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しすてむ  作者: 奈良松陽二
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やり手町長によって町おこし事業を展開する田舎町。ここに密やかに伝わったある呪いの伝承が残る集落にまつわる都市伝説を暴こうとするオカルト専門の取材チーム。


 昭和四十九年十二月五日午前零時 S県I郡多田良町多々里地区。


 激しい息遣いで一人の男が、暗い夜道を走っている。


 藁葺や瓦葺の旧日本家屋が十棟程まばらに並ぶ集落を見渡す小高い丘に、小さな鳥居が立ち、その鳥居の奥にこれも小さい祠がある。


 真夜中に走っている男は、懐中電灯一本だけで迷うことも無く只管夜道を走り抜き、この祠までたどり着いた。


 季節も初冬で、この地域は標高も高く、男の吐く息も白く荒い。

 男は、祠へゆっくりと近づき、扉を開けて、中の両手で持てるくらいの石を取り出して、投げ捨てた。


「けっ 。さっさと出ればよかったんや。祟りにおうたらええ・・・ 」


 そう言い捨てると、男は逃げるようにその場から走り去った。


 同じ頃、この集落に住む多田(ただ孝三、その妻の秀子の住む家では布団を敷き始めていた。

「ほんまにやるんかいの? 」

 孝三は妻の秀子に何気に聞いた。

「栄作爺さんがやる言うんやから、そらやるんやろ」

 秀子は、普通に答えた。

「ほんでも、ほんまに二、三日でええんやろか? 」

「わからんよ。四十五年も前のことやし、忘れとるかもしれんし」

 布団を敷き終わって、電気を消して二人は布団に入る。

「杉作、今日中におらんようになってくれたらええんやけど」

 孝三が独り言のようにぼそっと言った。

「そんなわけないやろ。明日も何しよるかわからへんよ。あの杉作は」

「そやなぁ、そうやろうなぁ・・・ 。しゃあないよなぁ・・・ 」

「しゃあないんよ」

 二人は、何か自分に対して言って聞かせる様な言い方をする。

「・・・ 明日かぁ・・・ 」

 また、孝三は独り言のように呟いた。


 二人は、それ以降、特に何も口にすることなく眠りについた。





 それから約四十五年経て、S県I郡多々良町役場内にある地域課の一角に「旧多々里地区地域活性化計画係」がある。


 平成の大合併においても、この町は合併することなく町として存続していた。

バブル期に大手家電メーカーの大規模工場が町内に誘致され、それに伴う中小企業の工場や運送業者なども次々に入り、大規模な宅地開発が進められ、人口は爆発的に増加した。

 町の5分の4を占めていた山林も切り拓かれ、宅地造成やゴルフ場開発が進み、地価は上がり、それに伴う税収も上がった。

 それもこれも、隣町に新たに通ることになった新高速道路とインターチェンジのおかげである。

 かれこれ数十年前に、この多々良町内に通す計画があったが一旦白紙に戻された経緯があったが、バブルのおかげで復活した。残念ながら、町内には通らなかったもののその恩恵は十分に得られた。


 しかし、バブルがはじけ、国内産業にも陰りが見え、グローバル化によるサプライチェーンで海外へ製造拠点が移るようになると、当然町の工場も海外移転により縮小ということで、これまでの夢のような時間が終わりを告げた。

 下請けの工場も次々に閉鎖、移転し、バブル期に開発されたゴルフ場も閉鎖されていった。極端に人口が減少し、地価もみるみる内にバブル前にまで下がった。


 一時期、日本の地方都市においてどこでも見られた現象がこの町にも起こったのだ。

 周辺の町も同様で、国からの地方交付税だけでは維持できず、平成の大合併ということになったのだが、この町は違った。


 町長は、工場の縮小・移転・閉鎖に伴ってできた広大な空き地に大規模なアウトレットモールを誘致し、閉鎖されたゴルフ場には人工雪でできたスキー場や太陽光発電基地を次々に誘致した。

 やり手町長のおかげでもって、ある程度の税収を維持できたことで、合併には加わることなく、町として未だに存続している。

 それどころか、この町長は決してゆとりがあるわけでも無いが、人口減少や少子高齢化など、今どこの地方都市も直面している問題にも真正面から取り組み、子供手当や医療費補助の大幅拡充と増額、家賃補助、町独自の奨学金制度の創設など様々な取り組みとサービスの向上を図っており、他地域からの転入率は県内でもトップで、住民からの支持も根強い。


 さらに現在、この町長は6期目の選挙を前に新たなプロジェクトを立ち上げた。


 それが、この「旧多々里地区地域活性化計画」で、この地域を開発し、新たに温泉レジャー施設を作ろうという計画である。

 ただ、今の所は、まだ「係」といっても「準備室」という段階で、この地域課の一角に専属担当者三名がデスクを構えているに過ぎない。


 この係の今の所の業務は、主に地区内で出ると言われる温泉の調査、泉質や効能、そして肝心の地下何メートルの位置にあるか、どの位置を掘って行くかなどの地質調査である。

 これは、現在、大学などの協力を元に専門チームを作って調査中につき、一定期間に届けられる中間報告をまとめて、町長と町議会に報告する程度である。

 もう一つ、主だった業務があるのだが、どちらかと言うとこちらの方が大変だった。


 今日も朝から、その対応で午前中は追われた。


 お昼休憩も終わって、これから午後の業務にかかろうとしている中、外では、選挙カーのアナウンスがうるさく響き渡っている。 

 

「今週、日曜日は町長選挙です。皆さん、選挙に行きましょう・・」


 窓越しに外をのぞき込んでいる、この係の一人である邑田が、

「町長選挙ねぇ。もう現職5期連続で次で6期目。誰も立候補しないのに、意味あるのかしらね? 

多田君? ・・・ て、あら」


 邑田が話しかけた多田(おおたは、午後開始と共に掛かって来た電話応対をしていた。

 この電話対応がとにかく大変だった。

 電話を終えたら、すぐまた電話が鳴り、またそれを多田が取る。

 朝からこれの繰り返しである。

 この電話の相手と言うのは、主にはこの地区のある山の麓に広がるニュータウンの住民からだった。

 バブル時に造成開発されたこのニュータウンの住民もいまや高齢化が進み、Web上で専用の問い合わせフォームやメール等も受け付けているし、SNSでも対応しているのに、全く利用せずこうして電話をかけて来ている。


 さて、一体何を問い合わせて来ているのかと言うと、この多々里地区において、割と昔から言われてきたある噂についてだった。


「はい、多田良町多田里地区活性化係です。・・・ はい、・・・ はい? ・・・ いえ・・・ 、いや、そうではなくて、・・・ 違います。・・・ ですから、そんなことはありませ。・・・ ええ、・・・ ええ、そうです。・・・いや本当にね、こちらとしても迷惑してるんです。・・・ 名前? ・・・ それも字も読みも違うんですって。・・・ いいですか、・・・ 「たたり」ではなくて「たださと」です。・・・ いいがかりです。・・・ そうですよ、多田里地区活性化係ですよ。・・・ ですから、単なる噂です。都市伝説ですよ。・・・ 大丈夫です。計画通りに作りますよ。温泉施設。・・・ 町長の肝いりなんですから。・・・ もう、いいですか。・・・は・・・ はい・・・ 。はい、どうも」


 とこんな感じで対応している。


 ここの住民たちは、ここを市民相談の窓口と勘違いしているのではなかろうか。

 午前中にも、ペットの犬の様子がおかしいとか、散歩してたら犬が急に具合が悪くなったから、獣医に診せたら変なこと言われたとか、昨日にも保護猫団体が、野良猫がいなくなっているとか、そんなことを言われてもここでは対応のしようが無い。

 皆、一様に言うのが、例の噂との関連性だが、そんなもの、あるわけがない。


 長いため息を多田がつくと、邑田はお茶をすすりつつ、

「また? 」

と聞かなくても分かるのに、多田に訊いた。


「ええ、もうこればっかりですよ」

「町長の肝いりねぇ・・、本当に来るのこれで? 観光客」

「町おこしの更なる起爆剤ですし、来てもらわないと困ります」

「なんか、今のままの方が来てんじゃないの? 観光客」

「冗談じゃないですよ。流行りなのか知りませんけど、いい迷惑です。あそこはね。四十五年も前から町の管理地になってるんです。長年、予算もなくて手つかずだったけど、地方再生事業の後押しもあって、ようやく計画変更してでも手が付けれたって時に、妙な都市伝説のせいで議会でも反対やら慎重論が出て、全然、前に進まない。こうやって、毎日、訳の分からない問い合わせに対応し」


また、電話が鳴る。


「すみません。ちょっと出てくれません」

 多田は、正直少し休みたいからという意志表示も込めて邑田にお願いした。


 この係に担当者が三人と前述したのだが、現在、ここには邑田と多田の二名だけである。

 もう一名はというと、チームが決まってすぐに産休に入ってしまい、現在はこの二人で回している。

 すぐに増員してくれるはずだったのだが多田が先程ぼやいた通りの事情で、この噂のせいで計画が

遅々として進まないことから、増員の話も保留されていた。

 邑田が多田の事を「くん」付けで呼んでいることからも、邑田の方が年上で、一応この係の責任者でもある。

 一応と言うのも、邑田は、この町役場で勤続三十五年目になるベテラン公務員で女性職員の中で

は最年長である。

 役場としても、それなりのポストを与えておかないといけない事情もあった。

 こういう表現をしているということは、彼女の能力や仕事に対する姿勢については推して知るべしといったところだ。

 だから実質の責任者は、この多田ということになる。


 多田は、邑田より十歳程下で、職員歴は、まだ十年といったところである。

 彼は中途枠で入って来た人間で、元は東京で会社員をしていた。

 町長がUターン就職を目的とした町職員の中途採用募集に父親がこの町の出身と言う事で応募して入って来た。

 町長と彼の父親が知り合いだったらしく、その縁で肝いり事業の実質的責任者として携わっている。


 邑田が電話に出た。

「はい、こちら多田良町多田里地区活性化係です。・・・ はい? ・・・ はぁ・・・ 」

 すると窓口に、初老の男性がやって来た。

「すみません。多田里地区のことは、こちらでいいんですか? 」

 多田が対応する他ない、

「あぁ、はい。なんでしょう? 」

「町長から重大な調査依頼を受けたんですけど・・。あ、私、こういうもんですけど。・・あら、・・あれ」

名刺を出そうとしているのか、男性が荷物をガサゴソして探しているところで、また電話が鳴った。

「あ、あの、ちょ、ちょっと待って下さいね」


 多田は男性に、声を掛けて、電話を取ろうとしたところで、受けていた電話を保留にして邑田が多田に聞いて来た。

「多田君、あのさ、何かテレビかなんかだろうけど、取材がね・・」

 一気に、畳みかけて来るような状況で、一つ一つ対処なんかできない。

「ああ、もう適当に言っといて下さい。・・・それよか」

と邑田に向かって、あの男性の対応をして、とジェスチャーをしてから電話を取った。

「はい、多田里地区かっせ・・・ い・・・ はい? ・・・ はい? ・・・ え、いやですから・・・ 」

 どうやら毎度の問い合わせ内容のようだ。


 とりあえず、多田に頼まれた邑田は、ようやく見つけて名刺を出して待っていた男性に、改めてもう一度「お待ちを」という合図を出して、再び保留にしていた電話に出た。

「すみません。担当者から適当に撮ってもらっていいということなんでお好きにどうぞ。・・・ はい。・・はい・・・ 。マス企画の伊藤さん。・・・ はい、じゃ、そういうことで、はい、失礼します」

と受話器を置いて、ようやく窓口の男性のところへ。


「はい、何でした? 」


 邑田が男性から名刺を貰い、二、三言話すと、邑田はすぐに別室へと男性を通して、ドアを閉めた。


 その間、多田はまだ電話の対応をしているが、内容はどうやらいつもと違っていた。

「・・・ はぁ・・・ 、異臭ですか? ・・・ ガス漏れでしょうから、ガス会社に連絡したら如何ですか? うちは、まだ工事も何もやってませんから・・・ 」

 掛けて来たのは、やはり麓のニュータウンの住人だが、近所で異臭がするという。どこに聞いても、ガス漏れをしていないというし、宅内では臭わないが、外に出るとするという。

 何か心当たりはないか、というものだった。

 ボーリング調査もまだ掛けてもいないから、町としては全く無関係だと多田は言って、ガス会社

に問い合わせるように言って、多田は電話を切った。




 住民からも支持されるやり手町長の肝いり事業に、待ったがかかる程、有名になった「ある噂」とは何かというと、原因はある動画がユーチューブ上にアップされたことから端を発する。


 その動画が、かなりの再生数を叩きだし、SNSでも拡散され、ついにはテレビでも動画が流れたことで、動画の撮影場所が割り出された。つまり、その場所が、このS県I郡多々良町の多々里地区にある集落だった。

