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青い稲妻  作者: 北村美琴
第1部地球編
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惑星イリアの闇

 やがて青かった空が、夕焼け色に染まる頃。

 一台のバスが駅に着き、少年と少女が降りて来る。

 少年の首には父親から借りたカメラの紐がぶら下がっていた。

 あのひまわり畑で笑う美しい少女、マヤの姿を写したカメラ。

 この時の事は二人にとって、一生の思い出になるだろう。


「じゃあ、圭一、ここで」

「うん。マヤ、気を付けて」

「ありがとう」


 楽しかった初めてのデートで待ち合わせた駅で、二人は別れた。

 でも淋しい顔は見せない。

 また会えるから。

 いつの間にか二人の距離は、そんなにも縮まっていた。

 あの時、圭一がマヤに一目惚れをしたのと同じ様に、マヤの中でも圭一という少年の存在が次第に大きくなっていた。

 夕暮れの心地よい風が吹いて来る。

 離れて行く二つの影が、別々の道を帰って行った。


 その日の夜。

 ベッドの中で、マヤは寝付かれずにいた。

 圭一とのデートで、まだ興奮しているのか。

 実は、今まで彼女は惑星イリアでも、あまり同年代の男の子と遊んだ事が無かったのだ。

 女の子の友達はそれなりにいた。

 だが男の子達は仲良くなっても、すぐに彼女の前から居なくなってしまっていた。

 何故なのか。

 それは悲しい事件だった。

 彼女の故郷、惑星イリア。

 地球人とよく似た人間が住んで居るこの星は、科学の力で人間とロボットが共存している、素晴らしい文明を持っていた。

 科学者達は次々と新しい機械を発明し、国は豊かに、生活も便利になった。

 いや、豊かになったという事が、逆に国を滅ぼす結果になってしまったかもしれない。

 それは紛れもない事実だった。

 あまりに文明が発達し、暮らしが豊かになったおかげで、人々の心に欲が芽生え、他人を助けるとか、守るとか、愛するとかという感情が次第に薄れていった。

 そして、戦争が起きたのだ。

 ここに住んでいるうえで不便な物は無いから、何があっても自分を守ってくれるロボット達が居るからというおごりが、こんな悲しい殺し合いを生み出した。

 山は吹き飛び、大地は荒れ砂漠となった。

 家も建物も、見るも無残な瓦礫になった。

 マヤに告白してくれた男の子も、仲良しの友達も、みんな戦争の波に飲み込まれ、息絶えた。

 大人も子供も、愛を忘れ憎しみの心を持ち、止まる事を知らず争い続けた。

 いつまで、こんな事を続ける気だろう。

 住む場所も無く、戦争の傷跡を癒す力も残っていない。

 滅びの道を歩む星の姿が、そこにあるだけだった。

 だが、まだ望みが消えた訳じゃない。

 まだ人を信じ、愛する事を諦めていない人々がいるのだ。

 彼らは戦争を止めるべくレジスタンスを結成し、最後の願いを込めて、遥か彼方の愛の星と信じる地球へ使いを送る事にした。

 地球に満ち溢れている愛の心を集めて、自分達の星を立て直そうとしているのだ。

 そうして選ばれた使者。

 それこそがマヤだった。

 彼女は青く光るロケットに乗せられ、最後の希望として銀河に放たれた。

 今、その地球という星のベッドの中、マヤは仲間達との約束を思い出し、うっすらと涙を浮かべていた。


「圭一……」


 彼女がこの星に降り立って、一番最初に出会った男の子の名前を呟く。

 不思議な気持ちだった。

 圭一といると、いつも優しい気持ちになれる。

 それは圭一が優しい少年だというのはもちろんの事、花や小鳥や動物達までマヤに笑いかけてくれている様な、そんな温かさに包まれていた。

 いつの間にか、涙が止まっている。

 好きな人の事を考えているうちに落ち着いたのだろう。

 彼女はやがて、ゆっくりと眠りについた。

 希望が、すぐそこまで来ている。

 そんな感じがした。


 それから数日後。

 圭一がマヤの元に訪れていた。

 この間の日曜日に写した写真が出来上がったのだ。


「はい、これ」


 マヤの淹れてくれた紅茶を飲みながら、圭一が写真を渡す。

 紅茶はマヤお気に入りの、地球の飲み物だった。

 圭一に教えてもらったコンビニで、ティーバッグを買って来たらしい。


「すっかりお金の使い方も覚えたね」

「ええ。でもたまにリングを近づけそうになるわ。ここはイリアじゃないのにね」

「それは仕方ないよ。それよりバイトはどう?」


 実はマヤは三日ほど前から、絵のモデルのバイトをしていた。

 そのモデルを頼んだ人物というのが、何と中島のお父さん。

 中島の父親は、近所でも有名な絵描きなのだ。

 個展も開いているらしい。


「びっくりしたよ。まさか中島のおじさんが、マヤにモデルを頼むなんて」

「私も驚いたわ。偶然私が散歩していた時に、ぴったりの子を見つけたなんて話しかけられるんだから。断ろうかと思ったんだけど、ちょうど中島君も歩いて来たしね」

「たまたまおばさんが居なくて、親子二人で買い物の帰りだったんだって。中島が聞かせてくれた。俺の家に、マヤちゃんが来てるんだぞ~って」

「フフッ。お菓子も美味しいし、おじさん面白い人だし」

「たまに笑わせてくれるから」


 マヤは写真を見た。

 白いポニーにまたがるマヤ。

 圭一とのツーショットもある。


「ひまわり、綺麗だったね」

「ええ。あ、ちょっとやだ圭一。馬を引かれて私が怖がっている時、写真撮ってたの?」

「うん。ちょっと面白かったから」

「もう、意地悪ね」


 そんな事を言いながら、マヤの顔はほころんでいた。

 紅茶のカップは、もう空だ。


「あ、もう一杯淹れるね」

「ううん、悪いけど時間みたいだから」


 そうだった。

 圭一は今日、用事があって早く戻らないといけないんだった。


「ごめんね、マヤ」

「何言ってるの。仕方ないよ。みんなでお出かけなんでしょ?」

「けど、君が……」

「私の事は気にしないで。こんな日もあるわ。さあ、行ってらっしゃい」

「うん。じゃ」

「うん、またね」


 マヤに背中を押される。

 圭一はマヤの家を後にした。

 圭一との思い出の写真が、テーブルの上に置かれている。


(私、圭一が好き)


 ひまわりを背に二人が笑う写真を、マヤは胸に押し当てた。

 希望。

 夢。

 愛。

 彼女が探しに来た物が、ここにはある。


(もしかしたら、圭一が惑星イリアを救う勇者になってくれるかも)


 それは、彼に対する信頼の思いかもしれない。

 今の彼女は、そう思わずにいられなかった。

 自分が宇宙人だと知りつつも、怖がりもせず、全てを受け止めてくれた優しい少年ひと

 その優しさが、マヤやイリアの人々の希望となってくれる事を、マヤは願う。

 だが--、

 そんな彼女の心を悲しみの闇に埋めてしまう出来事が、二日後に起こるのである。










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