この世界の当たり前
「お嬢様、こちらの看板には何と書かれていますか?」
「えっと、"無料ガチャ!費用はかからずガチャが引けます。ポーションから剣や盾まで幅広いアイテムが当たります。1%の確率で魔法の武具も当たります"」
「そうですね。アリス、ちょっとこれを読んでみてくれるかな?」
「?」
エドワード先生が連れてきた子供が看板の前に立ち止まって小首を傾げる。
「んーと……ポーション! これはポーションって書いてある!」
「あっ……」
「お気付きになられましたか。お嬢様のように教育を受けて、文字を読める方は多くはありません。それは大人の冒険者であっても同様です。日頃の生活の中でよく使用する単語であれば読めるかもしれませんが、長い文になると知らない単語も増えてしまうので読みたがらない人も多いでしょう」
言われてみて初めて気がついた。
他の店の看板には文字だけでなく絵も使って説明が書かれている。
文字の説明もあるからと、今回は時間もないので後回しにしてしまったが大きな間違いだった。
「また確率も直感的に理解できる方は少ないでしょう。冒険者向けであれば、"たまに"や"もしかしたら"という表現の方が良いかもしれません」
「そうね……ありがとう、そこまで考えられていなかったわ」
「いえ、私も準備の段階で気付くことができていれば前もって直すことができたものを、遅くなり大変申し訳ございません」
ガチャの説明や確率などの設計は元々無料ガチャを知っている私にしかできないと思い、自分だけで進めてしまっていた。
自分自身への過信もそうだが、他の人と上手く協力できていなかったことも改めて痛感した。
……いや、みんなに頼り切りでは情けないと自分だけでやり切りたいと思ってしまっていた。
優先すべきは自分の仕事ではなく、無料ガチャが成功することだったというのに。
「さあさあ、お嬢様、これからでーすよ!」
セバスチャンの声で顔を上げると屈強な男たちが騒ぎながらこちらにやってくるのが見えた。
「おおーい、お嬢様!儲かってるか?」
先頭には笑顔で肩を組んで、酒瓶を持ったままのアーサーがいた。
「あのね、無料だから儲からないのよ」
「え、そうなのか? じゃあなんでやってんだ?」
「貴方、わからずにやってたのね……」
「んー、じゃあこんな連れてきたのは迷惑になっちまうかな?」
アーサーの後ろには20-30人ほどの人が連なっていた。
「なんか面白いもんが見れるっていうから着いてきたぞ!」
「えっ! 俺は美味いもんが食えるって聞いたぞ」
「綺麗な嬢ちゃんがいるんじゃないのか!」
「酒持ってこい!」
「ちょ、ちょっと待ってよ。貴方はいったい何て言って連れてきたの?」
「ん? とりあえず酒飲んで仲良くなって、じゃあ外行くぞ!って来ただけなんだけどな」
「みんな全然バラバラのこと言うじゃない……」
こんな人たちを相手にして大丈夫なのだろうか。
話が違うと怒り出さないだろうか。
「おおい、お前ら!これがあの無料ガチャだ!お嬢様直々だぞ!」
アーサーの謎の掛け声に応じて男たちが盛り上がる。
「おお!これが例のやつか!」
「あれだろ、面白いやつだろ」
「おい、お前知ってるのか?」
「いや知らん!みんな適当だ!」
「綺麗な嬢ちゃんは本当にいるじゃねえか!」
「酒は当たるのか!」
相変わらず思い思いのことを言っているが、みんな楽しそうにガチャを回し始めてくれた。
「順番にお願いしまーす! お並びになってくだーさい!」
盛り上がりに連れられてどんどんと他の冒険者たちも列に並び始めている。
良いじゃない! ようやく回り始めたわ!
「どうだ、お嬢様! 良い仕事したろ?」
「そうね、まあまあやるじゃない」
無料ガチャのことは何も理解していなかったようだが、ここまでの人数を連れてきてくれたのは本当に嬉しかった。
何より遊びに酒場に行ったのではなかったことも嬉しかった。
アーサーはアーサーなりに仕事をしようと頑張ってくれていたのだ。
「お嬢様。このペースは少し問題が……」
「あ、そうね!」
予定していたアイテムが仕入れられていないので、これだけ活況になると、レア度の高いアイテムがどんどん出ていってしまう。
人が多ければ多いで困ってしまうなんて、上手く進めるのはなんて難しいんだ。
「すみませーん! 一時休憩となります! お集まりの方々にはいつでも使えるチケットを配りますのでご理解ください!」
アイテムが届くまで時間稼ぎをしないといけない。
ついでに列には並ばずに、まだ様子見だった人にもチケットを配ってしまい、次回以降には無料ガチャをしてもらいやすくしてしまおう。
一度やってみれば良さがわかるはず! 怖いのは最初だけ!
チケットも配り終わったが、未だに予定していたアイテムが到着しない。
このままでは明日以降にも影響が出てしまうので、今日はこの辺りで終わってしまおうか。
「お姉ちゃん、今日はありがとう!」
エドワードが連れてきた子供の1人、確かアリスと呼ばれていた子がガチャで当てたマジックシールドを大事そうに抱えている。
「貴女もダンジョンに行くの?」
喜んでくれるのは嬉しいことだが、こんな小さい子もダンジョンに行かないと生きていけないのだろうか。
「んー、まだ行かない! でも綺麗だから嬉しい!」
「良かったわ。大切にしてね」
「楽しみ方は人それぞれですな」
「あー、爺さん、その……これ高いやつだけどいいのか?」
「ああ、大丈夫だ。問題ない」
アリスとは対照的に珍しくアーサーは真剣な顔をしている。
確かに子供に高いものをあげるのは教育上良くなかったかしら。
でも意外とエドワード先生も子供は甘やかしたくなるタイプのお爺ちゃんだったのね。
よその教育方針に口出しするもんじゃないし、私はアリスちゃんに喜んでもらえたということで満足しときますか!