 どこで調べたかわからないが、SNS上でこの地の伝承についても話題となり、ここの町名「多々良」も地区名の 「多々里」 も、読み方が以前は 「たたり」 と読まれ、昔からいわくつきの土地だと言う。


 当然、この説に依拠したものはどの文献においても存在しない。


 しかし、その動画があまりにもリアルでショッキングな内容だったことで、どんとんと新たな根拠のない考察が積み上げられ、いまや、ネット上では最も怖い心霊スポットとされてしまった。

 それで、誰も足を踏み入れることが無かったらいいのだが、実際はその逆で、次から次へと再生数を稼ぎたいユーチューバーや、SNSのインフルエンサーたちがこぞって深夜に撮影をしに来たり、普通に肝試しにやって来る連中が来たりして、ある種、観光地化してしまっていた。


 地元の住民からすれば複雑だろう。


 日本全国から怖いもの見たさの有象無象がやって来て、一応、地元にお金を落として行ってくれるのはありがたいのだが、何分、言われるのは「たたり」の地で、この町の自然や行政サービスが行き届いていることが気に行って住んでいるのに、やって来るその連中からは、


「住んでて怖くないですか? 」

とか、

「よく住んでられますね」

とか、

「早く引っ越した方がいいですよ」

など、

余計なお世話だ、と言いたくなるようなことばかりを言われる。


 いい加減、根も葉もないことと言われても信じられなくなって来るし、この地を温泉リゾート地に変えると言う公約事業も、その実、隠したい過去の怨念を無かったことにしたいという隠蔽事業という憶測すら生まれて来ている。


 多田たち町の役人からすれば極めて迷惑な話であるが、住民の立場からすれば、引っ切り無しに問い合わせの電話を掛けたくなる気持ちも分からないでもない。

 

 事の発端となったその動画を投稿したのは、心霊スポットなどを訪れて生配信する有名なユーチューバーで、これもわざわざ深夜に訪れて撮影しに行ったものだった。

 ただ、その人物も、ネット上では生死について安否が噂され、一部では三日後とか、一週間後とか、一か月後とか、期間がまちまちで、病死とか、事故でとか、殺されたとか、自殺したとか、死因についてもまちまち、その死に方も、全身から血を噴出しただの、五体がバラバラになっただの、かなり壮絶なように実しやかに囁かれたが、実際の所は、本人は未だにピンピンしており特に変わったことも起きていない。


 そうこれは単なる根拠のない噂でしかない。


 町もそう説明している。


 ただ、動画を撮った本人は、尾鰭端鰭の付いた話をただの噂としつつ、自分の撮った動画については、何の編集もしていないし、加工もしていないと何度も言っている。

 これに続いたユーチューバーやらインフルエンサーやらが撮った動画に同様に起こった事象についても、各々が全員、同様に編集・加工の事実はないと公表したせいで、よりその信憑性は薄れ、否定的な人間からは、


「んな事あるかい 」


と一笑に付されてしまっているのも事実だ。


 その有名となった動画の内容とはこうだ。


 映像は、暗い中で照明のついたスマホを手持ちで撮影している。カメラに表示された時刻は午前四時三十四分と出ている。

 暗闇でも撮影できる暗視用のカメラを使用していて、画像はほぼ白黒で、画質も荒い。

 カメラは暗がりの集落をぼんやりフレームに入り、所々で撮影者の顔にカメラを向けつつ、ゆっく

りと且つビビリながら歩を進めている。


「え・・・ えっ? ・・・えっ? ・・・何? ・・・ 」


 しばらく進んだのち、カメラに入って来たのは小さな鳥居とその奥にある小さな祠だった。


 鳥居も祠も蔓が絡みつき、コケや草も生えて一部は木部が腐食していた。祠の観音扉が壊れていて開きっぱなしになっている。

 祠の脇に男根を象った石が無造作に転がっていた。

「何? ・・こわっ。・・これ、祠? ・・・うわぁ、何この石、やばい形してる・・・ 」

 その石を拾うと、再び祠の中を映すと、中には女性器を象った石があり、ちょうど男性器の石を嵌めこむ穴が開いている。

「これはもう・・・ 、入れろと言われているような・・・ 」

と言いつつ、その穴に持っていた石を正しく嵌めこんだ。


 すると突然、遠くから、

「おおおおおおおーっ」

という雄叫びにも似た声がして、その声の方向にカメラが向いた。


「え? ・・・ なになになにっ? ・・・ 何? えっ? えっ? えっ? 」

 ライトが届かぬ暗闇から、どんどん声が近づいて来る。


 ライトが届いた瞬間、カメラに映ったのは何者かが斧を持って叫びながら向かって来る姿だった。


 カメラはその姿を一瞬だけ捉えると、すぐに大きくブレて、その姿はフレームから外れてしまう。

「うわっ! うわっ! うわぁぁぁぁーっ! 」

 撮影者の叫び声と荒い息、一目散に逃げているであろう足音だけを拾っていて、映像は上下左右に大きくブレたまま、動画は終わった。


 撮影者も当初、気づかなかったが、後に視聴した人からの指摘で分かったことがあった。


 その指摘に応じて、わざわざ音声解析を行った結果、最後の撮影者の叫び声に交じって、もう一つ、別の声が入っていた。

「こらぁぁ~! いたずらすなぁぁ! こん・・・ アホォォがぁ」

というものである。


 一部で、さらに恐怖を募らせたものの、大部分の意見としては実際にそこに人がいたということで結論付けられた。

 恐怖に感じた、その一部の人からは、こんな夜中のこんな所に、人がいること自体が不自然だ、という指摘があったが、撮影時間帯を証明するのが、動画の端に出ている時間表示だけでいくらでも変えられるということから、暗視カメラのように映しているだけで、実はまだ明るいうちに撮影しており、その地を管理委託されてた人物から怒られただけだと冷静に返されて、議論は物別れに終わっている。


 


 これらの騒動を迷惑に感じているのは当然地元民ではあるが、その中でも最も迷惑に感じているとすれば、その集落に住む者たちだろう。


 この集落には、家が十棟ばかり建っている。しかし、よく見ると他にも家らしきものが相当数見受けられる。

 ただ、どれも朽ちて倒れてしまい、今やそこに草木も生え、見る影もない。

 まだ、家としての形を何とか保っている数が十棟ほどと表現した方が正しいかもしれない。

 しかし、そんな限界集落でも未だに人が住んでいる。


 そのうちの三軒、三世帯、併せて6人がそれぞれの家で暮らしている。


 その三世帯、全て姓が、「多田(ただ」という。とはいっても、親子でも、近い親類という訳でもない。

 遡れば繋がる程度の遠縁ではあるかもしれない。

 この地域は、何しろ「多田(ただ」姓が多い。

 田舎の集落に行くと、こういうことはどこでも見られる。

 

 とにかく、一軒目に住んでいるのが、多田孝三、秀子夫婦である。この夫婦に子はいない。年齢としては、孝三、秀子共に40代手前といったところか。

 二軒目は、孝三夫婦の斜迎えの家に住む、同じく多田清史(きよし、照子夫妻で同じく子はいない。

 清史は孝三の一つ下で、照子は、清史より三つ年上の姉さん女房である。

 そこに、照子の母親である喜代も同居している。

 名前はきよだが、清史ではなく照子の母だ。

 三軒目、清史の家の二軒東隣の瓦葺の少し大きい家に住むのが、最も高齢の多田栄作爺様だ。

 栄作爺には、年若い息子がいる。

 名前は栄太と言う。

 まだ二十代だが、彼は役場勤めで、近くの寮に住んでいて、たまにしかこの集落に帰って来ない。


 今朝方も、孝三夫婦の所に栄作爺がやって来て、動画撮影に来た余所者の件で散々愚痴っていた。

 どうやら、あの例の動画に映り込んでた人物とは、この栄作爺らしい。


 あの夜に、ユーチューバーが逃げ去った後、一人残った栄作爺は祠の前の鳥居の手前で急に立ち止まり、手を合わせた。

 そしてゆっくりと祠の中を確認した。

「・・・戻しよったか」

とぼそっと、栄作爺は呟いた。


「まったく。どっから湧いて来よる? 」

「なんや、噂になっとるんかね? 」

 朝食の支度をしながら聞いていた秀子が土間の台所から言った。

「なんや噂って? 」

 孝三が尋ねると、

「たたり村とかなんとか。前にも少し噂なっとったことあったやろ? 」

「まあな。そやけど、あの恰好よ。街のモンでもないやろ。あんな恰好見たことあらへん。もっと、都会の奴やろ? 」

 栄作爺は、常時ぷるぷると小刻みに震えているので、喋っても声が震えるようになるし、歯もだいぶ無くなっているので注意深く聞かないと何を言っているのかわからない。

「ああのぅぅぅ光っとるぅぅ板ぁみたいなのぅ、何やぁ? 」

 恐らくスマホのことを言っているのだろう。

「わからん」

 孝三は答えた。

 この集落の5人は全員、スマホどころか携帯すら持っていない。

 そもそも、そういう物の存在すら知っているかどうかも怪しい。

「ほな、後で清史んとこ行くわ」

 孝三はそう言うと、秀子の用意した朝食にありついた。

「そやね」

と言って、秀子も食べ出した。

 栄作爺の分まで用意されて、フルフルと小刻みに箸を震わせながら、ボロボロこぼしつつ栄作爺も朝食にありついた。

 栄作爺の家は、栄太が出てから一人で家に住んでいる。妻はいたが、栄太がまだ幼いころに亡くなっていた。

 よって、食事は孝三と清史の家で、それぞれ交代で食べさせてもらっていた。


 朝食を食べ終わって、孝三は斜向かいの清史の家を訪ねようと家を出た所で、突然、清史の家から何かに驚いたような大きな声とドタドタというような物音が聞こえて来たかと思うと、縁側からユーチューバーと思える二人組が慌てて飛び出して来て叫びながら走り去って行った。


 清史と照子はやかんと茶碗持ったまま、その後から追い掛けて家から出て来た。

「どないしたんや? 」

 孝三も、さすがに訳が分からない。

「どないもこないも見ての通りや。いきなり土足で家の中入って来て、なんや独り言のようなことぶつくさ言うて、もうほんま、びっくりしたわ」

 清史も、突然のことで驚いている様子だった。


「俺ら呼んでくれたら良かったんや」

「せやかて、あんたんとこか、栄作爺様んとこの栄太呼ぼう思うても、居間におられたら出られへんやろ」

 やかんとお盆に載せた茶碗を持ったままの照子が言った。

「栄太は今、おらんぞ」

「あれ? 昨日はおらかった? 」

「そら、一昨日や。ほんで、何も獲られてないんかいな? 」

「なんや物色しとったみたいやけど・・・ 」

 清史はまだそこまで確認していないのだろう、照子に振る様に彼女に目線を向けた。

「いや、うちの家、何も獲るもんなんかないからな。なんや光る板みたいなもん持って、うちらの顔を見るなり、ぎゃーぎゃー叫んで逃げてっただけやわ」


 そう言うと、やかんから茶碗にお茶を入れて、孝三に出すのかと思ったら、自分で飲んだ。

 孝三は仕方なく自分で茶碗を取るとお茶入れて飲んだ。


 三人は、清史の家の縁側に座ると、

「なんや気色悪いの。やたら余所モンが来はじめて・・・ 」

 光る板を持って、朝・昼・夜中通じて余所者がやたらと来る。しかも、人の家に勝手に上がり込んでくる奴まで出て来た。これではおちおち寝ることもできない。


「なぁ、やっぱこれ、杉作の仕業やろか? 」

 清史が呟くように言った。


「ちょっと、あんた」

「せやけど、あいつおらんようになってからやぞ。こんなこと起こり出したんは、・・・ なぁ、孝三? 」

「ま、確かに。けど、余所モンまで使うてまで嫌がらせするか? 」

「使うとったやないか。あいつんとこの大阪から来たややこしそうな金貸し、うちにもしょっちゅう嫌がらせに来とったやろ」

「う~ん。ほな、杉作やなくて、そいつらが? 」

「やっぱりそうやで。栄作さんにも言うといた方がええんちゃうか」

「いや。・・・ それが・・・ 。夜中にな、祠に余所者が近づいたんで、あのじさまが血相変えて追いかけてな」

「血の気多いのよね。・・・ 親子そろって」

 照子が孝三の話したい主旨とは違う感想を言った。

「それ、お前が言うんか? 」

 清史が照子にツッコんだ。血の気の多いところは、照子も似たようなもんらしい。

「いや、ありゃ血の気が多いとは言わんよ。口が悪いだけや。肝心な所じゃ、いつもこっちにケツ持って来よるし」

 孝三も、うっかり照子の話題に乗ってしまっていた。


 栄作爺が祠の件で愚痴っていた件に話題を振ったのは、全く別の意図があった。

 孝三には、さっきからの自分の発言も含めて三人の会話に、どことなく違和感を覚えていたからだ。

なんの、どこの部分に感じていたのか孝三にも分からなかったのだが、そのヒントになるかもと思い、栄作爺の祠の一件を話題に出した。


(確か、あれから余所者が来出した様な気がするんだがな? )

