出た。
下からは、崖の上で敵との戦いが行われているなんて事は分からない。
ただ車の音が聞こえた気がした。
顔を上にして眺めていたマヤが隣のバリーに聞く。
「バリーさん。もしかして、博士達が迎えに来て下さったんですかね?」
「……分からない。ここからじゃ上の様子が把握出来ないから。けど、僕らが聞いた車の音が確かなら、博士達かも、ね」
「そう、ですね」
博士達だと言う確証が無いから、マヤはため息をつく様に視線を外した。
同じように首を伸ばしていた中島と圭一も、目線を下に向ける。
「あ~。上ばっか見てると首が疲れるんだよな~。あ~、目が変」
「そんな事言わないでよ中島。もし本当に博士達だったらどうするつもりなの?」
「それはそれ。ラッキーじゃん、そしたら」
「そのラッキーが、本当に来たようだよ」
「え?」
バリーが嬉しそうに空を指さして言った。
ブウウウウン。
ゆっくりと白い車が降下して来る。
マグが身を乗り出して叫んだ。
「マヤちゃん、平気? 今行くから!」
そんなに興奮して身を乗り出したら危ないですよ、とクローンがマグを諌める。
みんなが見つめる中、博士の車が谷底に着いた。
「博士!」
「おおバリー! 圭一君、マヤ、中島君! 無事で本当に良かった」
「……お手数をお掛けして、済みません博士。マグまで来てもらって」
「当たり前じゃないですかバリー。自分は皆さんが心配だったんですよ」
「……マグサンガ心配シタノハ、マヤサンデスケドネ」
「コホン」
そのクローンのボソッと放った皮肉に、咳払いで返すマグ。
「で、では車にどうぞ。あ、全員乗れるかなあ」
「乗レルンジャナイデスカ? コノ車大キイデスシ」
「う……」
なんかクローンが突っ込んで来るなあ。
勝手にアジトを出た事を、怒っているのかなあ。
マグは少しうつむいて車に乗った。
「……マグさん、どうかしたんですか? あ、済みません。言いたくないのなら、無理にとは……」
圭一は遠慮がちに聞いてみた。
自分はまだこの人に嫌われているかもしれない。
そう思ったから。
そんな圭一に、マグは正面を見て答える。
「あ。そんな大した事ではないので、あなたは気になさらないで下さい。それより、DEX に崖下に落とされて、大怪我にならなかったのは幸いでした。怖かったんじゃないんですか?」
「心配して、来てくれたんですか? ありがとうございます!」
笑顔でお礼を伝える圭一を見て、マグは少し戸惑った。
(眩しい……)
こんなにも素直な笑顔を、自分に向けてくれるなんて……。
確かにクローンの言う通り、本部で仲間達の話してた、『マヤ達がDEX に崖下に落とされた』という一報を聞いた時、一番に思ったのは彼女の事だった。
その為に博士達に内緒で車を動かしたのだから。
しかし一方で圭一達の事を何も思っていなかった、といえば嘘になる。
バリーは仲間だし、圭一と中島に関しては最初は嫌だったけど、話してみたらああ、いい子達かもしれないという感覚は持ったし、何より彼女が好きな子達なら、仲良くしてみようかな、と思い直しているのも事実だった。
それを素直に言えないのがまた、もどかしい。
クローンはもう怒っている様子もなく、博士の隣で前を向いている。
今のマグの圭一への態度が嬉しかったのか、やや口元が緩んでいた。
車は崖の脇を上昇して行く。
(助かった)
とマヤ達は安心していた。
崖の上に着くまでは。
バシッ、ギシッ。
上に到着した矢先、いきなり草むらの中に突入するから、何事かと思った。
まさかメドゥーとジンがロボットと戦闘しているなんて。
「メドゥーさん、ジンさん!」
圭一達は車から降りる。
「お、圭一君達が来たな」
「良かったべ~。大した事無かったみたいで~」
「ええ。僕達も手伝います」
いや、とメドゥーに断られた。
あと一体だからと。
が、その一体はクローンが素早く倒していた。
「あ。おいクローン! 俺達の出番が……」
「『出番』じゃなくて、『活躍』だべ。メド」
「スミマセン。思ワズ倒シテシマイマシタ。ソレ二『出番』デモ『活躍』デモナクテ、コノ場合『見セ場』デハ?」
「そ、そんな突っ込み……」
「プッ」
マグが思わず吹き出してしまう。
突っ込むのは、自分だけじゃなかったんだ。
「アラ、マグサン。何笑ッテイラッシャルンデスカ? 元ハト言エバ、アナタガ私達二内緒デ居ナクナラレタカラ、コウナッタノデハナイデスカ?」
「えっ、それは……」
「そうなの? マグ」
マヤが本当? という目で見つめる。
「まあまあ。マグも君達が心配だったんだ。だから君達が落ちたって聞いた時、わたし達に言うより先に体が動いたんだろう。が、わたしとしては彼の身体も心配だった」
「エエ。『マダ横二ナッテイタ方ガイイ』傷デシタモノネ。秘密ニシテオキマシタノニ、何処カラ漏レテシマッタノデショウ」
「まあ、マグが先に走ったからおいら達も準備が出来たんだべ。そうじゃなかったらおいら達、まだズェ-支部で呑気にやってたかも。だから、良しとするべ」
そんなに居心地が良かったのかな、とクローンは思ったが、せっかくジンがまとめてくれたんで、その言葉を口には出さなかった。
そんないい雰囲気の中、マグが何かに気づく。
ガサッ。
触手だ。
触手が動く。
「生キテタ、カ」
それはうねうねと、マヤに向かって伸びて来た。