お父様。お金をください。
「そういえば貴方は何をしていた人なの?」
専属執事のなったアーサーだが、執事としての訓練を積んできたとはこれっぽっちも思えない。
仕事を頼みたいがどこまで任せていいかを推し量る必要がある。
「俺はずっと冒険者をしてたんだ。全盛期の親父にだって負けてねえぜ」
「一応聞いておくけどお作法とか給仕の知識は?」
「きゅうじ?ってなんだ?」
「あー、うん、後で教えるわね」
わかってたわ。
そんな貴方にもできる仕事を選ばないとね。
「ちょうど冒険者出身の人を先生に呼ぼうと思ってたの。貴方の知り合いで適任の人はいないかしら? できればそれなりのレベルだけど初心者にも親切に教えてあげているような人がいいのだけど」
「ああ、わかった」
「かしこまりました」
「ん?」
「返事は『かしこまりました』よ。礼儀もきちんと覚えてちょうだい」
「ああ、わかった。『かしこまりました』だ、お嬢様!」
本当にわかったのかしら。
部屋から出るきっかけを与えてくれたことには感謝してるけど、まだ少し不安なので補助として他の執事も付けることにした。
アーサーに仕事を頼んだが、私には私の仕事がある。
「おお、エブリン!大丈夫かい?」
「ご心配をおかけしました。お父様」
「ダニエルのことは……残念だった。でも、お前が出てきてくれて嬉しいよ」
お父様の顔にも悲しみに暮れていた様子が窺える。
まだ騎士だった頃のダニエルをお父様がとても気に入って、私の専属執事として引き抜いてきたのだ。
それだけ思い入れがあったことを思うと、また気分が落ち込みかけたが、そんなことではダニエルに顔向けできないと気合いを入れ直す。
「早速良い効果が出たようだね。私の人を見る目はまだまだ健在のようだ」
「もしかして、アーサーのこと?」
思えばあんな礼儀のなっていない人物を専属執事にするなんて信じられない采配だ。
「ああ、今のお前に必要な人物だと思ったからね」
「ありがとう。おかげで立ち直ることができたわ」
お父様は私に優しく微笑んだ。
自分も辛かったはずなのに、私のことを気遣ってアーサーを連れてきてくれたのは本当にありがたいことだった。
いつもいつも私を助けてくれるが、今回はもう一つお父様の助けを借りるためにお願いしにきている。
「お父様、私やりたいことがあるの」
「なんだい?」
「ポーションや初心者向けの武器や防具をランダムに冒険者に提供する仕組みを作りたいの」
お父様は少し驚いた顔をしている。
私が言ったことをすぐには理解できなかったようだ。
「それは、慈善事業をしたいということかな? それなら私の知り合いでそういった活動をしている人がいるから紹介しよう」
「違うの。私はこれは私がスカーレット家の令嬢としてやるべに責務だと思ってるわ」
「ほう、どういうことかな?」
「私たちに起きた悲劇は、ああやって人を襲わないと生きていけない人たちがいるから、つまり格差が大きいのが原因だと思うの」
「なるほど、それで無料でアイテムを配りたいと。でもそれだと慈善事業でもいいんじゃないのかな?」
「ただアイテムを配るだけじゃ格差はなくならないわ。そのアイテムを使って彼ら自身が自分の力で道を切り拓けるようになってもらいたいの」
「考え方は素晴らしいね。でもどうやって彼らが自立できるようにするんだい?」
「誰にでも無料でアイテムを配るんじゃなくて、ダンジョンに挑戦する人だけ、それも1日1回にするわ。挑戦する人にだけ与えられるようにすれば、自然とダンジョンに挑む人も増えると思う」
そうすれば、だんだんとダンジョンを攻略できるようになっていって自立できるはずだ。
ダンジョンが攻略されれば、領地に魔物が溢れる心配も減り、スカーレット家にとってもメリットがある。
アイテムだけ貰ってダンジョンからすぐに帰ってもいい。
ダンジョンに挑戦する癖が付く。
いつも同じアイテムだと人は慣れて飽きてしまう。
ランダム性があるから何度もダンジョンに来てみようと思う。
無料で手に入るなら、少しずつアイテムを貯めて安全にダンジョン攻略することもできる。
無料ガチャは、現代日本で広く普及している実績のあるシステムだ。
しかも、私が知っているゲームの中のこの世界には元々無料ガチャがあった。
このシステムは必要だと自信を持って言える。
「だから、お金を貸してほしいんだけど……」
「わかった。いくら欲しいんだい?」
「そうね……1億ゴールドくらいは欲しいのだけど……」
少し多過ぎたかしら。
でも、そのくらいは必要そうよね。
「その辺りはまだまだだね。100億ゴールド上げよう。これでやってみなさい」
「ひ、ひゃ、100億!?」
「そうだ。最後に一言アドバイスだけしよう。やるならトコトンやりなさい。覚えておいて欲しいのはそれだけだ」
……貴族の金銭感覚ってわからない。
でも、一層気が引き締まった。
見ててねダニエル。
悲劇が繰り返されないためにも、私はスカーレット家の令嬢としての責務を果たすわ。