 そう思っている。


 加えて清史が話題に出した「杉作」という人物である。

 杉作とは、多田杉作といい。ちょうどこの集落の西端の家に住んでいた。

 年老いた母親と身重の妻との三人で暮らしていた。

 杉作の亡くなった父親が、事業に手を出したが、すぐに廃れてしまい、多額の借金を抱えてしまったまま他界し、杉作がその借金を引き継いでしまった。話題に出た大阪の金貸しと言うのは、その関係の話である。

 その後、杉作一家は集落を出て行った。いや、正確には集落から追い出された。


 それと言うのも、その大阪の借金取りの執拗な取り立てで、かなり孝三や清史、栄作爺の所にも頻繁に来ては肩代わりや援助を迫ったりしていたようだ。これらの迷惑行為に、集落の者たちが絶えられず、杉作一家に出て行ってもらったという話らしい。


 しかし、孝三の中で、気になっていた事とは少しずれている。

 気になったのは、その杉作一家が出て行ったのが、いつだったのかということだ。

(あかん。俺の中でも、ぐちゃぐちゃでまとまらん。今はいいか )


 孝三は、一旦、その事を考えるのをやめた。




「なぁ」

と、清史が切り出した。

「せやけど、確かに栄作爺、祠の事だけはしっかりしよるの。あとはもう耄碌してボケとるけど」

「しゃあないやろ。あんなことあって、たった一人になったんやったら、そら思い入れも人一倍強なるで」

「まあね。そらあね」

 照子が同調した。

〝あんなこと〟という言葉に三人が反応した。いや、思いついた、もしくは思い出したと言った方がいいだろうか。

 

 孝三は急に話題を変えた。

「そんで思い出したんやけど、お前んとこ、どないすんねん? 」

 孝三にそう聞かれて、清史夫妻は互いに顔を見合わせて、

「うちは・・・ 今日にでもと思うとったんやけどな。せやけど、こないなことがあったら、例え二、三日でも留守にできひんしな」

「そやな。俺んとこもそう思うとったんやけど・・・ 」

 清史も孝三も、考え込んでしまった。


 どうやら、両家とも揃って二、三日家を出る話になっていたようだ。旅行にでも揃って行く話という訳でもない。

 話しぶりからすると、各々で出発も行先が異なるようだった。

 それが、話題に出た〝あんなこと〟とどう関係するのかは分からない。

「せやけど、早いとこ出んと、間に合わんのと違うん。もう、いつなってもおかしないんやろ? 」

 そう照子が言うものだから猶更、悩ましくなる。

 この瞬間、孝三の頭の中で、この会話を以前にもしたような感覚がした。ただ、よくあるデジャヴだと思って孝三はすぐにやり過ごした。


「こうりゃぁぁぁ~っ! 」

 いきなり、大きな怒鳴り声がしたものだから、清史なんかはびくっとして、持っていた茶碗からお茶が大量にこぼれてしまった。

「えええ~っ! 」

「もうっ、いちいちびびるな。噂をすればやね」

 照子は清史を叩いて、こぼれたお茶を拭きつつ孝三に言った。


 栄作爺が自宅から、こっちに向かって歩いてくる。フルフル震えは止まらないが、不思議と足取りはしっかりしている。そういえば、あの動画でも斧持って元気に走っていた。


「こうりゃぁぁぁ~っ! 誰じゃぁぁぁ~っ! こ・・・ こん・・・ このあ・・・ アホがぁぁ~っ! 」

 何か怒っている。そういえば常に怒っている。

「どうした? じいちゃん? なんか出たんか? 」

 またぞろ、余所者が今度は栄作爺のところで悪さをしたのかと思って、孝三は声を掛けたが、

「こぉ~ろぉ~すぅ~ぞぉぉ~! ・・・ このボ・・・ ボケがぁぁ~」

 とにかく、この爺さんは口が悪い。

「どうしたん? じさま? 誰かおったん? 」

 今度は照子が声を掛けた。すると栄作爺が、右手の手の平に載せたほんのり黒い物体を出す。

「誰やぁぁ~。人の家の前でうんこしよったんわぁぁ~」

「持つな。持つな持つな、うんこ」

 孝三は、慌てもせずに、冷静にツッコんだ。

「栄太ちゃうんか? 」

 声を掛けて来たのは、清史の家の奥の間から出て来た喜代婆だった。

「アホ言え・・、うちの栄太が、こんなとこにぃぃ、クソするか、このクソ女」

 栄作爺が喜代婆に言うと、

「いや、クソはあんたや。このクソじじいっ! それはお前のクソやっ! 」

と喜代婆が言い返す。

「婆さん、やめとけ、やめとけ。クソつけられるぞ」

と孝三は言うが、本当に栄作爺にクソを投げつけられたくないから、二人の間には入らない。


 そこに、騒ぎを聞きつけたのか、秀子も家から出て来た。

「おおおお前ぇぇかぁぁ、このクソばばぁああ」

「誰がばばあじゃっ! 畑の肥料が足りん言うとったから、ちょうどええやろ」

「なぁにぃをぅ! このぉ、早うくたばれぇぇぇっ! 」

「クソじじいっ! くたばるのはおのれじゃっ! 」

「クソはお前じゃ、こんなもんいらんわぁぁぁ。」


 栄作爺がクソを喜代婆に投げつける。

 当然、喜代婆の所までは届かないが、喜代婆は、クソをわざわざ拾って、栄作爺に逆に投げ返す。互いに文句を言いながら、クソのキャッチボールを始めた。


「相変わらず楽しそうね。ほんと、仲がいいわね」

 秀子はそう言って、見苦しいジジイとババアの罵り合いとクソの投げ合いを微笑ましく見ている。

 彼女は少しおっとりしていて、人とは少しずれた感覚がある。

 要するに天然というやつだ。

「あの、クソって、ほんまに婆様のか? 」

 清史が心配そうに、照子に聞いたが、

「アホ。んなわけあるかい。どうせ、なんかの獣の糞に決まっとるやろ」


 山間にあるこの小さな集落は小さい盆地となっており、ちょうど、孝三と清史の家の間に通る道か

ら例の杉作の家を過ぎるとなだらかに上り坂となっていて、その道伝いに各々の田や畑が段々になって広がっている。

 道はそのままうねうねと続いて、山寺の参詣路とつながって、最終的に幹線道路に出る。

 道と行っても、未舗装で道幅も狭く、ガードレールも標識も無い。まして街灯もない。

 普通に車で来るにしても、幹線道路からなら目印になりそうなものもないから、まず入口が分からないだろうし、普通車では、よほど運転に自信が無ければ恐らく入っても来れない。


 ここにやって来る迷惑な奴らも、よくもまぁ、迷わずに来れたものだと感心する。


 当然、この集落の人間も一歩もこっから出たことがないわけではないから、各々、軽トラくらいは持っている。

 無いとこのご時世、生活もきないだろう。


 それはそれとして、杉作の家の前くらいに、道と分かれて続く細い小道があり、その小道もゆるやかな上り坂となって、小高い丘に続いている。

 その丘の上に、例の鳥居と祠がある。

 今、孝三たちが座る清史の家の縁側からは、田畑や祠の丘まで見渡せる位置だった。 


「・・・・ あれ・・・ ? 」

 ちょうど、その日の午後になって、清史がそこから見える風景の中に異質な存在があるのに気づいた。

 軽のバンが道を集落に向かって走って来ていた。

 清史は急いで孝三を呼びに行った。




 急に来た見ず知らずの来訪者に、孝三以下里の住人全員が出て来た。

 

「何や? 」

 清史が、指さした。

「あれ、ほれ、あそこや」


 軽バンは杉作の家の手前辺りで駐車して、中からテレビカメラを持った三人組が降りて来た。


「なんや? あれもしかしてテレビか? 」


何やら打合せをしつつ、三人の中で唯一の女性が何か言われて、三脚やら機材も下ろしている。

 車から機材を下ろすと、女性は重そうな機材を一人で抱えて、祠の道との分岐まで来る。

 ここで、何も持っていない男とカメラを担いでいる男が何やら、田畑やら、集落やらを指さしつつ話している。

 その後、手ぶらの男が、女性に機材を集落の方に運ぶような感じで指示しているようだった。

 女性は、三脚だけ置いて、また、重たそうな機材を持って、彼らのいる近くまで来て、機材を置いた。

 ふうと息をついて腰を伸ばした時に、彼らと目が合った。

 すると、ひきつるような笑みを浮かべつつ女性は一礼した。

 孝三たちも訝しげな顔をしつつ、一礼して返した。

 女性はなにか周囲を気にしつつ、恐る恐る、孝三たちに近づくと、


「あのぉ・・・ 。こ・・・ ここの人・・・ ですよね? 」

と尋ねた。


「・・・ ああ。そや」

と孝三が代表して答えた。


「なんじゃぁぁぁ、このぉアマぁぁ、クソつけるぞぉぉぉ」

 後ろから栄作爺が喚いたが、女性もそれには直接返さず、なんとなく「うわぁ~」と声が聞こえて

きそうな程、嫌そうな顔をすると、

「ああ~・・・ 、そうですかぁ~」

と、いかにも残念そうに言った。


「何? なんか悪いん? 」

 いきなり初対面でそんな顔をされて言われたら、当然言いたくなることを照子が代表して言った。


「何しに来たんや? あんたらテレビか? 」

 孝三は、とりあえず大人の対応として一番の疑問を女性に尋ねた。

 すると、

「いや、あの・・・ 、そうなんです。・・・ 多分、御存じないと思うんですけど、「ぽつんと限界集落」って番組でして・・・ 、ここの集落を撮影しに・・・ 」

「限界? ・・・ 」

「集落? ・・・ ポツンと? 」

「知らんな」

「ここNHKでもまともに入らんもんね。受信料すら取りに来うへんけど」

「あ・・・ やっぱり。あの・・・ 許可は役場からは貰ってますんで、あとは役場に問い合わせて下さい」

「役場? 」


 分かれ道の所にいた手ぶらの男、どうやらディレクターのようだ。

 カメラを担いでるのは当然カメラマンだろう。

 二人してアングルを決めていたようだが、ディレクターが女性に向かって大声で呼んだ。


「おいっ! 若葉っ! 何やってんだ? ボーっとしてんなっ! こっから撮るからなっ! 」

 この若葉と呼ばれた女性は、どうやらADのようだ。


「あ、はいっ! すみません」

と大声で返した。


「いや、あんた、役場で許可って、俺らは許可なんか聞いて・・・ 」

 孝三は、今しがた言われたことに対して、返そうとしたが、

「ああっ 。あとでっ 、またっ 、もうっ 、すぐですんでっ 、はい」

と女性に切られてしまい、女性は足早にディレクターたちの所へ走って行ってしまった。


 若葉と言うADは、ディレクターの所まで走って帰って来た。

 「なにやってんだ、お前」

 そうディレクターに言われると、なんとも言えない顔をして、

 「・・・ あの・・・ 松木さん? 」

 と切り出した。

 松木というのはディレクターのことだろう。

「なんだよ? 」

 松木と言うディレクターは、若葉の顔を見ておよその見当がつきながら返した。

「・・・ ここ、やめません? 」

と若葉が言ったので、恐らく予測通りの回答だったのだろう。

「・・・ なんだよ・・・ ? またかよ」

「・・・ すみません。・・・ なんか、歓迎されてないみたい・・・ なんですけど」

 若葉の言うのは、当然ここの住民たちからだろう。

「はぁ・・・ 、あのなぁ、若葉。こういう仕事なんだから、そりゃな、歓迎されてないんだろうよ。・・・ ただ、そんなの気にしてたら、撮れるもんも撮れねぇだろうがよ。・・・ いや、わかるよ。わかるけどな。・・・そこのところは、お前、何とかしろよ」


 言われた若葉は、黙ってこくりと頷いた。


 松木は、孝三たち住民のいる方を向いて、笑顔で手を振ってから一礼をして、

「すみませーんっ! しばらく撮影させてもらいまーすっ! 」

と大声で、言ってから、小声で、

「・・・ なんて言ったんだ? 」

と若葉に聞いた。

「・・・ 「ポツンと限界集落」 って」

「・・・ また、それかよ。便利だな」

「そうでもないです。ほとんど、伝わらないんで」

「とにかく、愛想よくしとけ、いいな」

 その横で、二人の会話を聞いていたカメラマンの柴田が、

「・・・ 何すか? ・・・ またっすか? 」

と松木に言った。

「・・・ いいよ。ほっといて撮るぞ、柴田。・・・ とりあえず、雰囲気出してな」


「ああ・・・ 、撮り出したで」

 その様子を見ていた住民一同は、いきなり予告なしのテレビ取材に動揺している。

「祠ぁぁ~。あんのぉぉ~ボケぇぇ~」

「うるさいのぉ、じいさん。祠、祠って。わかった、わかった。わしが文句言うて来るさかい。じいさんは大人しゅうしとけ。とりあえず、あのカメラの横の偉そうな奴が監督っぽいな」

「いいやないの。テレビやろ? 何? じゃ・・・ 」

「あたしら、テレビ映るん? え、ほんとっ? 」

 女性二人は、テレビと聞いて、かなり興奮していた。

「舞い上がるな、落ち着けっ 。ほんまにテレビか? 」

 孝三は、比較的出たがりでも、目立ちたがり屋でもないから冷静だが、

「あないでっかいカメラ持っとんねんから、そらテレビやろ」

 清史ですら、やや興奮気味だった。

 仕方がない。

 こんな田舎で、テレビと言ったら興奮しないわけがない。

 田舎者と呼ばれてしまう者たちの悲しい性だ。


「とりあえず、じいさん、落ち着きぃな。なんか取材らしいし、夜中の奴みたいにいたずらしに来たわけやなさそうや。とりあえず、じいさんを落ち着かせよか」


 結論として、とりあえず様子見となった住民たちは、それぞれの家に一旦引き上げた。



「・・・ なんだ? 」

 松木が、若葉に聞き返していた。

「・・・ なんか、ここの人たちって変なんですよねぇ・・・ 」

 若葉はしみじみと言った。

「いや、そもそも変だろうよ。こんなとこにずぅぅ~っといるんだから」

「そうなんですよね・・・ 。て、言うかぁ・・・ こう・・・ 」

 何とか、気持ちの部分を言葉にしようとしているが適切な表現が見つからないようだ。

 そんな中、松木は若葉に、

「なぁ、撮らせてもらえそうか?」

と、割と期待を込めた感じで聞いて来た。

「えっ? いや、それはどうでしょう? ・・・ さっきの入ってました? 」

と若葉が逆に聞き返した。

「・・・柴田? どう? 」

「んん~。・・・・入ってないっすね」

 カメラのモニターで録画映像を確認して、柴田は言った。

 その 「入った」「入ってない」が何を意味しているのかはわからない。


「ちょっと頼んでくれよ。さりげなく、ちょっと出てくれるだけでいいからさ。いやむしろ、そっちの方がいいか、画面の隅っことか、目立たないくらいで」

「がっつり撮ってほしいって言われるかもしれませんよ」

「それならそれでいいよ。・・・ とりあえず、ほれ、行ってこい」

「・・・ はあ」


 若葉自身は、気が乗らないようだが、ディレクター指示である。従わなくてはならない。




 孝三の家の中で柴田がカメラとランティングをセッティングしている。

 松木は、家の中を見て、それぞれのカットやフレームワークを考えていた。

 そして、若葉はというと、この家に集められた孝三たち住民に説明していた。


「とりあえず、皆さんの日常を自然に撮りたいので、できれば、普段通りに・・・ 」

「普段通りでほんまにええの? 」

 どことなく、普段全くしない化粧をべたべたにした照子が、心配そうに訊いた。

「ええ、はい。・・・ こっちは目立たぬようにそれとなく撮って行くので」

「いや、十分目立つんやけど」

 あまり興味のない孝三が、落ち着いてツッコんだ。

 孝三以外は、全員、緊張してガチガチだったり、興奮しすぎて浮足立ったりしている。 栄作爺に至っては、何故か服まで脱ぎだしている。



「はい。カットォッ ! 」


 松木の声で、撮影は終了した。

 カメラをばらしている柴田。

 少々疲れ気味の孝三たち住民に若葉が声を掛けた。

「あの、もう大丈夫です。お疲れ様でした」

 どうも、住民たちは物足りなさそうだった。


「あんなんで、ええの? 」

 特に孝三は心配そうに尋ねた。

「栄作じいさん。素っ裸になって、さんざ下ネタ言ってたけど、あれ放送上大丈夫なん? 」

「ええ、もう使えない所は編集しますので、十分です。・・・ 」

「ほんまに? なんか、一番盛り上がってたと思うところで、あの監督さん? ちょっと、うつらうつらしてたようやけど」

 照子も不安げに聞いたが、

「え? ・・・ そんっ・・・ そんなことありませんよ」

と若葉は少し動揺を隠せずに否定した。

「あ、そう。それなら、それでいいけど」

 撮影の事はわからないし、録画した絵を現場でチェックするなんてことも知らないだろう。スタッフがそれでいいと言うのだからいいのだろう、と思って、素直に引き下がってくれた。


「・・・ ほんと、ありがとうございました」

「ちょっと、あの、・・・ ほら、インタビューのところ、ちゃんと使うてね」

 普段は、目立たず、前に出ずの秀子も、今回ばかりはグイグイ来ていた。

「え? ・・・ あ・・・ 、まぁ。ああ・・・ 、はい」

 何とも気の抜けた曖昧な返答だったが、住民たちは、それぞれの家に帰って行き、孝三夫婦も一旦、栄作爺の家に爺を送って行った。


「ありがとうございましたぁ・・・ 。・・・ふぅ」

 もしかしたら、一人で住民の相手をしていた若葉が一番疲れていたかもしれない。


 しかし、松木は休ませてはくれない。

「・・・ 若葉ぁ・・・ 」

「はい」

 若葉は松木と柴田の所へ駆け寄った。

 二人は、録画チェックをしていたが、

「・・・ あの、どうでした? 」

「どうでしたもこうでしたも」

「ダメ。全然使えねえ。まったく入ってねえもん」

 何が入っていないからダメだと言っているのかはわからないが、若葉もそれを聞いて納得していた。

「・・・ ああ・・・ 、やっぱり」

「もっぺん一通りチェックするけど、途中でカメラも止めちまったよ。あんまりにも何もねぇから」

「はあ、そうですか。」

「とりあえず、ロケ車に戻ってチェックして。夜撮って、何も無ければそれで終了だな」

「夜って言っても、普通通りに生活してますから、あの人たち普通にそのまま寝るだけですよ」

「何もかも揃ってるのに、肝心要のモンが全くダメってなぁ・・・ 」

「・・・ すみません」

「まぁ、お前が悪いわけでもないけどな。・・・ とりあえず戻るぞ。ほら、機材持て」

「戻るんですか? ロケ車? 機材持って」

「当たり前だろ。機材積み替えて、夜間撮影用にカメラも変えなきゃならねえし、チェックもすんだろうがよ」

「あ、はい」


 また、重労働が待っていた。

 若葉は、ふと大きくため息をつきつつ、機材を持って車に向かった。

 幸い柴田がカメラと三脚、あと音声機材は持ってくれたので、少しは楽になった。

 柴田は、若葉とそれほど歳が変わらない。若いながらも、フリーのカメラマンをしている。

 歳近い若葉については、「伊藤ちゃん」と呼んでいる。


 そう若葉は、伊藤若葉といい。松木の経営する制作会社「マス企画」のスタッフである。


 覚えているか分からないが、役場にかかって来て邑田が応対した取材依頼の電話をしたのが、若葉だった。

 松木のこの制作会社も、小さな会社で、主にはテレビ局の末端下請け制作会社である。


 当然これだけでは食べていけないのでDVDの企画ものの一部とか動画配信などの制作にもイッチョ噛みしている。

 

 特に多い仕事がこういう怪奇心霊企画の実録物である。


 安い制作費で、霊能者に払うギャラも出ないような場合、危険を承知で受けてくれる制作会社は重

宝される。

 ただ、これについては、どちらかと言うと、松木の個人的趣味で仕事を受けてるという面もあ

る。

 松木は愛読書が『ムー』で定期購読しており、会社と自宅に創刊から全刊揃えている。


 この取材も、どこからかの依頼ではなく自発的に取材して、成果があればどこかに買い取ってもらうというやり方だ。

 テレビやDVD産業も斜陽化が言われている昨今だと、依頼されてする仕事よりどちらかと言えば、このやり方の方が高く売れて儲かるのだった。

 かなりのネタの場合、自分でアップして広告収入を得る。


 ネットで実しやかに伝えられている「タタリ村」伝説だが、様々な憶測が言われている中、最も有力な説がある。


 それは太平洋戦争末期に起こった悲劇で、この集落に一人の男がやって来たという。

 この地域の山林に生息する動植物の調査をしに来たという研究者だという。

 男は集落にある空家を借りて、しばらく滞在するとのことだった。

 はじめは、余所者に対して、あまりよく思っていなかった住人たちだが、時間が経つにつれて、徐々に男とも仲良くなり、ついに、この集落の秘密を明かされた。

 元々、ここは共産主義者が隠れ住んでいた集落だったのだ。

 男の正体は、特別高等警察、いわゆる〝特高〟と言われた秘密警察だった。

 そうとも知らず、住人たちは老人から子供まで男に心を許して親しんでいた。 

 しかし、男は、かねてからの計画通り、ある夜に作戦を実行した。

 集落に一つしかない井戸に毒を入れ、男はその集落から逃げて行った。あくる日に、毒入りの水を飲んだ集落の人間は全員死に、その集落は人も住まない廃村となったが、未だ男に騙されて殺された集落の住人たちの恨みの念が残り、この地に災いが絶えないと言う。

 あの祠は、その人の鎮魂の為に建てられたものだが、長年の間、忘れられ朽ち果ててしまい。魂を鎮めることもできなくなった、というものだ。


 他にも落武者による祟りという説もある。

 室町時代、応仁の乱で敗れた四十五人の落武者があの地に住み着いたが、敵方から出された報奨金

に目がくらんだ村人に騙されて毒殺された。

 あの祠はその時に建てられたが、その後も四十五年おきに祟りと思われる災いが起き、村人が死んでいく。

 その数が、五人の時と九人の時と交互に訪れると言う。

 そして、それから十回目、四五〇年が経った昭和四十九年。

 突如錯乱した村人の男によって、村民全員が惨殺されたと言う。

 犯人の男はその後に自ら命を絶った。

 その時の死者の総数が、男を含め、四十五人だった。


 と、どこかの小説か実在の事件で聞いたことがあるような話も真実味を持ってネットでささやかれもした。


 当然ながら、何か根拠があって言われていることでもないし、四十五人も殺傷されたような事件も無い。

 だから、あとはお決まりの陰謀論という流れで、国や県、自治体や警察が組織的に事件を隠蔽して

いるだのなんだの、国家機密が絡んでいるだの、実は集落の地下にUFOの発着場があるだの、様々だ。


 ネットをざわつかせた、この「タタリ村」伝説の地。

 ここで何かネタが撮れれば、かなりの高値が付くと踏んで、狭い軽バンに乗って高速を乗り継ぎ、揺らり揺られて8時間掛けてやって来た。

 しかし、今の所は全くの不発で終わってしまっている。

 別に、こんなことはいつものことで、十行って一当たればいい方だから、そこは期待しすぎずに臨んで入るのだが、本人からすれば、「あと少し」という感覚らしい。


 車にまで戻って来ると陽も傾きかけて来た。

 十二月の初旬だが、山の気温は当然、平地に比べて圧倒的に低い。

 時間が進むにつれて、どんどん低くなって来る。


 山裾に沈みつつある太陽の日差しがきつく、反対に目を背けると、ふと小高い丘に目が行った。

 その丘に向かって、道から細い小道が分かれて伸びている。


 はじめ来た時には、あまり気にしなかったが、伸びた小道の先の丘にうっそうと茂った雑木林の木々の隙間から、鳥居のようなものが見えた。

 沈みかけの太陽のうっとしい西陽が当たったおかげで、木陰に隠れた鳥居の存在が見えたのだった。


「ありゃっ、もしかしてっ! 」

 松木は、すぐに駆け出し、

「若葉っ、来いっ! 見つけたっ! 柴田ぁっ、カメラ持って来いっ! 」

 いきなり言われて、走り出されても、ようやく重い機材をここまで運んだのに、もうあの丘を走って登る体力もない。

 とにかく、扱いがひどいと思いつつ、行かなければならない。

「伊藤ちゃんっ、ファイトォ! 」

と言って、柴田はカメラを担いで、松木を追うべく丘を駆け上がって行った。


 若葉も後を追わないと仕方がない。




 やっと、丘を登って若葉が鳥居をくぐると、案の定、松木が大はしゃぎしていた。

 

 今回の取材にあたって例の動画も見させてもらっていた。

 そして、動画に映っていた斧の人物についても、先ほどの住民たちの中にいた妙にテンションの高いお爺さんだともわかった。


(よくあんなにべたべた触れるものだな)


と松木のはしゃぎっぷりに辟易している。


 若葉に至っては、鳥居をくぐってから、ずっと空気が重く気持ちが悪い。

 その気持ちの悪い空気の出所があの祠から感じる。


 松木は、祠の中を見ると、

「柴田っ! 暗いがまだ行けるか? 」

「まだ大丈夫っす。ギリ拾えます」

 柴田は、そう言って、カメラを構えて、まず周囲から、そして鳥居、祠をなめるように撮り、続いて祠の中を撮った。


 すると、松木が中にはめ込んであった石を抜き取り、

「ほれっ 、若葉っ 」

と言って若葉に向けて投げた。

「きゃっ! 」

と驚いて避けた。


「やめて下さいよ、松木さん。 これ、石じゃないですかっ! 危ないでしょっ! 当たったらどうしてくれるんですかっ? ・・・ いやだっ! 何この石っ? 」


 石を見ると、形からして、まさに男性器を象っている。


「知らねえのか、若葉。こりゃ道祖神だよ」


「道祖神? 」

 その単語を聞いて、柴田はカメラを回ししつつ、器用にスマホを取って検索を掛けようとするが、

「あれ? ここ電波入ってねえな。圏外っすね」

「え? あ、本当だ」

 若葉も自分のスマホを確認した。圏外表示が出ている。

 

 松木は再び祠の中を覗き込み、男根石が嵌められていた穴を確認した。

 すると、何かに気が付いたように、今度は祠の土台を見て、

「この祠は、はりぼてみたいに被せる様になってんのか、これ、土台みたいに思っていたが、一個のデかい岩に女性の象徴を象って彫ってある。真ん中に穴があって、そこに」

と言って、男根石を見ると、

「若葉、その石取ってくれ」

「嫌ですよっ! 気持ち悪いっ! 」

「なんだよ、いい歳して。それにこいつは、言ったら神様だぞ」

「神様? 」

 松木は石を拾って、再び穴に戻して、又抜いて、戻してを何度か繰り返す。

「ふーん・・・ 」

「ちょっと、松木さん。この形は放送に乗りませんよ」

「いいんだよ。こいつは信仰対象だから問題はねえんだって。こんなもん日本のどこにだってある」

「そうなんですか? 」

「ああ、普通の土着信仰だ。似たようなもんなら日本と言わず世界中にだってある」

「詳しいんですね? 意外と」

「意外とって何だっ? 『ムー』なめんなっ! ・・・ てか・・・ 」

 松木は、何かが気になっているのか、突然、祠の周囲をうろつき出した。

 主に地面を見ている。

「どうかしたんすか? 」

 柴田も気になって、松木に尋ねた。

「う~ん・・・ 、これ、俺の知ってる道祖神信仰とは少し違うんだよなぁ・・・ 」

 松木は、顎に手を当てて、やや首をひねった。


 道祖神信仰は、松木の言う通り、日本各地に広がるいわゆる土着信仰である。


 概ね男根を象った石や木の像をご神体としている。

 他に女性器を象ったもの、妊婦を象ったもの、妊婦と女性器を合わせた象徴的なものもあったりする。

 また、男女の交わりをそのまま像にしたご神体もある。

 地域によっては、これを御祭神にした祭りも存在し、御輿の上に巨大な男根を乗せ、嫁入り前の女

性をその男根御輿に一緒に載せて町内を練り歩くものから、男全員が腰に大根を付けた紐を撒いて、その大根がちょうど股間の位置になる様にして、練り歩くものまであったり、まちまちだ。


 共通して言えるのは、男女の和合による生命誕生を意味する。

 この信仰の起源については大陸伝来説など様々あるが、そういうのは後付けされた考えが付け加え

られただけで、これらの信仰の根源は神道や仏教よりも古くから存在しているものだと思う。

 実際、縄文時代の土偶においても妊婦を象った土偶と思われるものもある。

 出生後から幼児期に至るまでの生存率が極端に低い時代であるが故に、生命についての考え方や価値観がまるで違っているのだ。

 現代において、性器は、卑猥で下品で汚れの象徴のように捉われている。

 しかし、昔の人にはまさに生命の根源の象徴であり、尊いものであったのだ。


 話が反れてしまったが、このような土着信仰が、大陸から来た仏教や道教の考えも入って来て、生命の誕生による子孫繁栄の意に加えて、生と死の境、この世とあの世の境界という意味も持った。


 これにより、村と村を結ぶ道にそれぞれの村の境界として設置されたのが、いわゆる『道祖神』である。


 これには、各々の村の繁栄と絶え間ない存続が込められている。


 さて、これを踏まえ、松木の「少し違う」というのは、どういうことなのだろうか?


 この祠にある男女の性器を象ったものは、まさしく道祖神だろう。

 ただ、道にあって、境界を示すものかと言われると、そうではない。 明らかにそういう意味で祀られたものではない。

 ただ、こういうものも日本各地には多くある。

 地域の氏神神社の御祭神として祀られているところだってある。


 松木はさらに、男性器と女性器を抜き差しできるようにしてある事にも違和感を覚えていた。

 太古からある生命の誕生と子孫繁栄を願うこれらの道祖神においては、男性器単体か、女性器単体

か、または結合している状態かのいずれしかない。


 このように、差し込む穴があって、そこに栓をするようにできている道祖神は見たことがないという。

 何を言いたいのかと言えば、子孫繁栄を望むならば、常に結合している状態を維持するような表現

をするべきなのに、そうなっていない。

 どういう意図の元にこういう風に作ったのか、それがなんとなく分からないのが、なんとも不気味なのだと言う。


「それにだ。お前ら、気づいたか? 」

「何がです? 」

「この祠の周りだよ」

「周り? 」

 若葉も柴田も、松木の指摘していることに未だにピンと来ない。


「祠を中心位置にして、そこの鳥居までの間でぐるっと円を描いたように、雑草が少ししか生えてねえだろ。その外は、うっそうと生い茂って、森みたいになってんのに」


 確かに、そうだった。


「マメに誰かが手入れしたんじゃないっすか」

 柴田が言った。

 若葉も同じように思った。

「だったら、順序がおかしいだろ」

「順序? 」

「お前らが手入れをしに来たら、まずどっからやる? 周りの草引きからするか? 」

「あ・・・ 」

 松木の指摘で気が付いた。


 確かにおかしい。


 祠も鳥居もところどころで苔むし、雑草が生え、蔓まで絡んで、一部は腐食までしている。

 言うなればボロボロだ。

 悠長に、周囲の草抜きをしてる場合じゃない。

 とするならば、この祠も鳥居もここ数十年に渡って、誰の手も入っていないということになる。

 だとすれば、この円状の空間は自然にできたものということだ。


「やっぱり、ここにはなんかあるぞっ、テンション上がって来たな、おいっ! 」

 興奮する松木と違って、若葉と柴田はかなりテンションが下がっている。

 二人の頭の中には同時に同じ言葉が浮かんでいた。


(きっしょーっ ・・・ ! )


 まぁ、これが普通の人間の普通の感想だろう。

 もう陽も沈んで、大分と暗くなってきた。

 冷え込みも厳しくなって来る。


「松木さん・・。早く戻りましょう。ここもう、気持ち悪いです。さ・・・ 寒気もしますし」

「そうだな。こんなもん見たら、ムラムラしてきちまう。早いとこ、ロケ車戻ろうか」

(変態・・・ )

 と頭に浮かんだが、

「今のセクハラですよ。松木さん」

「そうかぁ? いや、もうこわいこわい。こんなとこより、現代社会の方がもっとこわい。ということで、これ戻しといて」

 そう言って、松木は持っていた男根石を若葉に向けてヒョイと投げ渡すと、そのまま鳥居をくぐっ

て行ってしまった。

 渡された若葉は、一瞬触れた石の感触に、

「・・・きゃあぁっ! ・・・ 」

と、すぐに放してしまった。


 男根石は地面に落ちて、ゴロゴロと転がった。


 「戻しといて」 と言われたからには戻さないといけないが、あの一瞬触れた感覚を思い出すと、

(ダメだ。キショすぎて無理・・・  )

 別に形の事を言っている訳ではない。

 手にした時に、ヌメッとして纏わりつくような感覚がしたのだ。

 それがとにかく不快だった。

 また、あれを拾って、不快に耐えながら更に気分の悪い何かを放っているあの祠の穴に差し込む。

 耐えられない苦痛だ。


「ダメェッ!これも、立派なハラスメントよっ! 」

 手を伸ばしてはみたものの、指の先が石に届くのには、まだ、50㎝位もある。


「おーいっ! 若葉ぁっ! 早く来いっ! 」

 遠く丘の下から、松木が叫んでる声が聞こえて来た。

 気づくと、柴田もさっさと車に戻っていた。

「ああっ! もうっ! ・・・ はーいっ! 今、行きまーすっ! 」

 そう言うと、転がった男根石を、そのまま放置することに決めて、若葉は走り出した。




 鳥居の横、うっそうとした木々の陰から、住民たちが、ぞろぞろと出て来た。


「・・・聞いたけ? 」

 清史が照子に訊いた。


「あれだけ撮ったのに、ほとんど使わない気よ。全く・・・ 」

「そこやないやろ」

 孝三が冷静にツッコんだ。


「あんのぉぉぉ、ポコチンめぇぇぇ。大事な祠をぉぉぉ」

 栄作爺は怒りに打ち震えているのか、それとも単に震えているのか分からないが、とにかく震えて

いた、いや、怒っていた。

「大体、野菜やら分けてあげても、あの監督とカメラは愛想ひとつ見せへん。お返しもない。あないなもんかね都会の奴らは・・・ 」

 大人しい秀子すらなんか怒っていた。

 やはり、ほとんど使ってくれないってことで怒っているのだろうか。


「そう言えば、あの子、一人だけやね。話ししてくれるの。あとの男どもは、偉そうにヤイヤイ言うて、仕事もせんとからに」

 照子も、これに同調した。


 そして、怒りに打ち震え、さらに普通に震えている栄作爺が皆を煽動する。

「皆の衆ぅぅ、もうこれは我慢ならんぞぉぉぉ、里の掟通りにバチを当てんとならんぞぉぉぉ」

「ただなぁ、余所モンやろ? 村八分言う訳にいかんやろ」

 何気に報復について、孝三は、しれっと恐ろしい事を言う。

「とにかく追い出したらええんや。このままおられたら、うち便秘になる」

 今まで黙っていた喜代婆がようやく喋った。やはりこういう時は栄作爺と意見が合う。

「なればええんじゃ、クソアマァっ! 早うくたばれっ! 」

 意見が合うのに、栄作爺の悪口は止まらない。

「あの子だけなら、いい子なんやけどねぇ・・・ 」

 秀子の言うあの子とは、当然、若葉の事なのだろう。

 というより、栄太爺の悪口は、聞き流されているようだ。

「おう、そうや、じさまよ、栄太の嫁にどないな? 」

 清史が、栄作爺に、とんでもない話を急に振った。

「栄太よりもぉぉぉっ! あんな罰当りの監督よりもぉぉ、わ・・・ わしのブルース・リーが暴れまくるどぉぉぉーっ! 」

 栄作爺もやぶさかではないようだが、そこは息子に譲ってほしかった。

「元気ねぇぇ~ 」

 またしても秀子が、ずれた感想を言っている。

「もうじじいっ! うちのところに夜這いに来るくらいなら、今から一発ぶちかまして来い」

 照子が、過激を通り越した爆弾発言をして、

「・・はぁっ? 」

 それを、当然、清史は聞き逃さなかった。

「よぉぉぉぉしっ! 」

 喜代婆もやる気になってきた。

 これを受けて、孝三は行動に移すべく、清史に声を掛けたが、清史は先程の照子の発言で、少し我を失っていた。

「清史っ! 」

と言って、孝三が一発思いっきり張ると、鼻から血をチロッと流しつつ、我に返った。

「なんや? 」

「とりあえず、じじいのドラゴンが燃えたら、いつもように車に火をつけるぞ」

「やるんか? ・・・ やるんやな、わかった」

 清史は何か心の内にあるものを、これに全てぶつけるような感じになって、妙にやる気になった。

「杉作ん時以来やね。頑張って」

 人の乗ってる車に火をつけるという、普通の犯罪行為に手を染める夫に普通に頑張れという秀子の感覚は分からない。

 しかも、杉作の時以来というから、さらに驚きだ。

「あの子には、優しゅうしてね。じさま」

「まぁかぁせぇぇんかぁぁっ! 」

 照子も照子で、普通に強制性交という犯罪行為を、八十近いじじいに奨めた挙句、優しくしてあげろと言う。

 田舎の人間の持つ、都会人には理解できない特殊な倫理観なのか、それとも、ここの集落の人

間の倫理観がバグっているのか、恐らくは後者だろうし、後者でなければならない。


 とにかく、すっかり暗くなった夜道を戻り、住民の男衆は、松明片手に家を出て、若葉や松木、柴田のいる軽のバンに近づいて行った。


 車内で、日中の映像をチェックしていたクルーたちの中で、はじめに車外の異変に気が付いたのは、やはり若葉だった。


「あれ? 」

と言った瞬間。

「いったぁぁっ! 」

と言って、跳び上がったのは松木だ。

 なぜか必死に自分の尻を押さえている。

 ただでさえ機材で溢れかえる狭い車内を、松木が暴れまわるから、若葉も柴田も、すぐに車外に飛び出た。

 松木については、どういうわけか服を脱ぎだしている。

 いや、見ようによっては脱がされている。

 何に脱がされているのかわからない。

 若葉が暗い中でよく見ると、あのテンションの高い爺さんが松木を襲っていた。


(嫌なものを見てしまった)

 世に様々な趣味嗜好の人間がいるが、いい歳したおっさんをジジイが襲う絵を見たいかと言われれば、百人が百人、見たくないだろう。


 立て続けに、突然、車が火を上げた。

 出火元は、恐らくタイヤだ。

 室内の後部座席にもいきなり火が付いた。

「うわぁーっ! 」

 気が狂ったように慌てだしたのは柴田で、火のついた車内でじじいに襲われ続ける松木なんかは視野にも入れず、必死に中から機材を出していた。


「あっつぅぅぅ! 」

 松木は、なんとかじじいを振り切り、ハダケながらも衣類にも火が燃え移ってしまっている中、なんとか車外に脱出した。

 燃える衣服を全て脱いで、なんとか火を踏み消す。

 残念ながら松木は下着一枚になっていた。

 十二月の山中の夜に、下着一枚で外に放り出されてしまったが、今は幸い燃え盛る車の熱のおかげで凍えるどころか軽いやけどを負うくらい熱い。


 柴田は、とにかく最低限カメラとか大事な機材だけ運び出した後、やっと、

「伊藤ちゃん、大丈夫っ? 」

と若葉に声を掛けてくれた。


「早めに出たから、大丈夫」

 特に期待もしていなかったから、若葉は淡々と答えた。

 ここに至っても、まだ二人は松木に声を掛けない。

「なんだぁっ! こりゃぁーっ? なんで、ケツの穴が痛ぇぇんだよ。・・アツアツツアツッ! アチチチッ!! くっそぉッ!ロケ車も燃えちまったぁっ! 」

 とにかく何が起こったのか分からない松木は、ただ叫ぶことしかできない。


「伊藤ちゃんさ? 」

「何? 」

「おまえ、わかってたろ? 見えてて黙ってやらせたな? 」

「やっぱりわかっちゃった? いや、でも、気付いてすぐだったから」

「松木さん、大丈夫かっ? 」

 ここに来て、ようやく柴田が声を掛けた。


「俺はいいっ! 柴田ぁっ? カメラはっ? 」

 松木のテンションがおかしい。

「だいじょう・・・ 」

 大丈夫と答えようとした柴田の言葉を切って、

「違うっ! 回ってんのかっ? 」

と叫んだ。

「・・あ・・、ああっ! 回します」

 異常とも思える松木のテンション、かつ下着一枚となった姿のこのテンションが異常なのか。

「入ったか? じじいだっ! 」

 松木は、柴田に確認するかのように訊いた。

 意外と冷静なのかもしれない。

「確かに・・・ 。見たっ! 見たっすっ! 入ったかわかんないっすけど・・・ 」

「よおしっ!・・・ これだよ! これ! これがいいんだよ! これを待ってたんだよ! 」

 いや、やはり異常だ。

 目がイッてしまっている。

「恐るべき・・・ ポジティブ・・・ 」

「そこはプロ意識って言ってやれ」

 柴田は若葉を窘めた。


「ようし柴田っ! なにがどうなってるのか知らねえが、カメラを止めるなっ! 」

「お・・おお、おうっ」

「若葉ぁっ! 奴らどこ行ったぁっ? 」

「・・・ あの、祠の丘の方に・・・ 」

「若葉―っ! この際、どうでもいいから、あいつらをもっと煽って来いっ! 」


(ヤバいテンションだ。止められない )


「言われなくても、そうするつもりですっ! 」

 若葉は、松木、柴田を先導するように、先に丘を上がって行った。

 先に行って、彼らと接触して、なんなら逃げてもらう気でいた。

「柴田ぁーっ! カメラ寄越せっ! よおしっナイスですねーっ! 」


 柴田からカメラを奪い取ると、勢いよく丘を駆け上がって行く。


 もはや、姿かたちは全裸監督だ。

 テンション含めてどこから見てもヤバい。




 孝三と清史、そして栄作爺が、息せき切って祠に戻って来た。

 迎えた秀子らは、何か様子がおかしいことに気付いて、

「何? なになに? どないしたん? 」

と聞くと、

「なんだ? あいつ? 」

「こわいっ、こわいよ~っ! 」

と孝三も清史もまともに答えられない。


「何やっ? あんたっ? どないしたんって? 」

「わしのぉぉぉ、ドラゴンがぁぁぁっ! 」

「どうしたの? じさまのドラゴン? 」

 秀子が、聞かなくてもいいのに聞いてしまった。

「考えずに、感じてもうたら、ケツの穴ほってもうたぁぁっ! 」

「何? じゃ、成功したんやないの? 」

 照子、違う。

 そうじゃない、そこではないのだ。


 そこへ若葉が駆け込んで来るなり、

「皆さんっ! 逃げるか、迎撃の用意をすぐにっ! 」

「何? 逃げるか迎撃って、どっちよ? それより、何によっ」

「今から、ポジティブ罰当り全裸監督が来ますからっ! 早くっ! 」

「はぁっ?!」

 言ってることの全てが理解できない。


 そこへ異常なテンションの松木がカメラを抱え、照明2つを頭に鉢巻きでくくりつけて、やって来た。

 どこかで見たことのあるいで立ちながら、下着一枚だからより怖さが増している。


「おりゃああぁ~! 祟れぇぇっ! 呪えぇぇぇーっ! 霊障ぉー バッチ来ぉぉぉーいっ! 」


「何言うとんの、こいつ? 」

「それが全くわからん」

「もっと、罰当ててくれってことなんちゃうか? 」

「バチってそんなもんやないような」

 思い思いにこの異常者に恐れおののいている住人達。


 ただの報復の嫌がらせでしたことが、予想だにもしていない事態となってしまった。


「何言ってんだよっ! お前らが呪わないで、誰がすんだよ」

 松木が彼らに返した。


「会話してる? 聞こえてる? え? もしかして、見えてる? 」

 これに一番驚いているのは、若葉だった。


「映ってる! 映ってんぞっ! お前らぁ! ほら、やれっ! かかって来いよっ! てか、逆にはっきり映り過ぎだっ! この野郎っ! もっと、薄くなれよっ! 融通効かねえなぁっ! さっきまで全然映らなかったクセしやがって」


「おい、こいつ何言うとんの?」

 ちょっと何を言ってるのかわからないから、孝三は若葉に訊いた。

「・・・ あの、その・・・ 」

 若葉も、ちょっと説明できない。


「・・・  あんたら本当に自覚してないのか? 」

 松木に遅れてやって来た柴田が孝三に尋ねた。

 ということは、柴田にも見えている。

「はあ? 」


「今度こそわしのぉぉ、ドラゴンをぉぉ! 」

 栄作爺がどさくさまぎれに若葉に襲い掛かろうとする。

「えっ? 何っ? なになにっ? 」

「伊藤ちゃんっ! ちょっと、じいさんっ! 」

 柴田が栄作爺を若葉から引き離そうとするが、何をどうしても栄作爺を触れない。

 手がすり抜けてしまうのだ。

「ジャマすなぁぁっ! クソして屁ぇこいてくたばれえぇぇっ! 」

 必死に若葉の服を脱がそうとするが若葉も当然抵抗する。


「だから、くたばってんだよ」

 松木が言った。


「はっ? 」

 住人たちが、止まった。


「いや、だから、あんたら全員、とっくにくたばってんだよっ! 」

 もう一度、松木が言った。


「は? 」

 再び住人全員の言葉が揃った。


 到底受け入れ難い言葉を突然何の脈絡もなく言われた。

 

 もうわかっていることとは思うが彼ら住人たちは松木や柴田には見えていなかったのだ。


 カメラに「入った」とか「入っていない」とかは、そのままの意味で映っていなかった。

 若葉にだけ、その存在が確認できた。


 若葉は霊視ができた。

 会話もできる、そこそこ強い霊能力を持っていた。


 松木は、若葉のその能力を宛にして彼女を雇った。


 ただ、当の若葉はと言うと、正直、この能力のせいで碌な人生を歩んで来れなかった。

 学生時代においても、社会人になってからでも、とにかくこの能力が足を引っ張った。

 まともな職には付けず、この能力を活かす仕事として葬儀屋とかもやったが全て逆効果だった。

 問題になったのは視えるよりも聞ける方だった。

 知りたくもない秘密を打ち明けられることもあるので、必要以上にストレスをため込んでしまうし、下手な事を口にもできない。

 昔、その加減がわからない時には、思わず口にしたことで警察に連れて行かれそうになったり、危ない組織に命を狙われそうになったこともある。

 能力が知られたら、それはそれで怪しい奴らが近づいて来たりもした。

 若葉からしたら、すぐにでも手放したい能力ではあった。

 病気と思って何度も病院に行き、カウンセリングも受けたが、結論として病気でも精神疾患でもない、紛れもないギフテッドであった。


 悩みに悩んだ。

 ただ、自殺と言う考えは起こさなかった。


 それはそうだろう、その後の人たちからの感想を聞いてるんだから、何の解決にもならないことは分かっていた。

 彼女はできるだけ能力の無駄遣いをできる職を選んで、占い師の助手なんかをやっていた時に松木

と知り合いスカウトされた。

 松木にしてみれば、これほどありがたい人間はいないだろうし、若葉にしてみれば、これほどバカバカしい仕事ならと思えただろう。


 互いの利害が一致したことで雇用関係が成立した。


 とは言え、今は何故か若葉にだけ見えていたものが、松木にも柴田にも見えて、聞こえるようにな

り、さらにカメラにもはっきりと映っている。

 一体、何が起こってこの状況になったのかを若葉も理解できなかった。


 理解ができないと言えば、まったく理解できないのは住人たちだろう。

 彼らは、普通に生活しているだけなのに、いきなり死んでいると告げられたのだ。

 しかし、彼らがどうあろうともこの世に存在しない者であることは、松木、柴田、そして何よりカメラに映らないことで証明されている。




「何してんですかっ? 」


 興奮と困惑の中、突然、声がした。

 声の方向は鳥居の方だ。

 そこに全員が目を向けると、立っていたのは多田(おおただった。

「いったいなんの騒ぎですかっ! 」

 役場の作業着を着て、何か長い物を入れたバッグを背負っている。


 突然の多田の登場に、全員の動きが止まったのはいいが、問題はそのタイミングだった。


 パンイチでカメラを担いだ松木とやや衣服の乱れた若葉とそれに覆いかぶさるような体勢の柴田、

そして最も残念なことに、多田の目に住人たちが見えていないことだった。

 

 つまり、若葉と柴田の間にいる栄作爺が見えていないので、一見したところ、襲っているのが柴田に見えるのだ。

 そして、それを下着一枚で照明を当てつつカメラで撮影している。


 もう、その絵だけで十分だった。


「あんたらぁ~、テレビ取材だって言いながらぁぁぁ~っ! ・・・まったく、最近の企画ものは、こんなとこまで来たんですか? 」

「えっ? いやっ、違うっ! 違う違うっ! 」

「違いますっ! 違いますよっ! 」

「誤解だよっ! 」

 三人も一体何に誤解されているのか、冷静にならずとも状態を客観視すれば、すぐに理解できたから必死に弁明するが、さすがにかなり難しい。

「いや、ほら違うんだって、本当に。企画物でもホラー物でね。ほらぁっ、それっ、そこに幽霊が! ・・・あ、消えた」


 どうやら、また、松木にも柴田にも見えなくなったようだ。

「まだ、いますよ」


「え、なに? 何の勘違い? いや、本当違うし。AVじゃないしっ! 」

 松木は誤解を解こうと必死に訴えるが、松木の今の格好が一番説得力が無い。

「言い訳は、警察で言って下さい。これ、きっちり責任取ってもらいますからね」

 多田は完全にそうだと確信してしまっている。

「冗談じゃねえぞ。今折角、超特ダネを撮ったとこなのに警察なんぞに没収されてたまるかっ! 」

「はぁ? ・・・ 特ダネ? 何を言ってるんですか? 」

「だから、 「たたり村」 の都市伝説は実在したんだよっ! 」


「たたり村? 」

 これに、反応したのが、当の住人たちだった。


「松木さん、ここの住人たちが一番驚いてますよ」

「え、嘘? 」


 それを聞いた多田は驚くことも、かと言って一笑に付すことも無く、どちらかと言うと怒気を含んで言った。

「何を、どんな格好で言ってるのかと思えば・・・ 。あのね、そんなの単なる都市伝説ですっ! 根も葉もない単なる与太話なんですってっ! 」


 多田の立場から言えば、そう言いたくなる気持ちは痛い程理解できる。

 このせいで、どれだけ自分の仕事が妨害されていることか。


「そんなことねえっ! ここにっ! ここに映ってんだよっ! それが何よりの証拠だよっ! 」

 松木もここは引き下がれない。

 ここまで撮った以上、絶対に売れると確信している。

 より真実味を持たせるには、さらに取材を進めてこの現象の謎に迫れば、それだけで一本の番組として十分に成り立つ。

 買い手には困らないだろう。


「そりゃ、映っとるよ」

 照子が当たり前のように言った。

「映らへんなんて、そんな幽霊じゃあるまいし」

 秀子も賛同した。

 

 どうやら、彼らはまだ、自分たちが幽霊だとは思っていないらしい。


「何をバカな事を・・・ 」

 多田はそう言って鼻で笑うと、こう続けた。

「いいですか、おたくらのような人がそんなことを言い出すもんだから、最近、本当に迷惑してるんですよ。勝手にここに立ち入って、危険にもかかわらず倒壊寸前の家にも入って、動画を加工編集して、さも本当に出たかのようにするもんだから、どんどん増えてっ! 」


「細かい単語が全くわからへんけど、そうやその通りやっ! ほんまに迷惑しとんねん。どんだけ恐いか知らんやろっ! 」


 清史が、多田の言葉に乗っかったが、若葉は冷静に、

「実は向こうがね」

とツッコんだ。


 迷惑かどうかと言えば迷惑なのだろうが、恐怖と言う点においては種類が全く違うものの、度合いとすれば向こうの方が上であろう。


「違うんだよ、それが。確かにいたんだよ、ここに。そして、祟りの伝説も実在した。伝説の通りだろ、祠を触れたら祟りとして住民が斧もって襲ってくる。いきなり火を点けられる。何十年も誰も住んでいない廃村にも関わらずにだ」


「誰も住んでない廃村て、住んどるっちゅうねん。確かに少ななっとるけど、ひどいわぁ」

 照子が言った。

 

 住人たちは多田の主張に乗っかってはいるが、多田に彼らの同調は聞こえない。


「だぁ~かぁ~らぁ~っ! 何もないんですってっ! ここは、四十五年前からずっと誰一人住んでない廃村なんですからっ! 」


「はぁ~っ? 」


 住人たちはあっという間に自分たちの存在を否定されてしまったことにショックを受けて、思い思いに言いたいことを言い出して騒ぎ出したが、その主張は悲しいかな若葉にしか聞こえない。


「ああっ! もう、うるさいっ! 」

 若葉が耳を塞いで怒鳴ったものだから、

「なんだとうっ? 」

と多田と松木がこっちの話に言われたのかと思って、二人同時に若葉に言った。


「違いますっ! すみませんっ! 」

 紛らわくてごめんなさい、という感じで、これだからこの能力は碌なもんじゃない、と若葉も思うのだが、若葉は何よりも多田が何者なのかを聞いた。


「あの、ところで・・・ どなたですか? 」

「はっ? ・・・ あ、ああ。多田良町役場多田里地区活性化係の多田です」

「町役場? 」

 全員が、「ああ、なるほど」と納得した。


 納得したのだが、住人たちにとっては絶望的な事でもあっただろう。

 役場の人間から集落の住人として存在を否定されてしまったのだから、

「あの、たださん? 」

 若葉が、突然名を呼んだ。

「はい? 」

 住人は反応して返事した。

 全員、たださんだからだが、そこに何故か多田も反応した。


「はい? 」

 多田も反応したものだから若葉が聞き返した。

 するとまた、

「はい? 」

 住人たちは名前を言っといて聞き返す若葉に訊き返したが、これにも多田が反応したものだから、

「たださん? 」

ともう一度若葉が尋ねた。

 すると、今度は住人たちだけ、

「はい」

と答えた。

 多田は、「いや、おおたです」と訂正した。


「でも今、たださんで返事を? 」

「よく間違えられるんです。言い間違えで呼ばれるのは慣れてるんです。で、なんですか? 」

「は? 」

「いや、なんか言いかけたでしょ? 」

「あ、ああ。あの、本当に起こってるんです。その、無いと言っておられる、いわゆる超常現象」

「はっ!・・・ あなたもですか? 」

 多田はさすがに呆れ気味で吐き捨てるように言った。


「俺もそれを主張できる。見たものは見たんだ。」

 柴田も若葉をフォローした。

 松木だけでは恰好が恰好なので、何を言っても説得力が無い。


「はい、はい」

 聞く耳持たないって感じで流すと、多田のスマホが鳴った。



十一


 多田は、三人に「そのままで」といったジェスチャーをして、電話に出た。


「はい。・・・ああ、邑田さん。今捕まえましたよ。テレビの取材なんて嘘でして、本当はAVの撮影ですよ・・・ 」


「いや、だから、それ違う」

 松木がツッコんだ。


 そんなことよりも孝三が気になっていたことを、この際、若葉に尋ねてみた。

「あの板、トランシーバーなんか? 」

「いえ、電話です」

 すぐさま若葉が答えると、

「ええーっ? 」

 これには、住人全員驚いた。


(それでそれなら、もうスマホの説明できないな)

 これ以上、説明するのは面倒くさいなと思ってやめた。


「とりあえず、適当に許可なんてしないで下さいよ。事故が起こってからでは遅いんですよ」

というと、「あ」と言って、スマホを離して松木達に、

「そう言えば、この下にある炎上した軽のバンってあんたたちの? 」

「・・はい」

と若葉が答えると、

「あのねぇっ! 何考えてんのっ! 何を証明したいか知らないけどっ! 」

とかなりキツメに怒った。

 そして、スマホに戻って、

「とりあえず、警察に連絡して下さい。宜しくお願いします」

と言って、電話を切った。


「おいっ、こらっ、お前らっ俺たちが付けたことになってるぞ。何とか言えっ! 若葉っ! やつら、そこにいるんだろうがっ! 」

「彼ら、黙ってます。素知らぬ顔を決め込んでますよ」


「あなたもあなたでそういうこと言っても通用しませんしね。警察呼びましたから」

 多田は、とにかく警察が来るまで三人をここで留めておくことにした。


「なんでそんなに隠すんだよ」

「何も隠してませんよ。くだらない都市伝説を信じたいだけなんでしょ」

「あのなぁ、おまえが信じてなかろうが、関係なくな。こっちには、生き証人がいるんだよ」

「死んでるけど」

 柴田がツッコんだが、すぐさま、

「いや、死んでへんしっ! 」

と住人たちがツッコみ返した。


「何十年前かわからんが、ここの住民が突然いなくなった。何が原因かも知らんが、言われているのは、住民の一人が発狂して・・・ 」

と説明を始めた松木のセリフを遮るように、多田がその話の続きを話し出した。


「村人全員を惨殺して自ら命を絶ったとか。国家事業の陰謀に巻き込まれて、村人全員毒殺されたと

か? バカバカしい。事件性なんてありませんよ。ただ、あるのは、いまから四十五年前に、誰もいなくなったこの廃村が町の管理地になったっていう事実だけです」


「いや、出てんだけど、死人」

と柴田が言った。


 何を隠そう、その死人たちが目の前にいるのだ。

「いや、誰が? 」

 孝三が、そう言ったものの、若葉がすかさず、

「あなたたちです」

と言ったものだから、

「だから、」

と柴田の言葉に反応した多田と呼応して、

「死んでへんってっ! 」

とハモった。


「息、ぴったりですね」


と若葉が言うが、当然、ハモって聞こえたのは若葉だけだから、多田は、

「誰とぉっ? 」

と普通にツッコんだ。


「てことは、惨殺されたっていうのは無いか・・・ 」

「毒殺されたって線も無いっすね」

 松木と柴田に至っては、多田のツッコミすら聞いていない。


 彼らに死んだという認識がないということは、苦しむことなく死んだということになる。

 一瞬の出来事で死に至ったか、もしくは眠る様に亡くなったか。

 一瞬の出来事で、6人全員が亡くなるとなると、爆発でも起きないと無理だろうが、今の集落の状態を見る限り、その可能性はない。

 もしかしたら、ショックか何かで、死ぬ直前の記憶を失くしてる可能性もある。

「本当に死んだ認識無いんですか? 」

 若葉が村人たちに改めて訊いたつもりが、

「私は死んでません」

と多田が真顔で答えた。


「貴方に訊いてるんじゃなくて」

「じゃ、誰に訊いてるんですか? 」

「少し黙っててもらえません? ・・・ で、どうなんですか? 」

「いや、だからっ・・・ 」

 多田が執拗に絡むものだから、

「黙れって言ってんだろっ、訊けねえだろうがっ! 」

と松木が多田に怒鳴った。

「訊けんのかよっ! あんたっ! 」

「俺が訊けるわけねぇだろっ! バカかお前っ! 」

「なんだそりゃっ? ・・・ ね、ちょっと、彼女は何? 」

 多田も本当に気色悪くなってきたのか、本気で若葉について松木に訊いた。

 松木は、これについて返さない。

 ただ、

「とりあえず、一旦は黙ってろ」

と言うだけだった。


「あたしたち、本当に認識がないんよ」

と、まず秀子が答えた。

「・・・ そうですね。でも、なんか気づきません。こう会話に違和感? 」

「そらまあ、なんとなく感じてるよ。もう最初から、あんたとしかまともな会話ができてへんからな」

 孝三は正直に話した上で、自分なりにまとめてみた。

「つまり、あんただけしか俺らが見えてへんし、聞えてへんってことなんか? 」

「・・・そうです。カメラを向けてもそもそも映らないんです。撮影した時も何も映ってない風景をずっと撮ってただけなんです。何か特別な条件が整ったら、見えたり聞こえたり、映ったりするみたいで・・・ 」


「・・・ それってつまりは、わしら、幽霊ってことなんか・・・ ? 」

 清史もようやく理解はできたようだ。


「このアマぁぁ~、イタコかぁぁぁ~? 」

 驚愕の事実に打ち震えているわけでも無いが、震えた声で栄作爺が若葉の能力を端的に聞いた。

「イタコ ? 」

 若葉の年齢ではこのイタコというのはピンと来ない。


 ただ、何を言いたいかは理解してくれた。

「ま、わからないですけど、とにかく、そういうのが見えるんです。こんなに会話したのは、あなたたちが初めてですけど。ここまで、無自覚に幽霊になってる人もいませんでしたから」


「ほんまかいな、わしらが死んどるって・・・ 、全然気づかへんかったぞ。こんなんあるんかいね? 」

 死んでいるという自覚が無いからか、動揺はしているものの悲嘆にくれたりパニックにはならない。

 ただ、ぼんやりと自分たちがいつのまにか幽霊という存在になったということだけは半信半疑だが、理解できたみたいだった。


「ようやく死んでることに納得してもらいました」

と若葉は解釈したが決してそういうわけでは無い。


「ここに来るまでに一応調べたんだよ。この集落には、昔から祟りの伝承がある。そうだよな? 」

「ああ~、祟り神のことかいな」

と案外すんなりと、喜代婆が認めた。


「あの祠に関わる言い伝えや。四十五年に一度、祠の神をないがしろにした者に祟りが起こるってやつやろ」

 孝三が、さらっと答えた。すると、清史もうんうんと頷いて、

「祟られた者は死んで、次に祟られる者が来るまで魂がこの地に縛られる、ちゅう話やな」

 清史がそう言った瞬間、住人一同がはたっと気が付いた。


「あれ? ちょっと待って・・・ 。それって、よう考えたら、今のうちらの事なん? 」

 ここで、ようやく伝承と自分たちの関係に気が付いたようだ。



十二


 そして、噂や都市伝説ではなく確かにこの地域に祟りの伝承があり、それによる被害者もいるという可能性が出て来た。


「・・・ とりあえず、たださん? 」

「はい」

 また、多田も返事して、すぐに、

「いや、おおたです。いい加減覚えろよ」

「だから、あなたに言ってるんじゃないんです。つまり、皆さん全員、たださんってことですね」

「せや」

と住人全員が返事した。

「じゃ、左から、多田孝三さん、その奥様の秀子さん、多田清史さん、その奥さんの照子さん。照子さんのお母さんで喜代さんに、最長老の多田栄作さんで良かったですか」

「せや」

 住人一斉に認めた。

 ついでに、照子が、

「今おらんけど、じさまのとこに息子の栄太もおるよ」

と追加したので、それも若葉は復唱した。


多田(おおたさん? ・・・ どうです? 私、嘘ついてるように見えます? 」

 多田は、はじめ言葉が出なかった。その後、なんとか出た言葉も、

「ウソだろ」

という事しか言えなかった。


 しかし、ここで動揺してはいけない。

「いや、そんなドヤ顔で言われても、当時の住民の名前なんて、私だって知りませんよ」

「当時の? 」

 松木が食いついた。

「お前、今、明らかに動揺したろ? 当時のとはどういうことだ? 俺らは『いつ』とは言ってねえぞ」

「・・い・・いいえっ! 」

 多田は、墓穴を掘った。

 そう、この男は明らかに何かの事実を隠していることは明白となった。


「じゃ、あの、年代確定しますね」

「ああ、なるほどな。じゃ、総理大臣からかな? 」

「角さんやな」

 住人は即答した。


「全員一致で一糸乱れず、角さんだそうです」

「ああ、角栄か」

 松木はすぐにわかったようだが、肝心の若葉がピンと来ていないようだ。

「あ・・あの? 」

「田中角栄」

 柴田が助け舟を出したが未だにピンと来ていない。

「ああ、はい。ええ」

「伊藤ちゃん、知らないの? 田中角栄」

「すみません。不勉強で」

「確か角栄なら、昭和四十七年から四十九年すね。じゃ、長島は? 」

 今度は柴田が訊いた。

「はい? 」

 またしても若葉はピンと来ていない。

 が、住人達、特に男たちは即座に、

「ああ・・・ちょーさんなぁ、引退しよったなぁ」

と遠くを見る目で残念そうに答えた。

「引退したそうです。え、誰です? 」

「おいおいおいっ! 本気か、この娘? 」

 若葉のあまりの知らなさぶりに、さすがに黙っていられなくなったのか、孝三に続いて清史ですら、

「どうした? 苦労しすぎか? あの長島茂雄やぞ。ミスターやぞ? 」

と若葉を追求し、挙句、栄作爺からも、

「くたばれぇぇぇぇっ! 」

と思いっきり罵られてしまった。


「むっちゃ、ディスられましたぁ」

 半分泣きそうな声で若葉が言った。


「これで、ほぼ特定できた。つまり、今から四十五年前、昭和四十九年の十一月か十二月の初旬くらいっすね」

 柴田はすぐに時期を特定した。

 生まれる前のことだが、案外よく知っている。

「十二月五日や。聞いたらええやろ? 今日は何日やって? まわりくどい」

 孝三の言う通りだろう。


 ただ、松木にも柴田にも違う意図があった。

 若葉の知らない人物の名前を出すことで、より信憑性を持たせる目的があったからだ。


「日付は十二月五日だそうです」


 多田は、この日付を耳にした瞬間、顔が明らかに変わった。

 それを松木は見逃さなかった。


「・・・ おいおい、どうした? 顔色悪いぞ」

 松木としては都市伝説の真相を追求して怪異現象の根拠にしようという、極めて軽い気持ちで責

めているのだろうが、多田の顔はそんな程度では済まされない程、深刻な面持ちだった。


「マジか・・・ 。なんだ、お前? ・・・ 本当か? 」

「あん? 」

「お前じゃないっ! ・・・おい、君? 本当に、そこにいるのかっ? あの当時の住人がっ? 答えろ! 」

 多田は、今までの対応とは明らかに違い、何か焦っている様にも見えた。


「なに? ・・・ どうしたの? いきなり・・・ 」

 柴田も、多田の変貌ぶりに驚いている。


 ただ、一番その変貌ぶりに動揺したのは、外ならぬ若葉であろう。

「・・・ ええ・・・ 、確かにいるわよ。6人・・・ 」

「・・・ そうか、いるんだな・・・ 。6人・・・ 」

「わかったろ。そういうことだ。そろそろ、包み隠さず言え」

 松木は多田の動揺ぶりを特に重要と考えていないのか、自分の興味が上回っているのか、真相を聞き出そうと躍起だった。


 そんな松木の思いがわかったのか、多田は、突然笑い出した。


 少しとかそんなものでなく、まるで狂ったかのように大笑いした。


「わかってない。何もわかっちゃいない。・・・ お前ら、ただの都市伝説の根拠になるような、ぼやっとした事件と紐づけたいだけなんだろう。・・・ 今からでも遅くないから帰れ。悪い事は言わん。ここの事にはもう触れるな。そんじょそこらの呪いや祟りの話とはわけが違うんだ」


「やっぱり知ってんじゃねえか。いいじゃないの。こちとら、そういうのを期待してんだよ。そこいらの半端なユーチューバーと一緒にするんじゃねえ」

 多田の言葉に松木のテンションはさらに上がった。


 ただ、これを聞いた柴田や若葉は何を知っているかわからないが多田のただならぬ雰囲気に確かに

単なる脅し文句じゃないことくらいはわかった。


 特に若葉については、多田の脅し以前に、この目の前にある祠から放たれているただならぬ気が、今までに感じた事のないヤバいものというのを十分分かっている。


「松木さん。・・・ 言う通りにした方がいいと思います。これ確かにかなりヤバいです」

「バカ野郎っ! 多少、ヤバいくらいで引くんじゃねえよ」

「いや、多少じゃないですよ。これ」


多田はゆっくりと肩にかけていた長物を入れるバックを下すとゆっくりとそのチャックを開け始める。

「・・・ このあたりは、猪がよく出るんですよ。たまに熊なんかも出る。そういったことで、地域担当してることから許可を取ってね」

 と言いながらバックの中から猟銃を取り出した。

「えっ? そうなの? 熊出んのっ? まじでっ? 」

 松木は言われたことをストレートに受け取ったようだが、多田の異様さに気付いた柴田はすぐに多田の目的を察した。


「おい、おいっ! 悠長なこと言ってらんないっすよっ、松木さんっ! 熊相手に出してるわけじゃないっすよ、こいつっ! 」


「まさか、人に向けることになるとは思ってなかった」


 多田は松木たちに銃口を向けたものだから、松木も柴田も、突然のことに反射的に両手を上げるこ

としかできず言葉も出なかった。

 多田がここまでする理由は、ともかく本気ということだけはわかった。


「きゃあああーっ! 」

 若葉はシンプルに悲鳴を上げたが、若葉の悲鳴と同時に住人達も、

「ひいいーっ! 」

と悲鳴を上げた。

 それどころか、住人たちと若葉が、交互に入れ替わって盾にするために互いの背後に回り込む。

「ちょっと、あんたたちっ! 幽霊だから撃たれないでしょっ! 」

「なら、幽霊だったら盾にもならんやろっ! 」

 醜いやり取りをしてる中、多田から見たら単に若葉がギャーギャー言って一人でクルクル走っているだけなので、

「うるせえっ! お前、動くなっ! そっちに固まれっ! 」

「なんだ? なんだ? いきなりっ! 」

 銃で威嚇され、三人を集めさせて、多田は、ゆっくりと祠に向けて後ろ歩きして行った。

 多田からは見えないのに、住人たちも若葉の後ろに引っ付いていた。

「ちょっと、姉ちゃん。あいつ、どっかで見たことあるんだがな」

「え・・、あの多田さんですか?」

 孝三が若葉に声を掛けたことで、清史が逆に孝三に尋ねた。

「なんや、あいつがどうしたんや? 」

「ほれ、よう見てみいや」

 孝三がそう言ったので、清史も他の住人も一斉に多田をよおく見た。

 すると、秀子が気付いた。

「あら、あらあらあらあら? 」

「なんや? 」

 清史はまだわからない。

 照子も気がついた。

「確かに、似とるな」

「誰に? 」

「あああ・・・ 」

 栄作爺も喜代婆も気が付いたようだった。

「何? 誰? 」

 若葉と清史だけはわからない。



十三


「動くな・・・ 動くなよ・・・ 」

 多田は銃口を向けたまま、徐々に祠に近づいて行く。

 そこへ、

「多田君・・・ 」

と呼ぶ声がした。


 気が付くと、鳥居の所に邑田が立っていた。

「多田君? 何・・・ ? やってんの・・・ ? 」

「あ・・、邑田さん。・・・え? あれ? 来るの早くないですか? ついさっき電話で・・・ 」

「警察は手配したわよ。・・・ていうか、これ、呼んでよかった? 」


 突然の邑田の登場で多田はさらに困惑したが、

「でも、ごめんなさい。・・・ ちょっと、その前に・・・ ちょっとっ! そこのあんたっ! そうっ!あんたよっ、あんたっ! 」


 どうやら邑田が怒鳴っている相手は明らかに松木のようだ。

 松木も自分を指さしている。

 邑田は、松木を見て、少し興奮してる様だった。

「・・・ も、あのっ・・・ 、とにかく、なんか着なさいよっ! ・・・ この緊迫しそうな場面に、なんて格好してんのよっ! 」

 邑田にツッコまれ、ここに来てようやく自分の恰好に気が付いた。

 テンションが上がりすぎていたのと、緊張感のせいですっかり忘れていたのだろう。

 いきなり彼にとてつもない寒さと恥ずかしさが襲って来た。

「あ・・・ 、あ・・・ 、さむっ! さむさむっ! ・・・うるせえっ! 畜生! 着替えも何も燃えちまったんだよっ! 」


「うるさい! これ見ろっ! もう少し緊張感持てんのかっ! 」

 銃を持っているのに、何故か今一つ緊張感が出ない。


「いや、持ちたいのよ。本当。でもね、この変質者がね・・・ 」

「おいっ! 誰が変質者だ」

 とにかく、今まで感じていなかった分だけ一気に猛烈な寒さが松木を襲うが、どうしようもない。


「しゃあないなぁ。おい、ちょっと着せたれ」

「はい、はい。もう、しゃあないわね。これ貸してあげるし、ほら、早よ着て。ほらほら。ほらほらほら」

 孝三に言われて秀子が着ていたドテラを、松木に着させてあげた。

 まあ、幽霊なのだから寒さも何も関係ないのだろう。

 ただ、

「いや、あの・・・ それは・・・ 」

 若葉も、わかっていてそれを言おうとしていたが、

「あれ、なんか、急にあったかくなってきた」

 こころなしか寒さがましに感じたらしい。


「あの、すみません。・・・ これね」

 と若葉が言いかけたが、秀子は、 

「ええんよ、お礼なんか」

と自分のしてあげたことにあまりにも満足気であった為、若葉はもう言えなくなってしまった。


(そうじゃなくて、私しか見えない服なんだけど )


 そりゃそうだろう、他から見れば、未だにパンツ一丁のままだ。


 突然、銃声が轟いた。


 全員が、びくっ! として、多田に注目する。


 多田は銃口を上に向けて、発砲したのだ。


「・・・ 緊張感・・・ 出た? 」

 全員は沈黙で返した。


「なんでなんだ。なんでこの日に限ってこんなに人が来るんだ。お前らそんなに死にたいのか? 」

「だから、お前、さっきから何を言ってんだよ」


「そんなに死にたいなら死んでもらう。俺は忠告したぞ。何度も何度も、ここに近づくなと何度も」

「・・・ 忠告・・・ ? 」


 松木と柴田、そして若葉も多田の言ってる意味が分からなかった。


 そして彼が何をしようとしているのか、そもそも何故ここに来たのかも分からない。 


 多田は祠の前に立ち、

「この祠の石を・・・ 」

と多田が言って視線を祠の中に向けた。

「ん? ・・・ んん? ・・・ あれ・・・ ? 」

 祠の穴に収まっていた石が無い。


「石がどうしたんだよ? 」

 松木が尋ねた。


「・・・ なんで、石が嵌まってないんだ? 」


(あっ・・・ )

 若葉は、男根石の方に目をやった。


 石はまだそこに転がっている。


「おい、若葉、直しとけって言っただろ」

 松木が無責任に言ったが、多田の狼狽えようと言ったら尋常ではなかった。


「石はっ? 石をどこにやったっ? 」

「あの・・・ そこにあります」

 若葉は転がってる石を指さした。

 多田は血相変えて石を拾うと、改めて松木に銃を向けて震える声で尋ねた。


「お・・、おお・・、お前ら、い・・・ 石を抜いたのか? 」


「いや、だって・・・ 」

 松木が見苦しい言い訳をしようとすると、当の多田の様子がおかしい。


 いや、その前からすでにおかしいのではあるが、石を持ったまま一点に視線を向けて固まって動かない。


「あれ、おいっ! どうしたっ? 」


 多田の視線の先にいたのは若葉の後ろに固まっていた住人たちだった。


 そして、住人たちもまた、多田の顔を見て、

「やっぱり」

と孝三も確信を得たように言うと、

「お前、・・・ 杉作やっ! 」

と多田を指さして言った。


「・・・ やめろ・・・ 」

と多田はつぶやくように言った。


「・・・ そうや、杉作や」

 ようやく清史も、わかったようだ。


「・・・ 違う・・・。やめろっ! 」


「どうした? あいつ? 何言っちゃってんの? 」

 柴田が若葉に尋ねると、

「・・・会話してる。彼も見えてるんです」

 若葉がそう言った通り、多田には今住人たち全員が見えていた。

 そして彼らの言葉も聞こえていた。


「でも、四十五年経ってんねやろ? 少し雰囲気も違うし・・・ 」

 照子が話している。

 それを聞いた栄作爺が震える手で、多田を指さして言った。


「お前ぇぇぇ、・・・ 杉作のぉぉ息子か? 」


「やぁめぇろォーっ! 」

 多田は石を放って猟銃を向けた。


「はっ? あれ? 」

 銃をあっちに向けたり、こっちに向けたりしている。

 住人たちの姿が視界から消えてしまったのだ。


「見失ったのか? 」

「そうみたいです。・・・ たださん? 」

「はい? 」

 住人たちと多田が返事した。


多田(おおたさん、あなた、本当はたださんですよね? 」

「何? 」

 松木が言った。


「お父さんの名前は、多田(ただ杉作さん。この集落の元住人ですよね」


「何っ? 」

 再び松木が驚きつつ言った。




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